Act.??『***を***す**』
「グリンデルト卿!」
長い回廊を楽しげな足取りで進んでいた女性が、ふいに後ろから響いた少年の声でぴたりと止まった。
その場で踊るようにくるりとターンして、からかうような口調で応じる。
「おやおや。こんなところに出てくるなんて珍しいね、坊や。今日は巣に篭っていなくてもいいのかい?」
からかってはいるが、見下していたり馬鹿にしていたりするわけではない。
彼女がただそういう性質であると知る少年は、相手の態度に構わず問い詰める。
「先日の貴殿の接触記録、ログを見た。あれはいったいどういうつもりだ!」
「どういうつもりと言われても。何の話か分からないな」
「とぼける気か? 一つの駒に二人の枢機卿からの二つのマーカー! あんなことをすれば、枢機卿の結界内では闇夜の篝火のごとしだ。まだ序盤でしかない遊戯盤で、一つの駒にああも負荷をかけるのは、公平性に欠けるとは思わないのか!」
「まあまあ、落ち着きたまえよ」
朗らかに笑ってひらひらと手を振り、小首を傾げる。
「ログを見たなら私達がマーキングした駒が盤上に残ったことは知っているだろう? 私は自分のしたことがあの駒にとって過剰な負荷になったとは思わないが」
「僕にはとてもそうは思えない。実際、あの場に誘き寄せた『侵蝕者』に狙われ続けていたではないか。それにあの状態では、枢機卿の結界内では通常のモンスターに対しても『隠密』が機能しなくなる。貴殿もアングレイヴィス卿も群れ型を好むのに、なぜ今回はわざわざ単独型の有望な駒にマーカーを……」
険しい表情をしていた彼は、自分より高い位置で楽しげな弧を描く唇をジロリと睨む。
「まさか、落とすためにマーキングを?」
「はは! 坊やはいつも面白いことを考えるな。主がせっかく開いた遊戯盤で、そんなくだらない悪戯をするほど、私が幼く見えるのかい?」
「貴殿は愉快犯だ。僕は謝らない」
「やれやれ。以前のちょっとしたハプニングは私だけのせいではないのだがね。うっかり君のお気に入りの駒を損傷させたことについてはあの子と一緒に謝罪したし、弁償もしただろう」
軽く肩をすくめてみせると、笑みを深くして話を戻す。
「マーキングの理由は単純なものだよ。アングレイヴィス卿と同じ、あの駒に他とは違う特異性を感じたから。ただそれだけだ。気になるなら、坊やもやってみるといい。なに、ちょっとマーカーを付けてやるだけのこと」
真偽を探るようにじっと見つめてくる、まだ幼さの残る瞳へ、悪い大人が誘うように微笑む。
「面白いものが見られるよ」
とたんに少年の眉がギッと吊り上がり、鋭い声が叱責する口調で響く。
「戯れが過ぎるぞ、グリンデルト卿!」
ははは! と楽しげな笑い声とともに長い髪を揺らし、背を向けて歩き出しながらひらひらと細い指を空に踊らせる。
「君の手番が来るのを楽しみに待ちたまえ。……あの駒は、そう簡単に落ちはしない」
最後に言い残された言葉に含まれていた何かに、追いかけようとした足が止まった。