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投射が結ぶ縁

 お茶会を終えたのち、すぐにグウェンはクロンドにとある一室を案内された。

 その部屋は埃を被っていた。見渡すとあちらこちらに絵が飾られている。まるで先ほどまで誰かがいたかのように、絵具やパレットが放置されていた。

 部屋の中央にはキャンバスが立っている。そこに描かれているのはひとりの女。ルミアの面影のある顔で、柔らかな表情でこちらをみつめている。ただ、まだ描きかけのようで、線だけが走っているところや未完成な部分もみられる。それでいて、そのままにしていた影響からか、色は褪せて、表面も傷んでいるのがわかる。


「アートギャラリー、でしょうか」

「ああ……妻が、つかっていた」


 妻。その存在がこの屋敷にはなかったことは感じていた。

 クロンドの声は、どこか重い。


「この部屋は妻が亡くなってからそのままだ。少しでも彼女の痕跡を残したくてな」

「奥様を愛されているのですね。もしや、キャンバスに描かれた女性は……」

「妻だ。死期を悟っていたのだろうかな。体調芳しくない中、急くように描いていたのを覚えている」


 ルミアもまた、部屋に入ると落ち着いた様子で絵画の一枚一枚を眺めていた。


「本当に、懐かしいですわ。わたくしも小さいころ、お母様が描いているのをみていたものですわ。ですが、お母様が亡くなってからはくることもなくなってしまいましたわね」


 それは恐らく、くると思い出してしまうからだろう。


「そうでしたか。そのような場所をみせていただけたことを嬉しく思います。……察するに、そちらのキャンバスの絵が修復対象になるのでしょうか」

「そうなる。あいつの残してくれたものだ。少しでも長く手元においておきたい。どうだろうか」


 グウェンはキャンバスの前に立つと、状態を確認する。

 そして、少ししてクロンドをみた。


「申し訳ございません。劣化が激しく、このまま修復というのを不可能でしょう」

「そう、か。いや、そうだろうな。これは私のミスだ。せめて保管だけはしっかりしておくべきだったろうに」

「仕方のないことですわ。だって、何かを動かすには、あまりに思い出が詰まった場所ですもの」


 そう言うルミアの顔も少し暗い。

 グウェンは指で顎を添え、「そう、ですね」と言葉を発した。


「修復は不可能です。しかしながら、この絵を保存することは可能です」


 ふたりの視線がグウェンに向く。


「可能なのか?」

「はい。技術としては基盤となる絵画に道具や顕術を用いて絵を浮かび上がらせ、別の紙に転写するという方法です。修復とはまた異なるものにはなってしまいますが、いかがしましょうか」

「頼みたい」


 即決だった。

 ならば、仕事の時間だ。

 キャンバスを作業部屋に持ち込む。その間にクロンドには転写用の紙と下準備用の用意をお願いした。

 床に紙を敷き、術円を描いていく。時代遅れな方法も、こういう時は役に立つ。どれだけ古い技術であろうと、適材適所ということなのだろう。

 描いているのは【投射】の術円。これは仕事でも使うことのある顕術のため、術円も完璧に描けるようにしている。

 その上にキャンバスを下向きに置く。その間には半透明なフィルムをはさむ。

【投射】は光が影を作る概念を再現している。そのため、絵をそのまま【投射】すると、輪郭だけが投射されてしまう。そのため、専用のフィルムを通すことで色な線まで正確に投射されるようになるのだ。

 キャンバスの上には空間をつくり、その上に四隅をスタンドで固定した投射先の紙を置く。

 術円の三角の頂点には丸が描かれており、そこに赤、青、緑の液体を染みこませる。これがなければ、投射されるのは白黒のものになってしまう。

 そうしてロドを流せば術円が紫に光り、天へと向かっていく。


「わ、ぁ」


 その光景にルミアが堪らずといった様子で声をもらす。

 投射先の紙に徐々に何かが写っていく。初めは微かなものだったが、徐々にはっきりとし初め、やがて色がついていく。

 そうして5分もすると、グウェンは顕術を切り、紙を確認する。

 そして頷き、ふたりに手渡した。


「いかがでしょうか」


 写っていたのは確かにキャンバスの絵であった。正確に、寸分たがわず、それでいて色彩はキャンバスのものより鮮やかで。それが描いた当初の色合いであるのだろう。


「投射の強度を上げ、色合いをできるだけ当初のものに近づけてみたのですが」

「……ありがとう。これ以上に、望むべきものがない」


 静かに、しかし力強い言葉だった。

 対してルミアはこれでもかというほどに高揚している様子だった。


「すごい、すごいですわ! お母様の絵がこんなにもはっきりと! まるで魔法のよう!」


 その反応に、よし、と息をつく。


「お父様、どちらに、どちらに飾りましょう!?」

「そうだな……ならば食堂にしようか。それなら全員で食事をとっている気持になれるかもしれない」

「名案ですわ!」


「すぐに!」とルミアはその様子のままにドレスを巻き上げ走り去っていく。はしたない姿ではあるが、クロンドが何かを言う様子ではない。

 ルミアが出ていった扉をみつめつつ。


「グウェン殿」

「なんでしょう」

「もういくつか、同じようなことは依頼できるだろうか」

「もちろんです」


「そうか」と息をつく音がきこえる。


「……助かる。焦る気持ちから解放されたようだ」


 クロンドの顔がグウェンに向く。その目はもう、品定めをするものではなかった。

 日々劣化していく絵。保護しようにも間に合わない現状。

 大切な人との思い出が色あせていく。最愛の妻との思い出が。妻のいた痕跡が、残り香が。

 常に落ち着いた貫録を感じさせるこのオーレルヌ商会代表は、もしかしたら内情ではひどく憔悴していたのだろうか。

 しかし、それをつつく権利はない。


「お役にたてたこと、私も嬉しく思います」


 だから、慇懃に礼をするにとどめた。


 ・

 ・


 仕事は順調だった。順調すぎて怖いくらい、とはいつぞや誰かも使っていた言葉のように思うが、実際そうなのだ。

 現在時点でも報酬は月の最高額を達成し、しかもまだまだこの仕事は続く。

 殊更金が欲しいというわけでもなかったのだが、これだけ金の重みを感じるとやけに安心することに気づいた。

 街の活気も少しずつ回復しているのを感じる。死者の数もだいぶ減ったようだ。ただ、数が戻るにはそれなりに時間もかかるだろう。

 そこかしこには空き家も増えていた。

 その分食糧は他の人々にわたりやすくなったというのは、村の口減らしにも通じる現象だ。

 そういえば、ルミアが企画した促進剤と栄養剤はこのクレイムでも見事に実を結び、短い期間で満足のいく収穫量を達成したという話をそこかしこで聞くようになった。

 だからこそオーレルヌ商会も業績は順風満帆なのだという。

 最近ではひっきりなしに屋敷に馬車がとまる音が響いている。作業部屋にいると、またか、という思いになるくらいには。

 ルミアも客人の相手でてんてこまいのようだ。それまではよく作業部屋でグウェンの作業を目を輝かせてみていたものだが、最近はくることも少なくなった。それはそれで寂しいと思う気持ちもでてくるのは何とも傲慢といえよう。


「よし、こんなものか」


 またひとつ、修復の終えた皿を机に置いて、グウェンはひとり呟く。

 布で拭けば虹色の光沢が美しい。真珠を混ぜ込んで作った皿だろう。

 買おうと思えば恐ろしい金額になるのが予想できる。はたしてルミアが割ったときはどのような気持ちだったのだろうか。

 こんこん、と部屋の扉を誰かが叩く。

 こういった時にくるのはルミア、と思いきや最近は別なる者がくるようになっていた。

「どうぞ」と発し、予め立ち上がる。

 そうして現れたのは予想通り、クロンドであった。


「ご苦労だ。先ほど侍女から君が働きどおしときいてな。私も仕事の合間ができた。少し茶でもどうだろうか」


 そう、ここ最近はどういうわけかクロンドからの誘いが増えていた。

 どういった意図であるのかはまだ予測がついていない。好意的にみるのであれば今後も関係を続けていきたいという意思表示なのかもしれないし、職人として抱き込みたいという下心かもしれない。

 いずれにせよ、グウェンにできるのは「よろこんで」という返事だけだ。

 クロンド自らの案内を受け、定番となっている庭につく。

 男二人がお洒落にティータイムというのはむさくるしいことこの上ないが。しかし、クロンドが茶を飲むと、それが優雅にみえるのだから不思議だ。


「さて、前回は君の大学時代の話に入り始めたところで時間がきてしまっていたな。あれから私も気になっていたのだ。話をきいてもよいだろうか」


 このお茶会の趣旨は不明。ただわかるのは、クロンドがグウェンを知ろうとしていること。

 答えられるところは答え、できないところはそれとなく濁しつつ、会話に応じながらグウェンは思う。

 果たしてクロンドが情報収集に満足した時、どのような結果になるのだろうか。


「ええ、とはいえ、私の大学時代は華々しいものではありませんでしたので、面白いと思っていただけるかは心配ですが」

「そうだったのか? 君ほどに優秀な顕術師なのであれば、さぞ大学でも持て囃されていると思ったが」

「当時はまだまだ未熟でございまして、顕術の理解も、腕も並みというほどでした。今思えば随分寡黙で視野の狭い人間だったと思います」


 大学時代は無難な内容しか話すことがない。というよりも、無難な内容しか話せない、と言うべきか。まさか、裏では肉片と金を求めて殺し屋まがいの仕事をしていたなど話せるはずもない。


「仕事も、裏を話してしまいますとできる仕事がそれくらいだろうと思ったからです」


 実際には死体の修復の技術をみがく上では仕事でも修復に携わった方が効率が良いと思っただけだ。


「なに、志が高ければよいということでもないだろう。私も、この仕事を始めたのはささいなことがきっかけだった」

「そうだったのですか。その、ささいなきっかけというのは」


 クロンドからの自己開示。どうせならこちらとしてもとれる情報はいただきたいところ、とグウェンはそれとなく質問を続ける。


「ありきたりなものだ。私も昔は食うものにも困っていた。ただ腹を満たしたい、安心したいという思いでな。かといって私に武力はなかった。ただ、頭だけは他よりよかったようでな。物に価値を見出し、売るということで生活を成り立たせる術を知った。そしてそれが最も効率的だからと考え素材商の道にすすむことになった」

「なるほど……しかし、ここまでの規模に成長させることができたのは、まさしく素材商の才能があったということなのやもしれません」

「そうだろうかな。いや、だが、そのおかげで私は妻とルミアに出会うことができた」


 クロンドの表情が柔らかくなったように思う。


「……だから、私と同じように君にも幸せというのはいつか訪れるかもしれない」

「……そうですね、そう願います」


 実際にはいびつな形ではあるだろうが、今も幸せではあるのだ。少なくとも今はしたいことができている。

 その後も話は続く。大学時代の話に戻れば顕術の試験でやらかしをした話であったり、大学の施設の充実さに驚いた話であったり、平民から貴族まで混在した様子は中々に居心地が悪かった話であったり。

 顕術を学んだことのないクロンドにとっては興味深い話を提供できたのではないだろうか。

 やがて時間もそれなりに経ったところで、「あー!」と馴染みとなった声が響く。

 みずともわかる。ルミアだ。


「グウェン様とお父様、わたくしをおいて楽しくお茶会なんてご無体ですわ! わたくしは一生懸命お客様のご対応をしていましたのに!」

「すまないな。グウェン殿の話は興味深いものが多く、つい話しこんでしまったようだ」

「ちなみに、どのようなお話をなさっていたんですの?」

「彼の、大学時代の話を」


 その言葉にあんぐりとルミアが口を開く。


「そ、そんなの、あまりにご無体ですわ……! わたくしの方がききたかったですのに!」


「もう一度! グウェン様、もう一度お願いいたしますわ!」と迫るルミアに、グウェンは「私も、そろそろ仕事に戻らなくてはなりませんので」と話を切り上げる。

 仲を深めるのも結構だが、これではいつまで経っても仕事が終わらなくなってしまう。


「ああ、そうだ。私もこの後が仕事があるから今のうちにきいておきたいことがある」


「なんでしょう?」と首をかしげる彼女に、クロンドは何でもないように話す。


「ボーウェイ商会の代表からお前に縁談の話がきている。受けるか?」


 その言葉に驚きを見せたのはグウェンだ。

 ボーウェイ商会といえばオーレルヌ商会と同じく複数の街に支店を置く商会。確か、一風変わった道具で狩人にマイナーな人気を勝ち取っていたのだったか。

 この街にも支店があったように思う。以前チトが「使わんけどあったらあったで目をひく」と話していたのを覚えている。

 昨今魅魔の出現が相次いでいる世の中。ますます狩人の需要は高まることだろう。その点では良縁と呼んでもよいだろう。

 しかし、ルミアの目は細く、表情も無表情に近くなる。


「……いいえ、折角ではありますけど、お断りさせていただきますわ」

「そうか。わかった」


 それでその話は終了だ。

 そんなあっさり決めてしまってよいのかといいたくなるが、二人はいつものこととばかりの様子。

 だとしたら、グウェンが何かを言うものでもないだろう。

 そんな思いが顔にでていたのか、クロンドが顔をむける。


「驚かせただろうか」

「え、ええ、まぁ、はい。なかなか、私には早いお話だったように思います」

「私たちもはじめはゆっくりと検討をかさねてきたのだがな。最近では数えきれないほどの話がきている。それもそう質のよい話ばかりではない」

「例えばボーウェイ商会の代表はまだ齢30ほどのお方ですが、すでに3人の女性を娶られ、離婚されておりますわ。調べによりますと、女性の扱いがひどいのだとか」


 それは初耳だった。隠されていた情報だったのだろう。


「私は、こと結婚に関してはルミアの自由にさせたいと思っている。とはいえ、商人として利のあるものを選ぶべしという私の偏見もはいってしまっているが。しかし、オーレルヌ商会にとっても利のある相手なのであれば、断る理由もない」


 そうして、クロンドのグウェンを見る目は、どこかこれまでとも違った。何か、面白がっているような……


「私は、君も中々候補に入るのではないかと思っている。むろん未だ娘を預けるには至らないが。それでも、可能性はあると思っている。願わくば、君がさらに活躍することを期待したい」


 そう言ってクロンドは一足先に屋敷に戻っていった。


「わ、わわわ、わわわたくしとグウェン様のけ、けけけ、結婚を、お父様、お父様が……!」

「ルミアさん? ルミアさん!? お気を確かに、クロンド様は何もおっしゃっておりませんから!」


 顔を真っ赤にし、されど蕩けそうな笑顔で何かつぶやくルミアにグウェンが慌てて声をかける。

 いやはや、困った。

 仕事の関係以上に仲良くなるつもりは考えていないのだが。


「うぇへへへ……子供は3人、お昼はお庭でみんなで食べて……」

「ルミアさん、ルミアさん!」


 これからは、違う意味でも気を遣わないといけないようだ。

 ひとまずは、頭が幸せそうな御令嬢を現実に戻すことから始めたのだった。

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