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素材商令嬢の依頼

 教会の介入もなくなり、その後の炊き出しも、手伝いも万事順調というひとことにつきた。

 1か月に及ぶその活動は見事に実を結び、エレヴェル修復店に対する信頼はかなり高くなったと感じられている。外を歩けば挨拶を交わされるくらいに認知されてしまったというのは別の意味でやりにくさも感じるが。

 1か月も経てば街同士の交易も開始され、行商人などの姿も散見されるようになった。

 さらには早めに育つ野菜が収穫を迎えたことで、全体的に飢饉の脅威がわずかではあるが減った。

 あとはどのように耐えていくかが問われるだろう。

 炊き出しは終わったが食糧の調達は定期的にチトに依頼している。そのため、食糧についての不安はない。

 どちらかというと仕事の依頼の少なさの方が不安ではある。

 もともと信頼を得る理由は少しでもグウェンの行う死体の修復、そして性欲のはけ口としての行為を隠すためであるが、表向きは依頼を増やすことも考えていた。表向きであっても理由は理由。金が増えること自体は喜ばしいことだ。

 しかし、依頼の数はかなり少なくなっている。仕方のないことではある。やはり、まだまだ物に金を出すほど人々は安心できていない。今日食うものにも困っている人が多いというのに、物に金をだすというのは難しいだろう。

 だからこそ。


「グウェン様! お迎えに参りました! ささ、早くわたくしのお家に向かいましょう!」


 クレイムの街に拠点を構え、周辺の街に支店を置き影響力を持つ素材商の令嬢たるルミアの誘いはありがたいと思うと同時に申し訳なさもあった。


 ・

 ・


「ふふっ、ふふふ、やっと、やっとグウェン様をお誘いできましたわ!」


 馬車の中。がたりと揺れるのも気にせず、目の前に座るルミアは満面の笑みを浮かべている。

 対してグウェンは愛想の良い笑顔を浮かべつつ、されど心配げな表情に切り替える。


「こちらこそ、お呼びいただけたことは嬉しく思いますよ。……しかし、このようなタイミングで本当によろしかったのでしょうか。商会もまた、売れ行きに影響はあったでしょう?」

「そうですわね、確かに素材の売上は下がってしまいましたけど、その分他の事業も始めてみましたので実はそれほど問題にはなっておりませんの」

「新しい事業、ですか」

「ええ! 商会の扱う中には植物の成長促進にかかわる素材もあるのですけど、それらを使用した促進剤の開発や食物の収穫がより豊作になるよう栄養剤の開発というのを行ってみましたの。今はとにかく食べられるものを少しでも増やすことが大事でしょう? そうしたら大人気になってしまいまして!」


「それはまた」とグウェンは感嘆の声をもらす。

 流石は音に聞く商会と言おうか。大商会と呼ぶにはまだ途上であろうが、その活躍には目を見張るものもある。

 このオーレルヌ商会の代表、つまるところのルミアの父は一代でここまでの規模に店を発展させてきたのだという。しかも今の話を聞く限りではまだまだ成長していけそうだ。


「目の付け所が素晴らしい。企画された方はさぞ優秀なのでしょうね」


 そう言うと、何故かルミアが照れ照れとした様子をみせる。


「それが……実はわたくしが案としてだしましたの」


 グウェンが息をのむ。

 今日一番の驚きだった。


「そう、でしたか。だとしたら優秀という言葉はぜひ、ルミアさんに送らねばなりませんね」

「いえ、いえいえ! そもそも、きっかけを作ってくださったのはグウェン様なんですもの、わたくしなどが褒められるほどではありませんわ!」

「私が、ですか?」

「はい! 前に修復の仕方を教えてくださったでしょう? そのお話を思い出して、もっと植物を成長させることができたら良いのでは、と思ったんですの!」


 だからこれはグウェンのお陰、と言いたげだが、グウェンからすればその話を自身の商売につなげることができる発想に舌を巻く思いである。

 グウェンは生活のため、ひいてはあちこちに足を運んで死体を蒐集するために金を稼いでいる。だからこそ、人生をかけるほど仕事に打ち込んでいるわけではないが、常に改良策を模索するくらいにはこだわりもある。

 故に、ひとりの商人としてルミアに感服した。


「私は、ルミアさんをお客様にできて幸運だったのかもしれませんね」

「そんな、グウェン様にそんな風に言っていただけるのがわたくしの幸福ですわ! それに、グウェン様が素敵な修復の腕をお持ちですからこうして今回もお願いしたんですの」


 以前、ルミアからは家のものの修復を頼みたいと依頼を受けていた。それが今回馬車に乗ってルミアの家に向かっている理由でもある。

 これは、商機としてはかなりのものだ。グウェン自身オーレルヌ商会のおろす素材は購入することも多い。今後ルミアとの仲を深めていけば、待遇も良くなるのではないかという下心もある。

 ただ、これにはルミアの恋心も利用していることになり罪悪感もある。


「あ、もうそろそろつきますわ!」


 ルミアの言葉にちらりと窓の外をみると、前方に門があるのがみえる。それを通り過ぎれば代官の邸宅にも負けない屋敷が出迎えた。見かけることは何度かあったが、やはり何度見ても立派なものだ。

 さしものグウェンとてこれほどの商会にかかわる者からの依頼となれば少し緊張しそうになる。

 ただ、「ささ、行きましょう!」と子犬のように目を輝かせるルミアの表情をみるとその緊張もすぐに消えてしまうが。

 案内されるがままに屋敷にはいるとそのままルミアは廊下の奥へと進んでいく。

 道中使用人に道を譲りうけながらも到着したそこはひとつの部屋。

 開ければ掃除はされているからか埃っぽさはないもの、所狭しと棚に物がおかれている。どれも罅が入っていたり壊れていたりと訳アリ品のような様相だ。


「ここは物置みたいなものでして。その……わたくしが壊してしまったものが仕舞われてますの」


 えへへ、とバツが悪そうにルミアが目をそらして笑う。

 壊して、しまったもの。

 果たしてどれだけ壊してきたのか、そもそもどうしてそんなにも壊せるのかと疑問がでてくるが。


「ですが、こうして残しているんですね」

「はい。もしかしたら何かの役にたてられるかもしれませんし、時が来たら直す手段もでてくるかもしれないと思いまして。素材商の娘としても、壊れたらゴミ、というわけにもいきません。どのようなものでも利用価値を認めるのが大事と思っていますから!」


 立派な心構えだ。

 ただ、それなら壊さないような努力も必要なのではないかと言いたくなる気持ちもあるが。しかし彼女のような人間がいるからこそ儲けがあるというのも事実。


「それで、どれをお直しいたしましょうか」


 さて、と仕事の話にもどる。

 これだけの量だ。さすがにすべてというわけではないだろう。


「直せるものはすべて、お願いしたく思いますの」


 しかし、次いででたルミアの言葉にグウェンの思考が一瞬止まる。


「……すべて、ですか」

「あ、で、でも無理にとはいいませんわ! できる限りでいいんですの!」


 もう一度あたりを見渡す。ひび割れた木彫り、割れた皿、破れた服、歪んだキャンドルスタンド、等々。果ては足の折れた椅子やら針の曲がった時計やら粉々になった宝石やら。それらが混然一体となって鎮座している。

 すべてを修復するのであればそれこそどれだけの日数が必要になるか。そもそも、中には修復の技術ではどうにもならないものもありそうだ。


「いえ、依頼とあれば喜んでお受けさせていただきます。ただ、これだけの量ですと時間と料金はかなりになりそうですが、よろしいでしょうか」

「はい! お父様にもご許可はいただけてますので!」


 嬉しそうな顔でルミアが言う。

「それと」と彼女は部屋を突然でると隣の部屋を案内した。

 そこは、作業部屋のようだった。机と広めのテーブルと、棚。棚には工具が並んでいる。


「きっとすべて持って帰っていただくのは大変だと思いましたので、よければこちらもどうぞお使いくださいませ!」

「それは、なんとも……よろしいのですか?」


 グウェンとしてもそれは助かる。実際いちいちすべてを持って帰るのはそれだけで骨が折れる。小さなものならいっぺんに持ち帰ることもできようが、大きなものとなると屋敷の方で直してしまった方が色々と楽だ。


「もちろん! グウェン様のような腕をお持ちの方はわたくし、まだしりませんもの!」


 そう言ってもらえるのがなんとも面映ゆい。


「屋敷の人にもグウェン様のことは伝えていますので、今後は名前を名乗っていただければ自由にお越しできますわ! ぜひ、いっそ毎日、なんなら宿泊でも大丈夫ですので!」


 ぐいっと迫ってくるルミアに一歩足をひきつつ「ありがとうございます」と愛想の良い笑みを浮かべた。

 これもまた、彼女の恋心を利用していることになるだろう。それが申し訳ない。それと同時におかしな話だと心の中で苦笑を浮かべる。

 元々大学時代、恋人ができないことで始まった性欲のこじれ。だというのに今、彼女の好意に気づいているのに受け取ることができずにいる。当時の自分からしたらなんと勿体ないことをしているのかと叱責が飛ぶに違いない。しかし、まっとうな恋愛をするには、立場も違い過ぎるし、死体を掘り起こし性欲のはけ口にするこの体は純真な少女の相手をするには穢れ過ぎている。


 今日のところは物の整理と選別から始めることにした。

 より破損を広げないように床に布を敷き、並べていく。経年劣化が激しいものについては修復の適応外になるし、あまりに割れが激しすぎるもの(粉になった宝石などは流石にむずかしい。そもそもどうしたら粉になるのか)についても同様。

 その間、ルミアには気にしないでほしいと伝えていたのだが、「わたくしの方こそお気になさらず!」と傍でにこにことグウェンの作業を眺めていた。


「……ふむ、こんなものだろうか」


 空も暗くなり、カンテラの火が必要になってきた時間になったところで、グウェンは頷いた。

 ひとまずの整理と選別は終了だ。次からは実際に修復作業に入っていくことになるだろう。

 これだけ暗いとなると馬車に小物を乗せていくのも紛失の心配がある。店に持ち帰るのもまた今度か。

 そうして伸びをひとつすると、突然横から声がした。


「お疲れ様した、グウェン様!」


 ルミアだった。まさかいるとは思わず、グウェンの肩があがる。

 途中から作業に集中し、他のことに気が回らなくなっていたのは事実。しかし、これだけ時間が経てばルミアとて飽きてどこかに行っていたのではないかという思いもあった。

 しかし、ルミアの目は嬉しそうに輝いている。


「ルミアさん。もしや、ずっといらっしゃったのですか?」

「はい! だって、グウェン様がそうやってお仕事されている姿なんてみたこともなかったので! 飽きるはずがありませんわ!」


 仕事はまだしていないのだが、ルミアにとっては何かをしているグウェン自体が珍しいらしい。

 放置していたことに謝罪はしつつ、グウェンは今日のところは帰ることを告げる。


「そう、ですのね……そうだ、お夕食は一緒にいただきませんこと!?」

「すみません。魅力的なお誘いですが、店に人を残していますので」


「店……」と、ルミアの声音のトーンが下がる。


「スフィナ様と、テヴァ様、ですわよね」

「ええ。向こうも私が帰ってくると思って食事の準備をしているでしょうから」

「そう……」


 ルミアの視線が下を向く。


「……グウェン様」


 そして、すっと、目がグウェンに向けられる。

 先ほどの輝いた目とは違う、どこか淀みを感じさせる目。それとも床に置かれたカンテラの火の光がそのように錯覚させているのか。


「スフィナ様とは店長と店員、ですわよね?」

「え、ええ、その通りですが」

「そう、そうですわよね」


 何かを確認、もしくは暗示をかけるようにルミアが頷く。


「それでは……テヴァ様とは?」


 目が細められたように思う。


「わたくし、驚きましたの。テヴァ様もグウェン様と一緒にお過ごしになっているなんて。それも、スフィナ様との関係とも違う……どういった、ご関係なのでしょうか?」

「それは簡単な話ですよ。彼女は優れた顕術師ですから、私の修復技術について指導をお願いしているのです」

「そうなのですわね。……それだけ、なのでしょうか?」


 まるで何かを知っているかのような口ぶり。


「何度かお二人が一緒にいらっしゃるのはおみかけしました。とても仲睦まじそうで、まるで恋人なのかと思うくらい」

「ルミアさん、私とテヴァさんでは歳がだいぶ異なります。恋人というには中々無理があるでしょう」

「……ですわよね」


 ふっと不穏な気配がなくなる。

 ふふっ、といつもの笑顔でルミアがほほ笑んだ。


「そしたら今度は皆さまをご招待してお食事をしましょう!」

「……そうですね。その時にはぜひ」


 社交辞令で返事を返しつつ、今後の予定を決める。

 そうしてわざわざ送迎の馬車にもルミアは乗り、家まで送ってもらったところでようやくグウェンは大きく息をついた。


 ・

 ・


 屋敷に戻る馬車の中、ルミアはひとり、顔を手で覆っていた。暗さで見えにくいが、昼まであったのならかなり赤くなっている姿を見ることができただろう。

 彼女はぶんぶんと時折うめき声をもらしつつ、やがて独り言を空に漏らす。


「は、恥ずかしかったですわ……」


 グウェンに仕掛けた問答。

 あんな迫るような態度なんてこれまでとったことがなかった。慣れないことをしたことで思い出すごとに恥ずかしさで顔が熱くなる。

 かつて友人に言われたことだ。嘘を見抜くには普段とは違う態度で迫ってみてもよいのではないか、と。

 だから、あの修復店の店長のことがもっと知りたくて、陰のある令嬢のような態度をとってみた。しかし、結果は見事に空振りだったが。

 グウェンの返答は如歳なく、納得できるものではあった。


「……ですが、それだけではないはずですわ」


 赤みもひいたルミアは手を顔から離す。

 これは女の勘と呼ぶべきなのか。何か違和感なのだ。

 そもそも、スフィナといいテヴァといい、あまりに顔が良すぎる。ここ最近までは女の影もなかったはずなのに突然生えてきたかのように現れ、当然の顔をしてグウェンの傍にいる。


「……っ」


 正直、嫉妬はある。あの時慣れない態度でグウェンに迫ることができたのも、要因のひとつにはこの嫉妬心があるだろう。

 彼はスフィナともテヴァとも仕事の関係だと話していた。果たしてそうだろうか。本当は隠れて付き合っているのではないか。

 テヴァはまぁ、確かに年齢という壁はあるかもしれない。しかし、仲睦まじそうだったのは事実だし、年下というにはグウェンのテヴァへの態度は同年代どころか年上に対するそれだった。なら、もしかしたらという可能性もあるのではないか。

 それにスフィナも。こちらはむしろ歳を考えれば一番危険だ。自分が男であれば、住み込みで働いている年若い美少女など意識しないはずがない。

 ――焦ってしまう。


「……ふぅ。だめ、だめですわ、わたくし! わたくしだって負けてないですもの!」


 暗くなりそうな思考に被りを振って、ルミアは気合を入れる。

 そう、自分だって負けていない。知り合った時期は同じくらいだし、顔だってかわいいと自負している、かわいいと自分でも思えるくらいに努力している。スタイルだってドレスのフリルで輪郭がぼやけているが歳の割には女らしい体つきをしていると思う。それに、自分はいくつもの街に支店をおく商会の令嬢だ。立場としてはふたりよりも上。いわゆる上玉というやつだ。

 むろん、立場が近寄りがたさをだすというのもわかっている。騎士と姫の物語など、恋を阻む最大要因は身分の違いだ。

 だからこそ、ルミアも無策でいくつもりはない。父親への説得も諦めないし、グウェンへのアプローチも怠らない。

 そういう意味では、今回依頼を引き受けてくれたのは本当によかった。

 物を良く壊すのは事実だ。身振り手振りが大きいため、どうしても物にあたって壊してしまう悪癖があるが、そんな自分を今は褒めたい。

 そのおかげでグウェンはこれから何日も家にきてくれるというのだから。


「これから、これからはわたくしのターンですわ!」


 必ずや意中の相手を射止めて見せると、ルミアは拳を握るのだった。

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