転移した先が婚約破棄の真っ最中でした
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
「レイラ。お前との婚約を破棄させてもらう」
「ゲルハルト様……そんな急に……」
──やばい。とんでもないところに転移してしまった。
男と女が修羅場を繰り広げているようだ。めちゃくちゃ気まずい。
いかにも傲慢な貴族然とした男──ゲルハルトがチラリとこちらを見た。
女の方、レイラは平民だろうか? その印象はとても可憐で純朴だ。
二人の視線が集まる。さて、どうやってこの場を切り抜けるか……?
「この婚約破棄、俺が見届けよう。まさか、婚約破棄立会人の存在を知らないとは言わないよな?」
当然はったりである。そんな立会人などいるわけない。
しかし、貴族とは見栄っ張りな生き物だ。
「もちろん知っているとも! ちょうど頼もうと思っていたところだったのだ」
ちょろい。
「そうか。では続きをどうぞ」
促すと、二人は向き直り会話を続ける。
「私の何がいけなかったのでしゃう?」
でしゃう!? 噛んだの? もうめっちゃ可愛いじゃん……! 俺にも何がいけなかったのか聞かせて!!
「ふん。お前が犯した悪事について、私が知らないとでも思っているのか? やはり商人の娘などと婚約するのは間違っていたのだ。父上にも報告済みだからな!!」
「悪事……? 私は何も……。それに、ゲルハルト様のご実家への融資も済んだばかりではありませんか」
「だまれ!」
うわー。なんとなく状況が掴めてきたぞ。財政難の貴族が裕福な商人と繋がりを持つために婚約したケースか。そして、融資を受けた途端に態度を変えたと。
「あくまでしらを切るつもりか? ならば言ってやろう。お前は魔法学院の授業でワザと魔力を暴走させ、クラスメイトを危険に晒しただろ!」
「そんなことは……ありま……せ……」
声は徐々に小さくなり、最後には掠れて聞こえなくなった。
「何人もの令嬢から報告があったぞ! 危うく一大事になりかけたと!」
想像するに、レイラが魔力を暴走させたのは事実なのだろう。
今も感情の揺れによって身体から魔力が吹き出しているのが見える。尤も、鈍感な男はそれに気が付いていないようだが。
「それだけではないぞ! 召喚魔法の授業で悪魔を召喚して教師を殺害しようとしたなっ!」
「あれは完全に事故で……」
「事故で悪魔が出てくるわけないだろ! お前の邪悪な心が悪魔を呼び寄せたのだ!!」
レイラは下を向き、唇を噛んでいる。
「極めつけは他国の魔法学院との合同演習だ! 森林火災の原因がお前の使った火魔法だということはわかっているんだ!」
「それは違う!!」
流石にこれは嘘だ。思わず声を上げてしまった。
だってこのレイラの魔力は火魔法の適性ゼロだから。俺の魔眼がそう言っているから間違いない。
「貴様、婚約破棄を見届けるのではなかったのか!?」
額に血管を浮かせたゲルハルトが今にも掴みかかってきそうだ。
「婚約破棄立会人として、嘘は見逃せられない。この子に、火魔法は使えない……!」
レイラの瞳に驚きの感情が浮かんでいた。何故、知っているの……? というように。
一方のゲルハルトの方は、ただ訳がわからないわからないという表情だ。
「俺の眼は少々変わっていてな、人間がもつ魔力を見ることが出来る。魔力の色を見れば魔法に対する適性も簡単に判断出来る」
「魔眼……?」
ゲルハルトの瞳がグルグルと回り始めた。小声で「いや…まさか……」と。
「信用していないのか? 貴君は風魔法が一番得意だろう?」
「そうだが……」
「このお嬢さんは非常に魔法の才能に恵まれているが、火魔法の適性だけは全くない。創造神に誓って断言する」
創造神の名を口にしたことにより、ゲルハルトはたじろぐ。
「な、ならば召喚の件はどうだ? レイラが悪魔召喚したのは間違いないだろう……!! その件だけでも、婚約破棄に値する!!」
ふむ。なんだろう。凄くもやもやする。
別に二人が婚約が壊れてしまうのは正直どうでもいいのだが、悔しそうに下を向くレイラを見ているとその潔白を証明したくなる。
「ちょっと君。その左手の腕輪を見せてくれないか?」
「腕輪ですか……?」
戸惑いながらも、レイラは俺に左手を差し出す。
「これは……。一体どこで手に入れたんだい?」
「お友達、アマンダ様から頂いたんです」
ほぉ。友達ねぇ。
「それはどんなお友達?」
「魔法学院のクラスメイトで、子爵家のご令嬢です」
ふーん。子爵令嬢が商人の娘にプレゼントねぇ。
「ちょっと借りるよ」
レイラのほっそりとした手から腕輪を外す。そして──。
「えいっ!」
──腕輪を真っ二つに割ると、闇の魔力を秘めた小さな爪のようなものが出てきた。
「貴様、なにを……!!」
ゲルハルトが腕輪に手を伸ばす。もちろん渡さない。身を引きながら躱し、足を引っ掛ける。
バタリとみっともなく地面に倒れるゲルハルト。レイラは目まぐるしい展開にただ驚いている。
「この腕輪の中に入っていたのは、悪魔の指の爪だよ。悪魔ってのは自分の体への執着心が強くてね。君が召喚魔法を使った時に介入してきたんだ。爪を取り戻すために」
「えっ……。ということは……」
「君に腕輪をくれた人が怪しいね。ところで、ゲルハルト。貴君はレイラのお友達の子爵令嬢について知っているかい?」
やっと起き上がったゲルハルトは土を払う余裕もなく額に脂汗をかいている。
「し、知っているが……」
「確かこの国でも悪魔の体を保管することは禁止されている筈だ。その子爵令嬢は罪に問われることになるねぇ」
「ま、待ってくれ! なんでもするからこの事は内密に!!」
レイラはひどく失望した様子でゲルハルトを見ていた。まさかこの後、ヨリを戻そうなんてつもりはないだろう。
「どうする、レイラ?」
「ゲルハルト様とアマンダ様を告発します!!」
「ふざけるなっ!!」
ゲルハルトの手に魔力が集まる。風魔法。しかし──。
【リフレクト!】
──風弾が俺達の身体の前で跳ね返り、ゲルハルトに向かう。
「うぐっ……」
鳩尾に直撃し、また地面に沈む。
「はい! ゲルハルト。貴君は他国の王族に危害を加えようとしたね! その罪も加えとくから!!」
「……そんな」
「……王族?」
「うーん。俺って影薄いのかなぁ。合同演習にも参加してたんだけどなぁ〜」
「まさか、ラルジュ王国の……!?」
「レイラ、正解! ラルジュ王国、第三王子ザイードが君の証人になる。安心したまえ!!」
ゲルハルトは顔面蒼白になり、立ち上がる気配はない。レイラは思い出したように背筋を伸ばしてから頭を下げた。
「レイラ、楽にして。そして今度は俺を助けてくれないか?」
「ザイード様を?」
「そう。転移魔法の座標がズレてしまってね。本当はこの国の魔法学院の前に転移するつもりだったんだ。俺は留学生ってやつでね」
「この国の魔法学院に……」
「そう! だから道案内よろしく」
「はい! 勿論です」
元気を取り戻したレイラは俺の隣に並び、ニコニコとしている。うん。可愛い。
そしてなにより、膨大な魔力を感じる。今はまだその使い方を知らないようだけど、レイラはきっと凄い魔法使いになる筈。育て甲斐がありそうだ。
「レイラ、俺と仲良くしてくれよ」
「えっ……。あっ、喜んで」
恥ずかしそうに顔を赤らめる様子を見て、胸の中にあたたかい感情が生まれた。
偶然の結果なのに、運命めいたものを感じる。楽しい学校生活が始まりそうだ。
最後まで読んで頂きありがとうございます!!
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