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チトがみたもの

 頭が霞むような心地だ。

 浮上した意識が間違いなく体の不調を訴えていた。しかし、どこが悪いのかはっきりしない漠然とした苦痛。蛇が体をはい回っているような感覚だ。

 熱は感じない。だというのに頭が重い。

 動かすのも億劫な目をどうにか開けるとスフィナが心配そうに見つめているのがみえた。


「ここ、は……」

「チト様、起きられたのですね。ここはご主人様の家にございますよ」

「ああ、あんちゃん、の……」


 働かない頭。

 それでもチトは焦点の合わない目を向けたままスフィナに尋ねた。


「ウチ、は……」

「……はい、例の病にかかられています」


「そう、か」とチトは目を閉じた。

 心にあるのはやってしまったという罪悪感。

 頭が働かない中でもチトは理解していた。自身が病にかかったということは遠からず、自身と関係を持っていたスフィナ達もまた病に侵されてしまうだろうと。

 そして、それはつまるところ、グウェンとテヴァの死を意味し、結果としてアマネの死となる。


「バカ、やったんや、なぁ……」


 自分が気をつけていれば、最悪自身の罹患だけで済むのではないかと思っていた。注意集中を怠らなければ、心身の不調には気づけると思っていた。その結果がこれとは。我儘が過ぎたと今更ながらに思う。

 一体、どうして後悔というのは先にはきてくれないのか。取り戻せない結末に至ってから、いつも。

 自嘲と罪悪感、自責によって、自然とチトの目から涙がこぼれる。


「ごめん、なぁ……」


 正直叱責されようと、もう死ぬのだからと犯されても文句は言えない。

 病に臥し、自身の行いを振り返る時間を得たからこそのチトの言葉であった。

 しかし。


「チト様。その言葉が何に対してかにもよりますが、もし皆が死んでしまうから、という意味での謝罪なのであれば、まだ早いのではないかと思いますよ」


 スフィナはあくまで穏やかな顔だった。

「ほら、みてください」とスフィナが顔を向ける方にどうにか視線を向けると、そこではテーブルを挟んでグウェンとテヴァが何かを見つめながら話していた。


「少なくとも方向は西だね」

「だとすると、いくつか森や林が点在していますね。絞るのはかなり骨かと」

「これだけのことをしているんだ。方向さえ分かればこっちのものさ。ただ進めばいい。そうすれば探知もしやすくなるだろうね」

「では、考慮すべきは時間ですか。私たちに残された時間はわかりますか?」

「さてね。わしも呪術には明るくないからね、簡単なことしかわからないよ。けどね、そこの娘がさっき倒れたってことは逆算してひと月前にかかったことになる。お前さん、ひと月前から初めて、そこの娘に会ったのはいつかね?」

「……3日後ですね」

「わしは6日後だね。つまり、残された時間はそういうことなんだろうね」

「なら、それまでに準備を進めなくてはいけませんね」


 何か、よくわからないことを話している。

 何の話をしているのかもわからない。ただ、少なくとも悲観しているような声音ではなかった。


「まだ、できることをお二人とも探されています。チト様、まだ懺悔には早いと思いますよ」


 スフィナとチトが話している声が届いたのだろう、二人がこちらをみる。


「ああ、起きたのか。体調は……やはり優れないようだな」

「グウェンの、あんちゃん……」

「いや、あれこれ言わなくてもいい。ただ、協力してくれ。時間がない」


 その言葉にチトは目を白黒とした。


「協力って……そりゃあ、ウチにできることならええけど……なんの――」

「もちろん、この病から解放されるためのだ」


 断定する口調にチトはたまらずたじろぐ。そして、同時に胸の奥から気持ちが漏れる。

 解放? 解決策があるっちゅうんか?

 その期待感はいっそ吐き気を感じるほどに強く、チトは、言葉の続きを待った。

 自身の協力で解決ができるというのであれば、いかほどのことをしてもいい。

 しかし、グウェンからきかれたのは次のようなことだった。


「その傷、相当の戦闘があったことが伺える。どこで、何と戦ったのか、経緯を教えてほしい」


 ・

 ・


 その日、チトは何でもない一日を送るはずであった。

 例の病のために流通が少なくなり、一層貧相になった食事をつめこみ、装備の手入れを行い、口元に布をまき、外に出る。

 狩人組合に赴けば、がらんとした光景が出迎える。今でこそ慣れたが、初めはあまりに寂しい光景だと思ったものだ。

 少しでも流通をつなぐために、街周辺の魁魔の討伐は欠かせない要素だ。そのために、依頼は常に貼られている。

 誰もかれもが活力を失っている。死したような空気の中を練り歩き、依頼を受け、街の外へと出る。

 受けた依頼は何でもない、よくある魁魔の討伐であった。

 近くにある森の中。そこはこの街ではよく知られている魁魔の繁殖地であった。

 3つ目の猿の群れに対し、チトが無造作に大剣を振るうと、紙切れのようにちりぢりになっていく。チト個人の持つ、圧倒的な膂力が誇る結果であった。

 討伐の証である瞳孔の異なる3つ目の目を回収しながらチトがふっと息をつく。


「あまり稼ぎにならんものたちやな」


 今回受けた依頼は無差別の魁魔の討伐。間引きといっても良い。

 ただでさえ活動できる狩人の数が少なくなっている中で、個別個別の依頼なんぞだせない組合の頭のひねりの成果物であった。

 ただ、当然魁魔にもある程度のランク付けはされている。今襲ってきた群れはチトが言葉を漏らしたように、さしたる稼ぎにはならない。

 一刻も早く妹の治療費を稼ぎたいチトにとっては忸怩たる気持ちであった。


  「やっぱ、今日はも少し奥にいかんとな」


 結果、チトは森の奥に進むことを決めた。

 まだ来てまもない街に、まだ地形の把握もままならない森。

 通常のチトであればこのような曖昧な情報が多い中で危険な森の奥に進むこと等考えられなかった。

 しかし、今のチトの脳裏には常に最愛の妹の姿がちらついている。自分が努力するだけアマネに近づく。

 その思いが、チトの判断を変化させた。


 森の奥に進むと、道らしき道もなくなってくる。うっそうと茂った植物をかき分け、樹幹によって光量の減った視界を彷徨わせ、チトは獲物を探す。

 視界に映るのは、草、木――それだけだった。


「……どういうことや?」


 おかしい。チトは違和感を覚える。

 街で仕入れた情報によれば、ここは魁魔の繁殖地であるはず。

 少なくとも、普通の森よりかは魁魔の活動も活発のはず。だというのに、視界を見る限り、どこにも魁魔の姿はない。

 勿論、視界には必ず何かしらいるなんてことはそうそうないが、気配すら感じないというのは異質だった。


「……雰囲気もおかしゅうなっとるな」


 すんすんと鼻をひくつかせれば空気が違うことに気づく。

 森の奥にはいったことでの変わり様とは異なる、何か、人工的な異質さ。

 さらに進んでいく。

 そうして、少し開けた場所に到着すると、その光景にチトは息を呑んだ。


「なんや……これ」


 魁魔の群れだった。10程度の狼型の魁魔が横になっていた。 

 息があるものもあればないものもいる。一部は死んで日がたったのか蛆が湧いているが、生きている魁魔も横になったまま動く様子をみせなかった。

 ただ、呼吸が荒い。

 そこで近づこうとしたチトはすぐさま察しその場を飛び出した。


(あれは、病や。街の人たちと同じ病にかかっとる)


 詳細は確認せずとも狩人としての勘がそうささやいていた。

 この森は何かがおかしい。一度立て直す必要がありそうだ。 

 そう思った矢先に――

 それをみつけた。


 ・

 ・


「多分、狼型なんやろな。ただ、大きさが異常やった。背丈だけでもウチの何倍もある。それで、体中から、血を噴き出してたんや、そいつ。目なんか血走りまくっていたのに、ウチのことを捉えたら梃子でもウチを外そうとせんかった」


 少し時間を空け、チトの様態が安定したのも見計らい、グウェンたちはチトがあった魁魔について、聴取していた。


「血を噴き出していた? それは、何かと戦っていたのか?」

「いんや……あんな噴き出し方はなんか変や。なんちゅうか、水の入った樽にあちこちから槍で突き刺したような……それが他の狩人のしわざっちゅうならまだしも、今日見る限りじゃあウチより先に森にいたやつはおらんかった」


 グウェンが「ふむ……」と考え込む。

 その間にテヴァが話を促す。


「それで、まぁ、そいつとやり合ってたんやけどな。駄目や、あれは。なんであんな血い出しておいて素早く動けるんかな。それに、ウチもおかしかった。思うように体が動かなかったいうか、気圧された、でもいうんかな。あいつから放たれる気に体が緊張してたんや。経験則から言えば、指定個体に登録されるようなやつやった」

「指定個体、ですか?」


 スフィナが首をかしげる。


「確か、狩人組合の中で危険度を分類する際の等級のひとつだったか」

「そうや。といっても、厳密には違うんやけどな。魁魔も突然変異やったりなんかやったりで個として異常なやつがおるんや。それを種のひとつではなく、個体として扱いを別にするってやる。せやから大抵指定個体になるやつは、強い」

「しかし、今ここにいるということは、どうにか逃げ出せた、ということなのだろうか。倒した、ということは――」

「お察し、命からがら逃げたんや。狩人は戦うだけやなくて、逃げ方もうまくなくちゃあすぐに死んでまう。だからここにおるんやけど、勝つっていうのは、ウチには無理だと思った」


 再度、「ふむ」とグウェンは唸る。


「生憎、私は君の腕をみたことはないが……それなりにできる者だとは感じている」

「有難い評価やな。でも、まだまだいいとこどまりの未熟もんや、ウチは。……力だけでなく、頭もな」


 チトにとっては、病をここに運んできたことがよほどのショックであったようだ。

 言葉の端端から後悔を感じる。しかし、どちらみち、病の種はひと月ほど前に植えられてしまっていた。

 実のところ今日来まいと事情はそう変わらなかっただろう。


「さて、テヴァさん。その魁魔は、今回の首謀の可能性はありそうでしょうか」

「……そうさね。あると思うよ。いや、ある」


 そう、テヴァは断言した。


「そいつの血は、代償だね。これだけ多くの生き物を呪っているんだ。そいつの体は皮膚という皮膚から血を噴出させているんだろうね」

「しかし、それなら、少しもしないうちに息絶えそうですが」

「呪術の摂理を侮っちゃあいけないよ。呪術は錬金術と祖が近い。基本となるのは縁、そして等価交換の原則さ」


 教鞭を振るうかのようにテヴァが言葉を紡いでいく。


「等価交換とは、すなわち成就と代償さ。例えば成就したいものがあったとして、それが先に叶ったとする。そうしたら当然相応の代償は必要だろう? 途中で死んから代償を払わなくていいなんて、そんな都合の良いことはないさ。今回、振りまかれた呪いは相当なものだ。魁魔がどれだけの知能をかかえているかは個体によって異なるのだろうけどね、伝播する呪いなんて、制御がきかないったらありゃしない。伝播しなくならないと、呪術の成就の定義には当てはまらないからね。それまで、一体やつが払うべき代償はどれほど膨らんでいるんだろうね」

「では、まさかですが……呪いは、扱いによっては、疑似的な不死になる、と?」


 だとしたら、古来より用いられていた呪術は、一体どれだけの恩恵を与えてくれるのだろうか。


「まぁ、理論上はね。けれど、推奨はできないよ。死にたくなるような生を生きるというのは、存外耐えられないものさ」


 確かに、不死の代償などまるで考えがつかない。

 ただ、少なくとも、先程チトが話していたように、永遠に血を噴出し続ける生は苦しいだろうという確信はある。


「その……さっきから、なにをいうとるんや? これって、病やないんか?」

「いや、どうやら違うらしい」


 グウェンがテヴァからきいた呪術の内容を伝えると、チトはただでさえ痛そうな頭への痛みにうめくような声をあげる。


「呪術……ウチにはあんまりわかんないことや。アマネならもしかしたら……せやけど、そいつを倒せばすべてが収まるんやな? なら、行く、ウチが倒してくる……」


 無理に起き上がろうとするチトを慌てたスフィナが抑える。


「チト様。無理はなさらないでください。チト様のお体は既に呪術に蝕まれているのです。余計に体調が悪化するかもしれません……」

「それでも、ウチが、ウチしか倒せん」


 焦点の合わない目でチトが呟いている。


「確かに戦力はあったほうがいいけどねぇ。その体じゃあ満足に剣も握れないんじゃあないかねぇ」

「…………」


 チトは震える右手を見つめる。

 恐らく力も全く入らないのだろう。「……くそっ」と呟く音がきこえた。


「とはいえ、そのままにしておくのも惜しい。そこで、これだ」


 ことん、とテヴァが何かをテーブルに置いた。


「これは……」

「そう、浄水さ」

「しかし、これは今、とてもではありませんが手に入れることはできないものでは」

「今はね。これはずうっと前に実験用に手に入れたものさ。ちょっと昔過ぎて、効果がのこっているかは微妙だけどね」


 そして、浄水を持ったテヴァはチトの口元にそれを流し込む。


「どうだい?」

「……なんか、楽になった」

「そうかいそうかい。ちゃんと効果が残っていて何より。これがあと3本ある。2本はわしらが念のために飲むとして、もう1本はお前さんがお飲み。明日の朝に飲めば、もう少し体の自由も戻るだろうからね」

「ちゅうことは」

「そう。悪いけど、お前さんが手伝ってくれるといったからね。これを放っておくには惜しい」


 テヴァの言葉に、グウェンも頷く。

 そもそも狩人という魁魔の専門家が敵わなかった相手だ。それを戦いの専門ですらない2人がでしゃばったところでできることはたかがしれている。

 しかし、街に情報を提供し、倒してもらおうにも、信頼がない、情報源の調査がはいる、編成が遅い、と問題が沢山ある。恐らくグウェン達が生きている間に結果はでないだろう。

 だから、結局はグウェン達で倒すしかない。

 ぽつりと「……あんがとな」とチトが言った。


「さて、急遽決まったことだ。考える事は沢山あるよ。チト、お前さんもそのままでいいから参加おし」


 そうして、対魁魔戦に向けての作戦会議が始まった。

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