Act.26『無意識の攻防の結果と、質問』
その時、何かが起きたことは確かだ。
けれど、何が起きたのか、私には理解できなかった。
ただ私の無意識が、本能が吠えた。
――― またか!
それは激怒していた。
次に、嗤った。
――― 今度は私が喰ってやる!!
そして、何も分からなくなった……
***
ふと目が覚めた時、顔の真横におだやかに呼吸する白い塊があった。
考える間もなく名が浮かぶ。
雪柳。
じゃあ、ここは私達の家。
ペット可物件、三年暮らしたマンションの部屋だ。
「……」
かすかに口を開けたが、声は出ず、か細い息がこぼれただけだった。
静かな部屋で、聞こえてくるのは雪柳の寝息だけ。
ひどく体が重たくて、指一本、動かすことができなかった。
ぼぅっとしたまま、ため息をつくように瞼を閉じた。
また、意識が暗闇に沈んだ。
***
次に目を覚ました時、自分の状態がいつも通りに戻っていることを感じ取ってホッとした。
同時に、どれくらい眠っていたのか気になり、寝室に雪柳の姿が見当たらないことに焦った。
「雪姉さん?」
ベッドから降りて隣の部屋へ行き、ぐるりと見回したが白い毛並みは見つからない。
「雪姉さん、どこ?」
呼びかけながらお気に入りスポットであるコタツの布団をめくれば、ようやく目当ての色が見つかった。
世界で一番美しい、黄金。
「……騒いでごめん。ただいま、雪姉さん」
雪柳は小さく「にゃあ」と鳴き、くあ、とあくびをして、瞼を閉じた。
それを見て体から力が抜けるのを感じ、自分が緊張状態にあったことに気付く。
そうしてようやく、目を覚ました時にはいつも通りだと思ったが、いつもより体が重く、頭がぼんやりして、食欲がないのを自覚する。
典型的なストレスによる症状だ。
何があったのか、よく覚えていないのだが。
たしか、第二回地上攻撃部隊迎撃戦という強制イベントにいきなり転送され、飛行系モンスターを片付けた後にグレネードランチャーで蜘蛛モンスターを焼き払ってから、物陰で休もうとした、はずだ。
「……頭、痛い」
思い出そうとすると、頭に鈍い痛みを感じる。
無意識が「思い出すな」と警告を発しているみたいに。
「お風呂に入って、コタツでゆっくりご飯食べよ……」
今の私は、前の私とは違う。
頑張る、ということができない。
だから、今できることだけ、ゆっくりと、やる。
特にこんなふうに弱っている時はなおさらだ。
自分に過負荷をかけてはいけないのだと、この三年で学んだ。
「〈Rx。報告事項があります。よろしいでしょうか?〉」
空になっていた雪柳のご飯皿にカリカリを盛り、水を替えて。
お風呂に入って髪を洗い、体を拭いて楽な服に着替えてゆるめの卵粥を作りながら、ドライヤーで髪を乾かし。
雪柳に足が当たらないようコタツに入って、出来上がった卵粥をちびちび啜る。
テレビもつけずにぼうっとモグモグしている私に、ずっと無言でついて回っていたナビが言った。
正直、最近その存在に慣れすぎて、そこにいることを忘れていた。
(「うん。なに?」)
発声無しに応じれば、ふよふよとナビが私の視界に入るところへ浮遊して移動する。
いつ見ても青いルームランプ……
「〈第二回地上攻撃部隊迎撃戦でのランクアップにより、Rxはランク4になりました。これにともない当機のサポート機能『身体能力制限解除』、『特殊スキル取得支援』、以上の二つが新たに解放されました〉」
…………ん? んんん?
私のランクって、6じゃなかったっけ?
第二回地上攻撃部隊迎撃戦は途中退場したっぽいし、最初に転送された所でしか戦ってないからランクアップに必要なポイントが大量取得できるわけない、はずだ。
それなのに、なんでいきなりランク4になってるの?
「〈『身体能力制限解除』は、身体能力の更なる強化を行う機能です。対価として、一回の使用につき100,000Eの支払いが必要です。なお、このサポート機能は隔離された特殊空間内においても使用することが可能です〉」
高っ!
……というか、システム内通貨を対価に、身体能力の強化をするサポート機能って、何だ?
どうしてシステム内通貨がそれの対価になりえるんだ?
しかも、制限解除ってことは、今まで私の身体能力は何かしら制限を受けてたってことか?
プレイヤー装備の私、マジでゴリラ並みなんだが、それ以上って何?
どっかの映画に出てくる怪獣かな???
疑問だらけの私にかまわず、ナビは淡々と説明を続ける。
「〈『特殊スキル取得支援』は、プレイヤーが現在取得可能な特殊スキルの一覧を提示し、その取得をサポートする機能です。その他、『結界』展開可能回数は、一日に9回、展開持続限界は45分間、面積はレベル9相当になりました。『転送』は、転送先六ヶ所の登録が可能です。
以上、ランクアップによる当機のサポート機能の解放についてのナビゲートを終了します〉」
えええ……?
うちのナビゲーターのナビゲート、雑すぎでは……?
ずずず、とだいぶ冷めてきた卵粥をスプーンで啜りながら、やれやれと肩を落とす。
でもまあ、いつも通り、できることを一つ一つやっていこう。
卵粥を食べながら、コタツの上に置いてあるメモ帳とペンを取り、頭の中にある疑問を書き出す。
元気な時ならこの手間を省いていきなり質問するけど、今それをやると、途中で何を聞きたかったのか忘れそうなので。
えーと、分からないことは……
・第二回地上攻撃部迎撃戦は終わっているのか?
・第二回地上攻撃部迎撃戦の時、何かが起き、気付いたら自宅のベッドにいた。あの時、何が起きたのか?
・プレイヤーとしては途中退場になったはずだが、それはどう処理されているのか?
・前回と比べて、大量のモンスターを倒したわけでも、超大型のモンスターを複数倒したわけでもない。それなのに、なぜランクが一気に6から4にアップしたのか?
・『身体能力制限解除』で強化された時、どれくらいの身体能力になるのか分からない。一度、試しにやってみたいが、対価が高額すぎる。初回のみE割引、等はないか?
・『特殊スキル取得支援』の、プレイヤーが現在取得可能な特殊スキルの一覧、というのを見てみたい。
・「取得可能な特殊スキルの一覧」が出せるのなら、「選択可能な武器の一覧」も見たいのだが、そちらは出せるのか?
とりあえず、この七つくらいだろうか。
意外とたくさんあったな、と思いつつ、卵粥を食べ終えた私はお茶を飲みながらナビを呼んで質問開始。
まず一つ目。
・第二回地上攻撃部迎撃戦は終わっているのか?
「〈第二回地上攻撃部迎撃戦はプレイヤー側の勝利で終結しています〉」
そりゃあ良かった。
じゃあ次。
二つ目。
・第二回地上攻撃部迎撃戦の時、何かが起き、気付いたら自宅のベッドにいた。あの時、何が起きたのか?
「〈Rxは外部からの干渉を受け、極度に消耗しました〉」
(「外部からの干渉? 外部ってどこから? 干渉って、具体的には何をされたの?」)
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
うーむ?
「外部からの干渉」と、それによる「極度の消耗」は話せるのに、それ以上は無理なのか。
それじゃあ次だ。
三つ目にいこう。
・プレイヤーとしては途中退場になったはずだが、それはどう処理されているのか?
「〈極度の消耗により、Rxは意識を失いました。当機はこれを戦闘継続不能と判断。この判断により結界から元の地点へ送還され、休息が必要であると判断した当機がベッドに移動させました〉」
(「マジか。今の季節だと床で倒れっぱなしはヤバかっただろうから、ナビがベッドに入れてくれて助かったわ。ありがとう」)
「〈当機は契約したプレイヤーのサポートをするのが役目のナビゲーターですので〉」
(「うん。いつもありがとね」)
いつ見ても青いルームランプだが、世話になっているのは確かだ。
礼を言って、次の質問に移る。
四つ目。
・前回と比べて、大量のモンスターを倒したわけでも、超大型のモンスターを複数倒したわけでもない。それなのに、なぜランクが一気に6から4にアップしたのか?
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
(「どう考えてもさっきの“外部からの干渉”とかいうのと関係あると思うんだけど。こういうことって、よくあるの?」)
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
んんん。
ガードが固いんだよなぁ~。
どうしたものか、と考えて、ふと別のことが気になった。
(「そういえば、ナビ。今回もたくさんポイント取得した上位五人のプレイヤー名公開って、あったの?」)
「〈はい、Rx。今回もランクポイント取得合計値の上位五名のプレイヤー名がナビゲーターに与えられています。表示しますか?〉」
(「ん。見せて」)
「〈はい、Rx。こちらが上位五名のプレイヤー名です〉」
空中に表示されたプレイヤー名に、前回と同じ名は一つも入っていなかった。
戦闘中に意味不明なことが起きて気絶したのは嫌だし不気味だし、二度とあってほしくないが、このリストから私のプレイヤー名が消えたことだけは良かったと思う。
たとえ見つからないとしても、テレビやネットで騒がれたり捜されたりするのは嫌だ。
とりあえず今回はテレビでプレイヤー名を読み上げられたりしないだろうと安堵して、この質問についてそれ以上の情報を得ることは諦めた。
同時に、この上位リストに私のプレイヤー名が無いということは、今回のランクアップは地上攻撃部隊迎撃戦とは別の要因で起こったものなのだろう、と察した。
さて、次の質問にいこう。