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Act.2『引きこもり歴三年の私と、情報収集』



「うぬぅぅ~~。筋肉痛ぅぅ~……」


 第一次侵攻の翌日、私はコタツにもぐってうめいていた。

 プレイヤー契約をしたことで身体能力が強化され、常人以上の動作ができるようになったが、元が運動不足の引きこもり。

 なので戦闘ハイで動きまくった結果、プレイヤー装備を解除した後で一気にきた疲労と筋肉痛が鬼畜レベルの辛さ。

 予想はしていたが、帰宅して装備を解除した後、床に倒れてしばらく動けなかったほど。


 できればベッドでお布団にくるまってぬくぬくしていたかったのだが、お猫様の世話人にそんな贅沢は許されない。

 今日も今日とて朝の5時半に顔面乗っかりという「朝ご飯の時間よ」とのご命令 (物理)を受け、筋肉痛で壊れかけのロボットみたいになりながら、どうにか朝食を用意。

 ……したのだが、そこまでで体力が尽きたので、そのまま近くにあったコタツにもぐりこんで電源を入れた。

 お布団に戻るよりコタツの方が近かったし、少し待てば暖かくなるから、しばしの寒さは我慢することにしたのだ。


 ちなみに私が「雪姉さん」と呼ぶ我が家のお猫様「雪柳(ゆきやなぎ)」は、朝ご飯の催促をしたくせに用意したカリカリを一口も食べず、コタツの中でぴったりと私にくっついてのほほんとしている。

 雪のように白く美しい毛並みに黄金の眼のお猫様は、今日も自由に我が道をゆく。


 あの顔面乗っかり攻撃はなんやったんや……

 お腹空いてないなら、早朝五時半に突撃してきた意味は……?


 筋肉痛でギシギシきしむ体に難儀しつつ、深いため息をついて苦笑する。

 それでもコタツの中でぴったりと寄り添う小さな体の、やわらかな温かさを愛しく思ってしまうから、私はお猫様の世話人なのだろう。


 とはいえ、私たちが一緒に暮らすようになったのは、三年前からなのだが。


 雪柳は最初、私の両親が飼っていた。

 しかし三年前、両親が突然の事故死。

 一人っ子だった私は専門家の人達に相談して諸々の手続きをすると、両親が住んでいたマンションの部屋を解約し、遺された雪柳を引き取って、ペットを飼える2LDKのマンションに引っ越した (防音完備、二つの部屋の間の扉にペットドア付き)。


 そしてついでに、当時働いていた会社を辞めた。


 転職先のあてもなかったけれど、とにかく当時は父と母を一度に亡くしたショックで無気力になっていて、雪柳の世話をするついでに自分の食事を喉に流し込むのが精一杯、というありさまだった。

 とてもじゃないけど、ブラック企業化しつつあったグレー企業で働くだけの力なんて、無い。


 私が働いていたのは、高校を卒業してすぐ就職し、堅実な経営をする社長のもと、頼りになる先輩たちに恵まれた良い職場だった。

 しかし社長が急病で入院し、そのまま療養のため引退して息子が社長職を継ぐと、だんだんと雲行きがあやしくなっていったのだ。


 なのに、先輩たちは先代社長に恩があるからと辞めないし、私も先輩たちに恩があると思っていたから、一人で逃げ出すみたいに辞められない。

 そんな流れで、経営状況が徐々に悪くなってブラック企業化していくのを感じながらも、ズルズルと働き続けていたのだ。


 けれども、先輩たちには申し訳ないが、もう当時の私にはあの会社で働く気力も無かったし、未練も無かった。

 退職の挨拶と私物の片付けに行った時、新社長がスカウトしてきたとかいう人事部長にグチグチと嫌みを言われたが、何を言われたかも忘れてしまった程度には、すべてがどうでもよかった。


 それから、三年。


 一年目はただただボーっと過ごしては、雪柳に「ご飯の時間よ」攻撃を食らい。

 二年目はちょっと動けるようになったので、猫用のオモチャを作るために手芸をやりはじめて、うっかりぬいぐるみ作りにハマり(雪柳と同じカラーリングのぬいぐるみを作りまくったし、他の動物のぬいぐるみやバッグ、ポーチ、コースターとかも作った)。

 三年目は猫でも食べられるおやつを作ろうとして、これまたうっかり人間用レシピにもハマった(時短とか、作り置きおかずとか、お菓子とか、薬膳とか、圧力鍋の有効活用レシピとか作りまくった)。


 そんなこんなで、現在の私のステータスは「二十六歳/女/独身/無職」。

 付き合いのある親族はおらず、高校時代に色々あって連絡を取り合うような友人もいない。


 だけど、とりあえず今日も生きている。


 ……うん。私、雪柳のおかげで生きてる気がする。

 まあ、だから呼び名が「雪姉さん」なんだけど。

 いつもお世話になっております。


「ん? ナビ、今のコレ、なに?」


 じんわりと暖まってきたコタツの中でぬくぬくしていると、スキル『心眼』が作動した時のような感覚を“受けた”ので、ナビに聞いてみる。


「〈他のプレイヤーが近くで探査系のスキルを使っているようです〉」


 ずっと空中をふよふよ浮遊している青いルームランプ……、ではなく私のナビゲーターが答える。


「ああ、他のプレイヤーのスキルを受けるのって、こんな感じなんだ。でも、探査系スキル、ねぇ……? 私の『心眼』とはだいぶ違うやつっぽいな。『心眼』は視るスキルだけど、これはコウモリが音波反響で位置把握するのに近い感じ? 何かを発信して、反響を受信してる的な。いやでもなんか、物質はスルーして、生体反応だけ探ってる、のか……? となると、熱源探知機の方が近い……?」

「〈はい、Rx(レクス)。あなたの『心眼』とは異なるスキルが使用されています〉」

「そのスキル名は?」

「〈当機がその情報を提供することはできません〉」


 そう、と頷いて、少し考える。


「ナビはこのスキルで探知されるの?」

「〈モード設定によって判定が変化します。現在の設定では、当機のナビゲート対象であり、契約者であるRxのみが当機を認識、対話することが可能。よって他のプレイヤーの探査系スキルで当機を探知することはできません〉」

「ああ、そういえば昨日、その設定にしたんだっけ」


 言われて思い出す。

 目立ちたくないので自分はスキル『隠密』を常時発動して、ナビには他の人に見えないようモード変更させたのだ。


 そういえば、ナビを認識できる私がスキル『心眼』で視ると、ナビは鳥だった。


 一人称は「当機」、形状は新型のルームランプっぽいナビが、鳥。


 共通点は「空を飛んでいる」くらいなので、正直 (いやいやいや。いくらなんでも無理があるのでは??)と思うのだが、『心眼』は「それは鳥」と認識している。

 どうしようもないことだし、どうでもいいことなので、あんまり気にしてないが。


 ついでに他のプレイヤーに付いてるナビゲーターも“鳥”認識だけど、居る場所も動作も形も、笑えるくらい鳥じゃなさすぎるので、ちょっと観察すればすぐ分かる。

 探査系スキルを使っているプレイヤーも、その特徴からナビ経由で潜伏プレイヤーを探しているのかもしれない。


「他のプレイヤーに見つかるのも面倒だし、急にルームランプみたいなのが同居することになったら雪姉さん驚くだろうから、その設定継続でよろしく」

「〈はい、Rx。現在のモード設定を維持します〉」


 話が終わったところで探査系スキルの範囲から外れたことを感じ取り、う~ん、と伸びをした。

 他のプレイヤーが早朝から探査系スキルで何を探しているのか、については嫌な予感しかしないのでスルーしておくことにして。

 まだ六時だが、二度寝するには昨日あったことが刺激的すぎて、目が冴えてしまっている。


「とりあえず、今日やることは情報収集だな。……それじゃあまずは私のご飯タイムにするか」


 コタツから出て、朝の涼気にぶるっと震えた。

 三月中旬とはいえまだまだ冬の寒気が残り、けれど桜の蕾はほころびつつある、そんな日。

 私はパジャマの上にモコモコの上着をはおって、キッチンに向かった。



 ***



 それから筋肉痛がおさまるまでの三日間ほど、私はマンションの部屋でのんびりとステータスのチェックや情報収集をしていた。


「うーん……。政府から国民の皆様へ、プレイヤー契約をした人は行政機関へ申請をしましょう、ねぇ……。とうとうニュースから飛び出してCMまで流し始めるとか、本気ですなぁ。そのうちプレイヤー目撃情報に賞金出します、とかやりそう……」


 申請する気ゼロの私は今、数日前に作った抹茶クッキーをかじり、ミルクティーを飲みながらテレビを見ている。


 引きこもりな私の情報源は、テレビとインターネットの二つだ。

 テレビのニュースで報じられる情報はそこそこ信用していいだろうが、国営放送局は確実なものしか報道しないので、現段階でプレイヤー関連の情報はほぼゼロ。

 民放は偏りや過剰表現がひどい印象があるので、今のところ情報源として使うつもりは無い。


「『プレイヤー』という存在の出現」

「プレイヤーを補佐する『ナビゲーター』の存在」

「すべてのナビゲーターが先日の災禍を『第一次侵攻』と呼称した」


 国営放送局が報じるプレイヤーと侵攻についての情報はこれだけで、後は、


「各地の被害状況」

「事後処理に自衛隊も出動し、現在懸命な救出活動が行われている」

「現在判明している死傷者と行方不明者の数」

「全国の教育機関が政府からの通達により休校」

「まだ討伐しきれなかったモンスターが残っている可能性があるため、ライフラインに関わる職種以外の社会人にも外出自粛を要請」

「モンスターを見かけた場合は、安全を確保してから警察に通報するように、との首相から国民への呼びかけ」

「物流は止めないよう対策しているので、食料品などを過度に買いだめしないように、との内閣官房長官からの呼びかけ」


 以上が主な内容で、被害情報を更新しつつ、ニュース番組のアナウンサーはこれらを繰り返すだけになっている。

 なので、テレビは政府の対応や世間の反応、世界各国の動向を知るために使うものだな、と判断した。


 ちなみに日本政府の対応としては、


「外出自粛の要請と、買いだめ行為の自主規制のお願い」

「プレイヤー契約をした国民の確保 (民放でもCM流し始めた)」

「各国首脳との緊急会談で、この事態に連携して対応していくことを確認」

「第一次侵攻の後処理の経過報告 (瓦礫の山と化しているゲート周辺では、今も行方不明者の捜索が行われており、二次災害の危険があるので一般人は立入禁止。……なのだが、現職の警察官や自衛官でプレイヤーになった人達が、ゲートを通ってダンジョンの探索をしているらしい、という真偽不明の情報がインターネットにあった)」


 以上がニュース番組で報じられている。


 まあ、政府がプレイヤーを確保したがる気持ちは分かる。

 なにしろ第一次侵攻は、プレイヤーがどれだけモンスターに有効な兵器となるか、を見せつけるデモンストレーションのような状態だった。

 このため日本だけでなく、世界中の国家機関がプレイヤー確保に必死になっているらしい。

 海外派遣されているアナウンサーが時々ニュースに出てきて、各国がプレイヤー確保のためにどうしているか、という話を伝えている。


 そうして冷静に仕事をしている人々がいる一方、インターネットでは大騒ぎだ。

 こちらは情報の精度なんて求める方が間違っている世界だから、ぜんぶ「ふーん」と流し読みして大筋を見る。


 すると現在のネットの世界では、


「第一次侵攻ということは、第二次侵攻もあるのか? という不安や恐怖、それへの政府の具体的対応が報じられないことへの不満」

「この災禍が異次元からの侵略行為によるもので、海外では『幻想侵蝕ファンタジー・イクリプス』、あるいは略して『イクリプス』と呼ばれつつある」

「プレイヤー契約をして第一次侵攻で活躍したが、その後、急にプレイヤーとしての資格を失った人が複数いる (資格喪失の条件については、今のところ確定的な情報は無さそう)」

「第一次侵攻より後にプレイヤー契約をした人はいないらしい (侵攻後に契約した、という自称プレイヤーの発言は複数あったが、彼らは他の人に「それなら契約したナビゲーターの写真を投稿しろ」と言われると消えるので、信憑性はほぼゼロ)」


 などの話が主流であるようだった。


 あと、プレイヤーが他のプレイヤーに向けて情報交換を呼びかけるために立ち上げたサイトがあったらしいが、ほんの数時間で削除され、履歴さえ辿れなかった、という怪談みたいな話もあった。

 もしこの話が本当のことなら、サイトを立ち上げたプレイヤーはどうなったんだ……?


 インターネットの世界は本当に玉石混交だなぁ、と思う。



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― 新着の感想 ―
[一言] 餌ーと騒ぐ割には餌をやっても喰わないこともある家の猫。 そういう意味ではリアルかも。
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