Act.33『ツインタワー前ゲートのダンジョン、ラスボス戦』
「お、っと」
霧を抜けた先にあったのは、あちこちに高さの違う岩が突き立つ湖だった。
いつの間にかその中の一つの岩の上に立っていた私は、先に進もうとして落ちかけ、急いで体勢を整える。
「ッ!」
足元の小石がパラパラと湖へ落ちていったのに反応したらしく、その場所に攻撃が来るのを『危険察知』が報せる。
『跳躍』で回避し、『天駆』で空中を駆けながら敵を見おろした。
「クラーケンか」
ゲームでおなじみ、巨大イカのご登場だった。
一瞬、戦闘中であるという状況を棚上げして、川から出てきたサメといい、湖から登場したイカといい、お前ら海水じゃなくてもいいんかい、と突っ込みたくなる。
いや、川や湖が塩水である可能性もあるけど、舐めて確かめる気は無いし。
でも磯臭さがないからなぁ。
まあ、そもそもモンスターだから、淡水とか海水とか、関係ないかもだけど。
「お、わっと」
考えている間にも巨大イカの長い足が鞭のようにしなり、四方八方をめちゃくちゃに攻撃しまくるのを、『天駆』で回避して射程範囲から出る。
ダンジョンのラスボスにも『隠密』は有効なようで、私を見つけられないクラーケンは苛立たしげにあちこちを無意味に攻撃していた。
ちなみにイカの足は10本あるように見えるが、そのうちの2本は触腕と呼ばれる腕なのだそうだ。
2本の触腕は伸縮させることができ、獲物を捕らえるのに使うらしい。
他の8本の足も獲物を捕まえる時に使われるので、機能的には「腕」でもあるそうだが、動物学的には「足」でいいんだとか。
と、いうのを、いつかテレビで見た気がする。
ダンジョンのラスボス戦だというのに、“雑学系番組を見ていると特に役に立たない雑学がふと頭に浮かぶ”現象が発生したらしい。
眼下で暴れているクラーケンに、今思い浮かんだ雑学が当てはまるのかは知らないが。
さて。
(「ナビ」)
中ボス出現からラスボス登場まで、結構時間がかかったおかげでEは貯まっている。
(「『身体能力制限解除』使う」)
久しぶりに一対一の戦闘といこう。
「〈はい、Rx。サポート機能『身体能力制限解除』、使用可能です。注意事項の確認は必要ですか?〉」
(「いらない」)
「〈了解しました。100,000Eの支払いに同意しますか?〉」
(「ん。払う」)
「〈支払いの完了を確認〉」
ボスエリアへの侵入者である私を見つけられないことをどう判断したのか、クラーケンが無意味な攻撃をやめて水中に潜る。
それを眺めながら応じれば、やっと準備が整った。
「〈プレイヤー、Rx。―――『身体能力制限解除』〉」
二度目の感覚。
全身から、鎖が外れる。
力があふれ、全能感に満ちてゆく。
……のを、どこか他人事のように認識する。
高揚する体とは別に、思考はいつもと変わらず通常運転。
体の状態に引きずられてヒャッハーしたいタイプでもないので、とくにかまわない。
まずは『チェーンシードアローⅡ』を発動。
いつもは二本しか出ない緑の矢が十二本、空中に展開する。
一瞬驚いたが、ちょうどクラーケンが出てきたのでさっそく放つ。
十二本もの緑のツタに絡まれたクラーケンはさすがに動きを止め、水面近くでどうにかツタを引きちぎろうとビチビチ暴れている。
近くにある岩場に着地しながら、私は次の『ドレインフラワーⅡ』を発動。
これもまた十二の緑の光が浮かび、もがくクラーケンに放てば全的中。
爆発的な勢いで葉を生い茂らせて成長していくそれに、巨大イカの姿が覆い隠されるが、すでに『鷹の目』で弱点は見つけてある。
ライフルを構えて、トリガーを引く。
一発撃つごとに巨体が跳ね、ツタに絡まれたクラーケンがもがくが、かまわず次を撃ち込む。
そうして、無料体験では一発でビルを崩壊させたライフル狙撃にクラーケンは3回まで耐え、砕け散った。
――― ドロップアイテム『クラーケンの肉・上』取得
――― ドロップアイテム『クラーケンの眼』取得
――― ドロップアイテム『魔法書「水魔法・中級編」』取得
――― 7800E取得
視界の端を流れていくアナウンスを眺め、ふー、と息をついて『身体能力制限解除』を終わらせる。
まだ使用開始から30分経過していないのだ。
しかもすごく一方的にこっちのやりたい放題で、だいぶオーバーキルだった感じがする。
けれど、私はソロプレイヤーだし、これは死んだら終わりの現実だ。
やっぱり100,000Eを支払うだけの価値があったと思う。
そして『身体能力制限解除』を終えた体から高揚と全能感が抜けていくのを感じながら、どこからともなくふわふわ落ちてきた水色の宝石を手のひらで受け止めた。
――― ダンジョン『アクアマリンの千路』踏破の証『アクアマリンの紋章』取得
アナウンスが流れていき、ふよふよと目の前に来たナビの腹がコンパクトみたいにパカッと開く。
「〈ダンジョン踏破おめでとうございます、Rx。どうぞ当機の収納スペースをお使いください〉」
二度目なので、もうナビの腹パカに驚きはしない。
驚きはしないが、どうにも落ち着かない。
無言で同じ形の凹みに雫型の宝石を嵌め込む。
「……よし。とりあえずダンジョン二つ目、攻略完了だ」
んむ、と頷いて、ナビの『転送』で帰宅した。