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作業とお茶会

 翌日からルミアの屋敷に通う生活が始まった。

 テヴァとスフィナには事前に説明済みだ。


「ほう。お前さん、とうとうあの娘っ子に落ちたのかい?」


 見た目の割に随分なことを言う魔女には「お戯れを」とだけ返事を返した。


「そう、ですか……かしこまりました。お店のことはおまかせください」


 一方でスフィナからは日中ひとりでいることの寂しさを感じる言葉を受けた。

 テヴァも基本的には地下の部屋にひきこもるか、どこかをふらりと出かけていることが多い。

 申し訳ない思いではあるが、仕事でもある。スフィナもそう思いひいてくれたのだろう。……ただ、のちになってわかったことだが、寂しさの代償は夜の営みで償われることになった。


「グウェン様! 今日からどうぞお願いしますわ!」


 出迎えてくれたルミアは満面の笑み。昨日の不穏さはまるで感じない。


「こちらこそ。基本的には作業室におりますので、何かあればお呼びいただければと思います」

「はい! ……その、それと、少しの間、作業を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、それは随意に。ただ、作業中はどうしても集中してしまうので、お話には応じられないかもしれません」

「ありがとうございます!」


 そんなやりとりの通り、実際に作業が始まるとルミアは隣に椅子を置き、じっとグウェンの修復作業をみつめていた。

 まずは割れ物の修復。やることはそう難しいことではなく、段取りも立てやすいためだ。

 ただ割れたものであれば【融解】の顕術で修復し、欠損部がある場合は【培養】の顕術で補完する。

 価値の高い物などは複雑な紋様が刻まれていることも多く、その修復だけは大変である。さすがにそういったものは顕術でどうこうなるものでもない。グウェン自身の腕のみせどころとでも言おうか、顕術に頼らない修復師としての腕が試される。

 ひとつひとつの作業が終わるたびに隣からは「はふぅ」という声が漏れきこえる。

 ひとつ、作業の終わった物を机の奥に置きながらグウェンは苦笑した。


「飽きませんか?」

「いえ、いえ! まったく、これっぽっちも! ずっとみていたいくらいですわ!」


 その言葉はお世辞でないのだろう、事実ルミアの目はこれ以上にないほど輝いている。


「それならよかった。ただ、すみません。少し休憩をいただこうかと思います」

「もちろんいつでもお休みになってください! っと、そうですわ、そうおっしゃられるかと思って少し前に庭に御茶菓子を用意してありますの! よかったらご一緒にいかがでしょう!?」


 それは休憩と呼ぶべきなのか、接待と呼ぶべきなのか。

 しかし、おくびには出さず「はい、そういえば以前のお約束も果たせますしね」と答える。


「あの約束、覚えてくださっていたのですね! わたくし、嬉しいですわ!」


 いずれ、お茶会に誘いたいという彼女の願い。グウェン側としては済ませられる内に済ませてしまいたいという思いでもあった。

 案内されるがままに庭にいくと、大きな木を庇に白のテーブルセットとティーセットが並んでいる。

「ささ!」と促されるままに座るとルミア自ずから紅茶を注いでくれる。


「あくまでお茶会ですので! ここはわたくしに淹れさせてくださいまし!」

「恐縮です」


 令嬢手ずからの茶とは、一介の商人が受けるには過分な接待だろう。

 口に含むと芳醇な香りが口に広がる。それいて余韻の主張は激しくなく、香りに見合うだけの奥深い味わい。

 珈琲も紅茶も同じくらい口にするグウェンであるが、これほど上質な茶葉は初めてだ。

 たまらず唸る声がでてしまうのも致し方なしか。


「これは……素晴らしいですね。よろしいのですか、こんな……」

「もちろんですわ! お茶会のお客人でもありますし、お仕事を依頼している身でもありますもの」


 ならばと甘えさせていただく。

 クッキーの味わいも素晴らしい。食感の好ましさは最上級であるし、これがまた紅茶に合う。


「さて、それではお話ししましょう!」


 そうして始まったお茶会兼休憩は至って穏やかに進んでいった。

 会話の内容は様々。流石はオーレルヌ商会の令嬢といおうか、様々な情報を提供してくれる彼女の話には興味を持たずにはいられなかった。

 大きく身振り手振りで説明してくれる姿は小動物らしさがありかわいらしい。

 その中でも吉報といえるのは王都からの支援物資の話だった。


「第3王子殿下が民を生かすための物資を送るべし、と声を上げたそうですわ」

「それは喜ばしい」

「はい。色狂いという噂もあったのですが、民を思う気持ちは随一のようですわ」

「それで、到着はいつくらいに?」

「それが、順々に街を回るということもあり、半年くらいはかかりそうですわ。ここから王都までも馬を走らせて1か月はかかるのですから、当然とかもしれませんが」


 半年。その頃にはもう事態も収拾してしまっているのではないかという思いもある。

 ただ、無理して原状回復を目指せばどこかでひずみは生まれる。その補填と考えればそう悪い話でもないだろう。


「今の生活も、早く回復すればよいのですが」

「ですわね……そうそう、なので、わたくしたちもグウェン様にならって炊き出しというものをやることにしたんですの!」


「ほう」とグウェンが言葉を漏らす。


「あ、でも真似してしまって申し訳ないですわ……」

「いえいえ、これについては文句は言えません。無論利があるからでしょうが、人のためというのも事実ですし、もとよりいつか真似するところがでるのは予想しておりましたから」


 しかし、一番手で行動するというのが大事であるのだと思っている。


「ちなみに、どうしてこのタイミングに?」

「食糧調達の目途が立ったというのもあるのですけど、教会の動きも鳴りを潜めたといいますか……」


 と、ここで少しルミアの声がトーンダウンする。


「導守様が亡くなったというお話がありましたでしょう? お父様もこれまでは教会の目があって動かなかったそうなのですが、今は件の導守様もいなくなったので。炊き出しもお父様がお話をだしてくださいましたの」

「なるほど」

「ですが……グウェン様が導守様からお小言を受けていたというお話も知れ渡っていまして。それで、一部の方から、エレヴェル修復店の店長が導守様を手にかけたのではないかという噂が」


 ……なるほど。心の中で相槌をうつ。


「そのような噂が。状況証拠から生まれた噂なのでしょうが、困りますね」

「ええ、本当に! グウェン様がそのようなことするはずがないですのに!」


 実際はしているのだが、まさかそれを語るわけにもいかない。

「そうですね」と心にもない返事を返しておく。


「ですがグウェン様、どうぞご安心くださいまし! わたくしも噂は噂に過ぎないことをお話させていただいていますし、多くの方がグウェン様の無実を証言してくださってますの! それに、異端審問官の方がグウェン様のもとに訪れたというお話もうかがっていますわ。それでこうしてグウェン様がご無事ということは、グウェン様の無実と言えますわ!」


 どうやら炊き出し、手伝いで住民の信頼はしっかりと勝ち取れているらしい。そして、ケーネの存在も後押ししてくれているようだ。

「それはありがたい」と息をつく。


「ただ、主張を曲げない方もいるので困ったものですわ!」

「信じたいものを信じる方もいらっしゃいますからね。ただ、私も警戒はしておこうと思います。念のため、どなたがその噂を信じているか、うかがっても?」


 勿論、とルミアは丁寧にひとりずつどこどこのだれだれと説明してくれた。

 知らない人物も多いが、数人は知っている。中には同業者の名前もある。もしかしたら蹴落としたいのだろうか。そういった商売特有の蹴落としあいには参加したくないグウェンからすると、嫌になってしまう。とはいえ、何もしないというわけにもいかないだろう。

 この件については後でテヴァとも擦り合わせるとして、ルミアには「ありがとうございます」と感謝を述べる。


「いえいえ! むしろ、折角のお茶会なのに、ごめんなさい、こんなお話……」

「それこそ、いえいえ、ですよ。私としてはとてもありがたいお話でした。一層ルミアさんと知り合えたことを嬉しく思いました」

「まぁ、まぁまぁまぁ!」


 と、嬉しそうに体をくねらせるルミア。

 あからさまな礼の仕方かもしれないが。

 さて、そろそろ仕事に戻ろうかと切り出そうとしたタイミング。

 その時、男の声がした。


「ああ、ここにいたのか」


 声の方をみれば、歳は40代半ばあたりか。渋さと貫録を備えた長身の男だ。身にまとう服は袖が広く、ゆったりとしたもの。腰に帯を巻き、足は下駄を履く姿は異国風の赴きだ。香るものは香油とはまた違う、落ち着くもの。

 奇麗に髭のそられた顎を撫でグウェンを見る目は品定めのそれとみる。

「あら、お父様!」という声にグウェンは急いで立ち上がり一礼する。


「お初にお目にかかります。エレヴェル修復店で修復師を商っております、グウェンと申します」

「挨拶いたみいる。オーレルヌ商会代表のクロンドという。此度は娘が世話になっているときき、感謝を伝えたくこさせていただいた。昨日は仕事があり訪ねることができなかったことを詫びたい」

「とんでもございません。大変ご多忙の身でありながら、こうしてお会いいただいたこと、望外の喜びにございます」


 グウェンにとって、オーレルヌ商会代表というのは雲の上の存在だ。ルミアという交流のある人物がいたとしても、初手の礼儀作法には気を付ける必要があるだろう。


「そうですわ! お父様、少しお時間はありまして? よければお父様もお茶会いたしましょう!」


 グウェンとしてはつながりが持てるという気持ちが三割、気遣いに疲れるので遠慮願いたいというのが7割である。

「ふむ」と少し思考した様子のクロンド。


「時間は少しはあるな。こうして会ってそれだけというのも味気ない。私も参加させてもらっていいかな?」

「はい、それはもちろん」


 本音はどうあれ、断ることはグウェンにできない。

「そうしたら、新しいお菓子を持ってくるよう伝えてまいりますわ!」とルミアはそのまま走るように屋敷へと戻っていった。

 残るグウェンとクロンド。


「さて、立ってというのもなんだろう。どうぞ座ってほしい」


 そういった言葉もあり、お互い席につく。


「ルミアは失礼を働いていないだろうか」

「はい、御令嬢には大変よくしていただいております。今回のご依頼につきましてもクロンド様よりご許可をいただけたと。改めてご依頼いただきましてありがとうございます」

「こちらも娘の手始末にリカバリーがきくともなればありがたい話なのでな。時間はかかってもいい。無理をしないようにしてほしい」

「ありがとうございます」


 尋常なすべりだし。

 クロンドの言葉も上からのものではなく、こちらを気遣うものだ。この時点でいくらか緊張は解ける。


「ところで、グウェン殿。君は絵画の修復は行えたりするだろうか」

「絵画、ですか。状態にもよるかと思います。よろしければみせていただけますとより判別はつくかと」

「それもそうか。わかった。あとで案内しよう」


 これは追加の仕事となるか。

 思わぬところからの商機だ。それなら話は別。ルミアからの依頼ではなくオーレルヌ商会代表であるクロンドからの依頼となれば、一層つながりを持つことができる。

 その後はしばらく世間話にうつる。その中でやはり話題にあがったのは導守の死について。


「一部では君が殺したという話もあるようだが、私も眉唾と思っている。大方君の活躍を止めたい勢力のそれだろう。なにかあればここを頼ってくれていい。君には今後も世話になるだろうからね」

「こちらこそ、オーレルヌ商会にはお世話になっております。もしご入用の際は是非に」


「うむ」と頷くクロンド。

 しかし、グウェンを品定めするような目はとまっていない。


「そういえばとなるが――」

「お父様ー! 今戻りましたわー!」


 何かを言いかけたクロンドの声に覆いかぶさるようにルミアの声が届く。

 そちらをみやったクロンドが初めて表情を崩した。親が子をみるときの、苦笑だ。


「あのお転婆娘は……すまないな、グウェン殿。うるさかったら言ってくれ」

「いえ、御令嬢のご快活さには私も元気をいただいております。それで、今何かを……」

「ふむ、ああ、いや、なんだったか。すまない、思い出したらきかせてほしい」


 嘘の雰囲気。ルミアには聞かせることができないことなのだろうか。

 グウェンは「はい」とだけ答える。


「それと、新しい茶葉も試したいと思いまして! それとそれと――」


 父のことが好きなのだろうことが伝わってくる。

 一層テンションの上がったルミアを主役にお茶会はもう少し続きそうだった。

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