帰結
すべてが終わった後、体の傷の確認などを経て、街へと戻った。
行きと同じようにテヴァ主導で街に入り込むのに成功したグウェンたちは、重い体を引きずって家に向かう。
中に入ると、入口でずっと待っていたスフィナが安堵の顔をした。
「ああ……お帰りなさいませ。本当に……よく、ご無事で」
「ただいま。すまない、心配をかけたな」
しかし、薄汚れたグウェンたちの体をみて、ひとかたならぬ戦いがあったのを察したのだろう、「すぐにお風呂の用意をいたします」とスフィナはてきぱきと動き始めた。
「頼む」と伝えてから、グウェンは、近くの椅子に座り込み、深く息をつく。
テヴァもチトも同じようにテーブルを囲むが、テヴァはテーブルに顎を乗せ疲れた様子をみせ、チトは無言のままどこか一点をみつめていた。
今回最も衝撃があったのはチトだろう。人と魁魔という違いはあれど、大切なものを守りたい、そのためには何でもするという思いは同じ。チトにはあの魁魔の幼体たちが愛する妹に重なって見えたのかもしれない。
やったことは人間としては正しいのかもしれない。しかし、個人としては?
今、チトの心はあの魁魔への罪悪感と、受け止めきれない複雑な気持ちに振り回されているのだろう。
とはいえ、緊張も解けた今、血を失って鈍っている思考ではまるで慰めの言葉も励ましの言葉も思いつかない。
ぼうっとした頭のままスフィナの支度が終わるのを待つ。
しばらくの静寂。しかし、それを破ったのはチトだった。
「……なぁ」
「どうした?」
「グウェンのあんちゃんは、どんな気持ちであの子どもたちを殺したんや?」
これは、答えようによってはチトの地雷を踏みぬいてしまうかもしれないと感じた。
しかし、やはり頭も回らず、言葉も飾らず言うことにした。
「純粋に、私にとって不都合であるから、という言葉になってしまうな」
「不都合、か……でも、あの魁魔の境遇を考えたら、躊躇はなかったんか?」
「確かにためらう気持ちはあった。なるほど、可哀そうなことだろう。愛する子を失い、せめて今の子どもだけでも必死に守ろうとした結果があれだ。当然、抵抗心は芽生える。芽生えるが、剣先が鈍ることはなかった」
「……どうしてや?」
「可哀そうに思う気持ちとそれで自分や周りが害されるのを良しと思う気持ちは別だからだな。どれだけ悲しい境遇があろうと、ではそれで自分や自分の大切な人が害されるのを仕方ないというやつは、何一つ守れない。君は思えるか? 可哀そうな境遇だからと大切な人を害されても仕方ないと」
ややあって、チトは首を横に振った。
「無理やな。アマネを殺した魁魔をウチは許せへん。たとえ、あいつが何か大切なもんを失って暴走してたから、とかであっても……ウチは、絶対殺してた」
そうして、「はぁ」と深く、チトは息を吐いた。
「すまんかったな、なんか変なこときいて」
「いや、いい。君にとっては必要な問いだったのだろう」
「……そう、やな。安心した。あんちゃんが、ちゃんと心をもった人間なんだって知れて」
グウェンは顔だけチトに向ける。
「私が? それはまた。私が血も涙もない人間にみえていたのか?」
「だって、そうやんか。あんちゃんは、墓から死体を漁って犯すっちゅう気持ち悪いことしてる。誰かにとって大切な人の体を弄ぶやばい奴やと思った」
「……否定ができないのが悲しいな」
「せやけど、色々考えた結果だったんかなって今は思ってる。……スフィナの嬢ちゃんが言ってたのも、事実なのかもしれんな」
「スフィナが?」
「いや、何でもない」とチトは再度首を横に振る。
「ずっと心配やったけど、アマネのこと、頼むわ」
「ああ。肉体の修復も順調だ、心配しなくていい。ただ、無茶はしないでくれ。君に何かあれば、生き返った君の妹はどんな顔をするか。あまり考えたくない」
「……せやな。本当にその通りや。今回のことも、すまんかった」
チトは少し穏やかな顔をしていた。
何か収まりがついたのだろう。魁魔の一件で複雑な顔をしていたのだと思っていたのだが、どうやらグウェンに対する思いも関わっていたようだ。それが少し良い方へ変わってくれたのなら良かった。
その時、スフィナが準備を終えたとの報告をする。
流石にこの体調で湯を被るのは命の危険になりかねない。それに、戦闘という点では最も功績を残し、同時に疲れているのはチトだろう。
先を譲ると、少しふらふらした足取りでチトは扉の向こうへと消えていった。
それを見送ってから、
「スフィナ、何か作ってもらえるか。血が足りないようでね」
と、グウェンが言うと、たちまちスフィナが青ざめた。
「血が? もしかして、どこかお怪我をされたのですか? お体は、いえ、まずはお体を安静な姿勢に――」
「ああ、いや、大丈夫だ。傷は既に治している。ただ、失った血ばかりはな」
「そ、そうですか……」とほっと息をつき、スフィナは凛々しい顔つきになる。
「かしこまりました。すぐにおつくり致します」
そう言って、びゅっと倉庫にスフィナは向かっていった。
ふと、視線を感じる。見れば、テヴァがグウェンを見つめていた。
「どうしました?」
「いやね、お前さんが見せた顕術を思い出していたのさ」
「ああ、あれですか」
グウェンの命を救った顕術。
術効としては『肉体の成長する状態』を肉体に付与し、成長を促進するというもの。成長に使用する栄養は自前で用意する必要があるため、若干のコストがかかることと、身体的な負荷が強く、肉体が再構成される間は激痛に耐えねばいけないという問題はあるが、その利便性はあまりに高い。
「あれってね。言っておくけど、その顕術も、死体の修復同様、教会が知れば黙っていない代物だからね? お前さんは、本当に当たり前のように驚くような奇跡をみせてくれるよ」
「そうでしょうか。死体の修復はともかく、傷の治療は教会でも行なっているでしょう? 黙ってないのは確かにそうでしょうが、奇跡という程ではないでしょう」
「確かに教会でも治療に対する技術はある。けどね、あれは浄化の顕術を基礎にしたもので、治すではなく、癒すというものだよ。自然治癒力を高め、傷の治りを早くするというね。だから、何日もその顕術を受ける必要もある。お前さんの顕術の下位互換という感じかねぇ。まぁ、その情報もわしがかつて世俗とつながりをもっていたころの話だから、今はもう少しは技術も進歩しているだろうけどね」
「……恐らく教会が秘匿しているであろう情報を当たり前のように話すあなたこそ、驚くのですがね」
「なに、耳を澄ませば自然、きこえてくるものさね。が、お前さんのそれは初めてみたし、きいた。時代が時代なら、医聖として崇められていただろうにねぇ」
しかし、今は異端審問にかけられ、神の御業を私欲のために横領する大悪人として、死よりも恐ろしい罰が下るだけだろう。
「私は今の生活だけでも十分すぎるほどです。あとは、もう少しお気に入りを置けるスペースが増えて、お気に入りの数も増えたら尚善しですが」
「悪魔も驚く強欲さだねぇ。しかし、なるほど、スペースねぇ……」
ふと、テヴァが含むような声をもらす。
「お前さん、あの傷を治す顕術をわしに教えてくれ、と言ったらどうする?」
「テヴァさんには契約の手前あれですが、それを置いてもお世話になっていますし、お断りはできませんが」
「勿論、対価は用意するさ。だけど、その言葉が聞けて良かったよ」
「ふふっ」とテヴァが笑った。
「それで、対価は何をいただけるので?」
「それは、まだ用意できてなくてね。用意ができたら、改めて声をかけるよ」
テヴァの言葉に頷く。
何が用意されるかは分からないが、少なくともいらないものではないだろう。
一体どれだけ生きているのかわからない御仁だ。想像もつかないようなものを用意されても驚かない。
「ああ、良い香りが香ってきたね」
スフィナが料理をつくる香りがする。
これまではかなり食材も切り詰めてきたが、これから徐々に呪術の影響が去っていくにつれて、この状況も改善するだろう。
死の危険ももうない。病に恐々とする生活もようやく終わりを迎える。
そんな安心感の中、グウェンはゆっくり、息をついた。




