異端審問官
翌日、衛兵の詰め所に様々な書類が入った袋が置かれていた。
不審に思い、専門家に調査を依頼したところ、なんとそれはこの街の導守の不正の証拠であったのだ。
ただちに教会に乗り込めばそちらはそちらで問題が起きていた。
導守が死んだというのだ。
机の上で倒れ伏して、胸からは短刀を生やした姿で。
暴れた形跡はみられず、自死の線も疑ったが、動機が謎であった。とするならば、この不正の書類を誰かしらが盗み、その事実を知った導守が己のプライドのために自死したと考えた方が筋は通る。住民たちも普段の導守の様子から、そういうことなのではないかと噂しあっていた。
むろん、他殺の線も十分にあった。たとえば正義を自称する何者かが導守を殺し、書類を奪い、警備隊に届けたという可能性。
いずれにしてもより入念な調査が必要である、というタイミングだった。
「異端審問官の方が来られたようです」
スフィナの報告にテヴァが「かかっ」と笑う。
「横やりが入ったんだろうねぇ。上からすれば教会をあれこれみられると余計な面倒になる。だったら内々で処理した方が早い。これは、あれだね。『かのものは神の教えに背き、導守という神によって保証された立場を私欲のために乱用した大変罪深き背信者である。この者の死は必然であり、その経緯を明かされるべきものはない』と言われるんだろうねぇ」
「それはまた。それこそ権力にものをいった行いであるように思いますが。とはいえ、私たちにとってはありがたいことも事実」
「ああ、けどね、注意は必要になるよ。どうせ向こうは向こうで犯人捜しをしているだろうからね。逆さ杖の動きの履歴からわしらの関与はばれる」
「まぁ、その時はその時だけどねぇ」と言い、テヴァは紅茶をひとくち口に含んだ。
「あちらさんも暇じゃあないんだ。こっちが大人しくしておけば何かしてくることもないだろうさ」
「監視はされるのでしょう?」
「そのうちなくなるさね」
そのうちとは。中々生活もしづらくなりそうだと嫌になる。
いっそ、引っ越してしまうのもありなのではないだろうか。いや、しかし、そうなると折角作った地下室がもったいない。叶うことならどうにか教会だけ消すことができればよいのだが。
その後、何か変わったことはなかった。
いつもどおりの炊き出しと、いつもどおりの仕事と。
逆さ杖の介入もないため、あきらめてくれたのだろう。それとも、指示者がいなくなったことで動くに動けないのか。
しかし、夜、数日ぶりに落ち着いて過ごしていると、こんこんと扉をノックされた。
……敵か。
3者みな顔をみあわせ、グウェンが扉の前に立つ。
「はい、どなたでしょうか」
「夜分遅くに失礼いたします。私は主神教の異端審問官、ケーネと申します。導守リエザの死について喫緊で伺いたいことがあり、足を運ばせていただきました」
主神教の異端審問官。教会の連中ときたものだ。
であれば敵かもしれない。それも異端審問官ときた。
もしや、こちらのしている倫理を逸した行いに気づかれたのか。グウェンの喉が緊張で鳴る。
扉をあけるかどうするか。しかし、このままにしたところで余計に心象を悪くするだけである。
「いや、あけてよいさね。その娘っ子なら大丈夫だよ」
そんな時に背後からテヴァの言葉がかかった。
「テヴァさん?」
「そうかい、ケーネがきたのかい。これはまたなんとも、だねぇ」
複雑そうな顔をする彼女を見る限り、知り合いなのだろうか。
疑問を感じつつも、言われたとおり、閂をあけ、扉をひらく。
そこにいたのは10代後半と思われる少女の姿だった。
不釣り合いな大きさのローブを羽織り、その被り物もかぶさっているが、顔をこちらに見せたときに色の異なる目が無機質に向いた。茶と赤の目だ。
すらりとした
次いで彼女は「入っても?」ときく。
戸惑いつつも「えぇ、どうぞ」と中に入れると、彼女はテヴァをみた。
「ああ……やはりテヴァ様でしたか」
「久しいね。ここはトロワールからそれなりの距離だったと思うんだけれど、お前さんに会うとは思わなかったよ。それも、異端審問官かい」
「畏れ多くも祈主様よりお役目を賜りました。テヴァ様ともこうしてお会いできて私も嬉しく思います。最後にお会いしたのは、7年か、それくらい前でしたでしょうか」
当然のごとく始まった会話。
「……やはり、お知り合いでしたか」
「ちょいとした因果でね。ああ、でも、この娘も教会の娘だから好き好んでかかわったわけじゃあないよ。ただ、やけに魂にこだわるからね、見方を教えてやったってだけの間柄さね」
そもそも、どういった因果でかかわることになったのかの疑問もあるが。
ひとまず「そうですか」と答えたのち、続いての疑問をグウェンは口にする。
「それで、旧知の仲を深めることに口をはさみたくはありませんが。ケーネ殿、貴女はどうしてテヴァさんのことがわかるのでしょう」
グウェンが目を細めてケーネをみる。
なにせ7年前となれば、テヴァは物理的に姿かたちが違っていたはず。少なくともこのような少女の姿ではなかったはずだ。
だというのに、この異端審問官の少女はこともなげに過去の人物と同一であると認識している。おかしな話だ。
それとも、テヴァがテヴァだとわかる何かがある……?
「……ああ、いや、まさか」
先ほどのテヴァの言葉。
「テヴァさんの、魂をみたのか?」
「はい、そうです」
隠すという訳でもなく、こくりと頷くケーネ。
「わしは魂の同定をさせるために教えたわけじゃあないんだけれどね」
「そうでしょうか?」
無表情ながらにこてん、とケーネが首を傾げる。
「いや、しかし」とグウェンはさらに問いを重ねた。
「何故、貴女は何事もないようにテヴァさんと話ができて――」
そこまで言葉を発して、はっとする。墓穴を掘ったという自覚があったからだ。
案の定、ケーネが表情のない顔を向けてくる。
「姿が違うことに疑問をもたないのか、でしょうか」
「……」
失敗したと思う。
常ならこのようなことを言わなかっただろう。しかし、動揺が先走り疑問の解消を第一に考えてしまった。
どう答えたものかと背中の汗を大きくしていると「大丈夫さね」とテヴァがいう。
「この娘は、わしのことは知っているよ」
「そうなのですか? しかし、彼女は教会の人間ですが……」
「教会の人間ではあるけれどね。けれど、個として考えてもらっていい。この娘と祈主にぞっこんだし、祈主とわしとは協力関係のようなものだからね」
祈主。主神教における高位の聖職位。国にひとりと定められ、宗教都市トロワールを治めてもいる存在。最高位である霊冥に次ぐ存在と協力関係とは。
こともなげに言うテヴァの底がさらにしれなくなる思いであった。
疑問は尽きないが、今は「そう、でしたか」とだけ答える。
仕切り直し、といわけでもないが。
ことり、と作業机と兼業のテーブルに人数分の紅茶がおかれる音がした。
いつの間にかスフィナがおいていたようだ。
よければ、というスフィナの好意を受け取り、いったんは全員席につく。
ひとくち紅茶を口に含んだテヴァが胡乱な目でケーネをみる。
「それにしても、あの娘っ子が異端審問官とはねぇ。随分様変わりしたものだよ」
「はい。テヴァ様もとてもおきれいになられました。……年下になっているのは驚きましたが」
それは誰とて驚くだろう。むしろ、今のところ、彼女の表情は変わったところをみない。本当に驚いているのかも怪しいくらいに無表情だ。
「さて。再会の言葉はこれくらしにして。わしに会いに来たんじゃあないんだろう?」
「半分半分といったところです。逆さ杖の動きを確認したところ、この店への介入がみられたので状況調査がひとつ、もうひとつは街にいる魂がひとつもみえなかったので、テヴァ様がいらっしゃるのではないかという予想がひとつです」
「わしでなくとも導魂師ならば街の魂を払うくらいよくあることだと思うけれどね」
「私はテヴァ様しかしらないので」
会話の内容をみるに、少なくともケーネの方はテヴァに好印象であるのだろう。
その異なる目がグウェンに向いた。
「それではもうひとつの用件に移りたく。まずテヴァ様とグウェン様はどのようなご関係でしょうか」
「それは状況調査に関係あることかねぇ?」
「はい。意味もなく彼にかかわっているとは思いませんし、テヴァ様がかかわったことで教会に目をつけられた、という可能性もあるので」
「まぁ、今回はわしの提案だったからね、わしのせいと言われたらそうかもしれないね」
いずれにしても、と。
「この男はわしと契約をしたのさ。そしてこの男は契約通りにわしの願いを叶えた。だから今はこいつの手助けをしてやっているというわけさ」
「契約の内容とは」
「それは知る必要がないだろう? 重要なのは事実として現在、わしがこの男とともにいるということさね」
「そのお姿に彼が関わっているのでしょうか?」
「それも必要ないことだろうね。この男はわしの協力者。それがすべてだとも」
「では、どのような手伝いをしているのかは」
「それも教える必要性がないだろうねぇ」
テヴァの言葉に数瞬口を閉じたケーネは「……わかりました」と頷く。
「では、続いて。教会、いえ、導守リエザは何故この店を狙うようなことをしたのでしょう」
それは、恐らくテヴァの方が詳しい。何せ、かの導守の駒から話を聞き出しているのだから。
「はてさて、随分と間抜けなことではあるんだけれどもねぇ」
そうして話されたことの真実。導守の欲望。
暴力と権力への執着、自己顕示欲の阻害からくる鬱憤、自己中心的な願望。
「わしには好ましい欲だけれどね、向けられると面倒だったよ」
きいたグウェンも同様だ。欲というのは誰しもある。欲を満たすのも大変結構なことだ。しかし、巻き込むのはやめていただきたい。おかげでこちらは何度か死にかけているのだから。
それにしても、テヴァが導守を殺したことを明言するとは思わず、その時には息をのんだ。それは教会にとって容認できないことなのではないか、と。
しかし、テヴァはなんでもないような目でグウェンをみた。問題ない、という目だ。それならばグウェンが口をだすのは逆にリスクになるだろう。落ち着かない心地ながらふたりのやり取りを見守る。
ケーネはテヴァの語る言葉には「そうでしたか」と言うばかり。導守が私欲に溢れた行動をとっていたという話も、導守を殺したという話も、事務的な様子で「そうでしたか」と答えている。その目が、ふと虚空を見詰めた。テヴァの時にもみたように、目がほのかに輝いている。
「では、そちらの方が導守リエザですね」
テヴァが顔を顰めた。
その様子で察しが付く。
「お気に入りにしたのですか。なんとも抜け目のないことで」
「そりゃあそうさ。わし好みだったんだからねぇ。しないなんてそんな勿体ないことはできない」
まぁ、人の好み、人の趣味にとやかくいう権利はグウェンにはない。
魂も、テヴァが管理してくれるというのなら面倒もおこさないだろう。
「言っておくけど、あげないよ?」
「はい、私はつれていく術がないので。ですが、彼女と少し話をさせていただいても?」
「ダメにきまっているだろう?」
おおよそは何か魂からききだそうとでもしたのだろうか。
彼女も中々抜け目ないことだ。
ただ、ダメでもともと、事務的に、というように「そうですか」とケーネは答えた。
「それと、逆さ杖が2人行方知らずとなっていますが」
「降りかかる火の粉は振り払ったよ」
「かしこまりました」
ここでも特に感情が動く様子はない。事務的な返事だ。
「ですが、真相は大体把握できました。ご協力ありがとうございます」
そして、立ち上がった。
「総合して、導守リエザの行いは私欲に溢れた行動であり、神がお与えになられた神聖なる立場を穢した罪は主神教の導守にあるまじきものです。よって、死の裁きがおきたのでしょう」
あくまで他人行儀な口調でケーネはいう。
「そういうことになると思います」
「お前さん、信仰心はまるで育たなかったようだね」
「はい。私にとって信じる方はひとりしかおりませんので」
「では」とやることも終わったのか、ケーネは扉へと向かう。
「ああ、そうでした。テヴァ様のことは祈主様にはお伝えすることになります。近々お呼びがかかるかもしれませんので、よければお応えいただけると嬉しく思います」
そうして、彼女は姿を消した。
ことさら口を出す必要性もなかったため、一通りのやり取りを観察して終わったが。
その最後の置き土産が不服とでも言うように、テヴァは「はぁ」と息をついた。
「まぁ、ケーネだったのは不幸中の幸いだったと思うことにしよう。これ以上の干渉はないだろうさ。代わりに面倒がひとつ増えるだろうけどね」
「お前さんにも手伝ってもらうよ」という言葉にグウェンは頷く。
それ自体は殊更断ることでもない。むしろ、ことの発端はグウェンであるのだから、手伝うのは吝かでなかった。
それに今回の件が穏便に済みそうなのはテヴァのおかげとも言える。
もし、テヴァがケーネと知り合いでなかったらもっとあれこれと迫られたのではないだろうか。そういう点では魂を見てテヴァの判別ができたのはありがたいことだ。
……ただ、導魂師と祈主が協力関係ということを考えると。
いや、とグウェンは被りを振る。そこまで知るにはまだ時期が早いだろう。知ってどうこうという話でもない。
「さてさて、一件落着だ。ようやっと通常営業になるね」
テヴァの言う通り、今は今をどうにかしていこう。
紅茶を口に含む。冷めてはいるが、柔らかな香りが事態収拾の余韻を感じさせてくれた。




