Act.10『ダンジョン探索と、イスの必要性』
翌日。
今回は思ったより早く筋肉痛がマシになっていたので、朝起きて体を動かしてみて、ほっと一息。
朝ご飯の時につけたテレビでは、昨日政府の上層部が集まって話し合った結果、ゲート封鎖を今日の十二時から一部解除することになった、というのがトップニュースだった。
コメンテーターが「封鎖を解除したゲートに政府職員を置いて、ダンジョンに入りに来た未登録のプレイヤーに申請を呼びかけ、一人でも多くのプレイヤーを確保する狙いもあるのでしょう」と話していた。
それを聞きながら、私みたいにダンジョンの中に『転送』で入れちゃうプレイヤーには無意味なのでは? と思ったが。
まあ、単騎でいくことを決めている私には関係ないことだ。
私は私で、マイペースにやっていこう。
あと、この数日間の調査でモンスターがまだ残っている可能性がだいぶ低くなったことから、商店の昼間の営業が許可され、国民への外出自粛が少し緩くなって、「周囲に注意して、できるだけ複数人で行動してください」になった。
これで少しは街に日常が戻ってくるのだろうか。
***
二回の筋肉痛地獄で、自分の身体の貧弱さはじゅうぶん理解できたので、今日はダンジョン探索を短時間で切り上げることにする。
朝食はモンスター肉を使った特殊効果付きのものを食べて準備し、午前中、一時間進んで十分休憩、というのを三回やって、三時間二十分の探索で終了する予定だ。
「雪姉さん、行ってきます」
偽装工作として『分身作成』で作ったもう一人の私をコタツに寝かせ、部屋の隅にビニールシートを敷いてプレイヤー装備になった後、ナビの『転送』で二番目の登録地点へ移動。
昨日開けた宝箱は影も形も無く消えていたが、道の横に出っ張るように広がった空間があるのは変わっていなかった。
「一号、先に進んで。分かれ道があったら右に進んで」
先日来た時と同じく黒ウサギを囮にして、飛び出してきたモンスターを狩っていく。
ドロップアイテムやEが自動回収されるの、ホント便利だな~、と思いながら、どんどん進む。
「〈Rx、設定された時間になりました〉」
「ん、ありがと」
一時間経つとナビが教えてくれるので、続けて休憩十分のアラーム設定も頼む。
「ふ~」
黒ウサギに停止命令を出し、『心眼』で近くにモンスターがいないことを確認してから、ナビに『結界』を展開してもらってその場に座る。
……そういえばこれ、お尻が冷えるんだよな。
洞窟の中は暑くもなく寒くもないのだが、地面はひんやりと冷たいのだ。
前回の探索では、休憩中は感覚を閉じることに集中していてそこまで気が回らなかったのだが、次はキャンプとかで使うような、手軽で座り心地のいい椅子を持ってきたい。
おぼろげに、押入れにちょうどいい物があった気がする、と思い出した。
まだ働いていた頃、忘年会か何かのビンゴゲームで当てた、折り畳み式のハンモックチェアだ。
アウトドア系の趣味は無いが、一回部屋の中で使ってみたら意外と座り心地が良かったので、売らずに押入れに放り込み、引越しの時も持ってきた、ような気がする。
帰ったら探してみるか……
「〈Rx、設定された時間になりました〉」
「ん、ありがと」
意識を切り替え、探索に戻る。
出現モンスターが徐々に強くなってきているので、ライフル三発か、四発当てないと倒せないものも出てきた。
そこで黒ウサギへの命令に「モンスターが近づいてきたら、その場で停止」を追加。
ライフルで仕留める前にモンスターが黒ウサギに接近したら、『アイスウォール』で攻撃を防ぐことにする。
そこから残りの二時間は、この戦法で無事に切り抜けることができた。
ついでに『アイスウォール』のレベルも上がった。
ナビの『転送』の二番目の登録地点を、今日進めた所に変更して、本日のダンジョン探索は終了。
帰宅。
***
マンションの部屋に帰ってシャワーを浴びると、さっそく押入れの中をガサゴソ探し、どうにか目的の物を発見。
収納袋から取り出して組み立て、座ってみる。
一度目は部屋着で。二度目はプレイヤー装備で。
ハンモックチェアはどちらでも問題なくゆらゆらと身体を受け止めてくれたので、折り畳まず、そのままアイテムボックスへ収納した。
荒らした押入れを片付けた後は、お菓子がなくなったので、クルミ入りのクッキーを作ることにする。
材料をビニール袋に入れてよく混ぜ、クッキングシートにスプーンですくったのを落として並べたら、あとはオーブンを温めて焼くだけの簡単レシピだ。
部屋中に香ばしい匂いがするのに機嫌が良くなり、焼きあがるのを待つ間、楽しく『傀儡作成』の続きに取り組む。
今は、イヌのぬいぐるみの胴体を縫っているところ。
他にもクマや鳥、もちろんネコも作ってある。
ある程度の数ができたら、一気に『仮想人格憑依』をする予定だ。
「お、焼けた」
オーブンの音に呼ばれて顔を上げ、いったん手とスキルを止めて、焼きあがったクッキーを取り出す。
そうしたら甘いカフェオレを作って、焼きたてクッキーと一緒にティータイム。
習慣でつけたテレビから、不意に読経の声が響く。
「各地の寺で追悼が行われ、第一次侵攻で犠牲となった方々の親族や友人、さまざまな人が集まり―――」
読経の声が響き、寺の中で大勢の人が並んで座って手を合わせる映像が流れ、アナウンサーが原稿を読み上げる。
第一次侵攻で、世界中が甚大な被害を受けた。
建物や道路や線路が壊されたり、橋や高架が落とされたりする中で、大勢の死傷者、行方不明者が出た。
プレイヤー契約をした後、私も参戦した。
モンスターを討伐し、ランクが上がるくらいには戦った。
が、私は私のために動いただけだった。
守りたいのは雪姉さんと自分の生活だけで、他の人達のことなんて何も考えていなかった。
それは今も同じで、私はたぶん、元から自分が何かできるとは思ってないんだろうな、とぼんやり考えた。
他の人のために何かができたかもしれない気力や自信や能力は、三年前にぜんぶいっぺんに落っことしたのだ。
今の私は、今の私にできることしかやれないと、知っている。
自分に“できるかもしれない”ことは、“できない”のだと、知ってしまっている。
ピ、とチャンネルを変えた。
三年前からずっと、私は“誰かが何かを悼む”光景を直視できない。
ニュースを見ること、アナウンサーの声を聞くことはできても、勝手に視界があやふやになって、何が映っているのか認識できない。
リビングのキャビネットの上に置かれた、扉を閉じた小さな仏壇を直視できず、触れることもできないように。
そうして私は今日も父と母がもうどこにもいないことを受け入れられないまま、別のニュースを見る。
遠くからの映像だが、封鎖を解除されたゲートの前で、プレイヤーと思しき人と、作業服にヘルメット姿の人が何か話をしているのが見える。
アナウンサーが、「申請していなかったプレイヤーがこれを機に登録する意志を示し、政府から派遣された職員の指示に従って登録を行っているようです」と伝える。
政府に自分がプレイヤーであることを教えるのは、何かあった時にプレイヤーとして動ける自信がある、ということだろう。
単純に、すごいな、と思う。
自分にはできないことだ。
私はクッキーをサクサクかじって焼きたての香ばしさを味わい、甘いカフェオレをゆっくり飲むと、テレビを消して『傀儡作成』の続きに戻った。