愚痴の代償
困ったことに、クロンドの言葉はかなりルミアに影響を与えることになってしまったらしい。
「グウェン様! そろそろご休憩はいかがでしょう!?」
バンと扉を開け入ってくるルミアは淑女という言葉をどこかに忘れてきてしまったらしい。
「ルミアさん、さすがにノックもなしには私も驚きます」
「あ、ご、ごめんなさい! 早く、グウェン様をお誘いしたくてつい!」
そうして謝罪もそこそこにルミアは背後に回る。
「まぁ、完璧ですわ!」とそのまま覗き込むようにして修復した物をみる。その際肩には手が置かれ、背中には想像以上にやわらかな感触。
あからさま、されどグウェンには効く。
呻きそうになる体をどうにか抑え、「ルミアさん」と。
「近くに寄ってくださるのは嬉しいですが、こちらが粗相をするのではと心配になります。修復の過程で汚れもありますので」
「いえいえ、そのようなことございませんわ! 粗相だなんて、むしろグウェン様であれば喜んで!」
穏便に離れてもらおうと発した言葉もこの通り。
これが無自覚なら良いのだが、恐らく分かったうえでこのように話しているのだろう。
一層身を寄せてくるルミアに、逃げ場を求めるグウェンであった。
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「と、まぁ、クロンド様がああ言ってから、中々スリリングな日々を送っていますよ」
エレヴェル修復店。
椅子の背に背中を預け、天を仰ぐグウェンの表情は疲弊している。
「ふぅん。お前さんのことだから、役得だなんだとだらしない顔をみせていると思ったんだけどねぇ」
「役得ではあるのでしょうが。ですが、そんな気楽に楽しめるものでもありませんし、どうにか熱を冷まさせようと別の気遣いが必要になったりと、面倒事は多い」
恋心を利用したのは事実だ。それによって利益を得て、コネをつくったことも事実。その代償がこういうことなのだろう。
「それで、趨勢は?」
「ルミアさんの躍進が著しいですね。どうしたものかと困ってしまう」
先の出来事だけではない。
それまではこちらから屋敷に出向いていたのに「少しでもグウェン様といられますから!」と日時の約束をしてまで馬車で迎えに来たり、休憩を兼ねたお茶会は毎度のごとく、それどころかクロンドが参加することもあったり、隙あらばさりげなく体を密着させようとしてきたり、あれこれと実に有益な話をしてくれたりと、人に恋心を持たれたことがなかったグウェンであっても、これが攻め落としであるというのはわかっていた。
そしてなるほど、大学時代はそういうことをしている人をみてもそんな程度で、と思っていた自分を罵倒したくなる。
ルミアの想いに応えるには色々と喪うものが多すぎるし、それらを維持したまま想いに応えるのは不可能だ。
だというのに、心が揺れそうになるときがある。ほいほいとつられそうになる自分がいる。
いくら女の体を使ってきた実績があろうとも、精神的な交流は童貞とでも言いたいのだろうか。グウェン自身、なんとちょろいのかと思わずにはいられない。
だからか、この長期の依頼に携わって以来、やけにルミアの話題を多くだしてきたのは、そうすることで自分は大丈夫だ、という自己暗示をかけたかったのかもしれない。
……それが、周りにどう映るかまでは、考えられていなかったが。
カップの中の珈琲がなくなり、たまには自分でも作るかと腰をあげて。
その方向に、いつの間にかスフィナが立っていた。
見間違いでなければ、目が据わっている。
「ご主人様は、ルミア様をお慕いされているのでしょうか」
「それはない。話した通り、できないしな」
「では、できる環境だったらお慕いされていたのでしょうか」
すぱっと入る問いに「それは」と言葉に詰まる。
「……とはいえ、もしかしたらの話だ。今がこうである以上、ルミアさんに靡くことは――」
「そうでしょうか。最近、グウェン様はルミア様のお話ばかりされます。昨日も、一昨日も、その前も。お仕事がない日にもありました」
「それは、まぁ、今の目玉の仕事である以上、話題がそちらになりやすいのは認めるが……」
「それに」
ぽふっとスフィナがグウェンに突進、もとい抱き着く。
そのままぐりぐりと頭をこすりつけるため、勢いに足が後ろに行きベッドの端でバランスが回復する。
「……ルミア様の匂いがします。こんなにも、たくさん」
「まぁ、あれだけひっつかれたら匂いも移るだろうな」
しかし、グウェンの言葉が不適切であったのか、スフィナの表情が変わる。具体的には可愛らしく頬を膨らませている。彼女がするにしてはあまりに珍しい表情だ。
思わず「ス、スフィナ?」と動揺の声を上げてしまう。
近づいてきたテヴァが「はぁ」と息を漏らした。
「まったく。お前さん、そんな他の女の匂いを漂わせていちゃあ、嫉妬されるのも当然だろうにねぇ」
「とはいいますが、私はルミアさんに――」
「別にお前さんがあの娘っ子をどうも思わなかったとしてもね、関係のないことなんだよ。特にここ最近はあの娘っ子にかかりきりだっただろう? スフィナが嫉妬して拗ねるのもおかしなことじゃあない。むしろ、お前さんを責めない度量を褒めてあげるべきだろうねぇ」
「ああ、それと」とベッドに立ったテヴァがグウェンの顔に自身の顔を寄せる。銀白の瞳が、少し色を濁してグウェンを見詰めている。
「わしもね、お前さんからあの娘っ子の匂いがするのは面白くない」
「テヴァさんもですか。貴女はそのような人ではないでしょうに」
「キャラやらなんやら、それこそ関係ないさね。なら、お前さん。わしやスフィナから知らない男の匂いがしても気にせずにいられるかい?」
「……それは」と反論する口が閉じられる。
確かにそれは、面白くない。ともすれば、その男と何があったのかとらしくもなく問い詰めてしまっていたかもしれない。脳裏に浮かんだ光景が、否定できなかった。
グウェンの反応に少し溜飲を下げたのか「ふふん」とテヴァが鼻を鳴らす。
「そういうことだよ。お前さんとは幾度となく体を重ねてるんだ。恋人じゃないから別に、とはならんだろうさ。……さて」
その「さて」は、部屋の空気を一瞬で変えた。すわ、顕術でも発現したのかと錯覚するほどに、怪しく、淫靡な雰囲気だ。
「ねぇ、スフィナ。この女心のわからない朴念仁にはどうしてやるのがお似合いかねぇ?」
「私にはひとつしか思いつきません」
「奇遇だね、わしもひとつしか思いつかないよ」
瞬間、スフィナが手慣れた手つきでベルトを外し、グウェンの下半身を丸裸にする。
いきなり何を、という言葉を発する前に背伸びをしたテヴァの口がグウェンの口をふさぐ。
そのまま口内を蹂躙され、時期に下半身にも舌の感触が蠢く。
抜けそうな膝を叱咤し、息を求めてテヴァの顔を引きはがすと、彼女の瞳は昏く輝いていた。
「別の女の匂いをつけてるんだ。お前さんは、わしらのもののようなものなのにねぇ」
「いや、何も誰かのものというわけでは――」
テヴァの指がグウェンの舌を掴み、引っ張られる。
ふぇばはん、としゃべることのできないグウェンの舌に自身の唾を垂らしつつ、テヴァが判決を下す。
「だからね、ちゃぁんとわしらのものってわかるように、匂いを上書きしなくちゃあね?」
まずい。
そう思うにしてはすべてが遅すぎた。
体を駆け巡る快楽にはもう抗えない。
高揚と酩酊のような意識になりつつ、デリカシーなるものを勉強すべきかもしれない、という反省だけはしたのだった。




