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プロ、ですから。

作者: あかかかかkkk

始業前


「ボクってばプロだわ。ほんとにもう天才だわ」

「おう今日も絶好調だな」

机に肘を立て、頬杖をついたまま呆れた様子で隣人が呟く。頬がむにーっと潰れている。

「何があったか聞きたい?」

「聞かない」

隣人は実に良い笑顔で答えた。ついでに親指を立てていた。記憶から抹消することにした。

「実はね……」

そして私はこの世の()理を語り始めた……

大地を創り、海を創造せしこの世界の真理を……

「話聞けや」

「寝坊しない方法を思いついた」

ちなみに私が寝坊することは滅多に無い。プロだから。プロだから鳥のさえずり(※アラーム)を聞いて起き、身支度を済ませ、朝食を取る。朝のラジオを聴きながら椅子に腰掛け、優雅に英字新聞を読み、時折ココアのカップに口を付ける。ジュッ(舌を火傷する音)。

時計を見て「フッ……」とニヒルな笑みを浮かべ、「もうこんな時間か」。そして華麗に遅刻する。これがプロのモーニングルーティーン。

「無視で行くのな」

呆れつつちゃんと話を聞いてくれる辺り、隣人の優しさを感じる。

「目覚ましの時間に霧吹きで水を掛ければ一発よ。天才すぎて困るわ~」

これぞさいきょーの目覚まし。冷水であればなお良い。

「……あのさ」

おや、隣人が何かぼやいているようだね。無論、私は優しいのでね。その寛大な心で聞き入れようじゃないか。

「何だい?隣人君」

「お前の家って、一人暮らしだよな?」

一人暮らしだが、親が単身赴任とか何とかではなく、ただ私が別のマンションに住んでいるだけ。

「そうだけど?」

何言ってるんだこの隣人。さっぱり意図が読めない。

「どうやって水を掛けると?」

「???」

「だから誰が水を掛けると?」

「?????」

本当に隣人が何を言っているのか分からない。フッ……これがプロ過ぎた末路か……

「起きるために、水を掛けるために、起きないといけないだろ」

「あっ……あぁっ……完っ璧に理解した……!」

「してないだろそれ」

「さーてと。日記書くとしますか」

カバンから手帳を取り出した。飾りっ気のない無地の茶色の表紙にきれいな字(当社比)で『北澄(きたすみ) (ゆい)』と記されている。

「無視すんなコラ」

「何故、このボクが話を聞かないという話を聞かないといけないんだい?」

「いやあのな、俺が話を聞いてるんだからお前も話を聞くべきだろ?」

「ボク、プロだからさ。分かるでしょ?」

私は隣人と話しながら手帳にペンを走らせる。

「よく話しながら書けるな」

“頬杖をついたまま呆れた様子で隣人が呟く——”

「プロだからねー」

“何があったか聞きたい?——”

「またボールペンか。修正効かないぞ」

“ついでに親指を立てていた——”

「プロだからねー」

“実はね……——”

「ミスったらどうすんだ?今みたいに」

そう言って隣人は“~私はこの世の心理を~”の所を指さした。

私は無言で“心”の上にルビを振った。私は学習できるので、もう一度間違えることは無く、今度はしっかり真理と書く。

「プロだからねー」

“この世界の真理を……——”

「その言葉で何でも許されるとでも?」

“ちなみに私が寝坊することは滅多に無い——”

「プロだからねー」

“身支度を済ませ、朝食を取る——”

「地味に会話が成立すんのどうにかなんねぇのか」

“ジュッ(舌を火傷する音)——”

『ニヒルな』を入れるか入れないかで悩んでいたところ、ふとその辺の会話が耳に入って来た。

「昨日のカラオケ楽しかったねー」

「ねー」

「次いつ行く?やっぱ期末後とかにする?」

「部活あるから期末終わった土曜はきついかなー」

「じゃ日曜にしよっか」

という具合で、数人の女子が駄弁っているのを見たのか、

「そういえばお前って他の女子とかみたいに群れないよな」

一瞬ペンが止まった。

「孤高ですし」

「はぁ」

隣人はつまらなさそうに頬杖をついた。両頬の生八ツ橋を横に引っ張ってやろうかと思った。

「おい何をする」

手を止めて、隣人の頬を軽くツンツンしてみた。思ったより筋肉質で、思ったよりぷにぷにじゃないって言うか。そのまま指で押してみた。柔らかいけどちょっと硬めで、弱い反発力で指が押される。

実際に触ってみると、むにっとした感触の方が近いのかなと思った。

「これは生八ツ橋だね」

メモ帳(兼日記帳)の最後のページに、『頬は生八ツ橋』とだけ書いた。

「俺の頬は食えないからな。市販の物買って食え。抹茶味とかが結構美味しい」

「……おなかへった」

「早っ。朝飯食っただろ」

「……たべてない」

「食べてない!?」

女子の集団がこっちに向いてきた。

私は人差し指を立て、力が入らないまま、ヘナヘナの声で諭すように言う。

「……しずかに」

「すまん」

「……かってくる」

財布から数百円を出し、立ち上がる。一瞬意識が朦朧とし、平衡感覚が消えてそのまま前に倒れそうになる。結果私はそのまま隣人の方に倒れ込んだ。

「……おっと」

隣人に受け止められた。

「危なっかしいぞ」

「……うん」

そのまま立ち上がろうとしたところ、隣人に止められた。乱暴気味に肩を押えられ、立ち上がるのを全力で阻止された。

「何味が良い?」

恐らく栄養調整食品を買うと踏んだ隣人は私に味を訊いてきた。実際そうなのだが。

「……ちょこ」

チョコレート味は多くの人を虜にし続けている。無論私もそのうちの一人である。

ココアのそのシンプルな甘みで不動の人気を獲得している。その証拠にうちの学校の自販機はチョコレート味だけ2枠分用意されている。

「分かった」

隣人が教室を出る直前、

「……まって」

「どうした」

「……おかね」

「後払いで」

「……でも、おたかいんですよね?」

「冗談を言う余裕はあるみたいだな」

そのまま隣人は教室を出た。

「……ふぇ」

机に突っ伏した。

「ふーん。大変そうじゃん」

突っ伏したまま声がした扉の方に視線を向けた。

「……ぷろ」

「やっほ。アマちゃん?」

「……ちがうし。……ぷろだし」

佐枝(さえぐさ) 紗枝(さえ)』、通称『冴え』、別称『ぐさぐさ』が扉の所に立っていた。ぶぅわーって感じじゃない若干ウェーブのかかった茶髪が特徴で、敵対視する点があるとすれば、私より背がたったの、そうたったの3cmだけ高いことと、文芸部で唯一、本当のプロであることだ。

「その無駄な頑固さを執筆に活かせたらいいのに」

「……むだとはなんだむだとは」

「やっぱアマちゃんだからねー」

彼女の言う『アマちゃん』とは、本物の小説家、言わばプロの対義語、アマチュアに“ちゃん”を付け、大阪弁の『あまちゃん』と掛けている。心底ムカつくあだ名である。

「……あまちゃんっていうなー」

「書籍化したらプロって呼んであげるけど」

「ちょっとそこ退いてくれないか?」

隣人が居た。冴えが扉の所に立っていて、教室に入れずにいる。

「おっ、アマちゃん2号」

冴えが振り向き、隣人を見上げる。身長差的には10㎝程ある。身長の差は隠せないが、雰囲気と言うか強者感と言うか何かがあって見劣りしない。

「退いてくれないか?」

「あっ、美味しそう。一つ貰って良い?」

それ私のだぞ。

「退いてくれないか?」

「飲みかけの水で返すけど」

「退いてくれないか?」

「つれないねー」

冴えが一歩下がり、出入り口がフリーになる。

「んでさ、一つ頂戴?」

「生憎と」

隣人がこちらに向かってくる。そのまま私の席の前で立ち止まった。

「これでいいか?」

「……ん。ありあと」

そのまま隣人が自席に戻った。なお私の隣である。

私はエネルギーを確保するべく、箱を開ける。そして力を入れて、個包装を開けようとした。

「……おねがい、あけて」

「流石に開けられるだろ」

「……あーけーてー。ちからがはいらないのー」

「……はぁ」

やはり持つべきは隣人。はっきりわかんだねー。

 ペリペリペリ

個包装を開ける音がして、それを持ったまま目の前に差し出された。

私はそれを受け取る素振りも見せず、

「……たべさせて」

「なにゆえ」

「……はらがへってはもつことすらできぬ」

多分きっとメイビー絶対元の文と違う気がする。

「ここで俺の貴重なあーんイベントを消費したくない」

消費言うな。

「……くわせたまえ」

「……はぁぁ」

先程よりも長い溜息の後、隣人は私の口元まで手を運んだ。普段運動しないのか、白い上に傷一つない手だった。

「ほら。口開け」

ガバッと口を開き、手ごといきそうな勢いでかぶりついた。

つもりだったのだが、実際はただ小さく口を開けてはむっと四分の一程もっていっただけだった。

 むしゃむしゃ。

「……おいひ」

「餌付けしてる……」

冴えが隣人に、引いた目を向けていた。

 むしゃむしゃ。

「餌付け言うな」

そーだそーだ。

「俺の貴重なあーんイベントを消費する悲しみに満ちた儀式だ」

おい。

「……ほわたしに(私に)ひうぃつれいだとぉ(失礼だと)おもわあなひのか(思わないのか)

「食いながら喋るな」

はむ。むしゃむしゃ。

「むしゃむしゃって擬音適してなくない?」

「……はにゅあしをきゅけ(話を聞け)

「だから食いながら喋るなって」

「くちゃくちゃ、が良くない?」

「おい、ここに野生のくちゃらーが居るぞ」

はむ。

もぐもぐ。うん、おいしい。

「……ねぇ」

「ん?どうした?」

「あけて」

私はもう一つの袋を差し出した。

「餌付けして」

プロ、と言うのが最近口癖になりました。

友達としゃべっていると、

「それ好きだねー」

って言われることもしばしば。

え、私に友達が居たのかって?

失礼ですね。勿論ですよ。

向こうが友達だと思っているかはさておき。

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