令嬢の提案と女狩人の提案
炊き出しを始めてもう間もなく2週間が経とうとしていた。
経過は順調そのもので大分動きも慣れてきた。
チトが供給する動物も狩れないという日がなかった。
「そない魁魔と比べたら楽々なもんや。気配の消し方は杜撰やし、動きもとろいからな。ちょっと歩けばすぐに見つかるもんやで」
とはチトに、よく毎日狩りを遂行できていると伝えたところ、返ってきた言葉だ。
実際はそんなことないだろう。チトの技術と膂力による成果と言える。
そんなチトは朝から魁魔を狩り、夕方までに明日用の動物を狩るという生活をしている。
1日動きっぱなしという活動体系に、「それで体力は持つものなのか?」ときいたのだが。
「逆や逆。これまでは1日中魁魔を狩ってたから、今は体力がありあまるくらいや」
人間の体の恐ろしさを再認識させられる。いや、狩人の体の恐ろしさというべきか。
やはり、一般人と狩人では何かが違うのではないだろうか。
「よし、これで今日の分は終わりだな」
いつも通り食事を配り始めてから1刻ほどでスープは捌き切れてしまう。
テヴァ、スフィナと手分けして後片付けをしている最中、「グウェン様!」とスフィナとはまた違う声が通りに響いた。
顔をあげてみれば、そこには金髪の艶やかな令嬢の姿があった。
フェステラート商会というあらゆる素材の取り扱いを一手に引き受ける大商会の娘、ルミアだ。その傍にはいつもの老紳士な付添人、ではなく今回は執事が傍に控えていた。
「ああ、グウェン様……! やっとお会いできましたわ!」
「ルミアさん。お久しぶりです。そのご様子だと、病が消えた後も警戒なされていたのですね」
「お父様が、ですわ! もう大丈夫だって何度もお伝えしていたのに、全然外にだしてくれなくて……本当にお父様は慎重なんですから!」
と、頬をふくらましていた。
しかし、大商会としては大事な娘に何かあれば一大事だ。加えて、少々お転婆な気質も感じる。父としては今回外にだすのも控えさせたかったのではないだろうか。
「問題は収まったとはいえ、どうして今回収まったのかも分かっておりませんから、お父様がご心配されるのも無理はないかと思いますよ」
「それはわかってますけど……」
ルミアも本当に不満に思っているわけではないのだろう。
「と、今日はお父様のことをお話しするつもりはなかったのでした」とここにきた目的を思い出したようだ。
「最近お客様がやけに器を買うことが増えたように感じましたのでお話をきいてみたら『エレヴェル修復店というところで炊き出しが行なわれている』とききまして! すごく素敵なことだと思ったので、私にもお手伝いできることはないかと思い参上した次第ですわ!」
「そうだったのですか。わざわざ御足労頂いてしまいありがとうございます。しかし、手伝い、と申しますと」
「はい! 例えば人員の派遣もできますし、食糧運送のお手伝いもできますわ。お父様からも住民の支援で必要なものがあれば言ってほしい、ということを伝えてほしいと伝言もいただいていますの」
「そうでしたか。とすると、もとはお父様が人員や運送の支援を申し出てくださったのでしょうか。それとももしかして、ルミアさんが?」
「うーん、7:3で私って感じですわ。私がグウェン様の行いに感銘を受けたので手伝いにいきたいとお父様にお伝えしたら、人員の派遣や運送、あとは先程の伝言をいただきましたの」
きらきらした顔をしているルミアに「なるほど」とグウェンは笑顔をみせる。
そうなると、これは何も裏のない少女の善意に父親が商会として乗っかった形だろう。ただ、それほど熱心という感じでもなさそうだ。
「そのようにおっしゃっていただけるのはとてもありがたいことです。ですが、申し訳ありません。こちらも事情がありまして、お願いすることができないのです」
すると、「そ、そんな……!」とショックを受けたようにルミアがへたり込む。折角の高価な服が汚れていくのが勿体ない。
「折角グウェン様と二人三脚で何かできると思いましたのに……そ、そうですわ! り、理由を教えてくださいまし!」
どうやらもう何カ月も会っていなかったはずなのに、グウェンに対する恋慕の感情は変わっていないようだった。
これは困った。どういった言い方をすれば傷つけずに済むだろうか。
そう考えて、ひとつ、このような含みのある言い方をしてみた。
「そうですね……ルミアさんには、特別にお教えしてもよろしいでしょう」
「と、特別……!」
「はい。実は今、私の店も依頼がなくなっておりましてね。当然、みなさん物に金銭を使う程余裕がないからというのは存じていますが、なかなかに痛手でもあります。そこで、この炊き出しの活動を通して我々のことを知っていただこうと思いましてね。ですが、他に協力くださる方がいると、そちらにみなの視線がいってしまう恐れがあるのです。そのような事情がありまして、申し訳ないことにお話をお受けすることができないのです」
人によっては商売のために人をもっと助けることができるのにしないひどい人であると思うかもしれない言葉だ。
「そうですのね……グウェン様もひとりの人間であると同時に、商人ですものね。私も商人の娘ですからそのお考えは理解できますわ。お父様も微妙な顔をされていたのも納得です」
ただ、さすがは大商人。一介の商会の考えは簡単にわかるのだろう。
「そうなると、やっぱりお手伝いはできないのですね、はぁ……」
そうため息を吐いたルミアであったが、ふと何かに気づいたように「そうですわ!」と声をあげる。
「先程、依頼がないと仰っていましたわよね? そしたら私がたくさん依頼をお持ちしますわ!」
「いえ、そのように無理をされずとも――」
「無理はしておりませんわ! だって、私のお家には壊れたものがたくさんあるんですもの! これまでは少しずつお持ちしておりましたが、これからはもっとお持ちいたしますわ! それに、グウェン様になら安心してお任せできますし!」
「そう、ですか。それでしたら、喜んでお受けいたしますが……」
すると、ルミアは嬉しそうに目を輝かせ始めた。
「本当ですの!? 良かったですわ! そうしたら明日からでもお持ちしますわね!」
「いえ、それではご負担もかなりのものでしょう。よければ一度、ご自宅にお伺いし、修復可能なものの判別をいたしますよ」
「え、私のお家に!?」
と、ついにはぴょんぴょんと跳ねる。
実に無垢な少女だ。父親が心配するのもわかろうもの。
「あ、そうしましたら、その時にお茶会もどうでしょう!?」
「はい、お父君からのお許しがあれば喜んで」
「わかりましたわ!」と笑顔でルミアは頷いた。
それからもう少し雑談を交わしたのちにルミアとお付きの執事は帰っていった。
後姿でも舞い上がっているのがわかる。
その姿をみてか、スフィナは「ふふ」と笑みをこぼした。
「なんだか、微笑ましいですね」
「私としては、少し困っているんだがな」
まず、どうあっても、ルミアの想いには応えられないということ。なにせ応えるということはつまり、地下のお気に入りを放棄するか、グウェンの本当の姿を共有するかをしなくてはいけないということだからだ。当然放棄だなんて、そんな勿体ないことできるはずがない。かといって共有なんてすれば、あの純真無垢な少女が恐怖に歪むに決まっている。無理だ。
また、ルミアの父からの圧力もあるだろう。大商人の娘とあれば引く手あまた。グウェンよりも器量がよく好物件の相手もいれば、商売を円滑にするための手段とすることもできる。どちらみち、一介の商人に渡せるほど安い娘ではないはずだ。
「せめて、穏便に終わることを願うばかりだな」
そうしてその日も終わりを迎えた。
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地下。生物学的には生きていると言える、遺骨から修復された死体が並ぶ空間。
蝋燭もないのに部屋が緑色の光で比較的明るいのは、他ならぬ培養液のお陰。
並ぶのは5つの棺。
ひとつ目の棺に眠るのは肉感の良い妙齢の女。時には若い娘だけではなく、女の体を強く感じたかったからというのが拾ってきた理由だ。
二つ目の棺に眠るのはそばかすのある素朴なみための少女。いかにも村娘という風貌だ。美少女や美女というのはどこか自身の日常の外にいる、手の届かないような存在に感じるが、こういった少女はむしろ身近にいそうな感覚があり、だからこそ興奮する。
三つ目を飛ばして四つ目の棺には小柄な少女と思しき肉体がある。少し前にみつけだしたテヴァの肉体の侍女だ。完全に一からの修復になるため、むき出しの肉が生々しく、眼窩は空いていたり、髪もなかったりとまだまだ情欲を刺激してくれるような見た目ではない。ただ、この世界は広い。案外こういった状態にこそ興奮する変態もいるかもしれない。
そして飛ばした三つ目の棺にチトの妹、アマネという少女の肉体がある。こちらもまだ修復の途中ではあるが、少しだけ残った肉片から修復を開始したため、隣の少女よりは進みも早くなっている。具体的には、徐々に皮らしきものがみえるようになってきている。この分であればあと数カ月もすれば見てくれは元に戻るのではないだろうか。とはいえ、内部の修復もあるため、もう少し時間はかかるだろうが。
……それにしても。まだ乳首もなく、むき出しの肉ではあるが。生前大きかったのだと分かる膨らみをしている。姉と比べて発育は良かったようだ。
若いながらも発育の良い体。これがチトの依頼でなければ実に素敵なお気に入りになっただろうに。とは、あくまで心の中に留めておく。うかつに言葉にすれば、またチトからの当たりが強くなってしまいそうだ。
ただ、本人はそのようなグウェンの内面を察するほどの余裕はないようで。
「…………」
じっとアマネの肉体を見つめている。
複雑な目だ。
順調にいっているという安心、このままいけば妹が蘇るという期待、されど本当に生き返るのかという不安。
これは、実際に目にしないと本当の安心は得られないのものだろう。
チトの隣で変化を紙に記載していく。不思議なことだが、それぞれの体によって修復速度や順番が微妙に違うのだ。このあたりの制御ができるようになれば、今後より早い修復の技術習得につながるかもしれない。
「……なぁ」
「ん、どうした?」
「なんで、こんなことしよう思ったんや?」
チトが言いたいのは、どうして死体を犯すためにわざわざ骨から肉体を修復するようになったのか、ということだろう。
紙に書く手を止め、「ふむ」と声を漏らす。
「正直話すのは恥ずかしいが」
「こんなことしてるやつが恥ずかしい思うとは思わんかったわ」
「言われてみれば確かにそうかもしれないな……このようなことをするようになったのは、ただ、女運がなかったからというものになってしまう」
と、頬を掻く。
「大学時代のことだ。顕術の勉学に励むのが大学といっても多くの男女がそこには集まる。自然色恋沙汰ははそこかしこでおき、私もいずれ何かあるものと思っていた。が、何もなかった。そして、周りはみなあった。それに対して劣等感や妬み、羨望、そういったものが変にこじれたというだけの話だ」
すると、チトは呆れたような目でグウェンをねめつけてきた。
「あんちゃん、ほんっとに気持ち悪いやつやったんやな。なんや近くにいるだけでも危険を感じそうやわ」
「私もそう思う。ただ、生憎と後悔は感じないな。あのまま胸を蠢く感情に支配されたままの生活を送るよりは」
そういえば、最近チトは笑顔を見せることが多くなったが、それと同時に言葉を飾らなくなることも増えてきた。
ただ、それはひとつの信頼の表し方なのかもしれない。ここまで言ってもこの男は大丈夫なのだと。
「せやけど、それはきっかけやろ? どないしてこんな回りくどいやり方やってんのや? 正直、適当に女襲った方が早いやないか」
「なんとも恐ろしいことを平気な顔でいうんだな。犯罪だぞ?」
「んなこといったら、これは大犯罪もいいところや」
「否定ができないのが悲しいところだ。……しかし、どうして、か。まさか君がそんなにも私のことをきいてくるとは思わなかった」
信頼はしてくれるようになってきたとはいえ、距離感はまだ感じる。
多分仕事はできるのだろう。裏切ったりもしないようだ。それなら最低限のの関係だけ築き、恙なく仕事をしてもらい、払うべきものを払って妹を生き返らせてもらったら、早いところこの街を離れて、この男とも関係を断ってしまおう。
そのようなことを考えていると思っていたのだが。
「別におかしくないやろ? この剣を叩いてもらうときも、鍛冶のおっちゃんには色々話をきかせてもらったし、似たようなもんや」
「信念だとか、こだわりだとかか? 犯すために肉体を修復している私には、そのような崇高なものはとても口にはできないな」
「でも、こんな回りくどいことする理由はあるんやろ? それに……」
「それに?」
尋ね返すと、再度チトは培養液に浸された妹に目を移す。
「……今日、ここにくる途中にな。女が男に襲われそうになってたんや。こんな時だから、食糧でも盗すも思ていたんかなって助けたら、女の方が服脱がされててな」
「そうだったのか。間一髪、といったところか。人助けとは、徳を積んだな」
「こんなんウチからしたら日常茶飯事や。でな、男に言葉吐かせたら『こんだけ治安が悪い今なら捕まらないと思ってたのに』って言いいよってな。呆れたからタマ踏み潰して憲兵に突き出したんやけど」
「待ってくれ。今、最も君を恐ろしく感じた」
この狩人、当たり前の声音で男にとって最も恐ろしいことを平然に言ってのけた。
まだ少女という顔立ちの面影を残し、その体は筋肉質で鍛え上げられた美しさがあるチト。在りし日の魁魔との戦闘では地面を抉るほどの脚質を持っていたはずだ。
そんな彼女が踏みつぶすとなると。
「もう犯罪もできなくなったんやからむしろ感謝されてもええんやけどな。それで思ったんや。なんでグウェンのあんちゃんはこの男と同じようなやり方でやらんのかなって。身のこなしやってどう考えても商人のそれやないし、ウチが捕まえた男みたいにやり方も下手をするとは思えん。なのに、金も時間もリスクも使ってなんでこんなことしてんやろなって思ってな」
「なるほど。しかし、それならそうやって襲うよりも死体を使った方が問題が起きにくいというのがひとつあるな。今の時代に存在しない人間が相手なら何をしても気づく者はいない。それに、こうして中に保管さえできれば失敗して捕まるということもない」
流石に毎回博打をして女を襲い続ける生活というのは、無理があるだろう。そう長くもない期間で限界がでてしまう。
「ウチにはどっちもどっちにみえるんやけどな。それで、ひとつっちゅうことは他にも理由はあるんか?」
「あー、まぁ……あるにはある」
とはいえ、これは一度テヴァに笑われたことがあるため、言うことに抵抗はでてしまうのだが。
「純粋に、私は人が苦しんでいる姿をみるのが好きではなくてね。君の言うようにはなから襲ってしまえば早いのは事実だ。段取りを合わせれば自然に失踪したという筋書きで誘拐することもできるだろう。しかし、手錠でつないで嫌がる女の股を開き無理やり犯す、となるとな。おかしなことだが、変に相手の心情を考えてしまって萎えるんだ」
至極まともな口調ではあるが、他者が聞けばあまりに不道徳かつ不明瞭なことを言っていると感じたかもしれない。
実際、チトは目をぱちくりとさせていた。
「……それ、ほんまなんか?」
「ああ。わざわざ死体を使うのはもう意識もない、自我もない相手であれば自分の欲に我慢する必要がなくなるからな。していて楽というのが紛れもないもう一つの理由になる」
そう言い切ると、チトは「ほんまやったんか……」とため息をついていた。
「スフィナの嬢ちゃんがな、前に言うてたんや。あんちゃんは優しい人やって。それなりに時間が経ったらウチを殺してしまえば、あんちゃんはウチとアマネの体をどっちも手に入れられるんやないかっていってもアマネが悲しむからしないやろうって。その時はどういう意味かわからんのやったけど、今のあんちゃんの言葉でわかった。ウチを殺せばアマネが悲しむからっちゅうただそれだけの理由やったんやな」
「優しいという言葉は不適当だろうな。そもそも優しいやつはこんなこじれ方はしていないだろう。それに、君の体も、君の妹の体も魅力的にみえるというのは事実だ。それでも、何もする気にならないのは、君を殺してどちらの体も手に入れようと、いや、君を殺せるのかという問題はあるが、運よく殺せたとしても、私は悲しむ君の妹のことが頭にちらつきながらすることになる。とてもじゃないがそれだとそんな気分にもなれないだろう」
「言ってることはバカバカしいのに、ほんまのこと言ってんやろなぁ……」
そして、もう一度チトはため息をついた。
「……あと、やっぱウチの体のことも、そう見てたんやな」
と、胸元を隠すチトに、グウェンは顔を手で覆った。
「……失言だ。忘れてくれ」
「絶対無理や。あんちゃんとはまだ距離置いとくわ」
そうはいいつつ、襲われるとは思ってないからだろう、チトは特に嫌な顔をすることはなかった。
「ひとまず、あんちゃんのことは、変態で気持ち悪い奴やけど、線引きはできる、仕事は信頼できるやつって思っとくわ」
「ああ、それで十分だ」
「で、そんなあんちゃんに提案なんやけど」
ふとしたチトの言葉に「提案?」と尋ね返す。
「そうや。今、ウチが狩ってきた動物で炊き出しやってるやろ? で、ついでに人助けとか見回りとか、そういうのもやってみるのってどうやって思って。どうしたって人口に対して食事の量は少ないし、その分人助けとかしたら余計信頼集められそうやろ?」
「まぁ、確かにそうだろうが、随分突然……ああ、いや、先程の話から思いついたのか」
恐らく、女が襲われたという出来事から考えたのだろう。わざわざ自身のためにならにようなことをチトが提案するというのは……やはり、優しい性根ではあるのだろう。
「……なんや、見透かされた気分やわ。テヴァの嬢ちゃんがたまにあんちゃんを察しがいいと言うてたけど、こういうことやったんやな」
「誉め言葉として受け取っておこう」
ふむ、とチトの提案を考える。
今のところは炊き出しもすぐに終わり、午後は時間があまることも多い。
幸い少しではあるが依頼も入るようにはなってきた。そうはいっても、これまでと比較すれば石と砂粒ほどに量は少ないため、作業自体もすぐに終わってしまう。そういう面では、余った時間を外部との交流や人助けに使うというのは有意義だろう。
問題としては頼られるというのは良いものの、今後何でも屋のように店を認識されてしまう可能性がないかというのだが、それは都度修正していけばよいだろう。
「君の提案だが、一理ある。テヴァさんやスフィナとも相談しておこう」
「そっか。なんならウチも早く帰ってきたときには手伝うさかい、言うてや」
その言葉に頷きで返す。
また、やるべきことが増えたようだ。




