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炊き出し

 魁魔の呪術による一連の騒動からはや1週間。

 この頃、街は湧きに湧いていた。

 というのも、原因不明の病による死者の数が著しく減り、体調不良者もまた驚くほどの速度で快復しはじめたためだ。

 どうしてこのようなことが起きているのかはグウェンたちを除けば誰も分からない。分からないが、これは誰もが待ち望んでいたことであり、街全体が喜びに溢れているかのようだった。

 これについて、教会は『主の御業による奇跡』と宣っていたりと、話を耳にしたテヴァが「はン!」と鼻で笑うようなこともあったのだが、些細なことだろう。

 今ではもう原因不明の病の新規罹患者がなくなったことから、食糧の流通も少しずつ流れ始めるようになってきた。

 しかし、まだ様子をみようとする商人も多いため、流れ着いた少ない食糧は一瞬で買い占められ、餓死者の数は依然として続いている。 

 教会や一部の慈善家はどうにか炊き出しを行なったりと動きを見せているようだが、それでもまだまだ足りない。


「ということで、だ。わしらもこれを機に炊き出しを行なってみないかい?」


 ある日の昼時。

 質素な食事を囲みながらのテヴァの言葉だ。


「それはまた突然ですね。何か意図でもあるのでしょうか?」

「まぁね。のちのちの投資とでも言おうかね」


 と、指をくるくると回しながらテヴァは話を続けた。


「結論から言えば、もう少し住人から信頼を得てみるのはどうかと思ってね」

「というと」

「お前さんやわしがやっていることというのは、少しでも疑われれば良くない結果を招くことも多い。例えば、今後また新しく肉体に魂を移植することになった場合。お前さんに対してこのような噂が強化されることになる。『どうしてあそこの店はみたこともない美少女が沢山いるのか』とね」

「はぁ……ん? 強化される? もしや、その噂は現在進行形で流れているものなのですか?」


 テヴァの言葉に要領をえない相槌を返したものの、違和感に気づき尋ね返すと「かかっ」とテヴァが笑う。

 どうやら事実らしい。


「今はこの騒動があるけどね。元の生活に戻ればまたわしらに変な疑いの目がかかることになる。そうなると、お前さんは新しいお気に入り(コレクション)を用意するのも一苦労になり、わしも研究やらなにやらがしづらくなる。だから今の内に、信頼を大きくして、そういった噂を抑えようと思ってね。幸い今、街は落ち着きに向かっているとはいえ、まだまだ不安定な状態だろう? つまり、人助けがしやすい状況でもある。もう出歩いても命の危険はないしと思ってね」


 確かに、そのような噂がこれからも流れるのは困る。正確にはあの店には美少女を誘う何かがあるのだと勘繰られ、探られるのが困る。痛くない腹を探られるならまだしも、こちらには探られると痛すぎる腹しかないのだ。


「そういうことであれば勿論お手伝いはしますが……しかし、肝心の食糧はどうやって?」


 そもそも、グウェンたちの食糧事情でさえカツカツではあるのだ。他人のために割ける食糧なんてあるわけがない。

 ただ、その言葉も当然予測していたのだろう。


「なぁに、すでに話はつけているさ」


 その時、庭のあたりで何かが置かれる音がした。

 それからすぐに扉が勢いよく開けられる。


「こんちは、今日もきたでー!」


 チトだ。最近は張り詰めたような顔ではなく、笑顔で来てくれることが多くなった。


「っと、すまん、食事中やったか」

「いや、それほど気にしてない。それで、先程の物音は君か?」

「ん? ああ、そうや。テヴァの嬢ちゃんに頼まれてな」


 そう言われてテヴァをみると、頷きが返ってくる。


「うん、ちょうどいいね。見に行こうじゃあないか」


 そうして立ち上がろうとしたテヴァとグウェンであったが。


「ご主人様、テヴァ様。その、お食事は……」


 スフィナが控えめに声をあげる。


「……すまない」


 率直に謝り、急いで食事を詰め込んでから庭へと向かう。

 そこに横たえられている動物をみて、


「鹿だな」

「そうや。近くの森は大体呪術のせいで全滅するか、餓死を避けるために狩人に狩られていたからな、ちょっと遠くまで足を運んでみつけたんや」


 血抜きもしっかりとされており、状態も良い。チトの手際の良さの証拠だろう。


「テヴァさんが話をつけた、というのはこのことですか」

「そうだよ。商人の流通に頼るのは頼りないからね。炊き出しはひとまず1カ月、チトにはその1カ月の間、こうして動物を狩ってもらう。そしてその分アマネの治療費を安くするというので提案はしている。わしとしては必要経費と思うんだけど、どうかねぇ?」

「どうかねと言われましても、既に用意してくれている手前断れはしないでしょう。それとは別に、特に異論もありません」


 これは住人からの信頼を得ることに加え、店の宣伝にもつながる。うまくいけば実入りの良い仕事につながるかもしれない。


「そしたら、解体は私にお任せください」


 スフィナが解体包丁を持って現れる。

 スフィナであれば問題なく対応できるだろう。


「さて、そうと決まれば、色々と準備をしなくちゃね」


 またぞろ、忙しくなりそうだった。


 ・

 ・


 その日にとった鹿は炊き出しまでには間に合わないため、干し肉や燻製などに変えてしまい、炊き出しの献立や屋台の準備など、するべきことに注視していく。

 特に献立をどうするかについてはそれなりに悩んだ。

 使える食材と言えば肉と塩くらい。せめて香草が使えたらと思ったが、とても炊き出しで用意できるほどの数はない。


「今は食べられたらそれでいい、という連中の集まりだろうし、肉と塩だけのスープだけでも御馳走だろうさ」


 結局テヴァのその一言で、用意するのはスープになった。

 ただ、ひとりひとりに器を用意することはできないため、器の持参を求めることにした。

 あとはどこでするかだが、それは店の前で行うことにした。

 元よりさして通行量もない静かな道沿いにある店だ。ここで食事を配るだけでも認知度は上がってくれることだろう。


 当日は、懇意にしている店や知り合いへのおすそ分けである肉を抜き、100名分のスープを用意した。

 スープの用意のために、早起きしたり、鍋を買ったりと思わぬ弊害もあったが、その甲斐もあって、評判は上々だった。

 面白いのは、特に告知した訳でもないため、始めはまったく人の影もなかったのに、ひとりが偶然にもみつけてスープを持ち帰ってから怒涛のように人が押し寄せてきたことだ。

 あまりの勢いにたまらずスフィナが「ひっ」と声を漏らしてしまったのも仕方のないことだろう。

 そのまま勢いはとまらず、あっという間に捌ききってしまう。それ故にくいっぱぐれた住人も多く、そういったところからは苦情がでてしまった。


「気にすることはないよ。自分だけ良い思いができなかったことに対する不満だろうからね。1カ月も経つ頃には1回くらいありつけているだろうさ」

「そうでしょうか。中には、たった1日100食で何の意味があるんだ、という声もありましたが」

「大丈夫。そういうやつらはまともに生きられないだろうし、その内わしらに味方する住人から干されるだろうからね。わしらが信頼を得るべき相手はそういう味方だよ」


 テヴァとしてはすべての住人から信頼を得るというよりも、声の大きい人や影響力のある人、人徳がある人などに焦点を絞っているようだった。

 全体としてグウェンたちに信頼を寄せる流れができれば良いとのことだったが、そこでグウェンとしては思う。


「ですが、もしそういう敵意を持つ住人が逆上するようにこの店にまとわりつくようになった場合はどういたしましょうか」

「どうにでもできるさ。何せ、そのころには、そういう連中は『普通の住人』ではなく『性根の悪い住人』になっているからね。ちょっと()()なことがそういった連中に起こったとしても、起きて当然という風潮になるだろう? それに、そういった連中がたとえ何かを吹聴したとしても、周りは『自分たちを救ってくれた恩人たちを貶している』とみなす。連中の言葉が真実だったとしても、わしらを信頼してくれる住人は嘘と考えてくれるようになるのさ」


「なる、ほど」とグウェンは言葉を返した。

 どうやら、テヴァもかなり考えて今回のことを提案してくれていたようだ。


 2日目以降は、店の前は祭りのようになっていた。

 食事を配るのは昼時だというのに朝から待つ列がとまらない。

 これには、さしもの衛兵も注意喚起にやってきたが、丁寧に謝意を示し、状況を説明すればすんなりと納得してくれた。それどころか、住人を守る行ないに労いの言葉をもらったほどだ。やっていることは些細でも、確実に信頼を獲得している実感がある。


 一方で、ひと悶着もあった。

 それは炊き出しを始めて1週間が経った頃のこと。

 今日の炊き出しを終えて後片付けの準備をしていると、グウェンの前に2人組が現れた。

 みれば、教会関連の者であるのが伺える。胸元の文様から片方は導守階級のようだ。


「失礼。あなたがこの炊き出しのとりまとめの方でよろしかったでしょうか」

「これは導守様。はい、私がそうですが、いかがなさいましたでしょうか」


 とりわけ、丁寧な口調で応接する。グウェンにとっては一番敵にしたくないのがこの教会であるのだ。

 何せ、墓を荒らし、死体を修復し、あまつさえ犯すという、道徳も何もない非道な行いに手を染めている。ばれたら一体どうなることか。それ故に、できるだけ荒波をたてないように口調も丁寧になるのだ。


「ええ。一つはかような時期に無辜の民を助ける行いへの労いをしたく。きけば、病の危機が去ったというのに悲しくも飢えてしまう者たちを憐み、行なっているのだとか。勿論あなたの商会の認知をあげる狙いもあるのでしょうが、結果としてあなたの行いは多くの民を救っています。実に道徳的な行いでありましょう」

「大変恐縮にございます」


 深く頭を下げる。

 が、内面では唾を吐きたい気持ちだった。

 基本教会が持ち上げてくるときには、何か面倒ごとにまきこんでくる前兆であるのだ。


「それともう一つ、こちらが本題にはなります。よければ今そちらで行なっている炊き出しを私たちでお引き受けしましょう」

「引き受ける、と申しますと」

「今日一日の動きを見せていただきましたが、あなたがたは3人でこの炊き出しを行なっているようですね。しかも、そのうちのひとりはまだ幼い。朝も早く起きて準備を始めておりましたでしょうし、続けていくには負担も大きいのではないかと思ったのです。道徳的な行いをしたものには相応の報いがあって然るべきでしょう。ですので、食糧の提供のみしていただければ残りの準備や配膳はこちらで引き受けましょう。用意の関係で、配膳は教会前で行なうことになりますが、そちらの商会の名前もわかるようにいたします」

「それはそれは……格別のご配慮を賜り、大変光栄です。しかしながら……これは、私たちですべきことと認識しております」


「それは、なぜ?」と導守は静かに尋ねてくる。


「はい。というのも、私たちは吹けば消えるような小さな商会です。教会の方に当商会の名をだしていただきましても、教会の御威光の前には霞んでしまうことでしょう。また、我々は信頼を大切にしていきたいとも考えております。この炊き出しを通し、我々の為人を含めて当商会を覚えていただきたく思っております」

「そうですか」


 導守の目が細くなる。


「……それでは、共に炊き出しを行なうというのはいかがでしょうか。こちらも日々炊き出しは行なっていますが、最近は慣れもあり、人手を持て余しています。それであれば、せめて正しき行ないをするあなたがたの助けになれたらと思います。勿論、場所はここで行なっていただいて構いません。後日、人をよこすようにいたしましょう」

「そこまで気にかけてくださるのは、とても畏れ多く……正直に申しまして、今の状況を楽しんでいる自分もおります。人のためにこうも何かできることに喜びもありまして、叶うことなら、身内でしっかりと役目を果たすことができるか、試してみたくも思っております」

「……そうですか」


 導守の声のトーンがこころなしか低くなったように感じた。

 空気も少し張り詰めたような。


「わかりました。ですが、無理をして中断になっては民も悲しむでしょう。必要でしたら、いつでも教会にお声がけください」

「ありがとうございます」


 そうして、もう一度礼をすると、スフィナが駆け寄ってきた。

 布袋を持っており、それを差し出してくる。


「ご、グウェン様。こちらを」

「……? ああ、ありがとう」


 特に何も頼んでないはずだが。

 そう思いつつも受け取ると、ずしりという感覚に瞬時に意図を把握する。

 この中に入っているのは手触りからしても硬貨だ。となれば。


「導守様、よろしければこちらを。何分最近は外出を控えておりましたもので。今回導守様に御足労頂いたお礼もかねてお納めいただけましたらと」


 受け取った導守は重さに満足そうに頷いた。


「……お受け取りいたしましょう。あなたがたは敬虔であり、道徳的なかたがたです。今の行ないを誇り、今後とも正しき道をお歩みなさい」


 そうして「主のご加護を」と言い残し、導守とその付き添いは去っていった。

 その姿がみえなくなったところではぁ、と息をつく。


「ご主人様、お疲れ様でした」

「ああ、ありがとう。慣れないことをした……それと先程のは、テヴァさんの差し金だな?」

「はい。『金さえ払えばどうにかなる』と」

「なんともな極論だな。事実でもあるのが恐ろしいところだが」


 周りを見ると人もまばらになってきている。

 ささっと後片付けを済まして店に戻ると、テヴァが苦い顔で座っていた。


「教会連中はいなくなったかい?」

「はい、おかげさまでどうにか中立の関係に収まったかと」

「はぁ、まったく。これだからがめつい教会は」


  その言葉に、グウェンは苦笑する。


「前々から思っていましたが、テヴァさんは教会が嫌いなのですね」

「そりゃあそうさ。いっちょ前に道徳、清貧を語っておきながら、やっていることは金集めに権力の乱用ときたもんだ。言ってることとやってることがこうまであからさまに違うと胃がむかむかしてくるよ。それでいて、こちらにはあれこれと押し付けてくるもんだからたまったもんじゃない。それに、お前さんこそ随分嬉しくなさそうだったじゃあないかい」

「私はやっていることがやっていることですからね。本音を言えば目の前にすら現れないでいただきたいものです。心臓に悪い」


 そう答えれば少し鬱憤が晴れたのか「かかっ」とテヴァは笑みを見せた。


「それで? 今回は何を言ってきたんだい?」

「ひとつは道徳的な行ないに対する労いを。もうひとつは私たちだけでは負担だから食糧さえもらえれば教会でひきうけるという提案を。勿論断りましたが、今度は人を寄越すと偉大なる導守様は仰いましてね」

「ネチネチとしつこく迫られたねぇ。どうにかこうにか教会が独占、もしくは教会のかかわりを示したいという欲が駄々洩れじゃないかい」


 テヴァもまた、はぁ、と息をつく。


「あの……それは、何かいけないことになるのでしょうか?」 


 そう問うたのはスフィナ。純粋に分からないという顔をしている。


「ふむ。そうしたらスフィナに質問だよ。ある小さな商会が成長した。しかし、その間何度も有名商会の人間が出入りし商品をみていたり、話をしているのをみた。さて、どうしてこの商会は成長できたんだろうね?」

「それは……恐らく、その有名商会が支援をしていたのではないでしょうか」

「勿論それも少しはある。けどね、この問題での答えはこの小さな商会が根気強く商売を続けていた努力の結果、だよ。実際のところ、有名商会はちょっとしたアドバイスをしたくらいで直接の干渉はしてきていない。この商会が成長できたのは主人が日々を頭をひねってやってきたからこそさ。だというのに、ちょっと上の組織とかかわりがあると、まるでその組織のおかげで成長できたように感じてしまう」


「そして、それを今の状況で表すとだ」とテヴァは話を戻す。


「もし教会がわしらのやっていることに絡むようになったらどうなるか。まるで、教会のおこぼれに預かって商会の認知度をあげようとしているようにみえてしまうだろう?」

「……あっ」


 理解したのだろう、スフィナが声を漏らす。


「目的がただ商会としての認知度をあげるというだけならそれでも良かったんだろうけどね。今回はそれ以上に住民に、『この商会は率先して身銭をきって我々を助けてくれた信頼できるところ』と認識してもらうのが目的だ。そうなると、教会に関わられるのは困るのさ」

「確かに……」

「とはいえ、断ってばかりでは印象も悪くなる一方だからな、ひと月経ったら、それなりに信頼も得られているだろうから、教会に投げてしまうのもひとつかと考えている。まぁ、食糧の確保はチトがしているから、彼女次第にはなるだろうが……狩人の仕事より実入りがよければ喜んでやるだろう」


「ともかくも」と。


「まだ1週間だ。ただ食事を配るだけだが、今回のようなことが起きる可能性も高い。気をつけてやっていこう」


 その言葉にテヴァもスフィナも頷いた。

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