Act.??『*戯****ろ***』
「駒一つごときに、またずいぶんと削られたものだな、エクルーズローダー卿」
からかう様子はなく、むしろ感心した口調で女が言った。
欠けた左腕の袖が揺れ、迷惑そうな表情を隠しもせず少年は答えた。
「この程度、じきに戻る。わざわざそれを言いに来たのか? グリンデルト卿」
「まさか。私とてそこまで暇ではないよ」
長い回廊の途中、柱に寄りかかって休んでいた少年の、それでも微塵も揺らがない強い眼差しに、珍しく女は真面目な顔で唇を開く。
「主があの遊戯盤に制限をかけられた。今後、あの世界に触れられるのは私と坊や、それにアングレイヴィス卿だけだ」
「当然の処置だな」
あっさりと応じた少年に、グリンデルト卿の眉がくっと吊り上がって不快を示す。
「……エクルーズローダー卿。ログを見たが重要な部分は完全に破損していて、復元することができなかった。枢機卿がそこまで削られるなど、前例の無い異常事態だ。あの駒はいったい何をした?」
「あの駒が原因であると、確信しているのだな、グリンデルト卿。僕があの駒に接触することを知っていたとしても、通常の思考であれば、駒ごときに枢機卿へ干渉する力は無いと判断するはずだ。卿はなぜ、僕の状態があの駒のせいだと考えた?」
「それはもちろん……、……?」
即座に答えようとして、しかし声が途切れる。
今、自分が言おうとした言葉を、急に取り上げられたかのように。
エクルーズローダー卿が頷いた。
「それが答えだ。貴殿も、僕も。そしておそらくアングレイヴィス卿も。あの駒について知るには階位が足りていない」
「まさか! 駒と枢機卿だぞ? 階位にどれだけの差があると思っている?!」
驚きに大きくなったその声に、淡々とした答えが返る。
「貴殿が見たログ。破損が起きたそこで、僕はあの駒に対して精神接続による内部精査を試みた。しかし逆に、そこにあった『欠落』に呑まれそうになった。
貴殿は僕を見て“削られた”と言ったが、正確には“喰われた”のだ。
そして僕がその欠落に喰われ、この身の六割を失った時、主が強制介入によって僕たちの接続を切断し、こう仰られた」
グリンデルト卿の大きく見開かれた瞳に、少年が告げる。
「あの欠落は侵蝕されて戻らぬ永遠の虚。通例であれば耐えきれず死ぬはずが、どうしてか生きのびて、今も無自覚に生きている。
――――――これは『ありえない残骸』だ、と」