Act.1『プレイヤー契約と第一次侵攻』
「〈有資格者との接触に成功〉」
どこから響いてきたのか分からないが、声が聞こえた。
スピーカー越しのような響きの、落ち着いた低い声。
「〈これよりナビゲートを開始します〉」
しかし目の前にあるのは、ふよふよと空中浮遊する、青く光る丸っこい謎の物体。
さして広くはないが、一人と一匹が暮らすにはちょうどいい2LDKのマンションの部屋にある日突然現れたソレは、ポカンとしている私の目の前に浮かびながらそう言った。
(なんだコレ? 新型のルームランプか?)
訳も分からず一方的に言われた私が思った、それへの第一印象。
この時の私には、そこから何が始まるかなど、知りようもなかった。
***
―――――― 20XX年3月20日。
世界各地で同時に起きたその異変は、『幻想侵蝕』と呼ばれるようになる特殊な災禍である。
上空に浮遊する無数の結晶体が出現(半透明、色彩・形状複数、接触不可、正体不明)。
世界各地に黒い霧の塊のようなものが出現。そこから無数の『モンスター』が現れ、周囲にあるものを無差別に攻撃。
同時刻。
世界中に「ナビゲーターと名乗る謎の物体から、あなたは有資格者である、この闘争に参戦する『プレイヤー』になるか? と問われた」という人々が現れる。
その中でも「プレイヤーになる」と答えた人々は、モンスターに対して現代兵器以上の攻撃力を持つ武器や、反撃を受けても軽傷で済む防具を手に入れ、さらに攻撃・防御・補助に有益な『スキル』を取得。
これらを駆使してモンスターを迎撃した。
それから約一時間後。
モンスターが湧き出し続けていた黒い霧の塊が、ナビゲーターの上位存在らしきものによって封印されたとの通知があり、その場所に教会への入り口を思わせる壮麗な扉、『門』が設置される。
以降、そこからモンスターがこちらの世界に出てくることはなくなり、逆にプレイヤーがゲートを通ってモンスターの跋扈する特殊な空間、『ダンジョン』へ入ることが可能になった。
***
時は少し戻り、『門』設置のアナウンス後。
「〈次元の亀裂が『**グ***ィス』により封印され、設置された『門』が正常に起動。侵略者による第一次侵攻の終了が宣言されました。お疲れ様です、Rx〉」
つるりとした質感の球体に、描かれた丸が二つと四角が一つのシンプルな顔。球体の上には猫耳っぽい三角形を二つ、下には細長い尻尾をつけた珍妙な物体。
自称『ナビゲーター』、略称『ナビ』。
ふよふよと空中に浮かんでいて、揺れる尻尾の先端はぷっくりとした星型になっているソレが、高層ビルの屋上に不法侵入してライフルを構えたままのプレイヤー『Rx』、私に言う。
「まだモンスター残ってるから、終わりではないなぁ」
そう答えながら、スコープ越しにモンスターを発見すると同時にライフルのトリガーを引き、一発で仕留められたことを確認。さっと体を起こして場所移動。
この戦いが始まってからずっと発動させているスキル『隠密』で姿を隠したまま、スキル『跳躍』でビルからビルへと飛び移る(ナビはルームランプみたいに青く光っているが、モード変更、という設定変更でナビゲート対象である私以外には見えないようにしてあるので、一緒にいても『隠密』の邪魔にはならない)。
狙撃後は速やかに場所を移動して、位置を特定されないようにすべし。
……って、前に読んだマンガで、スナイパーの心得として教官キャラが言ってたのを思い出したので、やってみている。
そのおかげか、敵にも人にも、今のところ私は見つかっていない。たぶん。
「〈戦闘の継続意志を確認しました。それではこれ以降の戦闘についてナビゲートします、Rx。第一次侵攻中のモンスター討伐と、終了後であるこれより先のモンスター討伐では、取得できるものが変更されます〉」
「ああ、モンスター倒すと『ランクポイント』とかいうのが得られる、って言ってたやつ?」
通常の人間ではありえない速度で行った私の場所移動に、当然のように付いてきたナビと話しながら、またライフルを構えてモンスターを探す。
『隠密』の派生スキルである『心眼』のおかげで、モンスターは私の視界に“世界の異物”として浮かびあがるように視える。
その視界の中に、先ほどのモンスターより固そうな大型を一体発見。
スキル『心眼』と、武器『ライフル』から派生したスキル『鷹の目』で弱点っぽいところを探り、三発連射。
全く同じ所に三発食らった大型モンスターは、ぐらりとよろめいてその場に倒れると色を失い、ハンマーで叩き壊されたガラス細工のように砕け散った。
私はその半透明の破片がとけるように消え去るのを見ることもなく、再び場所移動。
それに追従しながらナビが説明を続ける。
「〈ランクポイントを得られるのは第一次侵攻中のモンスター討伐だけです。現在は通常時の設定に戻っており、モンスターを討伐することで得られるのはドロップアイテムと『E』、武器、防具、スキルの経験値のみとなっております〉」
それだけ得られるなら対価としては十分なのでは、と思いつつ、初めて聞く名称が出てきたので質問。
「エニー、って何?」
「〈モンスターを倒すことで得られる通貨の単位の略称です〉」
「ああ、通貨の単位か。……ん? 略称? じゃあ正式名称は?」
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
ふうん、とつぶやいて、次の場所でまたライフルを構えてモンスターを狙撃。場所移動。
「そういやさっきからたまに、視界の端になんか文字が流れてくわ。今のはドロップアイテム『レッドボアの牙』取得、『レッドボアの肉』取得、230E取得、だって。スキルの経験値がどれくらい入ったかのアナウンスは無いみたいだね」
「〈スキル経験値の取得についてアナウンスが流れることはありません。同様に、新たなスキルの取得や派生があった時にも、アナウンスが流れることはありません。定期的なステータス確認を推奨します、Rx〉」
親切なのか不親切なのか、よく分からない設計だ。
そんなことを思いながら次のモンスターを狙撃、撃破、その場から離脱して場所移動。
「ドロップアイテム『ポイズンウルフの毒爪』取得かぁ。……ねえナビ、このドロップアイテムって、何に使えるの?」
「〈道具屋で売却してEに替えることが可能です。加工屋で有益な道具を作る素材として使うこともできますが、加工屋への依頼にはEが必要です。他にもプレイヤー自身が生産系スキルで有益な道具に加工して使用することも可能です〉」
「マジでどこまでもゲーム仕様なんだよなぁ……。しかし、生産系スキルか。そういや私のステータスにも『調理』と『裁縫』と、そこから派生してるスキルがあったような気が……」
なにしろナビとプレイヤー契約をした時、インベーダーの侵攻がもう始まっています、とか言われて急かされたもので、自分のステータスについては必要最低限のチェックしかできていない。
戦闘に関係なさそうな『調理』と『裁縫』なんて、一瞬で頭の隅にやってしまったほど、久しぶりのガチ大特急で準備を整えたので。
普通の人の歩む道から外れた無職で引きこもりの私だけど、いきなりこの世界に攻め込んできたインベーダーとかいうモノに、無抵抗で殺されるのは嫌だ。
と、いう訳で今もせっせとモンスター狩りをしている。
「ま、その辺は後でステータスの見直しする時に考えればいいか。じゃあこれからしばらく残党狩りするから、ん~、あと一時間経ったら教えてくれる?」
「〈はい、Rx。アラーム設定、一時間。カウントを開始しました〉」
「ん」
短く答えて、またトリガーを引く。
ナビが言うところの『第一次侵攻』が始まってから、すでに一時間半近くが経過している。
本来の私は、三年引きこもって体力も持久力も気力も最低限の状態なので、この侵攻が始まってすぐ参戦し、そこからずっと戦い続けるなど不可能だ。
しかしナビゲーターと契約して『プレイヤー』になったことで、プレイヤー装備時には身体能力が向上し、生理現象が一時的に停止、さらに痛覚が鈍くなり疲労を感じにくくなる、というサポートを受けている。
このため今も戦い続けることが可能だ。
ただし、一時的にマヒ状態になっているだけで、実際には私の体はエネルギーを消費しているし、動いた分だけ疲れている。
おそらくプレイヤー装備を解除した瞬間、一気にそれが戻ってきて、動けなくなるだろう。
だから感覚的に「これくらいが私の限界」と判断したあと一時間で、プレイヤーとしての行動時間を区切ることにした。
ちなみに、ライフルなんて生まれて初めて持ったけど、使い方はソフトをインストールされたみたいに“体が知っていた”ので、ド素人の私でも問題なく扱えている。
「そういえば、ナビ。このゲームって、誰のためのゲームなの?」
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
ゲーム、と言ったことに否定は入らないのか。
ふうん、とつぶやいてスコープに標的を捉え、トリガーを引く。
中型が近くに集まっていたので、連続で撃ち抜く。
終わったら、場所移動。
「それじゃあさ、ナビ。プレイヤーって、死んだらどうなるの?」
プレイヤーは身体能力の向上によって、死ににくくなっている。
けれど生命維持に必要な臓器に致命的な損傷を受けたり、大量失血すれば普通に死ぬ。
「〈プレイヤー装備とそれまでに取得したアイテム、Eが消失。担当ナビゲーターも機能を停止し、消失します〉」
「みんな消えちゃうのか。そうなると、死んだらその人がプレイヤーだったかどうかを判別するのは無理だろうね」
戦闘開始当初からビルの屋上を自分の位置と決めている私の眼下にあるのは、あちこちから煙が上がり、瓦礫の山と化した市街地。
統率されている様子のない、滅茶苦茶に暴れるモンスターと、それに対抗しようとする人々と、倒れたまま動かない人達から流れ出る血。
対抗しているのは警察や自衛隊だけでなく、体格のいい一般人もそれぞれに武器となるものを持ってモンスターたちに応戦している。
しかし、彼らが倒せるのは小型モンスターだけだ。
理由は簡単。
モンスターに対しては、プレイヤーの武器以外の物では、ほとんどダメージが入らないから。
大型のモンスターには一瞬で蹴散らされるし、中型のモンスターの突進を警官や自衛官が持つ楯でかろうじて受け流し、あまり効果のない銃撃で牽制するのが精一杯。
だがそれも、今はもうほとんど弾切れになっていた。
もちろん、地上には私以外のプレイヤーがいて、中型、大型のモンスターは彼らが片付けている。
それでも全てに対応するのが困難なのは、最初の一時間で無限湧きしていたモンスターの数が多すぎたからだ。
私も場所移動を繰り返しながらひたすらにトリガーを引き、そのたびに視界の端をアナウンスが流れていく。
――― ドロップアイテム『アーマーベアの皮』取得
――― ドロップアイテム『アーマーベアの爪』取得
――― 320E取得
――― ドロップアイテム『レッドボアの大牙』取得
――― 230E取得
――― ドロップアイテム『グレイトウルフの牙』取得
――― ドロップアイテム『グレイトウルフの肉・上』取得
――― 350E取得
――― ドロップアイテム『アイアンスネークの尻尾』取得
――― 210E取得
――― ドロップアイテム『ビッグラビットの角』取得
――― 150E取得
――― ドロップアイテム『レッドボアの肉・上』取得
――― 230E取得
etc……、etc……
「うわぁぁぁぁっ!」
ちょうど近くで悲鳴が聞こえたので、流れ作業のように (「敵がいる」)と認識した。スコープで敵を捉え、トリガーを引こうとした、瞬間。
瓦礫の中に倒れた男性に向かって剣を振り下ろそうとしている敵が、人の形をしている、と気づく。咄嗟に銃口をわずかにずらしたが、指はそのまま一動作を最後まで終えてしまった。
……おおう。
考えるより先に体が動いた結果、人を撃ってしまった。
自分でも意外なほど動揺はない。というか、動揺していない自分にやや戸惑っている。
ともかく、ここでじっとしていても、どうにもならない。
スキル『隠密』が問題なく発動していることを確認してから、さっと下を見て状況確認。
私に撃たれた男は倒れてはいたが、撃たれたところを手で押さえてうめいている。とっさに銃口をずらして急所は外したし、無事とは言えないが生きてはいるようだ。
襲われそうになっていた人も、今は瓦礫の中から立ち上がっている。
それらを確認すると、『跳躍』で場所移動してまた別のビルの屋上に着地し、ナビに聞く。
「ナビ。今、私、人を撃ったんだけど」
「〈Rx、あなたが撃った相手はプレイヤーでした。重症を負ったようですが、致命傷ではありません〉」
ギリギリ殺人罪は免れたようである。
そうか、と頷いて、しかしナビの言葉に引っかかる。
「プレイヤー“でした”? なんで過去形?」
「〈あなたが撃ったプレイヤーは、資格を剥奪されました。このため、現在はプレイヤーではありません。よって、Rxへのペナルティは発生しません〉」
「ええええ? 資格の剥奪? ペナルティ? そんなのあるの?」
「〈あります、Rx。資格の剥奪は、プレイヤーの禁則事項への抵触によるものです。ペナルティの発生は、プレイヤーの注意事項への抵触によるものです〉」
「注意事項でペナルティ、禁則事項で資格剥奪、かぁ……。それで、禁則事項とか注意事項とかって、具体的には何があるの?」
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
「えええぇぇ……? プレイヤー資格に関わる重要情報がナビに入ってないとか、このゲーム、クソゲーなのでは???」
マジかぁ~、と思ったところでナビに設定していたアラームが一時間経過を告げた。
見計らったかのようなタイミングだが、ちょうどいい。
引きこもりにしてはよく戦ったし、あとの残党狩りや怪我人の救助は他の人に任せて、家に帰ることにした。
もう大きいのはだいたい倒されているから、たぶん大丈夫だろう。
それよりも限界近くまで酷使した私の体が、プレイヤー装備を解除した瞬間、どうなるのかが心配だ。
一人暮らしだから、倒れても助けてくれる人なんていないし。
自分でどうにかするしかない。
私はいつでも撃てるようライフルを持ったまま、深いため息をついた。
「はぁ~。なんか最後ので一気に疲れた気がする……。雪姉さんのご飯用意して、私もお風呂とご飯タイムしよ。まあ、私の体が動いたらの話だけど。あ、ナビは充電切れたりとかしないの?」
「〈Rx、当機は充電を必要としません。よって充電切れもありません〉」
「えー。一人称「当機」なのに、ナビは自分のことロボットだとは思ってないの?」
「〈当機がロボットであるか否かについての情報は、当機のデータベースには存在しません〉」
「その返事多すぎない? 当機くんのデータベース、じつはめっちゃメモリ小さいのでは??」
そんな話をしながら、一人と一匹、プラス一機と暮らすことになった、マンションの部屋へ帰った。