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手が足らないのなら

 結論としては、グウェンはテヴァの条件をのみ、交渉が成立した。

 決定打となったのはテヴァの恐ろしいテクニックであったというのは、いわずとも、だろうか。ただ魂の入っていない人形のような少女であれば決して味わうことのできない快感。

 むろん、あの一夜があっても自我のある人間を抱くことに苦手感があるのは変わらない。しかし、それを補って余るほどであったのだ。


 現在グウェンは店のカウンターでぐったりしていた。

 しぼられすぎた、という表現が最も適切かもしれない。


「まったく、死体から女体を修復するほどに性行為が好きだというのに、大した持久力もないとはねぇ」

「……それは、自覚しているつもりです。性に関心が高いのは、少し、こじらせてしまったんですよ」


 一方で、テヴァは満足げな顔をして、ベッドの端に座っていた。傍らには杖、服は女性たちの着せ替えのためにこっそりと集めていたものを着ていた。とはいえ、奇抜なものではなく、一般の街娘がきているような服だ。

 この話題はグウェンにとって続けたいものではない。無理にではあるが話題を変えた。 


「それで、交渉のひとつにあった魂経由での情報漏洩の対策についてはどのようになさるおつもりで?」

「それならもうしたさ。お前さんがすやすやと眠っている間にこの店に魂除けをさせてもらったよ。これで、魂がこのあたりの情報を得ることはないだろうね」

「既に知ってしまっている魂は?」

「数は少なかったからね、一旦集めて、のちほど処理する予定だよ。ひとまず、このあたりにお前さんの秘密を知っているやつはいなくなる」


 それならば良かった。

 グウェンは安堵の息をつく。


「……そういえば、今更ですが、貴女は魂がみえているのですか?」

「いつもではないさ。そういった顕術があるんだけどね、毎回咳式げしきを紡ぐわけにはいかないだろう? だから、杖に刻んで、ロドを通すだけで発現するようにしているのさ」

「なるほど。ちなみに、魂の密度はどれくらいなので?」

「そう多くはないよ。教会の連中も聖典片手に語るだろう? その通り、基本人間は死ねば肉体から魂は分離し、昇天する。文字通り、天へと昇っていくのさ。その行き先が本当に天かはわからないけどね。けれど、多くの未練で重くなった魂は天へと昇ることができずに地上をさまようことになる」

「その話では、この世界は魂だらけになっていそうですが」

「それがそうでもないのさ。まず、魂も時間による劣化を受ける。人間を構成する器官の一つだからね。同じさ。魂が劣化すると、徐々に纏った未練を忘れていく。未練を忘れた魂は重さを失い、その軽さを以て天へと昇っていく。一方で、魂の劣化では忘れきれない未練がある場合、魂は時間の経過とともにその容量を失い、遂には消滅する。天にも昇れずにね。だから、この世界にはせいぜいが数百年前の魂くらいしか見当たらないね」

「ですが、それでも相当な数になると思いますが」

「なら、お前さんが思う前提が違うんだろうね。未練っていうのは『もっと女を抱きたかった』とか『金持ちになりたかった』とか、そんな程度のものじゃあない。その人生を生きる中で、どれほどの努力を重ねても決して報われなかったもの。それが未練さ。強欲な思いだとか、ただ切実な願いをしていただけとか、そんなものは未練には含まれないのさ」


 そう言われれば納得できる。

 そのように話をしながらグウェンはテヴァへと目を向けた。

 この少女は本当にきかれたことはすべて答えてくれる。それも丁寧に。恐らく交渉の材料の一つであった、導魂士としてグウェンに協力するということの体現なのだろうが、まさかこれほど積極的であるとは。

 先の魂云々の話は実際交渉の条件に含まれているのかといえば、そうでもないと言えるかもしれない。少なくとも経営にはまるで関係ないし、知ったからといってグウェンにとって利益になるかと言えばそうでもない。ただの知的好奇心であるのにまさかこれほど答えてくれるとは。

 そのような目で見ていたからか、テヴァは片膝を立て、そこに左頬を当ててグウェンへと顔を向ける。白のショーツがほんのりとみえる。


「なんだい? シたくなったのかい?」

「たとえそう思ったとしても、今は仕事中です。公私を混合するつもりはありませんよ」

「ふぅ~ん。そこはお固いんだねぇ」


 テヴァの言葉にはかえさず、カウンターと作業部屋をつなぐ場所を仕切りで隠す。

 仕事の最中にテヴァの姿が見られてしまえば色々と疑いの目が向けられてしまう。

 そもそもなぜ、テヴァは帰らずに未だにこの店にいるのか。それは、グウェンが頼んだことだった。修復してから時間が経ったとはいえ、修復した体が自我を持ち、動くということは初めてのことだ。見立てが甘ければ肌が突然解れるなんてことも起きるかもしれない。だからこそ、ひとまず一日、様子を見る必要があると考えたのだ。

 ……とはいっても、昨夜、散々動いていたのに今更か、という思いもあるが。


 店の扉が開く。


「いらっしゃいませ」


 仕事が始まればいつも通り。

 客の依頼を引き受け、修復し、返す。

 基本ベッドの上で暇そうにしていたテヴァであったが、修復の作業時などは興味深そうに手元を覗き込んでいた。


「ほう、器用なことをする」


 現在行っている作業は割れた壺の修復だった。これは面倒なことがひとつあり、持ち込まれた壺は破片が足らなかったのだ。つまり、【融解】によって接合しようにも隙間ができてしまう。

 こういった場合、手順としてはまず、隙間をどうにかしなくてはいけない。とはいえ、別の材料を使えば質感などが変わってしまう。そこで破片を媒体として【培養】をするのだ。『成長する』という概念を破片に当てることでたとえ無機物でも体積を増やすことができる。当然、成長には栄養が必要であるが、グウェンにはその術があった。

 壺と同じ材料を混ぜた緑色の液体をスポイトから垂らして、【培養】の顕術を紡ぐと、破片はみるみる体積を増やしていく。その後、【融解】によって形を整え、さらに壺本体に接合していく。

 面倒だが、確実な方法であり、その分依頼料も高く見積もっている。


「修復師であれば大抵の人はできることです。貴女の魂の移植の技術と似たようなものですよ」

「なるほどねぇ」

「ええ。……それで、テヴァさん」

「ん? なんだい」

「そのように手元を覗かれると……胸が見えてしまっています」


 そう言うと、テヴァがかかっ、と笑う。


「なんの問題があるんだい? 散々この娘の裸はみてきただろう? 今更こんな少しみえたくらいで欲情してしまうのかい?」

「手元が狂うんです」


 すると、テヴァはにんまりと笑みを浮かべ、おもむろに作業机の下にもぐりこむ。

 そして、何をするのか、と思考が回った瞬間、チャックが開けられる音がし、次には秘部にざらついた舌の感触がする。


「……ッ! な、にを」

「手元が狂ってしまうんだろう? なら、そんな気持ちをせずに済むようにしないとねぇ」

「いや、だったら、貴女が胸を隠せば――」


 しかし、言い訳は無用と言うかのような勢いに、グウェンは言葉を詰まらせる。

 そうして、「一発抜いて、邪な気持ちがなくなっただろう?」というテヴァの言葉の通り、その後、テヴァの胸がみえても、そちらに視線が向くことはなかった。


 ・

 ・


「今日一日、お前さんの働きぶりをみていたけど、かなり負担になっているんじゃないかね?」


 夜、作業机をテーブル代わりに囲み、夕食をつつきながらテヴァが言う。


「ええ、それはずっと前から思っていることです。ただ、そう簡単に人を増やすわけには行かないことはよくご存じでしょう?」

「まぁねぇ。どんな隠し事だっていずれ明らかにされることは歴史が十分に示している。そうなると、秘密を知っても決して口外しないようなやつが必要になる。けれど――」


 そう、けれどそんな人間がそう簡単に現れることはない。

 もしこれが世界を救うために必要なことであるとか、大切な人へのサプライズといったポジティブな内容であれば、人は喜んで口を固くしてくれるだろう。しかし、その逆、例えば地下には遺骨から修復された女性たちが寝かされ、毎夜男に道具のように使われていると知ったら、まず良識ある一般人は通報するなりなんなりするに違いない。

 しかし、このまま仕事が増えていくならばやがて、依頼の受付に制限を掛ける必要が出てくる。()()と金が必要なグウェンにとって、できればそれは避けたいところではあるのだが……

 そのような顔をしていると、テヴァがにやにやとした顔で見つめていることに気づく。


「その問題、わしが解決してやろうか?」

「……知り合いを紹介する、というわけではなさそうですね」


 テヴァの様子から、ただ口の固い知り合いを紹介するだけ、ということはなさそうだった。

 導魂士が人手不足を解消するという。ということは。


「まさか、魂を彼女たちに入れる、と?」

「ご名答。やはり、頭の回転が早いねぇ」

「いや、そんなことができると? 自分の魂だけならず、すでに死者としてさまよう魂さえも移植できると?」


 だとするならば、それは死者蘇生といっても過言ではない。教会に知られれば魔女として、楽に死ねる人生は歩めなくなる。


「ああ、できるとも。したことはないけどね。けれど、お前さんの修復した娘なら、できるはずだよ」


「わしがこうしてできているのだから」と自分の胸に手を当てる。


「しかし、だとしても、その魂がの口が固いという証明にはなりません」

「当然さ。魂とてもとは人間。けどね、ここに残る魂というのは未練で重くなったもの、といっただろう? それを利用するのさ」

「……つまり、口を固くしてくれるような未練をもつ魂を呼び出す、と?」

「うんうん、少し問えば答えにたどり着いてくれる。楽でいいねぇ」


 満足げにテヴァは頷く。


「とはいっても、どうやって、と言いたいのだろう?」

「……ええ、まぁ」

「1週間待っておくれ」


 そういって、テヴァは人差し指を立てた。


「感覚として体の馴染みは驚くほどにいいんだけどね、まだ体にわしのロドが馴染んでいない。軽く杖にロドを流すくらいなら問題ないけども、顕術の発現はうまくいきそうにない」

「それで、馴染むまでに1週間必要だと」

「そうさ。とりあえず、前回はそうだったからね」


 という言葉に、グウェンが反応する。


「前回? ということは、あの老婆の体は貴女のものではなかったのですか?」

「そうだよ。たまたま、脳の神経の損傷が少ない体をみつけてね。当時は50歳くらいだったかねぇ、何十年も部屋に閉じ込めて単純作業をやらせていたら徐々に生気を失っていったそうだ。損傷が少ないのは時間をかけているからかね、おかげで抵抗少なく魂を分離できたのさ」


「そうしてさらに数十年」と続ける。


「いい加減、新しい体を見繕わなければわしが魂だけになってしまうと危惧していたところにお前さんの存在だ。心から助かったと思ったよ。だからこそ、わしはなんとしてもお前さんに体を譲ってもらわなくてはならなかった。それゆえの破格の条件さ」


「なるほど」と、グウェンは言葉を返す。

 自分で言うのか、という思いはあるが、実際破格であることに違いはない。そもそも相場がわからないのだが。

 非常に楽しみにしていたコレクションを失ったことは大きいが、それが甲斐甲斐しく夜の世話をしてくれ、かつ導魂士という専門家としての力を借りることができるというのはかなり魅力的であった。


「さて、じゃあそろそろお前さんが言う通り、体の点検でもしようか?」


 夕食を終え、テヴァはベッドに腰かける。

 グウェンは対面で片膝になり、足から確認していく。

 肌の質感の違和感、解れがないか触診する。目や爪を確認して臓器が腐り始めていないかを確認する。髪を引っ張り、頭皮が剝がれないか確認する。腹周りを確認し、肉が剥がれ落ちていないかを確認する。テヴァに対し感覚があるか、食欲、睡眠欲はあるか(性欲は年齢の関係でみられないと判断した。しかし、昨夜の様子は……)確認した。

 昨日時点で大丈夫だとわかっていても、時間の経過でもしものことはある。なまじ、お気に入りの体であるため、他人のものになったとしても確認は怠れないし、修復した体が自律的に動くことは初めてであったため、何が起こってもおかしくない。

 グウェンの目は職人としてのそれになっており、テヴァは愉快そうに見ていても茶々を挟まない。

 やがて、時間をかけた念入りな点検は終了し、「楽にしてくださってかまいませんよ」とグウェンは息をつく。


「お疲れさん。女にむける目ではなかったけども、良い目をしていたね」

「社交辞令として受け取っておきましょう。ひとまず、問題はなさそうです。とりあえず、このまま経過をみましょう」

「わかったよ。じゃあ、面倒をみてくれたお礼をしなくちゃあねぇ」


 突然、テヴァがグウェンの口に舌を滑り込ませる。そのまま密着し、ぺちゃぺちゃとはしたない音を立て始める。


「ふぇ、ふぇばさん?」

「……ぷはっ。お礼だよ。ほら、ここも固くなってきた。なら、するしかないだろう? しょうがないねぇ、これはそういう契約なんだ。ちゃんとお前さんを満足してやらなくちゃ……」

「いや、さっきも――」


 ただでさえ、昨日しぼられ、昼あたりも一回抜かれている中で、流石に厳しいものがあるとテヴァを引き離そうと、テヴァを抱え立ち上がったグウェンは、しかしテヴァに引っ張られ、ベッドに倒れこむ。このままではテヴァを潰してしまう、と向きを逆にすると、テヴァが馬乗りになるような形になる。


「さ、始めようか。大丈夫、苦しくならないようにちゃーんと、工夫はするからね」

「いえ、だから体は経過を――」

「昨日あれだけして、今更じゃないか」

「テヴァさんも体が馴染むのに時間がかかると――」

「ロドの馴染みだよ。体は驚くほど馴染みがいい、と言っただろう? だから、問題ない。さ……」


 テヴァの目が怪しく光っている。

 これは……もしかしたら、契約だから、ではなく、かなり性欲があるのではないか?

 少女のではなく、テヴァの魂がもつ欲求。

 体をまさぐられながらグウェンは思う。

 テヴァの体に飽きる前に、自分の体が壊れてしまうのではないか、と。

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