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逆さ杖

 まずは状況の確認。

 もう少し粘っているのかと思いきや、テヴァが魂を使って周囲を確認すると、逆さ杖はどこにもいなかった。

 そのため、今がチャンスとばかりに外にでたグウェンであるが、瞬間扉が開くのをトリガーに逆さ杖が設置した罠が作動し矢が飛んでくる。それを手で掴むと、苦笑する。


「毒が塗られてるな、これは」


 殺意も殺意。これほどの敵意を見せられると、いっそ清々しい気持ちになる。

 これでは馬も殺されているかと思ったが、そちらは不思議と無事であった。

 と、思いきや、近づいた瞬間に作動する罠が設置されている。深い絶望に落としたいという意図をひしひしと感じる。これについてはテヴァが顕術を使って遠隔での解除に成功した。

 外には油が撒かれており、グウェンがもう一歩踏み出せば火が付く罠が設置されている。これについては火が油に接着する前に消しとばした。

 しかし、目の前の油の処理は残ったままだ。このままでは炊き出しが行なえない。

 これについてはスフィナが持ち前の技術で華麗に拭きとってみせた。

 一度店に戻ろうかと取っ手に触れるとその違和感にとっさに手をはなす。そして想定しうる可能性から最悪を考え、即座に手を焼く。痛みに呻くが、その後すぐに魁魔の時にも行なった肉体の修復の顕術を用いて、再生する。


「……毒だな」


 恐ろしいくらいの用意周到さだ。

 突然のことにスフィナが近寄るが「大丈夫だ」とグウェンは答える。

 ひととおり見て回ってきたのか、テヴァも戻ってくる。


「わしも逆さ杖に襲われるのは初めてだけど、これはすごいね。よくもまぁ、まだ夜も明けてないのにこれだけ準備したものだよ」

「並みの商人であればこの時点で何回か死んでいたことでしょうね」


 これだけでも教会を敵に回すとどれほど恐ろしいかがよくわかる。

 これなら下手に敵にまわるよりも、やはり媚び諂うべきだったかとも思ってしまうが、しかしそうなれば今後いちいち教会の顔色を伺うと同時に、結局そのうち面倒ごとになる未来がみてとれる。今回のことはどの道どこかのタイミングでしなくてはいけないことなのだろう。

 罠、特に毒に注意を払いつつ、原状復帰を目指す。それが終わるころには日が昇ろうかというタイミングであった。急いで仕込みに入り準備を始める――そう、特別な仕込みも、しっかりと。


 ・

 ・


 炊き出しが始まってしばらく。エレヴェル修復店には誰もいない。グウェンも、テヴァも、スフィナも、出払っている。

 窓は応急的な処置がされている。扉も鍵が閉められている。

 しかし、そんな店の中に人影があった。


「――……」


 フードを目深に被った女が2人。

 逆さ杖のひとりである彼女達は、今日も今日とて教会からの命令に従っていた。


「こんなことで逆さ杖を使うなんてね。今代の導守様は余程馬鹿なのかしら」

「イー、無駄口は叩かないで。やることやってから」

「はいはい」


 2人は慣れた所作で要所に無色透明の毒を塗っていく。加えて、僅かな時間に対して十分な威力を持つ罠の設置も行なう。


「でも、愚痴のひとつもしたくなるわよ。そりゃあ暗殺もお手のものだけど。基本は工作から始めていったほうが後処理も楽なのに」

「イー。……まぁ、わかるけど」


 女2人にとって、今回の逆さ杖の運用はあまりに杜撰であると感じていた。


「自分の思い通りにならないものは、あれこれ噛みつくのが今回の導守様だものね。炊き出しはまだしも、人の手伝いをしていくうちに教会の評判に傷がつき始めて、面白くなくなったのでしょうね」

「私たち、教会の人間だけど、自業自得よそんなの」


 抑制法を用いた会話をしつつ、少しもしないうちに、準備はすべて終える。


「それにしても……まさか今朝がたの罠をすべて破られるとは思わなかったわ」

「そうね。正直クーの準備したものってただの一商人に対しては過剰じゃないのって思っていたけど」

「どうやら、一介の商人ってわけでもなさそうね」


 もともと発案者であるクーも、これはやりすぎなのではないかと思っていた。

 しかし、かくも導守様が確実に殺すように命じたのだから仕方のないことでもあった。苦しめて殺すようにという指示が出ている以上、直接斬りつけることもできない。毒なりなんなりで間接的に苦しめるつもりだったのだ。


「とはいっても、やっぱり商人に向けるには過剰な殺意だと思うけど。そんなにここの商人って導守様の怒りをかったの?」

「あー、それなんだけど、多分そっちは3割くらいよ、理由」


 クーの言葉にイーが首を傾げる。


「ほら、ここの店に小さな女の子が住むようになったでしょ? 最近は薬師の寄合にも顔をだしてるっていう」

「ああ、あの人間離れした美少女ね。いたけど、それが?」

「なんでも、今の導守様とは比べるべくもなく神秘的で、彼女こそが神の御使い様なのではないかという噂がちらほらと」

「うわぁ、見事に今代の導守様が嫌いそうなやつ。じゃあこれは私怨も私怨ね。もっと馬鹿らしくなったわ」


 あとは、持ち寄れる情報も集めておいた方がよいだろう。

 2人は倉庫部屋に入ると、そこに不自然に隠された扉を見つける。


「ねぇ、これ。一見壁だけど、押したら動くわ」


 クーがそっと壁をおすと、地下への階段が現れる。


「……これ、もしかして、本当に一介の商人ではないのかしら」

「うん。でも、これは見に行くべきよ。嫌だけど、こっちの情報を利用する方が苦しめることができるかもしれないし」

「導守様は時間をかけるのは好きじゃないけどね」


 ともあれ、見に行くこと自体は異論がなかった。

 2人は長くどこまでも続く階段を降りて行く。

 そうして、いよいよこの階段は終わりがみえないのではないかと思った段階でほんのりと緑色の明かりがみえてくる。

 そこにたどり着いた2人は、息をのんだ。

 なにせ、そこにあったのは――


「なに、これ」


 いくつもの棺に加えて、何人もの女が緑色の液体に浸されている。

 中には腐っているのか、肉がまるみえであったり、骨が浮き出ている死体もある。倫理を逸する景色であった。


「これ、なにしてるの?」

「わ、わかんない。ここに眠ってる女性も、一向に目を覚ます気配がないんだけど……」


 これだけでは何もわからないということがわかっただけ。

 ただ、どう考えてもただの商人が持つ秘密ではないのは明らかだった。

 もっと詳しい情報を集めるために、2人が周囲を見渡そうとして――

 不意に2人の体が崩れる。うまく力が入らない。

 その感覚を、2人はよく知っている。


「こ、れ……空気中、に、混ぜる、毒」


 製法は裏界隈でしか流通していないタイプだ。神経毒であり、身体に痺れを与える、誘拐用に用いられるもの。

 なぜ、ここでそれが散布されているのか。


「やはり、この景色は常軌を逸しているんだろうねぇ。ここまで簡単にひっかかってくれるとは思わなかったよ」


 ふっと、隅から気配を感じた。

 そちらを見やれば、にんまりとした笑みを浮かべる少女の姿があった。

 現実離れした美貌だ。それが、この場にあっては何よりおぞましいものにみえる。


「お前さんたち、逆さ杖だろう? わしも会えないかと思っていたんだけどね、いや、よかった」


 少女の言葉に、2人は反応する。

 言葉にならない動揺。


「なんでお前さんたちを知っているかって? さてねぇ。ただ、古くは馬鹿な教会連中もいたわけで、あからさまな逆さ杖の運用をしているやつもいたのさ。今回のようにね」


 つまり、そこから逆さ杖の存在がばれてしまったということだろう。

 状況としてはかなり不利。しかし、少女だけであれば、やりようはいくらでもあるはずだ。

 そう考え、クーはゆっくりと、しかし悟られないようにポーチの解毒薬に手を伸ばそうとして。


『エトロ・アグド』


 瞬間、クーの腕が分離した。違う、切断された。

 毒がまわって感覚が遠くなっているとは言え、視覚で認知した状況と、それでも伝わる痛みにクーは倒れこみ、苦悶の声をあげる。


「あ、あぁああああ!!」

「クー!」


 イーは即座に少女をみる。

 彼女は体に似合わぬ大ぶりの杖を持っていた。その姿からして、恐らく少女は顕術師であるのだろう。いや、この年齢で大学をでるというのは難しいだろうから、顕術使いとなるか。

 いずれにしても、彼女がただ美しいだけの少女でないことは瞭然だった。


「若い者は、すぐにあれこれと動こうとするから嫌になるときもあるねぇ。お前さんたちには色々と聞いておきたいことがあるんだよ」


 顕術の顕現速度からしても、少女がかなりの腕を持っているのはわかる。今の体で動こうとしても、何もできずにおしまいだ。

 どうするか。イーは必死に考えを巡らせる。


「……ききたい、ことって?」

「なに、お前さんの主のことさね。わしらも、お前さんたちのような輩を一々相手にしていては面倒だからね、どうにか引きずり下ろせないかと思っているのさ。そのための情報を、お前さんたちは知っているのではないかと思ってね」


 つまり、自分たちにはまだ利用価値があるということだ。

 それまでは自分たちは殺すことはできないし、時間がたつほど体も毒に適応してきて動けるかもしれない。

 ただ、逆さ杖として、真実を述べることは決して許されない。故に巧妙な嘘をつく必要があった。そして、そういった時の訓練も怠ったことはない。


「……わかったわ。なら、話す。私たちも、こんなことで動かされるのは嫌だったから。それで、何がききたいの?」

「そうかい。それは良かった。ああ、でも、その前にね、ひとついっておかなくちゃあいけないことがある。わしはね、みての通り顕術を使う。それも少々特別なね。だから嘘を見破る術というのも知っているんだ。……言いたいことは、伝わったね?」


 それを聞いてイーは唇をかみしめた。

 恐らくはったりではないだろう。それだけの余裕を彼女からは感じる。

 打開策は――ない。

 それでも、イーは考えを巡らせる。何かないかと、体を蝕む毒に意識を奪われつつも。

 それでも、イーは生きるために――


「――えっ」


 クーが、イーの胸を短刀で突いていた。

 体に力が抜けているだろうに、片腕をなくしているだろうに。

 心臓の動きがとまる。どうしようもない痛みがあとからついて回る。

 しかし、それ以上にイーにあったのは焦り、疑問。

 いや、疑問などはさむ余地などないのだ。


「ごめんね、イー」


 次いで、クーは自身の胸を刺すと、その場に崩れ落ちた。

 逆さ杖の掟の1。情報の漏洩の完全な禁止。漏洩の恐れがある場合、自害を以て神の御心にかなうこと。

 逆さ杖として生きる者である以上、それは当然のことだった。とりわけ信心深いクーであれば、迷いなどなかったのだろう。クーであれば。


「待っ、て……」


 イーもまた、倒れ伏す。体が冷たくなっていく、息が止まっていく、視界が暗くなっていく。

 待って、待って、待って。


「まだ、死に――」


 死にたくない。

 イーにとって、神などどうでもよく、生きることこそが目的のために必要だった。どれだけ体を穢そうと、犯罪に手を染めようと生きて金があればいつかはと思って。

 しかし、死んだら意味がない。逆さ杖に所属していたとしても、死にたくはなかったのだ。

 暗くなる視界の中で誰かが膝を折った。ああ、あの顕術使いだ。そうだ、彼女であれば生かすのではないか。情報を得るために、急いで、命を、つないで。

 されど、届いた言葉は違った。


「ほう。お前さん、そんな顔ができるんだねぇ。なれば、未練を持つといい。お前さんは終わりたくないのだろう? だったら、しがみついてでも、この世に留まろうと思うことだね。そうしたら……もしかしたら……」


 声が遠くなる。

 ――ああ。

 どうやら彼女は助けてくれるわけではないらしい。

 死ぬのか。

 死ぬのだ。

 死にたくない。

 それがイーの最期の思いだった。


 ・

 ・


「――、――かい。――」


 声が、きこえる。

 声、なのだろうか。耳で聞いているという感じがない。

 何もみえない。いや、見えそうで、どうもぼやけたような感じで。

 口を動かしたくても、動かない。いや、口がない?


「聞こえるかい? わしの声は、聞こえるかい?」


 徐々に声がはっきりしてくる。視界が段々と鮮明になってくる。

 そうして、見えた先には、白の長髪を垂らした幼い少女の姿があった。

 不思議なことに、その金の瞳は怪しく輝いている。


「ああ、きこえたようだね。重畳。はてさて、お前さんには聞きたいこともあるし、言わなくちゃあいけないこともある」


「手始めに」と述べた彼女が下を指さす。

 そちらに視界を動かすと――自分がいた。

 逆さ杖、イー。彼女が絶望した顔で息絶えた姿だ。隣ではクーも倒れている。

 どうして。なんで。

 イーの動揺が向こうに伝わったようだ。


「さて、そういうことだよ。お前さんは死んだ。死んで、魂になっている。仮にも逆さ杖なら御霊とでも呼んだ方がよいかねぇ?」


 魂、御霊。

 御霊の方はきいたことがある。人は死ぬと、御霊となって天の神の住まう国に逝くのだと。

 そんなもの、眉唾と思ったが。


「ああ、だけれどね、天の国やらがあるのかは知らないよ? わしも行ったことがないからね。もちろん今のお前さんもそっちにはいけない。罪人の落ちる地の底の国に逝くという意味ではないけどね」


 くつくつと彼女は笑った。


「お前さんの魂はね、未練があるからここにいるんだ。ちょっとやそっとの未練じゃこんなことにはならない。さぞ、叶えたいものがあったんだろう?」


 今度は、見透かすような目。

 存在しない心臓がどくんと跳ねたように感じた。

 彼女は手ごろな椅子を引っ張ってくると、そこに座る。そして、クーを、クーの魂をみつめた。


「だからね、それを話してごらんよ。わしが気に入れば――いつか、お前さんの願いを叶えてやれるかもしれない」

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