Act.14『ステータスのチェックとぬいぐるみ軍団』
地上攻撃部隊迎撃戦の翌々日くらいに一度、以前にもあった、スキル『心眼』が作動した時のような感覚を“受けた”。
他のプレイヤーが、誰かを、あるいは何かを探している。
前の時と違って、どの方向からそのスキルを使っているのかがなんとなく感じ取れるのは、『スキル察知』のレベルが上がっているからだろうか。
そういえば筋肉痛がしんどすぎてステータスのチェックしてないな、と思い出したが、ちょうどお昼ご飯を食べているところだったので、探索系スキルを受けながらそのまま食事を続けた。
つけていたテレビから流れるニュースでは、数日も経たずにあっさり下火になったRx探しが「各国で捜索が続けられているようですが、いまだ見つかっておらず」という言葉で終わり、それよりも第一次侵攻の被災地に重機が入って瓦礫の撤去が始まっていることや、避難生活を送っている人々の状況、再開のめどが立たない教育機関の関係者たちによる、学生の卒業式や入学式、これからの教育をどうしていくのかという話し合いなどを報道している。
天気予報では、いつの間にか満開になっているのに見物客のいない桜並木が映され、もう三月下旬に入っていたのか、と思った。
桜は、満開になったところで春の強い風に吹き飛ばされ、無数に散っていく花吹雪を見るのがいちばん好きだが、ただ咲いているところを眺めるのも好きだ。
今年は花見どころではないが、テレビに映された無人の川べりで咲き誇る満開の桜並木や、その下で咲く鮮やかな黄色の菜の花が、目に優しい。
相変わらず上空に無数に浮かぶ正体不明の半透明な結晶体も、満開の桜の背景にあると、なんとなく幻想的で美しく見える。
食事を終え、のんびりお茶を飲みながらテレビを見ている間に、『スキル察知』は止んでいた。
私はテレビを消して食器を片付けると、コタツに戻ってステータスのチェックをする。
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プレイヤー名 : Rx
ランク : 6
武器:第4段階 タイプ『ライフル/黒』
防具:第4段階 タイプ『敏捷・ステルス優先/黒』
◆武器スキル
●『ライフル』レベル9
→『鷹の目』レベル7
◆防具スキル
●『消音』レベル9
→『隠蔽』レベル6
◆装備品
・俊敏のイヤーカフ(速度アップ (小))
・防毒のペンダント(毒状態30%防止)
・隠密の腕輪(『隠密』消費精神力20%軽減/防御力アップ (小))
・攻撃の指輪(攻撃力アップ (小))
・反射のアンクレット(被ダメージ反射 (ランダム))
◆特殊スキル
●『氷魔法』レベル3
→『アイスアロー』レベル1
→『アイスウォール』レベル3
→『アイスフィールド』レベル3
◆補助スキル
●『隠密』レベル10
→『心眼』レベル9
→『遁行』レベル6
→『鑑定』
→『隠蔽』レベル7
→『分身作成』レベル1
→『透過』レベル1
●『跳躍』レベル9
→『二段跳躍』レベル3
→『滞空延長』レベル2
●『スキル探知』レベル3
●『危険察知』レベル2
●『裁縫』レベル6
→『傀儡作成』レベル3
→『仮想人格憑依』レベル3
→『傀儡管理』レベル2
→『巨大化』レベル1
→『縮小』レベル1
→『護符作成』レベル1
→『アイテムドロップ率アップ』レベル6
●『調理』レベル4
→『特殊効果付与』レベル2
→『アイテムドロップ率アップ』レベル4
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戦闘関連のスキルがレベルアップしている上に、『隠密』はマックス値のレベル10になっているし、新スキル『透過』と『危険察知』も取得していた。
なかなかの成果だと思う。
新スキル『危険察知』は、ドラゴンと戦っている時によく仕事してくれた、ゾワッとくる悪寒だ。
これがきたらほぼ確実に大ダメージを食らう攻撃がくると感じたので、もう本能的に必死で逃げていたが、まさかスキルだったとは思わなかった。
これのおかげでほぼ無傷で切り抜けられたので、これからも頑張ってほしいスキルである。
そしてもう一つの新スキル、レベルがマックス値になった『隠密』から派生した『透過』だが、説明によると、これは簡単に言うと壁抜けができるスキルらしい。
レベルによって抜けられる壁の厚さが上がっていくようで、レベル1では薄い壁しか抜けられないが、育てれば便利に使えそうだ。
他にも、自分の体を『透過』することで、敵の攻撃をすり抜けることもできるらしい。
私はライフル装備の遠距離攻撃タイプだから、そういう使い方をしなければならなくなるほど追い詰められたくはないが、いざという時には頼りになるだろう。
ついでに、ランクアップしたことで道具屋の取り扱い商品数が増えたはずなので、ざっとチェックしてみる。
そして、より性能の高いポーションが売られていたり、素材も今までの物より良いものが出てきていたりする中で、新たに「キャットフード」などのペット用品や、「ティッシュペーパー」、「歯みがき粉」、「乾電池」などの日用消耗品が並んでいて戦慄した。
道具屋が着々と日常生活への浸食を進めている……
なによりも、地味にそれらの商品が全部、私がいつも買っている愛用品だったことが恐怖心を倍増させた。
この道具屋、なんで私の愛用品のメーカー知ってるん……???
怖い。が、じきに気にならなくなって「便利だし、まあいいか」で終わった。
人間というのは、慣れる生き物なのだ。
***
それから数日。
筋肉痛がおさまるのを待ちながらストックが減ってきたお弁当を作ったり、空になった水筒に飲み物をいれて全部アイテムボックスに収納したり、新商品の素材を使った『傀儡作成』をしたりして過ごした。
筋肉痛がマシになってきたら、体をほぐすためのストレッチもこまめにするように気を付けた。
早く体が慣れて、ある程度の長時間戦闘に耐えられるレベルになってくれるといいのだが……
三年間の引きこもり生活と、その前のグレーな勤務状況で食生活も生活リズムもめちゃくちゃになっていたことを考えると、まだまだ先は長そうだ、と思う。
そんな貧弱な私の体のことはさておき、この生活のおかげで『縫製』と『傀儡作成』と『仮想人格憑依』、それに『調理』のスキルもレベルアップした。
このうちレベルアップした『仮想人格憑依』では、選べる性格が二つ増加。
一つは「勤勉」。プレイヤーの指示によく従いつつ、経験から学んで自分からも動く。基本的には回避・防御行動を取るが、可能であれば積極的に敵を攻撃する。
もう一つは「甘えん坊」。いつもプレイヤーの傍に居たがる。敵が接近してきた場合、プレイヤーの盾となる行動を取る。命令されてもプレイヤーから離れて攻撃行動をすることは嫌がる。
以上の二つだ。
どちらも面白い性格だと思い、新しく作った傀儡のうち、いくつかにその性格を選んだ。
***
三月下旬。
ようやく筋肉痛から抜けて体調が良くなり、『傀儡作成』で作ったぬいぐるみが40体を超えたので、久しぶりにダンジョンへ行くことにした。
朝、部屋の隅にビニールシートを敷いてその上に立ち、プレイヤー装備に変更してナビに言う。
(「ナビ、二番目の登録地点に『転送』して」)
「〈はい、Rx。指定された登録地点への『転送』を行います〉」
『思念操作』にもだいぶ慣れ、今ではナビとの会話はほぼ発声無しでしている。
プレイヤー装備への変更もステータス画面の呼び出しも、普通に『思念操作』だ。
やはり、人間、楽をすることに慣れるのは早いものだなぁと思う。
……と、それはさておき、久しぶりのダンジョン探索。
私は到着するとすぐに大量の傀儡をアイテムボックスから取り出し、スイッチと『巨大化』をオンにした。
攻撃向きではない性格、「臆病」「楽天家」「甘えん坊」の傀儡はアイテムボックスに残し、「従順」「勇猛」「冷静」「勤勉」だけを取り出したが、それでも30体近くあるぬいぐるみが現れ、すべて大型犬サイズになって動き出す様子はなかなかの迫力で、作り手としてはたいへん満足である。
が、本番はこれから。
「分かれ道は右を選びながら進め。敵を発見したら倒せ。相手が自分より強い場合は回避し、損傷を避けろ。……行け」
私の命令を受けた傀儡達が、いっせいに動き出す。
四つ足の動物のぬいぐるみばかり作ったせいか、思ったより移動速度が早いが、身体能力が向上した状態の私であれば普通についていけるスピードなので問題ない。
ナビに一時間後のアラームを頼み、私は傀儡の群れを追って足取り軽く走り出した。
――― ドロップアイテム『ロックアルマジロの皮』取得
――― ドロップアイテム『ロックアルマジロの肉』取得
――― 120E取得
――― ドロップアイテム『ホーンラビットの角』取得
――― 550E取得
――― ドロップアイテム『レッドボアの肉・上』取得
――― 230E取得
――― ドロップアイテム『ポイズンベアの毛皮』取得
――― 350E取得
――― ドロップアイテム『レッドマウスの尻尾』取得
――― ドロップアイテム『レッドマウスの肉・上』取得
――― 160E取得
――― ドロップアイテム『ソニックスネークの牙』取得
――― 420E取得
etc……、etc……
ぬいぐるみ軍団は思った以上の快進撃で、私はたまに出てくる中型や大型のモンスターを狙撃して隙を作ったり、突進してくるモンスターから『アイスウォール』で群れを守ったりしてやるだけでどんどん進めた。
ただ、残念ながら攻撃を受けてしまうこともあって、その中の1体に初めて作った一号がいた。
動きの速いモンスター、ポイズンスネークの咬みつき攻撃を回避できず、一撃で胴体を食い破られた一号は、「耐久:0/1」と点滅する赤字が表示されてから、数秒と経たず消えてしまった。
後に残ったのは小さな破片で、自動でアイテムボックスへ回収されたそのアイテム名は『傀儡の欠片』。
一時間の探索後、十分間の休憩に入ってからナビの『結界』の中でハンモックチェアに座って説明を読むと、それは減ってしまった傀儡の耐久を1回復させるアイテムだった。
一号はそもそも耐久が1しかなかったから、回復させようにも無理だっただろう。
ピョンピョン進む一匹の黒ウサギの後ろから歩いてダンジョンを進んでいた時のことをふと思い出したが、私はエリクサーはボス戦で使っていくタイプだ。
傀儡はまた次のものを作ればいい。
材料は道具屋で買えるし、買うためのEもある。
「〈Rx、設定された時間になりました〉」
「ん」
ナビが時間を知らせる声に頷いて、ハンモックチェアをアイテムボックスにしまい、ぬいぐるみ軍団に探索の再開を命令。
進むにつれて、やはり耐久値が低い、初期に作った傀儡から脱落して『傀儡の欠片』と化すのを見て、耐久値だけではなく元々の能力値も低いのではないか、という可能性に思い至った。
そうしてよくよく見てみると、やはりスピードも攻撃力も、後で作ったものの方が上だ。
初期に作ったものから脱落していくのは、つまり当然のことだった。
「なるほど。……まぁ、考えてみれば当たり前のことか」
ひとりつぶやきながら、ライフルを構えてトリガーを引く。
急所を撃ち抜かれた大型のモンスターにぬいぐるみ軍団が襲いかかり、布とワタで作られているとは思えない攻撃力で追加攻撃を加えて、確実に仕留める。
視界の端にドロップアイテムと取得したEの数字のアナウンスが流れていく。
「ん……?」
しばらく進むと、なんだか視界がブレたような気がして、まばたき。
次の瞬間、ぬいぐるみ軍団のサイズがさらに大きくなっていることに気づいた。
「お、おおぅ……」
わざわざステータス画面を見なくても分かる。
スキル『巨大化』がレベル2に上がったのだろう。
すると体が大きくなった分、進むスピードも上がる。
「進行速度を落とせ」
あまり早く進みすぎると、横から飛び出してくるモンスターに軍団を分断されて混戦状態になり、私の援護がやりづらくなる。
それと、今の私の身体能力なら問題なく追えるが、あまりにも速いスピードで走り続けると、たぶん後でまた筋肉痛に苦しめられることになるだろう。
私はぬいぐるみ軍団の進行速度を何度か調整し、最終的に私が早歩きをするくらいのスピードで固定した。
先ほどまでの進みは速すぎたのだ。
ぬいぐるみ軍団の扱い方がわかっていなかったのもあるが、これでようやくちょうどいいペースになった。
そうして今日も一時間進んで十分休憩を三回、計三時間二十分のダンジョン探索をして、到達地点をナビの『転送』の二番目に上書き登録。
最後まで消えずに残った傀儡達のスイッチと巨大化をオフにしてアイテムボックスに回収すると、ナビの『転送』で帰宅した。