Act.12『地上攻撃部隊迎撃戦』
「〈全プレイヤーへ通達。侵略者による地上攻撃部隊の接近を探知しました〉」
深夜、ぐっすりと熟睡していたのに、頭の中に強制侵入してきたナビの声で無理やり起こされた。
「ぬ、ぐぅ……」
かろうじて「インベーダー」と「攻撃」という言葉に本能が反応して、強引に起こされた不快感にうめきながらベッドから降り立つ。
まだ三月下旬。
パジャマ一枚では寒い季節で、ぶるりと体が震える。
「〈探知した『*リ**ル*』により、現在敵出現予測地点に結界を構築中。これより五分後、ランダムにプレイヤーの転送を行う〉」
緑色のルームランプになったナビが話している間に、どうやらこれから戦場へ送り込まれるらしい、と分かったので、支度を整えることにする。
「〈現在構築中の結界は、現実に存在するものを完璧に複製した異空間であり、プレイヤー以外の生物は存在せず、破壊されたものは現実に影響しない。転送されたプレイヤーは、使用言語にかかわらず、結界内での他プレイヤーとの対話が可能となる。
この地上攻撃部隊迎撃戦では、モンスター討伐によりランクポイントの取得が可能。
結界は敵部隊の殲滅によって解除され、解放されたプレイヤーは再度別の結界へランダムに転送される。全敵部隊の殲滅完了をもって、地上攻撃部隊迎撃戦の完了とし、プレイヤーを元の地点へ帰還させる。
なお、契約しているチェスマンはプレイヤーとともに転送されるが、結界内で契約が解除された場合、単独で元の地点へ送還される。
同じくナビゲーターが戦闘続行不能と判断したプレイヤーも、元の地点へ送還される〉」
解説するナビの声を聞きながらキッチンで一杯水を飲み、顔を洗ってトイレをすませ、寝室に戻って準備体操。
その間、主に「地上攻撃部隊を殲滅しねーとお前ら家に帰さねーから」って横暴すぎでは?? とか、言いたいことはいっぱいあったが、流れるように説明し続けるナビは聞いてくれそうにないので黙っている。
そのぶん、準備体操は念入りに行う。
私は訓練された職業軍人でもなんでもない、ただの引きこもりだ。
寝起きでいきなり戦場送りにされるのは、さすがにキツイ。
ちゃんと準備体操して身体をほぐしておかないと、戦うどころかまともに動くことさえできない気がする。
「〈時間です、Rx〉」
いつの間にか常の青いルームランプに戻っていたナビが言う。
私は立ち上がってプレイヤー装備に変更。
「〈カウント開始。5、4、3、2、1、……0。転送完了〉」
ナビがカウントを終えた時、私はもう見知らぬ街に立っていた。
カウントが始まるのと同時にスキル『隠密』を発動させているが、目を細めてぐるりと周りを見渡してから、目立たないよう気を付けて足場を選び、『跳躍』で建物の上に登る。
「ナビ、現在地の地名を教えて」
「〈はい、Rx。現在地は国名『チリ』、都市名『サンティアゴ』です〉」
初めて海外に来た理由が「戦場への強制転送」とか、ちょっと予想外すぎるのだが。
遠い目で思いつつ、太陽が高い位置にある理由を理解する。
そう、深夜の寝室にいた私が浴びるにはいささか眩しすぎる陽射しが、今、頭上から燦々と降り注いでいるのである。
プレイヤー装備時の身体能力向上というサポートがなかったら、たぶんめまいを起こして倒れていただろう。
運動不足の引きこもりを、急激な環境変化にさらさないでほしい。
「〈敵部隊の出現は、プレイヤー転送から一分後と推測されています〉」
相変わらず淡々とした声で急かすようなことを言うナビの言葉は聞き流し、私は私にできる準備をする。
見慣れない街の中で、私と同じように急な転送を食らったのだろうプレイヤー達がそれぞれに動くのを建物の屋上から見おろし、地形を眺めながら『心眼』で気の流れを視る。
『遁行』を使うにはある程度の大きさのある流れが必要だが、何者かが造った『結界』という閉鎖空間にしては思ったより流れが多いので、問題はなさそうだ。
そうして状況確認をする一方で、他のプレイヤー達もそれぞれ探索系スキルを使っているらしく、ずっと出番のなかった私の『スキル探知』が働きまくっている。
が、「探られている」感はあっても「捕捉された」感はないので、気にしなくていいだろう。
そんなことよりも、と、初めての海外だというのにまったくもって味気ない視点で、公園と小さな川の流れる市街地、坂道は少なく平坦な地形だな、と認識する。
ナビの説明通り、プレイヤーとチェスマン以外に動くものはいなさそうで、ここが実在する場所を完璧に複製した異空間である、というのは本当のことらしい。
ならば民間人を誤射する心配はないということで、安心してモンスター討伐に集中できるだろう。
「〈敵部隊、出現します。カウント開始。5、4、3、2、1、0〉」
カウントが終わるのと同時に街のあちこちに黒い霧のようなものが発生し、その奥からモンスターが飛び出してくる。
プレイヤー達が迎撃する開戦の音を聞きながら、ライフルを構えていた私も連続してトリガーを引き、今いる地点から狙える中型のモンスター5体の弱点を撃ち抜いた。
「ッ?!」
その瞬間、首筋にゾワッとした悪寒がして、それに追い立てられるように『心眼』で見つけた気の流れに向かって『跳躍』し、そのまま潜り込むように『遁行』して一気に移動。
別の建物の屋上に着地したところで、私が数秒前までいた建物が、上空から物凄い勢いで降ってきた火球によって屋上の一部を破壊されるのを見る。
「〈敵部隊、出現。地上攻撃部隊迎撃戦が開始されました〉」
私の傍でいつものようにふよふよと浮遊するナビが言うのを聞きながら、空を見上げた私は呆然とつぶやいた。
「ドラゴン3体飛んでるとか、難易度設定、鬼畜か……?」
***
上空を悠々と飛び回りながら、火球や雷撃、氷の吐息で攻撃してくるドラゴン3体に、プレイヤーは苦戦。
しかし対空攻撃ができるプレイヤーが自主的にそちらを引き受け、どうにか2体討伐した。
私も最初に火球を食らいそうになってから、赤いドラゴンに集中して攻撃しまくり、かろうじて倒した。
『跳躍』からの『二段跳躍』からの『滞空延長』で狙撃とか。
『遁行』でドラゴンより上空に出て狙撃し、そのままドラゴンに着地して『アイスフィールド』発動。一瞬氷漬けになったけどすぐ復活したドラゴンの背中を蹴って『跳躍』して『遁行』で一時離脱、とか。
とにかく今使えるスキルを使いまくり、最終的に半壊した建物の屋上から狙ったら偶然射線上にきた左眼を連続で撃ち抜いて倒した。
……いや、偶然ではなく、ドラゴンには『隠密』で姿を隠している私の位置を把握する能力がある気がする。
だからあの左眼は私のほうを向いていたのだ。
「でも、なんで私が狙われるんだ?」
訳が分からず戸惑いながら新たに出現したらしき4体目、今度は雷撃を放ってくる紫のドラゴンの攻撃を避けるため、『跳躍』と『二段跳躍』で高速移動。
厄介なことに雷撃は気の流れを乱す力があるようで、『遁行』に使えそうな気の流れを散らされる。
「ああもう、めんどくさいなぁ。青いドラゴン倒したプレイヤーもいるんだから、そっち行けばいいのに」
小声でぶつくさ言いつつ、どこまでも追いかけてくる紫のドラゴンに、時々急停止してライフルで弱そうなところを狙撃し、その後はまた逃げる、というのを繰り返す。
地上から丸見えの腹に弱点があれば良かったのだが、腹部は全面的に鱗で覆われていておそろしく固く、今の私のライフルの攻撃力ではろくにダメージが入らない。
なので先端部分である顎、手、指、尻尾を撃っているわけだが、当たるたびによけい怒って私を追ってくるので悪循環に陥っている気がする。
ああ~! 攻撃手段も攻撃力も足りない~!!
あんなデカブツ、ライフルだけでどうしろと?!
他のプレイヤー、誰も参戦してくれずに放置状態なのヒドくない??
もはやぶつくさ文句を言う暇もなく、心の中で罵りながらひたすらにヒット&アウェイ。
するとドラゴンが焦れてきたのか、不意に私が移動する建物の屋上ギリギリのところまで飛行高度を下げてきた。
まあ、そこに来たら使うよね。
『アイスウォール』。
「グギャッ?!」
通過予想地点に出した『アイスウォール』三枚に頭から激突し、氷壁をぶち抜いたもののさすがに動きが止まったドラゴン。
私は即座に逃走から反転、『跳躍』と『二段跳躍』でドラゴンの上に移動し、スタッと着地するのと同時に『アイスフィールド』発動。
赤いドラゴンより氷耐性が低かったらしく、三秒ほど氷漬けになったドラゴンはちょうど真下にあった半壊していた建物に向かって全壊させる勢いで沈み込み、『跳躍』と『遁行』でそこから少し離れた建物の屋上に移動した私のライフルのいい的になった。
「終われ」
さんざん追いかけまわされていいかげんブチ切れていた私は、またもやちょうど射線上にあった左眼に向けてマシンガンみたいな速度でライフルを撃ち続け、瓦礫の中でもがく紫のドラゴンが動きを止め、その体から色が抜けた瞬間、やっと手を止めた。
なぜか一人で相手することになった2体目のドラゴンが砕け散り、半透明の粒子がとけるように消えていくのをじっと見つめる。
「……疲れた」
とりあえず『遁行』で場所移動し、まだ続いている地上での戦闘音を聞きながら、一時休憩。
プレイヤー装備中だから疲労は感じにくくなっているはずだが、それでもドラゴン2体討伐の後では、そうはいかないらしい。
しばらく『心眼』で戦況を視て、私がいるところまで攻撃が来ないかどうかを注意しつつ、ある程度疲れがおさまると戦いに戻った。
「全部の敵部隊を殲滅するまでお家帰れないって、サイテー。雪姉さんの朝ご飯の時間までに帰れなかったら恨むぞこんにゃろう……!」
低くつぶやいて、トリガーを引いた。