反抗心の決壊
チトの提案はすんなりと受け入れられた。
「今は人の数も減ってどこも人手が足らないようです。中には窃盗や暴動に巻き込まれ、破壊された家や店もあるようでした」
街の情報収集はスフィナに任せることが多い。誰だって話をするなら、陰気くさい男よりも絶世の美少女の方が良いに決まっているからだ。
「食糧危機を早く脱するために代官様主導で畑の拡張も行なわれているようです」
「少しずつだが、他のところも改善にむけて動き出しているようだな」
良い傾向だ。
テヴァも「それなら」という。
「わしもここの薬屋とは交流を重ねていてね。そこの寄合では今も例の病について研究しているようだよ。折角の機会だから少し誘導してやろうかねぇ」
まだ、認識としては呪術ではなく、病という位置。それではいつまで経っても原因の判明には近づけないだろう。
そうなると、また何かの拍子にこのようなことが起きるのはないか、何も予防はできないのか、と不安になってしまう。
そこでテヴァがやんわりと焦点を誘導することができれば、話は進んでいくことだろう。
知恵というところで、多くの信頼の獲得が期待できる。
個人個人ができることも異なるため、昼の炊き出しが終わったのちは、それぞれ別行動をとることとなった。
その日の夜。
テヴァとスフィナとの長い睦み合いの狭間にテヴァが話していた。
「チトの提案を快諾したのはね、勿論それがわしらにとって有意義なものであるというのもあるけれど、何よりあの子がわしらを思って言ってくれたということを評価したのさ。わしらのために私心をみせてくれたということだからね。ただ妹を生き返らすための関係、とは違う風に思うようになってきたんじゃないかねぇ」
「そうですね。できれば彼女とは良い関係を築いておきたい」
「ふぅん。それは、あの子たちの体目当てかい?」
甘えるようにテヴァがグウェンの腕をつねる。
その隣では疲れたスフィナが眠りについていた。
「私が自我のある人間を相手にするのが苦手だというのはご存じでしょうに」
「じゃあ、わしらにも遠慮しているのかい?」
「……最近は、あなた方には遠慮もいらないのではと思うようになってきましたよ。というよりも、遠慮だのなんだの前に、限界までさせられますからね。正直、不満足を抱くどころではないですよ」
むしろ、しばらくはいいやと思わされるほどだ。
グウェンの回答に満足したのか、頬を緩めてテヴァが腕に頬をすりつける。
「なら、いい。明日からはまた忙しくなってくる。わしとお前さんの安心できる環境づくりのために頑張ろうじゃあないか」
「ええ。……そしたら、明日も早いので今日はこのあたりで眠りにつきたいのですが」
そう言ったところで、テヴァの目が怪しく光る。
「何を言っているんだい。ここをこんなに硬くして?」
「いや、それは不可抗力といいますか……」
テヴァの頬の柔らかさについ体が反応してしまったのだ。
「こうなるってことは、まだ満足してないと誰でもないお前さんが言っているようなものさ。ならわしはちゃんと契約に則ってお前さんを満足させてあげなくちゃあね?」
結局、朝、寝不足の頭で料理の仕込みをすることになってしまった。
・
・
『カラン・ラウモ……トォ・ケラフィト』
一節、二節。
地面に手をあて、咳式を紡ぐと、まず地面が沼地のように流動し始める。そしてその上を水が拡散して流れる。
水を吸った地面をそのままこねるように動かしていく。
やがて術式が効力を失った地面は耕された後のようにほどよい状態をみせた。
範囲にして複数の男が全力で耕せる程の広さといおうか。これほど広範囲だと失ったロドも相当なもので、一瞬のめまいに膝を抑える。
途端、様子をみていた男のひとりが支えてくれ、水を差し出してくれた。
「おお、大丈夫か?」
「ええ、少しロドを使いすぎただけです。それで、こんなものでいかがでしょうか」
「ああ、十分過ぎるってくらい驚いたよ。これだけで俺たちが今日やるべき仕事が終わったようなもんだ。おかげで早めに作物を育て始めることができる」
グウェンが水を飲んでいる間に他の作業者たちも集まってくる。
「いやぁ、助かるぜ。教会のやつらはほんのちょっとしか手伝ってくれなかったからな。こっちは全員餓死の危機なんだから全力で手伝ってくれてもいいだろうによ」
実のところ、グウェンが手伝う前には教会からも人が派遣されていたらしい。しかし、これは主のお力を借りるような状況ではないとしてわずかばかり地面を整えて帰ってしまったようだ。
「代官様直々のご依頼だってのになぁ。しかもこれは街を救うための大切な事業だ。食いもんを増やさねぇと困るのは教会も同じだろうになぁ」
「なんか導守が変わってから余計ケチになってねぇか? 結局病の時もなんもしてなかったし、唯一症状が和らぐっていう浄水も馬鹿高いお布施が必要ってきいたぜ?」
「違いねぇ。前はもうちょっと良かったんだが、今じゃ、渋る、たかる、上から当たるの3拍子だ。ただ、俺の知り合いが熱心な信者なんだけどよ、身内にはかなり優しいんだとよ」
「そりゃ熱心にお布施もしてんだろ? 商売と同じで上客にはそりゃあ優しいだろうさ」
どうやら住人も教会にはあまり良い顔をしていないようだ。
「と、こんな愚痴ばっかいってても腹は膨れねぇよな。とにかく助かったよ、あんた。エレヴェル修復店だっけ? こんだけすげぇことができるなら、俺も落ち着いてきたらひとつ修復を頼むよ」
「ありがとうございます。是非ともお待ちしております」
これで目的は果たしたと言えるだろう。
愛想の良い笑みを返して礼をいい、その場を去る。
その後も街を見回っては困りごとの気配があると、話を伺いに行き、手伝えることは手伝っていく。
確かに街は急激な人口減少に伴って人手が不足しているようだ。流石に専門の仕事を肩代わりすることはできないが、顕術で代替できる事や簡単な修理であればグウェンも手をだすことができる。
やっているのは小さなことだが、1週間も経つ頃には随分と名前も浸透したように思う。
実際にはテヴァやスフィナといった美幼女・美少女が手伝ってくれる、という効果もあるようだが……
一方で、手伝いをしていると、他の話を聞く機会も増えてくる。
その中でも話によくあがるのが教会だった。
なんでも最近赴任してきて導守に変わってからあきらかにだし渋ることが増えてきたという。
「前の導守様は困っていることがあるとふらりと立ち寄っては助けてくれたんだがなぁ。今の導守様は何かあると枕詞に金、感謝ときた。ありがたみも薄れちまうね」
「何かしらね、私の目が悪いのかもしれないけど、今の導守様は権力とかに固執しているように思えるのよ。なんでも自分の手柄にしようとする感じ?」
「態度とかは知性的な感じなんだがね。金によって態度が全然変わるらしい」
教会といっても、主には最近赴任してきた導守の話のようだ。
恐らくこの前グウェンたちの炊き出しに寄ってきた彼女のことだろう。
「それにしても……杜撰だな」
確かに宗教とは清純なものではない。社会の中にまかり通る別種の法を特権として用いることのできる集団だ。
神の御名の前にあらゆることを行なうことができる。
そしてこれは、国という集団ではなく、宗教という集団で捉えるために、人は従うのだ。
導守ともなれば街の領主や代官も顔を立ててくる。その優越感たるやいかがなものだろうか。
しかしそれは、彼女が導守としての役目を全うしている場合だ。
今の現状が正直役目を全うできているかというと怪しい。
ここ数日きく教会の評判は特に低い。だからだろうか、逆にグウェンたちが少し動くだけでも、グウェンたちの評判は想定より高く評価されている印象だ。
正直ありがたいところだが、今の情勢が落ち着いてきたときにもおれこれ頼まれやしないかが心配なところである。
そう思いながら店に戻ると。
「あ……ご、グウェン様」
スフィナが客の応対をしていた。
いや、客ではないようだ。宗教的な装束に身をつつんだ出で立ち。まさに渦中の導守であった。
「これは導守様。もしや何かご依頼くださったのでしょうか」
客へ応対する時のような柔らかな笑みを浮かべつつ接する。
しかし、導守の顔は以前見た時よりも憮然としているような様子だった。
「いえ、そうではありません。ひとつ提案をしたくこさせてもらいました」
「導守様自らとは。一体どのようなご提案でしょうか」
とはいえ、そのように言われたからには予想できることはひとつしかない。
「最近あなた方は人助けと称してあれこれ動かれているようですね。それを即刻、やめていただきたいのです」
「と、言いますと」
「この時期は、主が我々をお試しになっているのです。不用意に民草を甘やかすような真似をよしていただきたい」
「それはそれは。では、我々の行いは主の御心に反するというのでしょうか? おっしゃるように、これが神の試練というのであれば、むしろ、その試練を乗り越えるために我々は努力しているといえましょう。……それとも、導守様は徒に人々を苦しめることこそが神の御心とおっしゃるのでしょうか?」
さすがの導守の物言いにグウェンが返すと、導守は目を細めた。
「違います。神は等しくすべての民に試練をお与えになられました。ですが、それをあなたがたが悉く背負おうとしていることに異議を申し伝えているのです。困った時に他人を頼ることしかできないのでは、何も成長ができないでしょう」
「……ほう? それは不思議なことをおっしゃる」
言葉の端々からグウェンに対する敵意を感じる。
随分この導守様はお怒り遊ばされているようだ。
そこまでくれば、むやみにこびへつらうのは相手のペースにのまれるだけ。
それ故にグウェンも言葉を飾らなくなる。
「それでしたら我々の炊き出しも、あなたがたの炊き出しも、即刻中止しなくてはいけませんね。なにせ炊き出しに集う人々に食事を与えることは、まさしく導守様のおっしゃるように他人の試練を背負うことと同じなのですから。そもそも、なぜ教会も我々と同じように他人の試練を背負っていらっしゃるのでしょうか?」
「……」
矛盾をつく。
空気が緊迫とするのを感じた。
「私たちは主の御心に従い、必要な施しのみで抑えています。あなたがたのように、むやみやたらな行いはしておりませんよ」
「そうでしたか。それはさすが教会と申しましょうか。必要な施しのみお与えになって、餓死者をだし、日々の生活に苦しむ人々を試練という形で捨ておくとは慈悲深い」
「神は決して優しいだけではございません。ただ怠惰に生きるだけの者には相応の罰をお与えになるのです。甘やかすだけで立派な人間になるのであれば主は試練をお与えになりませんから」
「そうですか。では、これはむしろ我々の試練なのやもしれません。いかにそうした主の御心から外れた人々を救い、再度主の御心にかなように支えていけるか」
「……まるで、あなたがたは教会の者のようにお考えになるのですね」
「人間としてはこの気持ちは当然のことでございましょう? 目の前で苦しむ人々をみて手を差し伸べられない者は主の御心にかなう人間でありましょうか?」
そこまでいうと、導守は黙りこくった。
そうして少ししてから「一度戻ります」と言葉をつく。
「あなたがたのおっしゃるように、それは道徳な行いでありましょう。ですが、度が過ぎれば主の怒りをかうことをお忘れなく」
付き人をつれて導守は店をでる。
それを姿がみえなくなるまで見送ってから、これみよがしにグウェンは舌を打った。
「……面倒なことになったな」
「ご主人、様? 面倒というのは……」
「ああ、それはテヴァさんが戻ってから話そう」
確かに何かしらのアクションがあると思ったが、あれほどに露骨な態度に出始めるとは。こらえ性がないのか、あれが本性なのか。
いずれにしても、対策が必要だった。
・
・
テヴァが帰ってくると、グウェンは一旦店を閉める。
そうしてテーブルを囲み、現状を説明した。
「なるほどねぇ。それは確かに面倒なことになったね」
テヴァは理解の色を示すが、スフィナはまだわからない様子だ。
「その、何かあるのでしょうか」
「あるね、それはもうたんまりと。何せ、導守サマは堂々と宣言したんだからね、これから襲いますよ、と」
そうなのだ。グウェンも同意するように頷く。
「神の怒りを買うなんて教会連中の常套句だからな。さて、どうなるか……」
「襲う、と言いますと、どのようなことをされるのでしょうか?」
「初めは静かに、陰湿に始めるだろうな。例えば花壇を荒らしたり店の前に汚物をまき散らしたり。馬も殺されるかもしれないし、そのうち誰かが誘拐なんてこともあるかもしれない」
まるで陰謀論者のような物言いだが、それが事実であるのだ。
当然スフィナはそのようなことを思いつかなかったのだろう、「ええ!?」と強い驚きを露わにする。
「そんなこと、教会がするのでしょうか?」
「それがね、案外するんだよ、教会は。表向きは清純、清貧を謳うけどね、きな臭いことも嫌という程にしているんだ。これは、尻尾を掴むまではうかつに動けないね」
「ええ。特にスフィナは事態が収束するまでは外には出せないな」
「それにしても」と何か意味を含んだ目をテヴァはグウェンに向ける。
「お前さん、もう少しは耐えられなかったのかい?」
「そうは言いましても、向こうはこちらがどのように言おうと態度を改める気はなさそうでしたからね。取り繕う理由がなかったのですよ」
「それでも、少しは加減が入っただろうに。まぁ、わしも同じ気持ちだけどね」
グウェンは肩を竦める。それもそうだ。
「さて、明日が怖いな」
「当然やられっぱなしになるつもりはないだろう?」
「ええ。まずはくる問題ははねのけます。どうせそのうち実力行使にくる」
それはどの世でも定番だ。
「ねずみの尻尾を掴むことができる。素直にあれこれ吐いてくれるかはその時次第ですがね」
「教会のねずみはかくれんぼが得意だからね」
そのように、その日の夜が終わり――朝になる前に、始まった。
眠りについていたグウェンであったが、その気配に飛び起きる。そして、テヴァとスフィナを抱きかかえると即座にベッドから離れた。その瞬間、窓ガラスを割って石が投げ込まれる。それはベッドの上に放り込まれ、少し遅れてガラスの破片がベッドに降り注ぐ。
音によってスフィナは吃驚して目を覚まし、テヴァは寝ぼけたように目を擦りながら欠伸をする。
「なんだい、これまた直接的じゃあないかい。まったく、お前さんがいなかったら、わしらの顔は随分傷ついていただろうね」
「こ、これ……もしかして、教会の方が……!?」
「タイミングからして、そうとしか思えないな。しかし、もっと迂遠なやり方から始めると思ったが、これほどに私たちを意識してくれているということか」
それほどまでにこちらは排除したい相手であるというのか。本当に面倒な相手に目をつけられたとグウェンはため息をつく。
これが教会でなければ証拠のひとつでもみつけだして、糾弾したいところだが、相手が教会とあってはどのような証拠も批判も、効果をなさない。このような教会であっても、表は正義であるためだ。
「というより、導守がこらえ性のないやつなんだろうさ。いくら教会に非がいかないとはいえ、露骨すぎさね」
「長期戦かと思いましたが……短期戦でいくことになりそうですね」
「だね。面倒だけど、今からできることはやっておこうかねぇ」
と、テヴァは伸びをして立ち上がる。
「それでしたら、私は窓の修復を――」
「いや、近寄るな。恐らく今も外から狙われている。顔がみえれば攻撃されるだろう」
「そう、なのですか……その、教会の方というのは、みなさんこのような方々なのでしょうか」
「いや、それは違う。教会の関係者の中には純粋な信者もいる。今回このように動いているのは、十中八九教会の秘密部隊の【逆さ杖】だろう」
「逆さ杖?」とスフィナが首を傾げる。
「教会のシンボルはエトリアの杖という神の小指から創られた杖だ。教会における光の逆さ、つまるところ闇、と。そういう意味合いだ」
「お前さん、随分詳しいじゃあないかい。もしかして、所属したことでもあったのかい?」
「まさか」とグウェンは首を振る。
「私は裏の仕事をしていた時に、仕事仲間から聞いただけですよ。本当にいるのか半信半疑な気持ちもありましたが、これで確定した」
正直知りたくなかったというのが本音ではあるが、こうなってしまっては致し方のないこと。
もしかしたら、導守に中止を要請された際に素直に従っておけばよかったのかもしれないが、何かするたびに教会の横やりが入るのであれば、万事がうまくいかない。
何より。
「こんな部隊をこんなことで使うやつがこの街の導守というのはぞっとしない」
これではいずれ、グウェンでなくとも何か起きていただろう。
街を平和にするためには、どうにか導守をあの位からひきずりおろさなくてはいけない。
「でも、何か方法はあるのかい?」
そう聞くテヴァにグウェンは頷いた。
「ひとつ。今回逆さ杖がいることで、成立する案があります。ただ、テヴァさんの協力が不可欠ですが」
「わしの、ねぇ……なるほどね、いいさ、喜んで協力するとも」
一瞬目を細めたテヴァが嬉しそうに答える。
どうやら、グウェンの一言ですべてを察したらしい。
これまでグウェンのことを察しがいいだのなんだの言ってきたが、テヴァも大概だ。
「そうと決まれば、朝から色々動くことになるぞ」
それは、一種自分への発破であった。




