Act.4『装備チェックとスキルのテスト、ゲート確認』
第一次侵攻から四日後、だいぶ筋肉痛がマシになってきたので、プレイヤー契約初日に設定したきり放置していた武器と防具を確認する。
「起動」
紺色のゆるいワンピースと黒のレギンス、あったかいモコモコの上着と靴下、といういつもの私の部屋着から、その一言で一瞬にして姿が変わった。
特撮ヒーローみたいな長い変身シーンは無いし、魔法少女のように途中で全裸シルエットが晒されるような大惨事も無く、無駄に光ったりもしない、すこぶる安心でスピーディーな装備変更である。
装備変更後、私が手に持つのは無骨だがシンプルな機能美を感じさせるライフル (弾込めの必要がないので、その部分の部品がないこと以外は現代武器のライフルとそう違いはない。そして暴発とか弾詰まりの心配がないライフルとか最高だなと思う)。
衣装は黒一色の、現代風アサシンみたいな体にぴったりフィットした長袖長ズボン、首元から口まですっぽりと隠す防寒対策用のネックガード、目を保護するゴーグル、肩口で切り揃えた髪を押さえるキャスケット、薄い革製のような質感の手袋、膝まで覆うカッチリとしたブーツ (靴底は柔らかく、足音を抑えてくれる謎素材)。
これが私の、プレイヤーとしての装備だ。
ステータス画面では、
武器:第3段階 タイプ『ライフル/黒』
防具:第3段階 タイプ『敏捷・ステルス優先/黒』
と、表示される。
私が今まで遊んだことのあるゲームでは、装備品はいろんな種類の物があり、それらをプレイヤーのレベルや敵の属性によって変更して使うものだった。
しかし今、現実で戦うことになった私に与えられたのは、いつでも形状変更が可能な、成長していく武器と防具。
最初は「なんだそれ?」と首を傾げたが、改めて考えると装備変更の手間が省けるので、まあいいか、と受け入れた。
今はどちらも「第3段階」というレベルのようで、この段階が上がると、例えばライフルだと射程距離が伸びたり、攻撃力や射撃速度が上がったりするのだそうだ。
「うん。急かされながら決めたにしては、わりと満足な装備だな。変更は無しで、このままいくか」
装備変更すると自動的に靴を履いた状態になってしまうので、部屋の隅にビニールシートを敷いてチェック。
似合っているかどうかについては、ファッションセンス皆無な私は気にしない。
どうせ常時『隠密』発動させるから、この格好を見るのは私とナビだけだし、雪柳は今コタツの中で寝てるし。
ただ、身長170cmの私が全身黒ずくめのアサシンスタイルで立っているのは、どこからどう見ても不審者なので、普通の人なら遭遇した瞬間に悲鳴をあげて逃げるだろうな、とは思う。
ともかく装備チェックは終わったので、次にいこう。
近くでふよふよ浮いているナビに声をかける。
「ナビ。サポート機能『転送』の帰還地点、ここに設定して」
「〈了解しました、Rx。当機のサポート機能『転送』の帰還地点を、Rxの現在地に設定しました〉」
ん、と頷いて、ついでに確認しておく。
「そういえば、『転送』の使用回数って制限あるの?」
「〈一日に6回まで使用することが可能です。回数は午前零時にリセットされます〉」
「回数リセットの時間は『結界』も同じ?」
「〈はい、Rx。同じく午前零時にリセットされます〉」
「そうか」
なるほど、日付の変更と同時にリセット。
分かりやすい仕様だ。
「それじゃあ新スキルの実験、始めるか」
ナビへの確認も済んだので、次に移る。
まずはスキル『隠密』を発動し、視界の端にアイコンが表示されるのを確認(もちろん『隠蔽』もセットで発動させた)。
次に『心眼』で気の流れとかいうのを視て、マンションの部屋の中から外へつながるものへと『遁行』。
ふわりと軽くなった体が一気に外へ押し流されたことにちょっと驚いたが、流れに乗りながら自分の現在地が把握できるようになると、私の部屋があるマンションの屋上で『遁行』を解除。
ストッと着地して、体も装備も問題ないことを確認。
「うわ~。これめっちゃ便利スキルだな。レベル上げしてこ」
感心しつつ、次のスキルをテスト。
スキル『跳躍』から派生した『二段跳躍』。
スキルは(「このスキルを使う」)と考えるだけで発動するので便利なのだが、『二段跳躍』は発動させるタイミングによって二回目のジャンプ距離が変わる。
ビル移動には便利だが、自在に扱えるようになるにはタイミングをつかむ練習が必要そうだ。
あと、『二段跳躍』という名前から誤認しそうになるが、必ずしも『跳躍』の次に使わないと発動しない、というものではなく、“空中でジャンプできる”スキルだった。
つまり、どこかから落下した時にも使える。
次は『跳躍』からの『滞空延長』。
これは単純にジャンプした時、途中で三秒くらい滞空できるものだったので、扱いやすい。
ただ、その三秒で武器を構えて撃てるかというと、これもまた要練習だ。
「スキルのチェックはこれくらいだな。さて、もうちょっと動けそうだけど、あとは何しようか……」
少し考えて、ここから一番近いゲートの様子を見に行くことにした。
スキル『遁行』で気の流れに乗ってかなりの距離が移動できたが、レベルのせいか途中で弾かれそうになったので、慌てて地上に近いところに出て、あとは『跳躍』で移動。
私が住む浅葱市の県庁に近い駅、浅葱駅前の噴水広場に出現したゲートを、近くのビルの屋上から見下ろす。
近くの商店街は破壊されて瓦礫の山となり、ビルにも大きく抉られた跡やひび割れが入っていたりして、まだ片付けまで手が回っていない様子だ。
ニュース番組で見てはいたが、あちこちに残る血痕や獣の爪痕が生々しい。
そしてそんな瓦礫の山の間を警察や消防、自衛隊の制服を着た人達が行き来したり、ヘルメットを被って作業服を着た人達が数人固まって、何やら話し込んでいたりする。
近くにプレイヤーらしき人はいないし、さすがにこの状況でゲートを開けてダンジョンに入るのは無理だな、と判断して、今日の活動はここまでにする。
「ナビ、『転送』して」
ナビのサポート機能を試運転しておこうとそう頼めば、
「〈はい、Rx。帰還地点への『転送』を行います〉」
というあっさりしたアナウンスとともに、一瞬で景色が変わった。
見慣れたマンションの部屋の隅、ビニールシートの上。
「解除」
また一言で装備がプレイヤーのものから部屋着に戻る。
ビニールシートから降りて、それをガサガサ折りたたんでいると、コタツから出てきた雪柳が優雅な動作で伸びをしてから「にゃあ」と一声鳴いた。
「起きた? 雪姉さん。そろそろ12時だし、お昼ご飯にしようか」
私は振り向いて、雪柳の声に答えた。