Act.??『遊***見*****』
黒い石造りの部屋、中央に置かれた円卓。
「マーカーをもう一度付けようとしたが、弾かれてしまった。おかげであの駒が見づらいのだが、これは主の御意向か?」
円卓の一席に座した女、グリンデルト卿が、観戦したいのにまともに見られない、と嘆いた。
彼女と同じく席につき、円卓の上に浮かぶ無数の映像を眺めながら少年、エクルーズローダー卿が応じる。
「それは単純にあの駒の階位が上がったせいだろう。主は興味を示してはおられたが、あの駒に直接手を伸ばすには、今はまだ難しい」
「うむ。主と駒では、たしかに階位に差がありすぎる。とくに今はまだ、かの駒は遊戯盤の上。主が触れようとしただけで壊れるやもしれんからな」
円卓の席に座すもう一人、アングレイヴィス卿が頷いて同意した。
グリンデルト卿は顔を顰める。
「なるほど、マーカーが弾かれたのはあのランクアップのせいか。枢機卿を喰らって階位を上げる駒など、前代未聞だ。あれは人の皮をかぶった『侵蝕者』ではないのか?」
「ありとあらゆる計測データが、あの駒は人であると示している。やったことは『侵蝕者』に似ていようと、今のところあれはまだ『人』なのだろう」
喰われた当人であるエクルーズローダー卿が淡々と言う。
欠損はすでに修復され、駒に喰われたことなど気にもとめていない様子の少年のその言葉に、悪戯っ子の顔で女が食いついた。
「面白いじゃないか。それは『侵蝕者』が人であると偽装できる可能性を示しているよ」
「……『侵蝕者』が人であると偽装? そんな話は聞いたことも無いが。そもそも『侵蝕者』が人に偽装するメリットは何だ? あの連中にそんなことをする必要性があるのか?」
疑問を口にしてから、エクルーズローダー卿はさらりと言い捨てた。
「そもそも『侵蝕者』に思考能力があるのか否かさえ、分かっていない」
「おや、あるのかどうか分からないくらいだから、それはきっと無いのだろうと思っているのかい? エクルーズローダー卿、その思考は世界を狭くしてしまうよ。あるのか無いのか分からないなら、あるのかもしれない、と考えた方が世界は広く深く、より複雑ではるかに面白いものになる。それに、なによりね……」
「……なんだ?」
思わせぶりな沈黙に苛立ち、面倒くさそうに問うたエクルーズローダー卿に、グリンデルト卿が無邪気な幼子のような声で答えた。
「偽装は悪戯の基本なんだよ! ほらほら、罠だって、獲物に気付かれないよう仕掛けるものだろう? つまり、あの駒は『侵蝕者』が私達に悪戯しようとして仕掛けたものかもしれないってこと! そう考えてみたら楽しいじゃあないか!」
エクルーズローダー卿とアングレイヴィス卿は顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、同時にため息をついた。
「アングレイヴィス卿、相手をしてやってくれ。享楽主義者に付き合っている暇はない」
「エクルーズローダー卿、押し付けてくれるな」
目の前でそんなやり取りをされ、グリンデルト卿は肩をすくめた。
「やれやれ、頭の固いことだ。もっと柔軟な思考を持たないと、楽しいことも大切なことも取りこぼしてしまうよ」
エクルーズローダー卿はもう微塵も反応せず、いくつかの映像を手元に引き寄せている。
グリンデルト卿は深々とため息をついた。
「ああ、些細な雑談さえも続かない。退屈で死んでしまいそうだよ。もはやこの遊戯盤の結末は決まったも同然だというのに、私たちはいつまでここに拘束される?」
話題が変わったからか、アングレイヴィス卿が応じた。
「『ありえない残骸』が見つかった世界だ。そう簡単に閉じられはしないだろう。……とはいえ、適合者は見つかり、この世界に入り込んでいた『侵蝕者』は駆除されている」
「ふふ。駆除した者たちは、急に放り込まれたところで少しばかり手強いモンスターを倒しただけ、と思っているだろうがね」
グリンデルト卿が笑って言い、うむ、とアングレイヴィス卿が頷いた。
「ゆえに、目的は達成されている。そろそろ閉じる頃合いではあろうな」
「ほう?」
グリンデルト卿が器用に片眉を上げる。
アングレイヴィス卿が言葉を続けた。
「『ありえない残骸』が存在する理由。そしてこれまでの戦闘記録であの駒が見せた、底無しのごとき精神力の源。これまでの我々の接触から、主はおそらくすでに見当をつけておられるだろう。……残念ながら、私にはいまだ予測もつかんが」
「ああ、確かにあの駒の精神力は異常だな。他の駒であれば昏倒する量の精神力を消耗しても、平然とした顔で戦い続けていた。主が仰られた『ありえない残骸』であることが、その原因なのではないか?」
「今はまだ、何もかもが不明だ。そもそも、喰らわれて戻らぬ永遠の虚を抱えた駒に、ライフルを扱えるだけの精神力があることも謎だ。あの武器は攻撃力が高い分、消費する精神力も多いというのに」
「あの駒は魔法も平気で連発していたしねぇ。あれだけの魔法戦、やれるものなら私もやってみたいものだが。しかし、アングレイヴィス卿がそれでは、私にはさっぱり分からんな」
グリンデルト卿はあっさりと思考を投げた。
そして、話を変える。
「そもそも、なぜ『ありえない残骸』が存在するのだろうね? これまで『侵蝕者』に喰われたら、死因は様々だがとにかく死ぬ、というのが当たり前だった。精神的に疲弊した者が狙われるから、周囲もそれを不審に思わない、それが『侵蝕者』による死だった。それがなぜ、あの駒は生きのびることができた? あの駒とて、精神的に疲弊したタイミングで喰われているはずだ」
「理由はあるだろう。あの駒が先天的に生まれ持った何らかの特性のため、あるいは『侵蝕者』側に不測の事態が発生したため、もしくは第三者の介入……。だが、考えつく理由は多々あれど、かの駒にマーカーも付けられず、接触することもできない今、我々にはそれを探る手段が無い」
アングレイヴィス卿は眉を寄せ、気難しげな顔で言う。
「なにしろ隠密特化のせいか本人の性質のせいかランクのせいか、マーカーが外れたとたん、ほとんど動向が見えなくなっているからな。かろうじてナビゲーターからの情報で追えてはいるが」
「枢機卿の結界内での迎撃戦の時も、マーカーが外れたせいでモンスターに見つからなくなったら、それを良い事にほとんど表に出てこなかったものなぁ。あの実力なら上位五名に入ることなど簡単だろうから、わざと上位に入らないよう立ち回ったんだろうね。ポイントを大量獲得してランクアップしようという向上心も無ければ、上位に入って実力を見せつけてやろうという自己顕示欲も無いとは、理解に苦しむよ。それに、これではこちらは八方塞がり。主のように広く深く視る力があれば、まだ探りようもあろうにな」
グリンデルト卿は残念そうにため息をついた。
その時、エクルーズローダー卿がふとつぶやく。
「いや。こういう時、その理由は思ったより近くにある……」
どういう意味だ、と二人の枢機卿が視線を向けたが、少年はその無言の問いには答えず、再び手元に引き寄せた映像の解析に没頭した。
グリンデルト卿はつまらなさそうな顔をして、暇つぶしに手近にあった戦闘記録の映像を引き寄せる。
ゆえに、エクルーズローダー卿の手元に集められた映像が遊戯盤が開かれる前のものであると気づいたのは、アングレイヴィス卿だけだった。