Act.15『中ボス(?)との遭遇と予想外のドロップアイテム』
「近接戦闘タイプのぬいぐるみ軍団と、ライフル装備で遠距離攻撃タイプの私、相性がいい」
帰宅後、お風呂に入り、さっぱりした体をストレッチでほぐしながら、私は「うむ」と頷いた。
この戦法は、自分が作った動くぬいぐるみを消耗品の道具として戦闘に投入できる私の性質とも相性がいい。
となれば、やることはぬいぐるみの量産だ。
作れば作るほどスキルのレベルが上がり、耐久値と能力値の高い物が出来上がるようになるし、弱い傀儡でも数で殴れば倒せるモンスターもいるだろう。
たとえ倒されても『傀儡の欠片』が残るから、それで能力値の高い傀儡の耐久値を回復させて次に使えばいいし、その気にならなければ使わず貯めておいてもかまわない。
そうして私は今までも夢中だった『傀儡作成』に、さらにのめり込んでいった。
***
家でのぬいぐるみ作りと、ダンジョンでのぬいぐるみ軍団の進撃 (私は後ろから狙撃と魔法で援護)。
数日はそれで順調に進めたが、ちょうど四月に入った頃、ちょっと変わったモンスターに遭遇して、ぬいぐるみ軍団の快進撃は止まった。
今私が探索している浅葱駅前のゲートから入ったダンジョンは、中央に広い道があり、左右には鍾乳石が林立して見通しが悪い青緑色の洞窟だ。
だからこのダンジョンでは、基本的に左右の鍾乳石の間に隠れたモンスターが飛び出して襲ってくるか、天井からぶら下がった鍾乳石にくっついていたモンスターが落下の勢いを利用して飛びかかってくる、というパターンの二つだ。
たまに前から群れで突撃してくるモンスターもいるが、そういうのは数が多くても個体は弱いので、勢いのわりにあっさりとぬいぐるみ軍団に蹴散らされるから問題ない。
しかし、今日遭遇したモンスターは、今までのどのパターンとも違った。
ズシン、ズシン、と重たげな足音を響かせながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる巨体。
体中に根や蔦が絡まり、背中の上に小さな森をのせた亀に似たモンスターだ。
距離があるうちに『心眼』でそれを見つけた私は、今のぬいぐるみ軍団では足手まといになると判断して進行停止命令を出し、スイッチをオフ。
アイテムボックスに回収して、自分は鍾乳石の間に身を隠した。
亀モンスターは私に気づいていないのか興味がないのか、しばらくするとのっそりと姿を現し、ゆっくりとした足取りで通り過ぎていく。
レベル表示のないこの現実では、挑むか止めるかの判断材料はほぼ勘だ。
迷ったところでその勘が (「たぶん、ヤれる」)と言ったので、私は亀モンスターが通り過ぎるのを待って、背後に飛び出した。
初手、『アイスフィールド』。
思ったより効果があり、苦痛のうなり声をあげたモンスターは四つ足まで凍りつき、巨体のせいもあってすぐには身動きが取れない。
次手、『アイスアロー』。
なにしろ動かないうえに巨体である。
外しようのない的に向けて連続で氷の矢を射続け、さすがに疲れてきたところでライフルを構えて狙撃に切り替えた。
背後からの一方的な攻撃。
森を背負った亀モンスターに対して、私の氷魔法は今までで一番高い効果を発揮し、凍りついたフィールドに完全にその巨体を捕らえた。
さらにそこへスキル『鷹の目』による急所へのライフル狙撃。
二本の後脚を破壊し、側面からゆっくり前へ回りながら前脚一本を破壊。
最後に頭部を破壊したことで亀モンスターの巨体から色が抜け、半透明の破片となって砕け散った。
――― ドロップアイテム『フォレストタートルの蜜琥珀』取得
――― ドロップアイテム『フォレストタートルの肉・上』取得
――― ドロップアイテム『魔法書「緑魔法の素養」』取得
――― 3500E取得
視界の端を流れていったアナウンスに驚く。
「魔法書ってモンスターからもドロップするんだ?!」
偶然見つけた宝箱から手に入れたので、そういうのがなければ得られないものだと思っていた。
とりあえず気になるので、まだ一時間経っていないけど休憩することにした。
ナビに『結界』を展開してもらい、ハンモックチェアを出して座ると、アイテムボックスを開いて『魔法書「緑魔法の素養」』を取り出す。
名前通り緑色の、豪華な装丁の本だ。
それを開けば、前と同じく急に重さが消えて本が緑色の光の球体に変化し、私の身体に吸い込まれるようにして消えた。
――― アイテム『魔法書「緑魔法の素養」』使用
――― スキル『緑魔法』取得
視界の端を流れていくアナウンスを見て、ステータス画面を開けば、確かに特殊スキルの欄に新しく『緑魔法』が増えている。
種類は『氷魔法』と同じく三つで、『チェーンシードアロー』と『ドレインフラワー』と『グラスフィールド』。
一つ目の『チェーンシードアロー』は緑の矢が一つ出てくる魔法で、それを放って敵に当てると、当たったところから植物のツルが伸びて敵を拘束する。
二つ目の『ドレインフラワー』も緑の矢が一つ出てくる魔法で、それを放って敵に当てると、当たったところに種が埋め込まれ、そこから敵のエネルギーを吸い取って成長し、花を咲かせる。
この花の中からはたまに結晶が見つかり、それは素材として使える。
最後の『グラスフィールド』は自分を中心に半径10mの地面を円形に草地に変え、その上にいるモンスターすべてに無数の草を絡み付けて拘束するのと同時に、締め付けのダメージを与える。
草地になったフィールドは10分で元に戻るが、それより前にスキル解除で戻すこともできる。
「うわぁ~。怖ぁ~。拘束系と吸精系とは、さすが緑魔法だねぇ」
なんだか感心してしまったが、べつに緑魔法に偏見はない。
とあるゲームで草タイプのヤツにあと一歩のところでドレイン系の技を使われて負けたのを覚えていて、そういうイメージがあるだけだ。
……いや、これ偏見っていうか、根に持ってるだけか。
まあそれは置いておいて。
(「ねぇ、ナビ。あのフォレストタートルっていうモンスター、このダンジョンの中ボス的なやつ?」)
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
ふむ。予想通りの答えが返ってきたな。
やっぱりナビからダンジョン攻略に関わる情報を得るのは難しそうだ。
「う~ん。どうするかな~」
現状、どうにも終わりの見えないダンジョンの中で、この先の方針に迷う。
慣れたダンジョンでもうしばらくぬいぐるみ軍団を鍛えたいが、他のダンジョンに入ってフォレストタートルみたいなモンスターを探し、他の魔法を手に入れてみたい、とも思う。
「でも、魔法書が確実に手に入る保証は無いし。他のダンジョンに入るには、浅葱駅前のゲートとはまた別の、違うゲートに入らないといけないんだよねぇ」
封鎖を解除されたゲートはまだほんの一部で、そのすべてに政府職員が配置され、一人でも多くのプレイヤーを確保しようと待ち構えている。
封鎖を解除されていないゲートには監視カメラが設置されていて、二十四時間録画されつづけている。
「んんんんん。どっちも通り抜けるのが面倒くさそう……」
眉間にしわを寄せ仏頂面になってうなるが、それで名案が浮かんでくるはずもない。
せいぜい「ゲートに入るプレイヤーの後ろから『隠密』で一緒に通り抜けてしまえばいいのでは?」くらいだが、一緒にゲートを通るくらい近づくことになるプレイヤーにこちらの存在を気付かれたら、よけい面倒なことになりそうで迷う。
「ダメだな。今は決められない。ってことで、現状維持だね」
方針決定。
悩んでも決められないことは、今決めなくていい。
私は今日の仕事も明日の仕事もない引きこもりだ。
急がないし、焦らないし、慌てない。
だって、それを強要してくる人はいないのだから。
(「ナビ。『結界』解除して、一時間後にアラーム」)
ナビから了承の返事を聞きながら、アイテムボックスからぬいぐるみ軍団を出してダンジョン探索を再開した。