Act.28『新サポート機能の無料体験』
気がつけば、五月中旬。
我が家にはいまだ鎮座するコタツがあり、今日もスイッチを入れていないそこに雪柳がもぐっている。
晴れた日は真夏のように暑くなることもあり、そろそろコタツ布団を片付けてもいい季節になってきたが、私は雪柳がコタツにもぐる回数が減ってきた頃に片付けるので、毎年だいぶ遅くなる。
今年もそうなりそうだな、と思いながら、『良質な針』で『良質な布』をするすると縫い合わせていく。
第二回地上攻撃部隊迎撃戦から、数日。
ランクアップによって新しく売り出された裁縫道具があまりにも使いやすくて、私はいまだに家に引きこもってぬいぐるみを作っている。
新商品の『良質』シリーズの布には属性付きもあったけれど、今のところ一番安い属性無しの布で量産中だ。
属性付きの布はちょっと高かったし、「火属性には強いけど緑属性には弱い」みたいな、長所と短所がセットになってるやつしかなかったので、結局のところ属性無しのが使いやすそうな気がしたからだ。
今は属性無しの布で『傀儡作成』のレベル上げをしておいて、特定の属性モンスターが大量にいるダンジョンに行く時になったら、その属性に対する耐性持ちのぬいぐるみを作るのが効率的だろう。
そうしてぬいぐるみを作る合間に、裁縫道具と一緒に新調した調理道具も使ってみたくて、いくらか料理もしている。
こちらも道具が『良質』シリーズになったおかげか、材料は今までのと変わらないのに、付与された効果が上がってより美味しくなった。
そんな数日を過ごしてぬいぐるみを量産していると、『傀儡作成』と『仮想人格憑依』のレベルが上がった。
『仮想人格憑依』レベル6で新しく選べるようになった性格は二つ。
一つ目は「ドジっ子」。
基本的に命令に従順だが、ドジなのでよく失敗する。しかし、たまにクリティカルヒットを出したり、倒したモンスターから珍しいアイテムがドロップする。
二つ目は「戦闘狂」。
スイッチを入れた瞬間、モンスターを探して爆走する。破壊されるまでモンスターを探し、戦う。誰の命令も聞かないが、攻撃対象はモンスターのみ。
どちらも面白そうな性格だったので、何体か設定した。
性格「戦闘狂」の鳥型傀儡とか、次に大規模な戦闘があったら放つだけで勝手に飛行系モンスターを狩ってくれないだろうか、と期待している。
命令を聞かなくても、攻撃対象がモンスターのみなら、他のプレイヤーやチェスマンに迷惑をかけることはないだろう。
そうしてたっぷりと布遊びをし、美味しいものを食べ、夜はぐっすり眠っていたので、ちょっと動いてもいいかな、という気になってきた。
というわけで、お昼ご飯を食べて一服したら、『身体能力制限解除』の無料体験をしてみることにする。
***
「〈それではこれより『身体能力制限解除』の体験をしていただきます〉」
(「ん。よろしく」)
プレイヤー装備になった私が連れてこられたのは、一面緑の草原だった。
空は青く、大地はどこまでも広く、果てが見えない。
そういう、特殊な隔離空間だ。
「〈それではまず、この崖を登り、1km先の標的を攻撃してください〉」
(「ん」)
ナビの言葉とともに現れた、五階建てのビルくらいの高さの断崖絶壁を、『跳躍』と『二段跳躍』であっという間に登り、頂上に着地するのと同時に構えたライフルで1km先の大岩に貼り付けられた的の中心を撃ち抜いた。
的は砕け散り、大岩には抉られたような凹みができた。
「〈ありがとうございます、Rx。下に戻ってください〉」
近くでふよふよ浮いているナビに言われ、崖からトンッと跳ぶ。
そして落下していく途中、『二段跳躍』でその勢いを殺し、スタッと元の位置へ着地。
「〈それではサポート機能、『身体能力制限解除』を行います。制限が解除される時間は30分間ですが、途中で身体負荷が規定値を上回った場合、自動的に停止となります。制限が解除された直後と、解除が緊急停止された直後の感覚調整にご注意ください〉」
(「ん」)
「〈プレイヤー、Rx。―――『身体能力制限解除』〉」
ナビのその言葉で、鎖が外れた。
五感が一気に鋭敏になり、体に力が満ちる。
今なら何でもできる、という全能感で体中の細胞が沸き立つ。
そういう肉体的な変化を受ける一方で、思考は冷静だった。
エナジードリンクを飲んだ時みたいな、不自然な感じ。
ああ、これはドーピングなんだな、と理解する。
人の体は自分で自分を壊さないよう、無意識にセーブされているのだと、前に何かで読んだ。
今はそのセーブが外されている状態で、だからこそこれを強制的に止めるために「規定値」なんてものが設定されているのだろう。
つまり、無茶をしそうになったら規定値に引っかかって制限解除は終わる。
だからそれまでは好きにしていいってことだ。
鋭敏になった五感に脳が馴染むのを待って、『跳躍』一回で先ほど登った断崖絶壁の頂上に着地する。
軽い体、思った以上に効果を発揮するスキル。
構えたライフルのトリガーを引けば、1km先で大岩が爆砕。
(「ナビ、地形設定の変更ってできる?」)
「〈はい、Rx。可能です〉」
(「無人の市街地にして」)
「〈地形設定、変更。完了しました〉」
(「ありがと」)
断崖絶壁の頂上が、一瞬にしてビルの屋上になっていた。
私はまず『跳躍』で市街地を一気に駆け抜け、『二段跳躍』で高層ビルを一息に登った。
その屋上から適当に建物を狙い、ライフルのトリガーを引く。
狙撃された建物は一発で瓦礫の山と化し、弾が貫通したせいで後ろにあった二棟のビルも半壊状態になった。
身体能力の強化による攻撃力アップがライフル狙撃の威力アップになるの、相変わらず謎仕様だけど、良いと思う。
そうして30分間、私は高層ビルからライフルを撃ちまくり、市街地だった地形を瓦礫の山にした。
最後に足場にしていた高層ビルから『跳躍』で距離を取り、ライフル二発で倒壊させ、土煙の届かない場所へ『二段跳躍』で着地した。
結論。
「〈―――30分経過。『身体能力制限解除』、終了します〉」
これはたしかに、100,000Eを支払うだけの価値がある。