Act.24『無の境地でストレッチ』
魚と鳥の動作実験をした日の午後は、まるごと『傀儡作成』を発動させて魚のぬいぐるみ作りに没頭した。
布を用意して型紙をあて、数体分まとめて裁断。
あとは一気に縫いあげていき、ワタと一緒にモンスター素材を詰め込んで完成。
半日集中したら14体作れたので、ひとまずこれだけあればいいだろう、と満足して道具を片付けた。
***
「〈全プレイヤーへ通達。侵略者による地上攻撃部隊の接近を探知しました〉」
翌日、早朝。
雪柳に「ご飯の時間よ」と指示 (物理)され、半分寝たままぼーっとご飯皿にカリカリを入れていたところで、いきなり緑色のルームランプになったナビが言った。
まだ半分寝たままの頭で「はぁ?」と見上げれば、ナビはいつもの淡々とした口調で続ける。
「〈探知した『**ル****ダ*』により、現在敵出現予測地点に結界を構築中。これより五分後、ランダムにプレイヤーの転送を行う〉」
五分後にランダム転送、と聞いてようやくはっきり目が覚める。
これ前もあったやつ!
ドラゴンに狙われまくって筋肉痛地獄になったやつ!
嫌だー!! 行きたくないよぉー!!!
と、心の中で叫びつつ雪柳のご飯皿をカリカリ山盛りにして、目覚ましに水を一杯飲んでからトイレをすませ、顔を洗ってさっぱりしたところで準備体操。
そこまでくると、もう何も考えるまい、という無の境地でストレッチの動作に入る。
地上攻撃部隊迎撃戦は強制参加だ。
侵攻戦の時のようにプレイヤーが戦場を選び、参戦するか否かを決めるような自由はない。
「〈現在構築中の結界は、現実に存在するものを完璧に複製した異空間であり、プレイヤー以外の生物は存在せず、破壊されたものは現実に影響しない。転送されたプレイヤーは、使用言語にかかわらず、結界内での他プレイヤーとの対話が可能となる。
この地上攻撃部隊迎撃戦では、モンスター討伐によりランクポイントの取得が可能。
結界は敵部隊の殲滅によって解除され、解放されたプレイヤーは再度別の結界へランダムに転送される。全敵部隊の殲滅完了をもって、地上攻撃部隊迎撃戦の完了とし、プレイヤーを元の地点へ帰還させる。
なお、契約しているチェスマンはプレイヤーとともに転送されるが、結界内で契約が解除された場合、単独で元の地点へ送還される。
同じくナビゲーターが戦闘続行不能と判断したプレイヤーも、元の地点へ送還される〉」
前も同じこと聞いたな、と思いながら、やっぱり「地上攻撃部隊を殲滅しねーとお前ら家に帰さねーから」って横暴すぎでは??? と、これまた前と同じことを考えるが、黙ってストレッチを続ける。
真夜中に叩き起こされるよりはマシだが、今回も寝起きなのは一緒なので、念入りに体をほぐしておく。
「〈時間です、Rx〉」
いつの間にか常の青いルームランプに戻っていたナビが言う。
私はプレイヤー装備に変更し、スキル『隠密』を発動させた。
「〈カウント開始。5、4、3、2、1、……0。転送完了〉」
ナビがカウントを終えた時、私はまたもや見知らぬ街に立っていた。
他のプレイヤーの探索系スキルに引っかからないよう、できるだけ物音や土埃を立てないよう気を付けて『跳躍』と『二段跳躍』で外壁を駆けのぼり、近くの建物の屋根の上に立つ。
面倒なので、国名も地名も聞かない。
どうせモンスターを殲滅させたら次の戦場に飛ばされるのだから、現在地がどこの国かなんて気にするだけ無駄だと前回の迎撃戦で学んだ。
ただ、風景を見て風の匂いを感じれば、ここが日本ではないと分かる。
そういえば、前回『転送』されたのも、ランダムといいながらすべて海外の都市だった。
プレイヤーを出身国で戦わせない意図が、いまいち不明だ。
今回もモンスターを閉じ込める結界を構築したというヒトの名前は、よく聞き取れなかったし。
数秒考えて、今すぐには答えを得ようもないことだと気付き、意識を現実に戻す。
ここはすでに太陽が顔を出していて、朝日を浴びる歴史的建造物が独特の威容を誇る。
たぶん地名を聞けば「ああ、ここが」と思い当たるような観光地っぽい感じだ。
が、残念ながら私は観光客ではないので、それらをのんびり眺めている暇はない。
「〈敵部隊の出現は、プレイヤー転送から一分後と推測されています〉」
前回も聞いたナビのアナウンスを聞き流しながら、地形と状況の把握に集中する。
古い建造物が点在する市街地。
所々に開けた場所があり、チェスマンを連れたプレイヤーがそこで待ち構えるべく陣形を組んでいる。
大通りは何本かあるし、小路も数多くあるが、隙間なく隣接して連なる建造物が目立つ。
際立って高い建物はないが、地上よりも屋上が主戦場になると予想したプレイヤー達が何人かいるようで、次々とチェスマンを連れて建物をのぼってきていた。
その中にはすでに探索系スキルを使っているプレイヤーがいるらしく、先ほどから私の『スキル探知』が働いているが、相変わらず「探られている」感はあっても「捕捉された」感はない。
私のスキル『隠密』のレベルがマックス値まで上がっているせいか、他のプレイヤーの探索系スキルには引っかからないらしい。
それでも前回の地上攻撃部隊迎撃戦では、ドラゴン達に見つけられて追われまくったが。
今回はそうならないといいなぁ、と願いつつライフルを構えなおしていると、ナビのカウントが始まった。
「〈敵部隊、出現します。カウント開始。5、4、3、2、1、0〉」
カウントが終わるのと同時に街のあちこちに黒い霧、湧きポイントが発生し、その奥からモンスターが飛び出してくる。
前回と同じ展開に、プレイヤーもチェスマンも落ち着いて迎撃を開始する。
私も屋上に出現した湧きポイントから飛び出してきたモンスターを連続して7体撃ち抜き、不意にゾワッと発動した『危険察知』に応じて『跳躍』と『遁行』でその場から離れた。
そしていくらか距離をとって着地し、自分を襲ったものを見て、ええ~? と思う。
今度はグリフォンにも襲われるの? マジで??
「〈敵部隊、出現。第二回地上攻撃部隊迎撃戦が開始されました〉」
ふよふよとのんきに浮遊するナビが言うのを聞きながら、はぁ、と諦めのため息をついた私はスコープにグリフォンを捉えた。
***
第二回地上攻撃部隊迎撃戦、最初の地で行われた戦闘の主戦場は、複数のプレイヤーの予想通り街並みの上になった。
しかしそれは飛行系モンスターが多く出たためではなく、地上に出現した蜘蛛モンスターの特殊技のせいだった。
その蜘蛛モンスターはプレイヤーには見向きもせず、建物と建物の間に巣を張り、地上から屋上まで続く階段のようなものを作ると、巣の中心で硬化して動かなくなったのである。
この支援行動により、飛ぶことができないモンスターも蜘蛛の巣をのぼって地上から屋上へ移動することができるようになった。
もちろん、途中で飛び降りて、地上にいるプレイヤーやチェスマンを頭上から急襲したりもする。
複雑化した戦況に、遅ればせながら蜘蛛モンスターの駆除をしようとしたプレイヤー達は、しかし巣の中心で硬化したそれの防御力の高さに苦戦することになる。
私も隙を見て一発当ててみたけど、素手で金庫をコンコンと叩いた時みたいな、「あっ、これダメだわ」という感触だったし、弾丸は軽く弾かれてしまった。
たぶん硬化した蜘蛛モンスター、物理攻撃特化の防御スキルか、無効スキル持ちなんじゃないかと思う。
魔法を使うことに特化したチェスマンが、炎系の攻撃魔法を連続して当てることで仕留めたところを一度見たけど、その攻撃で消費する精神力が大きいのか、魔法の連続使用には限界があるっぽいし。
今同じ結界内に『転送』されているプレイヤーの中に、炎系魔法を習得している人はいないっぽい。
……これ、わりとヤバいのでは?
前回と同じくドラゴンに追われ、それに加えてグリフォンやキマイラやハーピーなんかにも追われまくりながら、私は思わず遠い目になった。