Act.25『第二回地上攻撃部隊迎撃戦』
空を蹴って『二段跳躍』で強制的に軌道変更。
背後から高速で突っ込んできたグリフォンをギリギリでかわし、『滞空延長』でその場に留まってトリガーを引く。
スコープで照準を合わせている余裕はなかったが、距離が近かったおかげか的中した。
片翼を撃ち抜かれたグリフォンが耳障りな声をあげて墜落していくのと同時に、『滞空延長』が切れた私も落下するが、すぐ真下にある気の流れに『遁行』し、まだ壊れていない建物の屋根に着地する。
「ふー、はぁー」
わずかな間をぬって呼吸を整える。
プレイヤーは身体能力が強化され、生理現象も一時的に止められ、疲労を感じにくくなった、戦うための肉体を与えられている。
だが、常に動き続けることを強いられれば息は乱れる。
「ッ!?」
スキル『危険察知』が発動。
背後からきた攻撃を『跳躍』と『遁行』で回避し、着地した別の建物の屋根の上からライフルを構えてトリガーを引く。
私に急襲を仕掛けて失敗し、逆に急所を撃ち抜かれたハーピーが色を失って砕け散った。
第二回地上攻撃部隊迎撃戦が始まってからどれくらいの時間が経過したのか。
まだ三十分くらいしか経っていないような気もするし、もう数時間経っているような気もする。
確かなことがあるとすれば、プレイヤー側が苦戦しているということだ。
結界内では使用言語にかかわらず、すべてのプレイヤーが対話可能になる、という仕様のおかげで、プレイヤーやチェスマン達の、苛立ちと焦りのこもった怒声や罵声がよく聞こえる。
蜘蛛モンスターが地上から屋上にのぼれるよう街中に巣を張り、戦闘フィールドを広げたせいで、プレイヤーとチェスマン達が対応しきれず罵り合いになっているらしい。
まあ、性別も年齢も、出身国も社会的地位も、生い立ちもプレイヤー契約をした理由も。
何もかもが違うプレイヤー達を見知らぬ土地に強制転送して「協力しろ」というのは、だいぶ無理のある話だ。
プレイヤー同士で協力するのは無理だとしても、炎系魔法が使えるチェスマンは落としてくれるなよ、と思う。
現状、硬化した蜘蛛モンスターに対する唯一の有効戦力だ。
蛇の尾を撃ち抜いたキマイラの背に『遁行』と『跳躍』で着地し、氷魔法『アイスフィールド』を発動。
氷漬けになって砕け散ったそれから『二段跳躍』で離れ、『遁行』で他のモンスターと距離をとる。
が、そこに突っ込んでくるレッドドラゴン。
『危険察知』のおかげで回避はできたが、わりと深刻に休む暇がない。
ほんの一時、呼吸を落ち着ける時間が確保できれば―――
……ん?
(「……ナビ、今って『結界』の展開、できたりする?」)
「〈現在地は特殊な隔離空間です。ナビゲーターの機能は一部使用不可となっています。使用不可となっているサポート機能は、『結界』、『転送』、の二つです〉」
襲ってくるレッドドラゴンから逃げながら、やっぱりか、と遠い目になる。
最初からさほど期待はしていなかったが、地上攻撃部隊迎撃戦、過酷すぎない?
死ぬまで休息無しで戦えって、平和ボケした日本人にはとくに鬼畜じゃない?
だいぶ昔に24時間戦えるサラリーマンがいたらしいけど、そういうのはもう絶滅したと思うよ??
文句を言う暇もないので心の中で愚痴って、氷魔法の効きが悪いレッドドラゴンに、至近距離から『チェーンシードアローⅡ』発動。
緑の矢が二本現れて放たれ、当たった所からツルが爆発的な勢いで伸びて拘束しようとする。
しかしレッドドラゴンに触れたところから焼け焦げたように黒ずみ、巻きつくはしから炭化していってしまった。
足止めにもならなかったことに小さく舌打ちし、次の『ドレインフラワーⅡ』を試してみたが、これも体に埋まった種が、かろうじて芽を出したところで炭化して力尽き、花を咲かせるところまでいかなかった。
ちなみに『ドレインフラワーⅡ』も二つ出てきていた。
どうやらⅡが付いたことで、『チェーンシードアローⅡ』も『ドレインフラワーⅡ』も、一度に放てる数が一つ増えたらしい。
と、それは置いておくとして、やはりレッドドラゴンに緑魔法は効かないようだ。
氷魔法も、前回試して効果が低いことが分かっている。
となれば、残るはライフル連発のみである。
レッドドラゴンに捕まらないよう、『跳躍』と『二段跳躍』と『遁行』を駆使し、可能な範囲で距離を取りながらひたすらにライフルで撃つ。
地味な戦い方だしレッドドラゴンは怒り狂ってめちゃくちゃ追いかけてくるという、しんどいやつである。
「……終わってないけど、終わった」
そうしてどうにかレッドドラゴンを地道に倒した時には、もう肩で息をしながら、屋上の物陰に倒れこみそうなくらい消耗していた。
前回の地上攻撃部隊迎撃戦の時より、ドラゴンのステータスが上がっている気がする。
第二次侵攻で楽々倒せたドラゴンとは、まったくの別物だと考えた方がいいだろう。
おまけに他の飛行系モンスターも混ざって攻撃してくるから、『危険察知』で回避できるとしても、攻撃のリズムを崩され、対ドラゴン戦に集中できないのが面倒だ。
かといって、他の飛行系モンスターを先に倒そうとしても、そこにドラゴンが突っ込んでくるから、結局は乱戦になる。
なんという面倒くさい状況なんだ……
前回と同じく、他のプレイヤーもそれぞれ襲ってくるモンスターに対応するので手一杯で、ドラゴンに手出ししようとする人はいなさそうだし。
「一個ずつ、片付けてくしかないな」
ようやく呼吸を整え、意識を切り替えてそうつぶやいた時、『危険察知』が次の敵を知らせた。
真上。
後ろ向きに『跳躍』し、急襲を回避しながら狙いもつけずにライフルを撃つ。
背中を撃たれたグリフォンが怒りの咆哮をあげ、少し離れた場所で別のプレイヤーと戦っていたグリーンドラゴンがその声を聞いてこちらを向くのを肌で感じる。
同時に背後からハーピーの急襲がくるのを『危険察知』が報せる。
すべてが同時に進行していくが、呼吸を整え、意識を切り替えた私は一つ一つ、対処していく。
『二段跳躍』と『遁行』で他のプレイヤーのいない建物の屋根に着地。
今度はスコープでグリフォンを捉え、急所に三連発、撃ち込んで仕留める。
その間に猛スピードで追いかけてきたハーピーは、ギリギリのところまで引き付けて『アイスウォール』に激突させる。
頭から氷壁に激突し、建物の屋根に落ちて傾斜を転がっていくのを、これもまた冷静にスコープで捉え、急所に二連発。
砕け散る半透明の破片を視界の端に、猛然と突撃してくるグリーンドラゴンへ『アイスアロー』を叩き込み、怯んだ隙をついて『跳躍』と『二段跳躍』でその背中に着地。
『アイスフィールド』、発動。
緑系モンスターには氷魔法がよく効く。
氷漬けになり、そのまま真下へ落下していくグリーンドラゴンの背中を蹴って『跳躍』。
近くにあった気の流れに『遁行』し、近くの建物の屋根に着地するのと同時にライフルを構える。
ピシピシ、とひび割れていく氷の向こうにあるグリーンドラゴンの左眼と、スコープ越しに視線が結ばれた瞬間、トリガーを引いた。
口元はいまだ氷から解放されていなかったらしい。
グリーンドラゴンは断末魔の悲鳴もなく、氷漬けにされたまま半透明の破片となって砕け散った。
「これで4体。……ドラゴンは全部仕留めたか?」
最初に『心眼』で視た時、ドラゴンは6体いたはずだ。
今は超大型モンスターのいなさそうだから、私が4体仕留めている間に、他のプレイヤーが2体仕留めたのだろう。
まだ残っている飛行系モンスター、キマイラとハーピーを撃ち落としながら、地上から蜘蛛の巣を上ってくるモンスターにも注意を払う。
対空戦が終わったなら、次は地上戦だ。
まず、戦闘フィールドを広げる厄介な蜘蛛モンスターをどうにかせねばならない。
だが唯一有効な炎系の魔法を、私は取得していない。
さて、どうすべきか。
最後の1体となった飛行系モンスター、ハーピーが近くの建物から跳んだプレイヤーの長剣に刺し貫かれ、砕け散って消えていくのを眺めながら思案する。
炎系の魔法は有効……
場所を移動し、近くで巣を張って硬化している蜘蛛モンスターをスコープ越しにじっくりと観察してみるが、急所らしきところが見つからない。
やっぱり物理攻撃特化の防御スキルか、無効スキル持ちなんだろうか。
単純に硬いだけなら同じ所に連続して攻撃を当て、弱らせて強引にぶち抜く一点集中攻撃で押し切れるだろうが、無効スキル持ちの場合はどうにもならない。
物理無効なら、やっぱり炎系の魔法……、……あ?
(「ナビ。今、武器変更って可能?」)
「〈可能です〉」
(「焼夷弾を撃てるグレネードランチャーに変更したい」)
「〈変更完了しました〉」
仕事早いな。
さて、これで炎系の魔法の代わりに蜘蛛モンスターを燃やせたら大成功なんだけど。
というわけで、さっそく一発ぶち込む。
人工炎魔法、焼夷弾の威力はどうかな?
「うわぁ……。めっちゃ燃えるぅ……」
効果は抜群だ! って感じの光景を見おろし、私は思わずつぶやきながら何とも言えない顔になった。
だって凄まじい勢いで燃え上がる炎に巻きつかれて巣の中心から転げ落ちたうえ、地上をゴロンゴロン転げまわりながら黒焦げになって炭化して、ようやく動かなくなったところで砕け散る蜘蛛モンスター、わりとエグい。
いやでも敵だし。
モンスターだし。
まあ、いいか。
わりとすぐに割り切れたので、『跳躍』と『遁行』で次の蜘蛛モンスターを探し、発見したら即座にグレネードランチャーで焼夷弾をぶち込む、のを繰り返す。
ライフルの撃ち方と同じで、グレネードランチャーの扱い方も、習ったこともないのに“身体が知っていた”から、何の問題もない。
プレイヤーになった時、身体能力の向上と一緒に、一通り武器の扱い方を刷り込まれたのだろうか。
しかしこの焼夷弾、蜘蛛モンスターに炎が効果高いことを考えても、一発で仕留められるの凄いな?
(「ねえ、ナビ。なんで他のプレイヤーはグレネードランチャー使わないの? 蜘蛛モンスター、これならすごい楽に狩れるのに」)
「〈変更可能な武器の種類はランクアップによって増加します。武器『グレネードランチャー』はランク8から選択が可能です。この結界内に転送されたプレイヤーはランク8に到達していても武器『グレネードランチャー』への変更を行っていない、あるいはRxの他にランク8到達者が存在しない、等の理由が推測されます〉」
(「ええぇ……? その情報、初耳なんですけど。ランクアップで、変更可能な武器の種類が増える……? ってことは、初期ランクが低いと選べる武器がだいぶ少ない……? え。なんでこれ私知らなかったの?」)
「〈プレイヤー契約の後、初期装備を選択される際に提供した情報に含まれています〉」
(「そりゃ覚えてないわ」)
即、納得した。
プレイヤー契約後、初期装備の選択をしていたのは、第一次侵攻がすでに始まっていると知らされた直後のことである。
あの時はとにかく大慌てで、戦える状態に装備を整えることで頭がいっぱいだった。
そんな状況で細かい話まで覚えていられるほど、私の基本スペックは高くない。
ナビは説明したのかもしれないが、大慌てだった私は今必要な情報ではないと判断して聞き流し、そのまま忘れたんだろう。
声は出さずにナビと話してそんなことを考えつつ、身体は動かして着々と蜘蛛モンスターを仕留めていく。
そして結界内の蜘蛛モンスターをすべて倒すと、残りのモンスターは他のプレイヤーに任せて一度休憩をとることにした。
まだ無事な建物の高層階にあるベランダの陰に身を隠し、呼吸を整える。
そうしてほっと、気を緩めた瞬間。
―――――― ……ッ?!
何かが、起きた。




