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それは定められたことなのか、避けられないことなのか

 翌日の夜。

 オーレルヌ商会の屋敷でのひとときは無事に終わりを迎え、店に戻ってくることができた3人。

 身内のみになったタイミングで、グウェンはベッドに身を投げうつと深く息を吐いた。


「おや、随分お疲れのようだね。よほど代表とは仲を深められたようだ。なによりなにより」

「深められたというべきか、食い破られたというべきでしょうかね。私にとっては想定外もいいところです」


 そうぼやいてグウェンがきかせた内容に、スフィナは息をのみ、テヴァは「ははぁ」と息を吐く。


「これは驚いた。あの男、中々。商才があるのもうなずけるねぇ」

「その、それは、大丈夫なのでしょうか」


 スフィナの声音には心配が多分に含まれている。


「大丈夫だ、そこは。向こうも意図を汲んでくれた。この件を理由に迫ることもないだろう。ただ、だとしても情報を握られたままというのは落ち着かないな……」

「なに、わしも責任の少しはあるさね。ひとりで不安にならずともいいよ」


 確かに、けしかけたのはテヴァかもしれない。しかし、実際に導守を怒らせたのはグウェンで。


「いえ、殺しに賛同したのは私ですし、原因も私にあります。足元の粉までは注意を配れなかったのはテヴァさんのせいではないでしょう」


 そもそも、どちらも殺しの専門家ではないのだ。必要だから殺したことがあるというだけ。やっても殺しのバイトくらいのものだ。


「ま、仕事が有能なうちはあれこれすることもないだろうさ。気張るしかないだろうね」

「胃が痛くなる……いっそ引っ越してしまうのも悪くないかもしれませんね」


 その言葉に表情の変化があったのはスフィナ。ほんの微かだが、悲しんだような。


「スフィナ?」

「あ、いえ、その、ルミア様と離れてしまうのだろうな、ということを少しだけ思ってしまって」

「ほう?」


 意外だ。身を起こしてスフィナをみる。


「そちらもルミアさんと仲を深められたようだな」

「はい。ルミア様は素敵な方でした」

「好奇心旺盛なところは警戒してしまうけどねぇ」


 しかし、良いことではあるのだろう。少なくとも現代、スフィナに友と呼べる存在はいなかった。近所づきあいや仕事のつきあいといった間柄の者ばかりで。

 年齢を考えると、実際的な歳はともかく、精神的な面では近いのではないだろうか。

 だとすると、できるだけその仲は大切にしてほしい。


「まぁ、なんだ。引っ越しというのは最終手段になる。私も地下室をなくすのはもったいないしな。だから今は、ルミアさんとの仲を大切にするといい」

「……ありがとうございます!」


 花咲くような笑顔でスフィナがいう。

 もしかしたら後ほど我儘を言ったと彼女は落ち込むかもしれないが、このような我儘であればできるかぎり叶えてやりたい。


「ああ、そうだ。わしからもお前さんに頼みたいことがあるんだった」


 テヴァからの何かあるのか、とそちらをみると同時にのしかかってきたテヴァに押し倒される。


「別に食事会だの泊り会だのは文句はないんだけどね、1日お預けをくらうのはいただけなくてね」

「テヴァ、さん。別に、しない日だってあるでしょうに」

「まぁね。だけどね、しない日とできない日はまた違うもんなんだよ」


 そこでまさかのスフィナが「そう、ですね」と同意してきた。

 彼女が近づく音がする。


「それに、いつもご主人様のお傍で眠っていたからでしょうか。昨日はその、あまり……」

「そう、寝つきが悪くてね」

「なら、ふたりとも、早く眠ることをおすすめ、しますが」

「いやいや、それが慣れないことをして精神も高ぶってしまっているからね、これは運動でもしないと眠れないかもしれない。運動、ちょうどいいものがあるだろう?」


 どう言葉を変えてもいつものパターンである。

 しかし、グウェンが否定しようにも、体が勝手に反応していく。


「なんだい、お前さんもヤる気だったんじゃないかい」

「いや、これは、不可抗力といいますか……」

「言い訳なんてらしくない。大人しくわしらを食べな」


 そうして、今日が終わっていった。


 ・

 ・


 それからは、グウェンがオーレルヌ商会に赴く日には彼の身ならず、スフィナやテヴァも誘われることが増えた。グウェンとしてはルミアからのアプローチが減ったことに安堵するばかり。

 仕事の進み具合にもそれは影響した。

 そして、仕事が進むことで問題もひとつ。とうとう修復のための材料が底を尽きたという問題だ。

 そうなればやることはひとつしかなく、ある日の朝にはグウェンは馬車を走らせエーテアの街に向かっていた。

 当然テヴァとスフィナも同伴だ。

 前回同様、触れることはすれど、性交まではせず、愛撫が続く日々。なんならその行為はさらに技術があがっており、逆にグウェンの理性のタガがはずれることを願っているかのようなものだった。

 それでも、旅の途中でそのようなことをすれば無防備になるし、汚れの処理も面倒になる。それに万一誰かにみつかったらそれこそコトだ。できるはずもなかった。

 そうして、ある意味では苦痛な旅を終えてエーテアの街についたグウェンはまずハイドのもとへ向かう。ゆとりはあるものの、どうせこの街にきたのであれば追加で買っておきたいところ。

 そうして、治安の悪い貧民窟を通ると、この通りもまた変化がみられている。


「ここは後回し、ということだろうか」


 そこかしこに死体が散乱し、腐臭を漂わせている。蛆や蠅がわいていても、それを気にする住民はいない。いや、気にするだけの余裕がないといおうか。

 前回のように襲い掛かってくる者もいたが、テヴァやスフィナへの劣情を催してのものではなかった。みながみな、いかに売りさばき金にするか、あるいはこの3人から金品をまきあげ今日を生きる足しにするか、というものばかり。呪術による食糧難の影響はここでも同じのようだ。

 幸い本能としての恐怖は残っていたようで、数人テヴァが火あぶりにすると、襲う者はいなくなったが。


「だけど、わしらの街も端っこじゃこんなものだときいているよ」


 クレイムの街にも当然そういう地区はあるが、用がないために基本いくことはない。しかし、行ってみればきっとこのような光景なのだろう。

 少なくとも、いつまでもいたいとは思えない。

 足早に目的地まで進み、こんこんとノックをして家の扉をあけ。


「……ハイド、さん?」


 ハイドの姿がない。いや、ないと思いたかった。

 何かが壁に寄り掛かって座っている。

 しかし、人間ではない。

 人間では、あったもの。


「……骨かい」


 テヴァがつぶやく。

 さっとグウェンはしゃがみこむと、確認する。

 その形、周囲の状態、他に落ちているもの、着ているもの。


「……ハイドさん」


 間違いなくハイドのものであった。

 自分でも思った以上に動揺が声に漏れている。

 同じように傍まできたテヴァがしゃがむ。


「死因はなんだい?」

「……餓死では、ないようです。頭部の骨が割れている。何かで殴られたと考えるのがよいでしょう」


 すっと気が遠くなるような感覚。

 それは、何も素材を手にするあてがなくなったということだけではない。

 商売相手として、人間として心地よさを覚えていた相手を亡くしたことでの動揺も含まれていた。こんな体験、いつぶりだっただろうか。

 そうだ、と見えもしないのにグウェンはあたりを見渡す。


「テヴァさん、ハイドさんの魂は!?」

「……いや、ないね。ここを離れてるって可能性もあるだろうけど、魂っていうのはあまり死んだ場所や死体から離れることはないんだ。恐らく、正真正銘、この男は死んだということになるだろうかね」


「……そう、ですか」とだけ答える。


「なんだい、もし魂があったら生き返らせていたと?」

「それは……わかりません。ですが、私にとって、亡くすには惜しい方でしたから」


 関係は深くない。ずっと同じやりとりを繰り返してきただけの間柄。

 友でもなければお得意様ということでもないだろう。彼にとってグウェンはよくわからないものを大量に買って行く珍客。

 しかし、同じ態度で、同じ距離感で、変わらず接してくれたのが彼だった。


「ご主人様……」


 スフィナがグウェンに寄り添う。

 その気遣いを感じながらも、頭はうまく動かない。

 ただ、やるべきことだけは決まっていた。

 立ち上がると同時に骨を抱える。


「持ち帰るのかい?」

「いえ、埋めようかと」

「ふぅん。そこにはお前さんの想う男はいないんだよ?」


 それは、何よりテヴァが教えてくれたことだ。

 しかし。


「それでも、埋めたいと思ったんですよ」


 ・

 ・


 帰りの馬車。御者台で手綱を持ち、馬が可もなく不可もなくの速度で走って行く。

 がたりと揺れる振動に視界を揺らしながら、深く、深く息をついた。


「仕方のない、ことではあるのだろうな」


 骨になった姿からして、ハイドが死んで少なくとも数か月は経ったと考えてよいだろう。

 当時は、いや今も呪術の影響があるのだ。

 ただでさえ治安の危険な場所で、さらに食うに困った人々がすることは決まっている。

 ハイドの住む家には金目のものはなにもなかった。服までは奪われなかったのはせめてもの慈悲なのか、服に価値はないと判断したのか。

 どちらにせよ、この結果になるのは避けられなかった。ハイドがあの家から離れないのも理由あってのこと。これは起こるべくして起こったのだと思う方が心は楽になるだろう。


「整理はついたかい?」


 隣にはスフィナが座り、その膝にテヴァが座っている。

 グウェンを見る目には何の圧もない。


「……ええ。まだ、動揺はありますが。ですが、もう終わってしまったこと。彼がこの世界に執着するほどの未練を持たずに逝けたのは、きっと寿くべきなのでしょう」

「そうだね。本来は魂はそうあるべきさね。スフィナの前で言うことではないかもしれないけどね」


 スフィナは「いえ」と首を振る。


「おふたりのおっしゃる通りかと思います。死ねば終わり。その方が楽ではあると思いますから。……ですが、未練があれば次があったかもしれない。そのような思いもあります」


 事実、スフィナは未練を持ち続けたことで、生きる体を手に入れ、今を生きることができている。


「同感だ」

「だね」


 彼女の言葉もまた真実。


「いずれにせよ、時間はある。悼んで悲しんで、それが終わるころには街につくだろう」

「なら、その間くらいはわしらもちょっかいはかけないでおこうかね」

「お気遣い感謝しますよ」


 それに、誰かを責めることができるものでもない。被害者ぶることもできない。

 これまでグウェンも人を殺したことはあるのだ。他人を殺しているのに自分の知り合いが死んだからなんて酷いんだ、なんてこと、思っていいことではないだろう。

 だから、せめて彼の死後を祈り、数少ない思い出に思いを馳せることができることであった。ハイドにしか頼めなかった素材の入手については、落ち着いてから考えればいい。

 そうしてグウェンの想定通り、クレイムの街に戻るころにはだいぶ気持ちも安定してきた。

 やはり、彼の魂があれば、という思いはしこりとして残っているが。

 手続きを終え、見慣れた街に戻ってくる。

 さて、それじゃあ店に向かおう、としたところで。


「……なんで」


 テヴァが、心底驚いた顔で空を見詰めているのを見たとき、心臓が冷えたのを感じた。

 ハイドの顔がちらつき、続いて別の顔が頭に浮かぶ。

 あまりに嫌な予感にテヴァにききたくない。一体何のことを言っているのかとか、何をみているのかとか、どうして目が淡く輝いているのかとか。

 だって、最近そんなことがあったばかりではないか。連続するなんて、そんなこと、あるはずが。あってほしいわけが。

 スフィナはまだ気づいていない。「テヴァ様?」と心配そうにその顔をみつめているだけ。

 しかし、グウェンにはテヴァがみているものの想像がついてしまった。

 なんせ、あまり人との付き合いがない中で、テヴァの動揺を誘えるほどの人物と言えば数えるほどしかいないのだから。


「テヴァ、さん」

「……向かって、おくれ。お前さんなら、何かできるかもしれない」


 瞬間、馬の尻を叩いて馬車を走らせる。

 スフィナが驚くが、さすがに気を遣う余裕はない。

 向かっておくれだなんて、テヴァとグウェンが共通してしっている場所など限られている。

 店ではない。ならば、最近ならもうひとつの場所しかない。

 やがてみえてきた屋敷。その一部からあがる黒い煙。

 それをみて、スフィナがもう一度テヴァをみる。


「……まさか」


 スフィナの顔から血が引いていく。

 そのまさかではあってほしくなかったが。

 しかし――


 ・

 ・


「ふん、ふふん」


 上機嫌な鼻歌がルミアから漏れる。すれ違う使用人も彼女の様子に微笑ましさを感じているようだった。

 グウェン達がエーテアの街に向かった当初はあまりの寂しさと疎外感に苦しくて仕方がなかったが、それも今日で終わり。予定では今日が到着の日なのだ。

 最近はグウェンだけでなくテヴァやスフィナとも親交を深まってきたと感じている。彼らが褥をともにしている姿は何度も頭に想起されてはもんもんとしているルミアだが、テヴァとスフィナが魅力的なのは事実。意中の殿方が彼女たちを抱いていることには複雑な乙女心がうずくが、それはそうと一緒にいるのは楽しい。

 だからこそ、全員がいなくなって3倍寂しかったし、帰ってくる今日は3倍嬉しい。

 帰ってきたらどうしようか。予定通り帰ってきたら、荷物だけこの屋敷に届けるときいている。

 できることなら3人に抱き着いて、そのままお泊り会としゃれこみたい。

 しかし、長旅で疲れてもいるだろう。自分がいたら気を遣わせてしまうかもしれない。ならば明日か。


「うぅ、もどかしいですわ……!」


 特にこの2週間弱はルミア自身ストレスフルな日々だった。

 仕事の忙しさに商談。果ては縁談の申し込み。最後が一番疲れた。

 どれもこれもさした魅力は感じないし、中には脅迫まがいのものもあったのだ。

 歳も男が寄るのはしかたないと言えるし、見た目だってかわいらしいと自負している、そう思えるように努力している。特に、今はただひとりの男に振り向いてもらえるように一層の努力を重ねている。

 その結果が火に群がる虫ときた。

 毎度丁重にお帰りいただくように話を持っていくのは骨が折れたし、うまくいかず、暗殺されかけたこともある。いわゆる逆恨みというものだ。

 故に現在屋敷は警備を厚くしているし、ルミアも屋敷からはでないように心掛けている。しかし、いつまでもこうもいかないだろう。何か対策を立てる必要がある。


「ああ、ですけど、今はグウェン様たちのことですわ!」


 とにもかくにも、そんな有象無象より頭を占めるのは彼らであるべきなのだ。

 グウェンにはめいいっぱい甘えてみたいところだし、テヴァやスフィナにはこれまでの愚痴を吐き出したいし、旅の出来事をあれこれをきいてみたい。


「っと、そうですわ!」


 ふと、行き先を変える。目指すはグウェンが使っている作業部屋。

 きっと材料はそこに置くはず。部屋の掃除は使用人がしてくれているが、ルミアも何かしらやっておけば褒めてもらえるかもしれない。

 そんな未来に頬を緩めて作業部屋の前までいくと、扉の先からがさごそと音がした。

 瞬間、脳裏に浮かんだグウェンの姿。

 反射的にバンと扉を開け。


「グウェン様、戻って――」


 しかし、開けたと同時に思った。そんなはずがない、と。

 なにせここからは玄関口の広場に馬車がとまる音がよく聞こえる。ならば、この部屋に行くまでに馬車の音がきこえているはずなのだ。

 しかし、そんな音はない。

 ならば、きっと、部屋の中からきこえたこの音は。

 泥棒か、もしくは。


 胸を、何かが貫いた。


「……はぇ?」


 左胸に感じる違和感に視線が向く。

 短刀が突き刺さっていた。

 痛みはまだない。頭の中を「?」が埋め尽くす。


「やー、やっぱりこのタイミングしかなかったよねぇ」


 声に、力が抜けていく体で顔を向ければ女がそこにはいた。

 いかにも平民と思わせる服装で。

 すれた雰囲気、けだるげな声、光の薄い目。軽薄そうな笑み。


「ああ、こんなに若いっていうのに、かわいそうにねぇ。あの顔だけ取り柄のロクデナシの逆恨みにしちゃあ、度が過ぎてる……と言えないのがねぇ。あーあ、やな世の中だねぇ」

「あ、なた、は」


「うん?」と同じ表情のまま、女は首をかしげる。


「すまないねぇ、私はただの殺し屋なんだ。君のことは大して知らないけど、ご愁傷様とは言わせていただくよぉ。せめて丁寧に葬儀してもらうことだねぇ」

「ど、して」

「どうしても何も私は金で雇われただけだからねぇ。ああ、いや、私の雇い主が知りたいのかい? いいとも、どうせ死ぬんだ。どうせ死ぬならすっきりしてから死んだ方がいいに決まっている」


 うんうん、と女は頷く。


「知ってるかな、ちょーイケメンだけど、情緒が3歳児のアレ。アレからの依頼だよぉ。ほんと、金を持ってる馬鹿って騒ぎしか起こさないから嫌になっちゃうよねぇ。ま、私らにはちょうどいい紐鶴だけど」


 それが誰なのか、きっと時間をかければ導き出せたことだろう。

 しかし、そんな暇などあるはずもなく。

 短刀が抜かれ女が離れる。気色が悪いほどに胸から血が噴き出す。

 視界が揺れ、意識が薄くなる。じんじんと痛む心臓。息が、できない。


「んじゃ、私はそろそろお暇することにするよ。死に際の会話として満足してもらえたら嬉しいねぇ」


 見える視界は床だけ。体は倒れ伏していた。

 声が遠くなる。視界が暗くなり、何もみえなくなる。

 何か熱だけは感じる。臭いも、少しだけ。煙の、臭い。


(死ぬ、の?)


 浮かぶ思考。


(死んだら、どうなる、の?)


 浮かぶ走馬灯。

 様々な記憶の中、最近を埋め尽くす、テヴァ、スフィナの存在。そして、グウェンのこと。


(まだ好きって、言って、ない)


 好きと言えずに終わる恋などごまんとある。

 しかし、ルミアにとって、それはありきたりなものではなかった。


(もっと、もっとって、頑張って、それで、好きって言って、それで)


 それで、喜んでと言ってほしくて。

 それが、できない。

 それは、ただ告白して振られるよりも、あまりに苦しいもの。

 結果もわからないなんて、そんなこと。


「……ぁ」


 やだ。

 やだ、やだ、やだ。


(そんなの、やだ!)


 それでも体に力が入ることなどなくて。

 奇跡が起きて傷が癒えることもなくて。

 ただただ頭を埋め尽くす未練の中で、ルミアは最期を迎えた。


 ・

 ・


 路地裏で、ふぃ~、と息をつく女がいた。


「まだ大商会じゃないってのに、警備が尋常じゃなかったねぇ」


 水筒を口に含み、胃が冷える感覚にやっとこさ仕事の終わりを感じる。


「人気者は大変だっと。だけどそんなあの子も好きな男はいましたとね」


 周辺で集めた情報をまとめた紙だ。

 少しでも警備の薄い時間帯を選ぶため、少しでも彼女の行動を予測するため。

 殺し専門家なら当然の下準備。

 箇条書きに書かれた情報の一文を、女はなぞる。


「エレヴェル修復店、グウェン、ねぇ」


 女の目が細くなる。瞳に映るのは愉快。


「いつぞやの後輩君と同じ名前ときたもんだぁ。はてさて、どっちなんだろうねぇ」


 もし、女が思い浮かべている男と同じであったら、一体彼はどんな表情をみせてくれるのだろうか。


「困った、困った。残業、それも金にならない残業なんて好きじゃあないんだけどねぇ。だけど、仕方ない、仕方ないさぁ。なんせ、気になるんだもの」


 空を見上げればまだ青い。その青をかき消すように、黒い煙が道を作っている。

 行くなら当然夜。


「ああ、でも、本当に君だったらちょっと興醒めする、かねぇ?」


 何せ。好きだったのだ。彼の異常な性癖が。こじれていくその過程が。不可能を可能にしようと語るその目が。

 だから。


「死体が好きだのなんだって言っていた君が生きた人間を好いていたとしたら、私はとっても残念だからねぇ」

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