Act.17『言い残す言葉が一つしかないことに笑った』
昨日の最終到達地点に『転送』してもらうと、性格「気まぐれ」のネコ型傀儡を3体アイテムボックスから取り出し、ダンジョンに放つ。
(「何かあったら拾ってきて」)
ライオンくらいのサイズになって、もはやヒョウかトラみたいに見える気まぐれなネコ達は、あっという間に鍾乳石の間に入っていって姿を消した。
とはいえ『心眼』でどこにいるのかは分かるので問題はない。
あとは哨戒役の性格「慎重」を2体と、攻撃向きの性格の傀儡を10体取り出し、一斉操作でスイッチと巨大化をオン。
(「分かれ道は右を選びながら進め。敵を発見したら倒せ。相手が自分より強い場合は回避し、損傷を避けろ。敵がいない時の進行速度は私の歩行速度に合わせろ。……行け」)
いつものように発声無しで命令を出したら、いつでもライフルを撃てるよう構えて探索開始。
今日も今日とて見慣れた青緑色の洞窟を進む……、はずが。
「……霧?」
しばらく進んだところで急に白い靄が立ち込めてきて、足を止める。
同時に進行速度を私に合わせるよう命じられているぬいぐるみ軍団も止まった。
「何も見えんなぁ……。特殊フィールドか、何かしらのイベントか?」
肉眼でも『心眼』でも、この白い霧の向こうに何があるのか、まったく見えない。
ただ、こういう場合、進むとめちゃくちゃ強いモンスターがいるんだろうな、という予測はできる。
さて、どうしたものか。
一瞬考えたが、いいかげんこの洞窟に飽きていたこともあって、私の足はあっさり一歩踏み出した。
そこへ、珍しくナビから声がかかる。
「〈Rx、警告します。進行方向に当機のサポート機能、『結界』、『転送』が使用不可となる領域が存在します〉」
発言は短かったが、内容はかなり重要だった。
「なるほど。挑んでみてダメだったら離脱、っていうのはできない仕様なわけね」
ちょっと考えて、言い残す言葉が一つしかないことに笑った。
「雪姉さん、死んだらごめんよ」
気まぐれなネコ傀儡達を呼び戻してアイテムボックスに回収し、今持っている傀儡のうち戦闘向きのものをすべて取り出して、命令。
(「敵を見つけたら全力で攻撃しろ。……行け」)
そうして私は今度こそ白霧の中に踏み込んでいった。
***
霧の向こうにあったのは、入り口も出口もないドーム状の閉鎖空間だった。
その中央に小さな森のようなものがあるが、……蔦や根がウネウネと触手のように動いている。
森の根元は丸く盛り上がっており、根っこで覆われてよく見えないが、おそらく巨大なモンスターの本体だろう。
BGMも派手な咆哮もなく、その戦闘は私のぬいぐるみ軍団が前方にあるものを敵だと認識したことで静かに始まった。
傀儡として動くようになっても、ぬいぐるみは吠えない。
ただ布とワタではありえないはずの攻撃力でもって敵に襲いかかり、反撃に動いた蔦や根の突き刺し攻撃、巻き付き攻撃を避ける。
私も『アイスアロー』で攻撃に加わる。
フォレストタートルとの戦闘で分かっていたが、緑系統のモンスターには氷魔法がよく効く。
たまたま見つけた宝箱から氷魔法を得られたのは幸運だった。
そうしてたまに蔦や根に突き刺された傀儡が消えたが、戦闘はほぼ一方的に進んだ。
巨大なモンスターの上にある森はぬいぐるみ軍団に蔦を引きちぎられ、木々をなぎ倒され、根をむしり取られて規模を縮小しつつある。
順調だ。
……順調、すぎないか?
森の規模が半分ほどにまで減った頃、ゾワッと嫌な予感がした私は急いで壁際まで離れ、アイテムボックスから残っていた傀儡をすべて取り出してスイッチと巨大化をオン。
(「私を守れ」)
命令はギリギリで間に合った。
それまで一方的に攻撃されっぱなしだった森が、根元から複数の中型モンスターに分裂し、ぬいぐるみ軍団への猛反撃を開始したのだ。
その姿はハリネズミに似ている。
けれど私の記憶にあるハリネズミより黒っぽいし、サイズは大型犬くらいと、なかなかに大きい。
しかも背中にみっしりと生えた木の枝や幹、根っこを針のように尖らせ、突進して突き刺すことで攻撃してくる。
モッサリとした愚鈍そうな見かけに反して、動きが速いのも厄介だ。
それまで大きな敵を一方的に攻撃をしていたぬいぐるみ軍団は、急に分裂して突き刺し攻撃に特化したハリネズミモンスターに、一気に数体やられた。
かろうじて避けたものも、敵の素早さに翻弄され、なかなか有効な攻撃が入らない。
しかし、『危険察知』のおかげで壁際への退避と護衛役の確保ができた私は、冷静にその状況を観察することができた。
大きな塊から分裂したハリネズミモンスターは、それ以上は増えないようだ。
それなら地道に数を削っていけばいずれ終わるだろう。
それに、見た目よりは素早いが、私の傀儡達の中でも能力値の高い個体は追いつけている。
加えて『鷹の目』が、このモンスターの弱点は「眉間から生える双葉」と、ひっくり返した時に見える「腹部の中心」だと告げている。
ハリネズミモンスターとぬいぐるみ軍団との乱戦状態になっているが、これまでのダンジョン探索でこの状況にはわりと慣れている。
私は自分の攻撃手段をライフル狙撃に決め、狙えるものから次々と「眉間から生える双葉」を撃ち抜いた。
そこを撃ち抜かれたハリネズミモンスターは、一時的にトゲトゲした枝や根をしんなりさせて仰向けにひっくり返るので、運が良ければ近くにいる傀儡が腹部にトドメの一撃をぶち込んでくれる。
残念ながらその援護が期待できない場合は、ひっくり返ったハリネズミモンスターの「腹部の中心」を自分で撃ち抜いて仕留める。
そうして1体、また1体、と地道に数を減らしていく間に、私の盾となってくれている傀儡が耐久値を擦り減らし、断末魔の悲鳴もなくただ小さな破片となって消えていく。
けれどどうにかすべての傀儡を失う前に、最後のハリネズミモンスターの腹部を撃ち抜いた。
最後の1体から色が抜けて砕け散ると、視界の端をアナウンスが流れていく。
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの葉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの肉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの葉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの核』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの葉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの葉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの肉・上』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの核』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの肉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの葉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの肉・上』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの葉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの肉』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの肉・上』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの枝』取得
――― ドロップアイテム『ツリーポーキュパインの核』取得
――― ドロップアイテム『魔法書「緑魔法・中級編」』取得
――― 7800E取得
倒した数が多かったせいか、怒涛の勢いでアナウンスが流れていった後、目の前にいきなり緑色の宝石がふわふわと落ちてきて、思わず差し出した手のひらにポトリと落ちた。
――― ダンジョン『翡翠の虚根』踏破の証『翡翠の紋章』取得
視界の端を流れていったアナウンスを見て、はじめてここが『翡翠の虚根』という名前のダンジョンだったのだと知った。
あと、ドロップアイテムのアナウンスで、ずっとハリネズミのモンスターだと思っていたラスボスが、じつはヤマアラシだったことも知った。
いや、普通の人はハリネズミとヤマアラシの見分けとかできないから。
なんか見覚えのあるハリネズミとはちょっと違うなーとは思った気がするけど、そんな深く考えてる暇無かったし。
私、動物学者じゃなくて、ただの引きこもりだし……
誰にともなく心の中で言い訳していると、ナビがふよふよと近づいてきて、パカッとその腹部をコンパクトみたいに開いた。
「〈ナビゲーターにはダンジョン踏破の証を収納するスペースがあります。どうぞご利用ください、Rx〉」
だからっていきなり腹パカする???
なかなかの衝撃で、私かなりびっくりしたんですが???
……ナビはポカンとして動かない私の前で、腹パカしたままふよふよしている。
「はぁ……」
なんだかもう反応するのも面倒で、葉っぱの形をした『翡翠の紋章』を、ナビのお腹にある同じ形の窪みにはめ込んで収納してもらった。
すると、それが合図だったかのように周囲の景色がいつもの洞窟の道に戻り、ナビのお腹も蓋が閉じて元に戻った。
継ぎ目が分からないくらいきれいに戻ったので、そうなるとやっぱりルームランプみたいに見えるなぁと思った。
「〈Rx、報告します。当機のサポート機能、『結界』、『転送』が使用不可となる領域が解除されました。サポート機能、使用可能です〉」
よし。それじゃあ帰るとするか。
私はラスボス戦を戦い抜いた傀儡17体のスイッチと巨大化をオフにしてアイテムボックスに回収し、現在地をナビの『転送』の二番目に登録更新してから、『転送』で帰宅した。
「雪姉さん、ただいま」
マンションの部屋に戻るとプレイヤー装備を解除して、いつも通りに声をかける。
窓辺で日向ぼっこをしていた雪柳は頭だけ上げて振り向き、くあっとあくびをしてから、また昼寝に戻った。
いつも通りのそれがみょうにおかしくて、笑ってしまった。