Act.19『休養と、次なるダンジョンを求めて』
ラスボス戦の翌日から三日間は、休養兼『傀儡作成』とした。
ダンジョンを一つ攻略して踏破の証を得たことでちょっと気が抜けたのと、消費した傀儡の補充をしておきたかったのだ。
幸い、ぬいぐるみの腹へワタと一緒に詰め込むモンスター素材は、加工屋でアミュレットを作ってもまだまだたくさん残っている。
道具屋で買った現時点で一番良い布に型紙を当てて裁断し、チクチク地道に針と糸で縫い合わせて、次々とぬいぐるみを作っていく。
休養中、買い物にも出かけた。
第一次侵攻から一ヶ月ほど過ぎて、厳戒態勢が緩み物流が復活し、人々の買いだめ行動が落ち着いてきた、というのをテレビのニュースで見たので、そろそろ行けるかな、と思ったのだ。
時間は店の開店時間。
思った通りそれを待ち構えてまで駆け込もうとする人はおらず、私はコロ付きの荷運びキャリーを連れて食材と日用消耗品を買い込んだ。
重たいものや品質にこだわりがない物はネットショップで買ったりもするのだが (今はネットショップだと届くのに時間がかかったり、販売停止したりしているので、道具屋で買っている)、愛用品はできるだけ自分の目で見て買いたい。
それに、こういう用事がないと外に出るのがゴミ出しの時だけになるので、あえて自分を外に出すことにしている。
雪柳が具合を悪くしたら動物病院に駆け込まないといけないし、そういう時にすぐ動けるようにするには、日頃から定期的に外出して外に慣れておくのも大事なことだ。
まあ、それでもあんまり外には出たくないから、必要な物を買ったらすぐ帰っちゃうんだけど。
***
休養、買い物、『傀儡作成』と『調理』で三日間が過ぎると、私はプレイヤー装備で外へ出た。
私のマンションの部屋から数キロ離れた場所にある三階建ての民家の屋根に立ち、『心眼』で周囲を見渡す。
今日の目的は、次のダンジョンに入るための下準備。
三つのゲートの近くまで行って、ナビの『転送』先に登録することだ。
二日間に一ヶ所くらいのペースで登録できたらいいな、という程度のゆるい目算で、『跳躍』と『二段跳躍』、『遁行』のスキルレベル上げも兼ねて自力で移動する。
ゲートの場所はネットでいくらでも調べられるので、家から近い浅葱駅前ゲート以外の三ヶ所をピックアップし、地図で確認済み。
今日行くのはその中でも一番近い、川を挟んで隣の市、藍市に出現したツインタワー前ゲートだ。
『跳躍』で気の流れに飛び込み、『遁行』で目的地へ向かって一気に移動していく。
気の流れはT字路や高低差のある建物で急に途切れていたり、逆に坂道や並木道で加速したりする。
その流れを乗りこなし、たまにそこから飛び出して『二段跳躍』で別の流れにもぐり込むのは、ゲームみたいで面白い。
たまに看板や細い木を『透過』ですり抜けたりするのも、ちょっとドキドキしていいスパイスになる。
そうして遊んでいたら、隣りの市まではあっという間で、一時間もかからず目的地のツインタワー前ゲートに到着してしまった。
たぶん、新しく作ったアミュレットの効果、速度アップ (大)の影響もあるだろう。
しかし、到着してもゲートには警備の警察官と作業服姿の政府職員が常駐しているし、たまにプレイヤーとチェスマンっぽい人達の出入りもある。
発見される可能性を上げたくないので、ゲートから少し離れたビルの屋上でナビに言う。
(「ナビ、ここを『転送』の一つ目の地点に更新登録して」)
「〈了解しました、Rx。当機のサポート機能『転送』の一つ目の地点を、Rxの現在地に設定しました〉」
前に登録した一つ目の地点は、ダンジョン『翡翠の虚根』の入り口だった。
踏破した今、そこを登録地点として残しておく必要はないので、現在地を上書き登録する。
さて、一つ目の目的がサクッと達成できてしまったところで、次はどうしようか。
考えながらゲートを観察していると、他のプレイヤーと一緒に入るのは、意外と簡単にできるのでは? と思えてきた。
というのも、まだ入り口でモンスターの姿も無いから、プレイヤーにもチェスマンにも、あまり緊張が見られないのだ。
しかも、ゲートはプレイヤーとチェスマンが入ったことを確認した警察官が閉めている。
静かに最後尾について一緒に入り、レベルがマックス値まで育った『隠密』の働きに期待して、入った後もすみっこで黙っていれば、誰も気づかないんじゃなかろうか。
まあ、たまたま探索系スキルをマックス値まで育てているプレイヤーかチェスマンと遭遇したら、どうなるかは分からないが。
うーん、としばらく迷ってから、私はツインタワーに背を向けた。
イチかバチかにトライするより、まずは当初の予定である「三つのゲートの近くの地点をナビの『転送』先に登録する」のクリアを優先することにしたのだ。
ここまで来るのに、『跳躍』と『二段跳躍』、『遁行』と『透過』を駆使して飛ぶように街並みの上を駆け抜けてきたのが意外と楽しかったから、というのも理由の一つだけど。
ともかく楽しく遊びながら街の上を駆け抜けて、私はその日のうちに残り二つのゲート近くに転送先登録を完了した。
紅梅市の市民公園モニュメント前ゲート。
菫市の大型ディスカウントストア前ゲート。
気の流れに乗って長距離を移動できる『遁行』が優秀で、けっこう遠いところにあるゲートでも、その距離を感じさせないくらいあっさり移動できてしまった。
プレイヤーの身体能力向上の効果とスキルの有用性を改めて実感する。
とんでもなく面白い力が、与えてもしょうがない奴のところに転がり込んできてしまったものだなぁ。
動くのが楽しいと思うなんて、生粋のインドア派の私には生まれて初めてのことじゃなかろうか。
なんだか駆け回っているうちに次のダンジョンのことから興味が薄れてしまい、私はそのまま数日、街や野山を駆け巡った。
***
数日後。
朝食をとっていた私に、突然緑色のルームランプになったナビが告げた。
「〈全プレイヤーへ通達。侵略者の一斉攻撃により、ゲート耐久値が急激に低下。残存耐久値3%。ゲート破壊後、第二次侵攻が開始されます〉」
テレビを消してモンスター肉入りの味噌汁をゴクリと飲み干し、残りのご飯をかきこんでお茶で飲み込む。
これから何時間、生理現象停止状態でいることになるか分からない。トイレをすませておき、雪柳のご飯皿も山盛りにして、水も多めに入れておく。
「〈ゲート崩壊。封印が破られました。モンスター多数出現、インベーダーが侵略を開始〉」
プレイヤー装備になった私はその声を聞きながら『隠密』を発動させ、外へ向かって『遁行』する。
「〈第二次侵攻の発生を宣言する。全プレイヤーはこれを阻止せよ〉」
地上攻撃部隊迎撃戦とは違う、現実世界への二度目の侵略が始まった。