Act.13『全身筋肉痛と迷惑なトップニュース』
世界各地に出現したモンスターを殲滅し、緑色になったナビゲーターから地上攻撃部隊迎撃戦の完了が告げられたのは、翌日の十時過ぎのことだった。
何時間戦い続けていたのかなんて考えたくもないし、もうそんな気力も体力もない。
転送による帰宅後、プレイヤー装備のまま雪柳のご飯を用意して、ベッドの上で装備解除したところまでは覚えているが、一瞬で寝落ちしたらしく他のことは記憶にない。
ただ、かろうじて布団にもぐるだけの力は残っていたらしい。
ふと目が覚めたら夜中の十時過ぎで、私は布団の中で、ちょっと動こうとしただけで全身がビキビキと痛むのにうめいた。
「うぐぅ……。またしても全身筋肉痛ぅ……」
これ絶対ドラゴンのせいだ、と思う。
地上攻撃部隊迎撃戦は、転送された結界内のモンスターを殲滅すると、まだ戦闘中の結界にランダムに転送され、すべてのモンスターを討伐するまでそれが繰り返されるシステムだった (ちなみに深夜時間帯の土地にある結界に転送された時は、ナビのサポートを受けて装備のゴーグルに暗視機能を付けた。まあ、肉眼で見えなくても『心眼』でだいたい視えてるから問題ないんだけど、暗視機能はそれなりに使えた)。
なので私は何度も転送され、そのすべての戦場でドラゴンと戦うはめになったのである。
意味不明すぎるが、『隠密』状態で逃げ回っても、くっきりハッキリ見えてるぜ! と言わんばかりにドラゴンが追いかけまわしてくるので応戦するしかなく。
三回目くらいでブチ切れて、あとはドラゴンを見つけたら「村でも焼かれたの?」みたいな勢いで自分から襲いかかっていって仕留めた。
今使えるスキルを駆使し、その場の地形を利用し、とにかくひたすらダメージを与える方法だけを考え続けた。
もう理性とか無かった。
そして現在の筋肉痛地獄に至る……
「〈おはようございます、Rx。報告事項があります。よろしいでしょうか?〉」
布団の中でうめくばかりで起き上がれない私に、ナビが言った。
「おはよー……。うん、聞いてるよぉ~……」
ぼへーと答えた私をどう思ったかは知らないが、いつも通りナビは淡々と報告する。
「〈地上攻撃部隊迎撃戦でのランクアップにより、Rxはランク6になりました。これにともない当機のサポート機能『思念操作』が新たに解放されました〉」
新機能解放のお知らせだった。
そういえば前に「新機能が解放されたら知らせて」と頼んで、そういう通知設定にした気がする。
「〈『思念操作』は発声無しにナビゲーターと対話し、各種機能を操作することが可能になる機能です。その他、『結界』展開可能回数は、一日に7回、展開持続限界は35分間、面積はレベル7相当になりました。『転送』は、転送先四ヶ所の登録が可能です〉」
んんんんん。
新機能『思念操作』、すごい便利機能っぽいのに、説明が雑すぎじゃない??
「ナビ、『思念操作』の説明、もうちょっと詳しく聞かせて」
そうして布団の中でナビの説明を聞いてみたところ、やっぱりすごい便利機能だった。
ナビが『思念操作』のサポート機能を解放された今、私はもうプレイヤー装備に変更する時「起動」と言わなくていいし、ステータス画面を開く時「ステータス・オープン」と言う必要もない。
何かあってナビに声をかける時も、口を開かなくていい。
なぜなら「これをやりたい、と考える」だけで、その機能を使うことができるようになったし、「ナビに伝えたいこと」を考えるだけでそれが伝わるようになったからだ。
おお~、なんという便利機能。
感心していたら、ナビが「〈正確な使用のためには練習が必要です〉」と言うので、練習としてステータス画面を開き、下スクロールで開いたアイテムボックスからお茶を入れた水筒を取り出した。
水筒は当たり前のように出てきて、布団の上に転がった。
急ぎの時はある程度慣れがないとダメかもしれないけど、落ち着いた状態であれば問題ない気がする。
スキルは前から発声無しで使ってたし。
油切れのロボットみたいにギシギシ軋む体をどうにか動かし、水筒を取ってお茶を飲む。
体を起こすだけで一苦労だし、水筒の蓋を開けるのにプルプルしている腕の力を総動員することになったが、なんとかお茶を口に含むと、すごくのどが乾いているのを自覚した。
とはいえ、一気飲みができるほどまだ体力が回復していないので、水筒のコップについだお茶を、ゆっくり飲んで、空にする。
「ふぅ~。……ちょっと落ち着いた」
気が緩んだせいか、とたんにぐぅ、とお腹が鳴って、そういえば食事をしていない、と思い出し。
「あっ! 雪姉さんのご飯!」
筋肉痛と極度の疲労でうまく動かない体をどうにか動かし、寝室から出て雪柳のご飯皿を見に行く。
すると、なんとキャットフードの袋がお皿に突っ込まれていて、こぼれたカリカリが床に転がっている、という惨状がそこにあった。
肝心の雪柳は、好きなだけ食べて、あとは放置したようだ。
散らかったカリカリを掃除しなければならなくなったが、そんなことより雪柳がお腹を空かせていなくて良かった、とほっとした。
記憶がだいぶあやふやだが、地上攻撃部隊迎撃戦の終了後、プレイヤー装備のまま雪柳のご飯の用意をした気がする。
たぶんその時、キャットフードの袋を片付けるところまで頭が回らなかったのだろう。
ひとまずそれの片付けをしてから、ついでに手洗いを済ませて顔も洗い、さっぱりしたところでコタツに入って自分の食事。
『思念操作』の練習がてら、アイテムボックスからアルミホイルで包んだモンスター肉と野菜のサンドイッチと、甘いカフェオレを入れた水筒を取り出す。
そしてそれらを食べながらつけたテレビでは、当然のように昨夜突然発生した地上攻撃部隊迎撃戦の話題一色だったのだが。
「―――さて、これで四名のプレイヤーは所属国が明らかになりました。しかしいまだ残る一人は特定されておらず、世界中がこの『Rx』というプレイヤー名の人物の行方を注視しています」
なんかいきなり名指しで行方を探されてるっぽいんだが、どういうことなの??
思わずサンドイッチを食べる手が止まり、思念でナビに聞く。
(「ナビ、このテレビの話、意味分かる?」)
「〈はい、Rx。地上攻撃部隊迎撃戦の完了後、この戦闘でのランクポイント取得合計値の上位五名のプレイヤー名がナビゲーターに通知されました。これらの報道は、ナビゲーターからその情報を受け取ったプレイヤーが他の者に伝えて広まり、Rx以外の四名のプレイヤーが所属国を公表した、というものでしょう〉」
なにその情報。私まだ受け取ってないな~?
Rxって私のプレイヤー名の筈だけど、ランクポイント取得合計値の上位五名に入ったとか初耳だな~?
うちのナビ、たまにホントにナビゲーターしてくれないな~??
(「って、いやいやいや。世界中のプレイヤーの中の上位五名に、私みたいなソロプレイヤーが入るわけないでしょ。このゲーム、他のプレイヤーと同じ名前使えたんだね」)
「〈いえ、他のプレイヤーと同じ名前は使用できません。報道で捜索されているRxは、当機がナビゲートを行うプレイヤー、あなたのことです〉」
ちなみに所属国を公表した他のプレイヤーはみんな現役軍人で、同じ軍に所属する人とチェスマン契約をして、チームで活動しているという。
……いや。いやいやいやいや。嘘でしょ???
そういうドッキリ心臓によくないんでやめて???
そんな人達と、引きこもりのソロプレイヤーが同列に並ぶなんて、ありえないでしょ。
普通に考えて無理すぎるし……
「……あっ」
しかし、無理じゃないかもしれない、という普通じゃなかった心当たりを一つ、思い出してしまった。
今回の筋肉痛地獄の原因、ドラゴンだ。
私にとっては、とにかく追いかけてくるから応戦するしかなかった厄介な相手だった。
が、今回の地上攻撃部隊迎撃戦で出現したモンスターの中で、おそらく一番強かった超大型敵。
あれに、他のモンスターよりも多くのランクポイントが設定されていた可能性は高いだろう。
私はそれを最初の結界で2体倒したし、他の結界でも1体か、2体は必ず倒している。
途中から完全にブチ切れて理性とか無かったので、合計で何体倒したか、さっぱり覚えていないのだが。
たぶん、かなりの数をヤった気がする。
「マジかー……。マジかぁ~……」
コタツの中に沈み込みながら深いため息をつき。
「……ん? でもべつにこれ、困ることないのでは?」
ふと思って、考えついたことを確認するためナビに聞く。
(「ナビ。装備解除した状態のプレイヤーを見つけるスキルって、ある?」)
「〈プレイヤーのみを探知するスキルは存在しません。プレイヤー特有の行動から推測することが可能なスキルは存在します。よって、装備解除し、身体機能向上の恩恵を受けられない状態のプレイヤーをスキルによって探知することは困難です。プレイヤーよりも、付近にいるナビゲーターを探し出し、その位置からプレイヤー契約をした人物を特定する手法を推奨します。ですが、現在の当機のようにステルスモードへ設定変更している場合、その手法は使用できません〉」
おお。初日にナビのモード変更してたのが、思いがけない幸運だった。
偶然に感謝するのと同時に、そういえば、と思い出す。
プレイヤーか非プレイヤーかは、私の持っている探索系スキル『心眼』でも見分けがつかなかった。
明らかに異物であるモンスターと違い、どちらも同じ“この世界の生き物”と判定されるのだ。
だからナビの言う通り、その反応が、私が『跳躍』や『遁行』を使った時みたいに非プレイヤーでは不可能な動作をしないかぎり、プレイヤーか否かを判断することはできない。
「はぁ~……。なんだ、じゃあよっぽど変なことしなけりゃ大丈夫じゃん」
これからは、分身作ってコタツに突っ込むとかの下手な偽装工作はやめて、普通にしていよう、と思う。
元々そういう偽装工作とか知識無いし、素人が下手なことすると、逆に怪しまれそうだ。
時々プレイヤー装備になってダンジョン行く以外は普通の生活してるんだから、たぶん大丈夫だろう。
そう結論して朝食の続きに戻り、食べ終わった後にインターネットで一通り調べてみたら、やっぱり何もしないのが一番良さそうだった。
地上攻撃部隊迎撃戦で私と同じ結界に転送されたプレイヤーが情報を流したらしく、ネットではすでに「Rxは姿を隠して戦う狙撃手で、氷魔法の使い手」というのが知られていた。
しかしステルス系ソロプレイヤーは世界各地で何人もいるらしく、先日私がうっかりゲートを開けるところを監視カメラで撮られたように、他にも同じようなノイズのひどい映像があったり、第一次侵攻の時、姿の見えないプレイヤーに助けられた、という報告が海外であったりして、とにかく情報が世界中に散らばってあふれかえっていた。
氷魔法の使い手、というのも他にいて、それだけで特定するのも不可能だ。
このままだと偽Rxが出てくるかな、と思ったけれど、ナビに聞いてみたところ、名を騙っても他のプレイヤーに会ったらバレるという。
なぜならナビゲーターは「このプレイヤーの名は?」という問いには答えられないが、「このプレイヤーの名はRxか?」という問いには答えられるからだ。
装備とスキルをステルス系スナイパーのものにしてRxの名を騙っても、そこで他のプレイヤーのナビゲーターに「〈違います〉」と言われたら終わりである。
ステータス画面が他の人には見られないことを考慮した措置なのだろうか。
システム設計者の目的が何かは分からないが、とにかく偽者対策もしなくてよさそうで安心した。
と、そこで。
ふと“名前”で思い出したことがあったので、ついでに聞いてみる。
(「ナビ。第一次侵攻の時も、地上攻撃部隊迎撃戦の時も、一斉通知の中にはっきり聞き取れない名前っぽいのがあったよね。たしか、侵攻のはゲートでモンスターが無限に出てくるのをストップさせたヒトで、迎撃戦のはモンスターを閉じ込める結界つくってそこにプレイヤー放り込んだヒト。あのヒトたちの名前、もう一回言ってくれる?」)
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
(「やっぱりダメか~。それじゃあ、あのアナウンスをもう一回再生して、っていうのも無理?」)
「〈再生可能な情報が当機のデータベースに存在しません〉」
(「んん~。まあ、そうだろうね……」)
気になるが、現状それを調べる方法は無さそうだ。
これについてはいったん保留にしておこう。
「はぁ~。無駄にびっくりしたし、なんか疲れたな……。お菓子食べよ」
軋む体でゆっくりのっそり動いて甘いカフェオレを作り、先日焼いたクルミ入りクッキーを出して食後のお茶タイム。
ぼーっとテレビを眺めたり、たまに「遊んで」と寄ってくる雪柳とオモチャで戯れたりしながら、のんびり過ごした。