起承、転
2人は店に戻るとすぐに話し合いを始める。
テヴァが開口一番に言う。
「これは病じゃあないね」
その言葉にグウェンとスフィナは目を丸くする。
「というと……」
「おかしいと思ったのは罹患者の体に病の痕跡がどこにもなかったことさ」
テヴァは順番に説明するように言葉を重ねていく。
「普通病は体に傷を与えるものさ。体が不調を訴え、身体症状になるんだったらどこかにその痕跡があってもおかしくない。だというのに、肉体はどれも正常体だった。別の病やらなんやらは抜くけどね。死に至らしめるくらいだ、脳や内臓に相当の負荷がかかっているはずだろうに、どこもおかしくないなんてそれこそおかしいだろう?」
「えぇ、確かにそれはそうです。しかし、だとすると、この事象は一体何なのですか?」
病でないというならどれだけ時間をかけても薬ができないのは当然だ。
だが、しかし、だとするならば現に人を殺すこれはなんだと言うのか。
テヴァは勿体ぶらずに答えた。
「思うに、これは呪術だろうね」
「呪術?」
呟いたのはスフィナ。
「呪術ですか……顕術とはまた理を異にする縁を媒介にする術法、でしたか。原初から続く技術でありながら対価と代償を基本原則とすることから顕術の登場以降は急激に姿を消したものと認識していますが」
「すらすらでてくるなんて勉強熱心じゃあないかい」
「お戯れを。顕術を学ぶ上での初学ですよ」
「それで」とグウェンは続ける。
「その呪術だとどうして思われたので?」
「ひとつはさっきも言ったように身体的な痕跡がないこと。もうひとつは浄水の存在さ」
「……ああ」
納得の声をあげるとテヴァはつまらないねぇ、とばかりに苦笑した。一方でスフィナは当然ではあるが分からないようで可愛らしく首を傾げていた。
「全く、すぐにわかられると説明しがいもなくなるんだけどねぇ。そうさ、浄水は【祓え】の術効が封じられている。【祓え】はね、心身の不調、そして悪縁の疎切を術効としているさ。呪術はね、自身の捧げる代償に準じて縁を結ぶ相手に対価を与えるものさ。つまるところ、呪術によって結ばれる縁は悪縁に違いないのさ。という事は、だ」
「初めの患者は浄水によって一時的に症状を緩和させた。それはつまり、悪縁と言える呪術の影響を緩和させたということ」
誰も、心身の不調に作用したのだと信じて疑わなかった。しかし、身体になんの痕跡もないのだとしたら浄水は身体の何を浄化したというのか。勿論肥満、睡眠不足、うつなどあらゆるものに効果はあったのだろうが苦しみの緩和はそれらを浄化したところでなんの効果があるというのか。
つまるところ、つまるところ、身体では無い何かに作用したのだ。
最も、あれ以降浄水は俗物が聖人に思えるほどに高騰した。それでどうして神を信じられるというのか、がその時のテヴァの言葉だ。
「頭の良すぎる生徒は少し黙っていて欲しいんだけどねぇ。でも、そういうことさね。そして、呪術とは両者の関係がなくては効果がない。さて、模範的な生徒たるスフィナや、今起きている現象、これを解決するにはどうすれば良いと、思うかねぇ?」
「えっと……呪術をかけている側を消す、とかですか?」
にんまりとテヴァが笑みを浮かべる。
「大正解。かけている側さえけしてしまえば縁が結ばれることは無いし、縁が結ばれないことには呪術は成立しない」
「ただ、問題は誰が実行しているのか、ですか」
「そうだね」とテヴァは頷く。
「ほかの問題もある。もし相手が人間なら、相当の使い手さ。何せ、ここ近辺の街に呪術を蔓延らせ、何百人もを呪殺している。さっきも言ったけどね、呪術は代償と対価さ。どれだけの代償を支払っているのかねぇ……果たして消す、殺すが出来るような相手なのかも分からない。流石に組織絡みの実行と考えたいけどねぇ。じゃないと、向こうは何百人を殺して有り余る余力を残しているということになってしまう。化け物も化け物さ」
これが計画的な行為であるなら、なるほど、世紀の大犯罪となるだろう。組織絡みの実行と考えるなら、他国からの水面下的な侵略とも解釈できかねない。
「実行犯を炙り出すことは?」
「呪術にかかり、縁を結ぶことでできなくはないだろうけどね。一か八かの行動は勧めないよ」
たとえ相手がわかったとしても呪術にかかった不調の身体でどれだけ行動できるか。そもそも組織絡みであるなら、首謀者に会うことも出来ずに終わることもある。
そして、第一にグウェンはただの一般市民であり、身体を賭して阻止する義務は何も無い。
「で、あるならば、代官宛にでも情報提供をするか……」
「それがいいだろうね、とは言いたいけど……間違いなく目立つことになるだろうね」
テヴァの言いたいことは、そのような情報提供をして、一体誰がそのことを思いついたのか、と問いただされる可能性だ。そこでテヴァのことを話せば、今度は彼女は誰だ、と出処を疑われる。そんなどこともしらぬ幼子の戯言など聞かぬというならそこまでで追及は終わるかもしれないがそれはそれで解決が遅れてしまう。
「……面倒だな。秘密を抱えるというのは」
「かかっ、そんなもの、ずっと前から抱えてきただろうにねぇ。ま、匿名で投函する、その辺の顕術師にそれとなく伝える、色々とやりようはあるさ。進展があった分良しとしようじゃあないか」
「……そうですね」とグウェンは頷いた。
その通りだ。なんでもない一商店が気づけたことは非常に大手柄だ。無論テヴァの力無くては決して気づかなかったことでもあるが、こうして今は情報を共有できている現状、間違いなく解決には近づいている。
一先ずの方向性も決まった。
それならば次はどうやって伝えるかだ。そのことについて論じ始めようとした時だ。
ギィ、と店の扉がゆっくりと開く。
そこから姿を現したのはチトだ。しかし、赤髪や服は土に汚れており、所々に包帯も巻かれている。危険な依頼をこなしてきたのかもしれない。
アマネの様子を見に来たのだろうがその前にしっかり手当を、それと体も綺麗にした方がいい、口を開こうとしたところで、グウェンはチトの様子がおかしいことに気付く。
口元は布で覆っている。だからこそ目に視線が行きやすい。そして、その目はどこか虚ろというか、苦しそうであった。
歩き出そうとしたチト。その一歩目を踏み出したところでガタンと膝をつき倒れ込んだ。
「チト様!」
スフィナがただちに体を起こし、容態を確認する。
「熱は出ていません。ですが腕の筋肉が痙攣しているようです。意識も朦朧としています」
「……呪術か」
チトを身内と含めて良いかは不明だが、少なくとも店に出入りする者がかかってしまった。
つまりーー
「私達も、あまり時間がないか」
そういうことだ。




