Act.35『第三次侵攻』
―――――― 20XX年6月8日。
『幻想侵蝕』第三次侵攻、発生。
ゲート警備勤務中の警察官から、ゲートの軋み音、表面に亀裂が入り、それが徐々に広がりつつある、との報告。
同時にプレイヤーがナビゲーターからの警告を受け、これを報告。
第一級警報が発令され、国民への避難命令が出されるのと同時に、機動隊、自衛隊、プレイヤーとチェスマンが出動。
破壊されたゲートから出現したモンスターへの対処に当たる。
***
5体の飛行型傀儡、性格「戦闘狂」に『隠蔽対象指定』を発動させ、スイッチと巨大化をオンにして放ち、自分はライフルを構えて無限湧きするモンスターを次々と撃ちながら様子を見る。
第二次侵攻でも思ったが、侵攻で出現するモンスターは地上攻撃部隊迎撃戦の時に出現するモンスターより弱いようだ。
『隠蔽対象指定』を受けて姿が見えない状態になっている私の傀儡達に、1体のドラゴンが押し負けて落下、色を失って砕け散る。
(「ナビ。傀儡って私から離れた場所でも動ける?」)
「〈同一世界内であれば問題なく稼働します〉」
は? 同一世界内、だと……?
え……? 何それどういう意味……?
まさか、異世界転移フラグとかじゃないよね……?
雪姉さんを置いて別の世界に行くとか、絶対に嫌なんですが。
と、一瞬思考が走ったが、今は気にしている場合じゃない。
幸い、出現するモンスターは私の傀儡達で対応できる能力値のようだ。
私と離れても問題なく稼働するなら、ここは5体の傀儡と地上で戦うプレイヤー&チェスマンに任せて、他のところを見に行こう。
ナビに『転送』を頼み、まずは紅梅市の市民公園モニュメント前ゲートへ移動。
ここはすでに地上戦に対応するプレイヤーと対空戦を担当するプレイヤーが連携していたので、彼らを邪魔しない程度の狩り要員として3体の戦闘狂な飛行型傀儡を『隠蔽対象指定』付きで放つ。
次は家に帰り、雪柳が私のベッドの上で寝ているのを見てから、ご飯皿にカリカリを山盛りにして『遁行』で部屋を出る。
そのまま『跳躍』と『遁行』で浅葱駅前ゲートに向かえば、打ち漏らしらしき飛行系モンスター、ハーピーを発見。
即座に『滞空延長』でその場に留まり、急所への狙撃で撃ち砕く。
まだゲートまで少し距離があるが、戦闘狂の飛行型傀儡を5体出し、『隠蔽対象指定』付きで送り出す。
そして移動を再開。
数分と経たず到着した浅葱駅前ゲートの周辺は、第二次侵攻の時に藍市のツインタワー前ゲートを見に行った時のことを思い出すほど破壊され、黒煙と土煙が立ちのぼっていた。
まだ無事なビルの屋上に着地するのと同時に、ライフルを構えてトリガーを引く。
ほぼ同時に到着した5体の飛行型傀儡が飛行系モンスターを次々と狩っていってくれるので、私が標的にするのは地上で暴れる大型と中型のモンスターだ。
それらを数十体も始末すれば、地上で応戦していたプレイヤーとチェスマン達が勢いを盛り返し、徐々にゲートを包囲していく。
前回より多く出現する飛行系モンスターは私の傀儡達が仕留めるので、ひとまず形は整っただろう。
私は場所移動をしながら様子を見て、地上のモンスターへの狙撃をやめる。
すると私とは別の場所から飛び道具で遠距離攻撃をしているプレイヤーがいるのに気が付いた。
先ほどまでは見かけなかったから、まだ到着したばかりなのかもしれない。
使っている武器はクロスボウだ。
ふと思い出して、戦闘の様子を見ながらナビに聞く。
(「ナビ。クロスボウってランクいくつから選択できるの?」)
「〈クロスボウはランク10から選択可能です〉」
(「ライフルは?」)
「〈ライフルはランク9から選択可能です〉」
マジかぁ~。
私が聞いたことなかったからだけど、初耳だな~。
私は初期ランクが8だったし、最初に希望したライフルが問題なく装備できたからあまり気にしたことがなかったけど、前にナビが「〈この世界のプレイヤーの初期ランクの平均値は11です〉」とか言ってた気がする。
もしかして、いや間違いなく、遠距離攻撃タイプのプレイヤーが少ないのって、そのせいなのでは?
ランクは侵攻か地上攻撃部隊迎撃戦のモンスター討伐でランクポイントを稼ぐしか、上げる方法無さそうだし。
……私が一気に2ランクもアップした、あの意味不明なやつは例外として。
それならやっぱり対空戦はプレイヤー側が不利なんだろう。
浅葱駅前ゲート戦は5体の飛行型傀儡に任せて、藍市のツインタワー前ゲートへナビの『転送』で移動。
第二次侵攻で破壊されたまま、再建されていないそこは、瓦礫と化したビルの屋上を転送先として登録したせいで足場がない。
『天駆』で無事なビルの屋上に移動しながら、戦況を確認。
前回の侵攻で甚大な被害を受けたせいか、周囲は破壊された状態で放置されているものの、プレイヤー達は近距離攻撃タイプ、遠距離攻撃タイプともに揃っている。
とくに魔法攻撃やアーチェリーで攻撃するチェスマンの活躍が目立つので、ここでは傀儡を出すのはやめておく。
(「ナビ。近くのゲートでまだモンスターがたくさん残ってる所ってある?」)
「〈当機のサポート範囲外の質問です。お答えできません〉」
やっぱダメかー。
まあそんなに期待はしてなかったので、諦めて次はどこへ行こうか考えようとしたところで、
「うわっ!」
「きゃぁぁっ!」
急に複数の悲鳴が聞こえ、反射的にライフルを構える。
スコープ越しに捉えた姿はブルードラゴン。
湧きポイントから出てすぐのところで戦っていた近距離戦タイプのプレイヤーとチェスマンが、長い尻尾で弾き飛ばされたらしい。
おかげで遮蔽物が無くなったので、遠慮なく急所に三発撃ち込む。
やはり地上攻撃部隊迎撃戦で戦った個体より能力値が低いらしく、ブルードラゴンはあっさり色を失って砕け散った。
うーん。やっぱりここも傀儡出しとこう。
プレイヤーとチェスマン達の連携の邪魔になりそうだよなぁ、とは思うが、どうも遠距離攻撃タイプのチェスマンより、私の飛行型傀儡の方が攻撃力高い気がするし。
戦闘狂はマジでモンスター以外は全スルーするから、たぶん大丈夫だろう。
というわけで、3体の戦闘狂な飛行型傀儡を『隠蔽対象指定』付きで放つ。
命令無しでモンスターだけ勝手に狩ってくれる戦闘狂の飛行型傀儡、すごい便利だ。
いっぱい作っておいて良かった。
それからしばらく様子を見て、問題なさそうだったので、別のゲートへ移動することにする。
現在地の藍市のツインタワー前ゲートから近く、私が行ったことのないゲートは、たしか常盤市の植物園前ゲートだったはず。
常盤市の植物園は、中学生の頃に学校行事で行ったことがある。
植物園としてはこの辺で一番広い施設で、大きな温室の中は熱帯のジャングルに入ったような気分が味わえるほど、大きな南国の植物が生い茂っていた。
なんとなくこっちだろう、という程度だが方向は分かるので、とりあえず『遁行』と『天駆』で移動。
途中、『心眼』で数体のモンスターを見つけたので、『滞空延長』で数秒その場に留まって急所へのライフル狙撃で仕留めておく。
思ったより打ち漏らしが多いな、と思ったが、私がこれまで見つけたはぐれモンスターはすべて飛行系だったことを思い出し、そのせいかもしれない、と考える。
そして打ち漏らしの飛行系モンスターを狩りながら移動しているうちに、常盤市の植物園前ゲートに到着。
ここは飛行系モンスターに対抗できる戦力がチェスマンしかいなかったらしく、数十体のドラゴンが野放し状態で暴れまわるという、とんでもない危険地帯と化していた。
即座にここを今回の私の主戦場にしようと決め、5体の戦闘狂な飛行型傀儡を『隠蔽対象指定』付きで放つと、ライフルを構えてトリガーを引く。
いつものように、撃った後は場所を移動するので、自然と戦場の状況が目に映る。
植物園の出入口や塀は所々大きく破壊されてもはや用をなさず、入園者を最初に出迎える花畑は踏み荒らされ、中央にあった日時計も壊されている。
かつて私も中を歩いた大きな温室は、屋根の一角がドラゴンがぶつかったように大きく潰れて鉄筋がひしゃげ、ガラスが割れて悲惨な状態になっていた。
モンスターの方向誘導がうまくできれば、遮蔽物が多い上に足場の悪い植物園の中ではなく、湧きポイントのすぐ前にある広い駐車場を戦場にできるだろう。
私はまだ壊されていない植物園の建物の屋上から狙撃して、こちらへ来ようとするモンスターを片っ端から撃ち砕いた。
そうして植物園側を通行止めにしてやれば、残ったモンスターは勝手に駐車場の方へ流れていく。
地上型モンスターばかりのその群れを、この戦場でどうにか踏みとどまっていたプレイヤーとチェスマン達がうまく連携して次々と仕留めていく。
ドラゴン数十体が野放し状態だったのに今まで戦線崩壊せず踏みとどまっていられたのは、その連携の巧さがあったからなのだろう。
植物園側に来ようとするモンスターを仕留めながら、視界の端で戦う彼らの連携プレーを眺める。
「〈次元の亀裂が『*リン**ト』により封印され、設置された『門』が正常に起動。侵略者による第三次侵攻の終了が宣言されました。お疲れ様です、Rx〉」
唐突にナビが言い、湧きポイントだったところに新しいゲートとなる扉が表れる。
それは美しいステンドグラスで全面が鮮やかに彩られた、扉というよりガラス製の絵画と金属製の瀟洒な額縁、といった代物だった。
同時に、あちこちに放った傀儡達の戦果であるドロップアイテムと取得Eのアナウンスが、視界の端を怒涛の勢いで流れていく。
それをちらりと見やって、私も残党狩りに戻る。
モンスターを狩りつくすまでが侵攻だ。
それに、今のところドラゴン素材はこのタイミングでしか手に入れられない。
ナビが「〈戦闘継続の意志を確認〉」と言って、前回と同じ説明をするのを聞き流しながら、残ったモンスターを殲滅する。
それからしばらく後、『心眼』で分かる範囲にモンスターがいないことを確認すると、ライフルをおろして息をつく。
次の獲物を探して戦闘狂な飛行型傀儡があちこちに散らばって飛んでいくのを見送り、追加で20体ほど、これもまた『隠蔽対象指定』付きで放つ。
戻したい時は遠くにいる傀儡でも『傀儡管理』で一括収納できるから、しばらく飛んでまわって残党狩りをしてもらおう、と思ったのだ。
ついでにダンジョンとは違うモンスターの素材を収集できるし、Eも稼げるし。
私はさすがに疲れたので、一足先に退場だ。
現在地をナビの新しい『転送』先として登録してから、『転送』で帰宅した。