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時間の進展

「予想していた状況になった」


 ある日の集会帰り、店に戻ったグウェンは早速とばかりに口火を切った。


「予想していた、というと……例の病のことでしょうか?」

「ああ。とうとう感染者がでたらしい。感染者は街の出入りが制限される前に街に戻ってきたそうだ。つまり、1カ月程度の潜伏期間を経て症状が現れるらしい」

「なるほどねぇ。即座に効果がでないとなると、体の中で成長していくのかもしれないね。で、薬は? 勿論既存のものは試したんだろう?」

「ええ。しかし、特別効果はなかったようです」


 一体、この街初めての患者に対しどれほどの薬がいっぺんに使われたかは不明だ。

 ただ、患者が薬の副作用で吐いてしまう程には投薬されたらしい。患者にとってはとんでもない悪夢だろう。


「ただ……」

「なんだい?」

「妙なことに、浄水を患者に呑ませたところ、一時的にですが症状が緩和されたようです」


 その言葉にはテヴァは「浄水?」と眉をひそめた。


「教会様の専売商品じゃあないかい。なんでそんなものを使おうと思ったんだい?」

「教会の信者が居合わせていたようで。苦しむ姿にいてもたってもいられず飲ませてみたらたまたま効果が出たと」


「ふうん」とテヴァはつまらなさそうに答える。


「よくわからないね。浄水っていうのは大層なことをいっても所詮は【祓い】の咳式を染み込ませた水に過ぎない。心身が調うことで少しは気が晴れる心地がしても、器質的に存在する病には効果を示さないだろうに」

「浄水の効果など初めてききましたよ……あなたはさも当然のように恐ろしいことを仰いますね」


 教会の技術は教会に属する者のみが扱うことができる神の御業の代行手段。それが世界における教会の技術の評価だ。その原理を知っている者はかぎられているし、不用意に詮索しようものなら神の力の簒奪を目論む者として異端審問にあう可能性もある。そのため、普通の人間ならばそういうものとして処理しておかなければならないものだ。しかし、この幼子の姿をした老婆は当然のように知っていて、惜しむこともせず話す。


「昔の好奇心の名残さ。しかし、そうかい、浄水が効果があるのかい。ふむ……」


 と、テヴァは考え込むように俯いた。


「ご主人様。現在でも食糧事情は芳しくありません。集会でも取りざたされたと思うのですが、どうでしたか?」

「そちらもあまり良い報せがない。恐らくこれから感染者は一気に増えていくだろう。そうなると余計に店を閉める者も増えるし外出も難しくなる。そして外部からの通商は細くなっている一方だ。流石に状況を鑑みて王都の方に使いをだすことにはなったが王都が状況を理解し支援を送ってくれるのはどれほど先のことになるのだろうな……」

「そう、なのですね……もしこのまま食糧の高騰がとまらなくなると、数カ月もしないうちに店の貯えもなくなってしまうかもしれません」

「だろうな。最近の物価高騰はさすがに異常だ。病の死者より餓死者の方が多いという皮肉になったら、当事者からすると笑えないな」


 実際、既に何十人もの餓死者が発生している。食糧を求めて店前で訴え続け、そのまま餓死してしまったケースもあり、一時期阿鼻叫喚の図であると町中をざわめかせた。


「薬さえできれば解決できるだろうに、生憎と薬師組合でも進捗は芳しくない。食糧事情については私たちでも考えていかなくてはいけないのかもしれないな」

「一応、厩の傍に簡単な畑をつくり、野菜の芯や種を植えて栽培を試みています。ささやかな量だとは思いますが、少しは足しになると思います」


 流石はスフィナだ。言われるまでもなく実行に移している。


「ありがとう。この際庭はすべて畑にしてもらっても構わない。成長の早い野菜を続けて植えてみてほしい」

「かしこまりました」


 そこでテヴァが再度「ふむ」と声を漏らした。


「少し試してみたいことができたよ。わしは部屋に戻るから夕餉になったら呼んでおくれ」


 そうしてテヴァはとてとて、と姿を消した。


「あとは、テヴァさんの活躍にも期待したいところだな。知識量はこの街の誰よりも達者だ。その叡智がうまい具合にはまれば、状況を打破する鍵を作り出してくれるかもしれない」

「そのためには、少しでも情報を集めてこなくてはいけませんね」

「ああ。しかし、スフィナ。君はしばらくは外に出ない方がいい。今は一層感染のリスクが高い。あまり出歩かせるのは心配だ。情報収集は私がしよう。だから――」


「いえ、ご主人様」とスフィナはグウェンの言葉をさえぎる。


「わたしは大丈夫です。たとえ病で倒れたとしても、死んでしまうことになっても……ご主人様のお役に少しでもたてるのであれば本望です」

「いや、それは――」

「それに、たとえわたしの身に何かがあったとしても、ご主人様とテヴァ様がいらっしゃれば治してくださる、生き返らせてくださります。そして、わたしはそうしていただけることを信じております。だからこそ、わたしにお手伝いさせてほしいのです。ご主人様とテヴァ様。どちらかの身になにかあったら、それこそ取り返しのつかないことになってしまいますから」


 スフィナの言うことは実に合理的だ。確かにグウェンとテヴァがいれば、スフィナが病に侵されようと、結果死する結果になったとしても、蘇生することはできるだろう。しかし、グウェンとテヴァ、どちらかが病にかかったらそれもできなくなる。故に、と。

 しかしその提案は自身の身を顧みない玉砕の考えだ。スフィナを大切に思うグウェンとして喜ばしくない考えだ。

 それでもスフィナはグウェンを信じているのだという。だというならば、スフィナが外にでるのを禁じることはスフィナの信じる結果をもたらすことができないといってしまうようなもの。果たしてスフィナがそのような考えで先の言葉を言ったのかは不明だが、そう捉えてしまった以上、グウェンの返す言葉は決められてしまっていた。


「……わかった。しかし、布はしっかり巻いて、できるだけ相手とは距離を開けるように。いいな?」


「はい」とスフィナは朗らかな笑みを返した。


 ・

 ・


 街の感染者が100人を超えたらしい。

 餓死者も総じれば何百人という数字になる。

 期待していた訳では無いがそれでももうそろそろ薬ができるのではないかという思いはあったようだ。未だに変わらない現状にグウェンは深く息をつく。

 幸いまだ身内に罹患者はいない。しかし、このままでは時間の問題だ。

 商人の何人かも罹患してしまっており、集会は中止されている。潜伏期間はひと月。果たして自分は大丈夫なのかどうかと戦々恐々と過ごさなければいけないのが現状だ。

 グウェン自身言われてみれば体調が悪いような感じもしなくも無い。とはいえここ最近はしっかりと栄養を取れていないし、思い込みの面も強いのだろう。


「弱ったな……」


 いくら死体を修復する技術があったとしても病には対抗できない。

 今は生活する人数も増え、食費も馬鹿にならない額だ。

 グウェンもただ待つのを良しとする人では無い。あれこれと対策を立てようと試行錯誤してきた。伝手を頼っての食糧調達、徹底した情報収集。できることなどたかが知れるができることはしているつもりだ。

 ただ、それも限界を迎えそうになっている。

 他の街に移ることも考えたが、集めた情報では近くの街はどこも似たような状況なのだそうだ。

 むしろ一度街をでると帰ることは至難となってしまう。当然だ。誰が感染者の可能性のある人間を街に入れたがるのか。どこの街でも受け入れが出来なかったら野生蔓延る地で野宿をしていかなくてはいけない。流石のグウェンとて長期の野宿はできない。体力尽きて獣か魁魔の餌だ。


「弱ったな……」


 出来ることがあるならしている。出来ることがもうないからこその言葉の漏れ。

 そんな折に地下からテヴァが姿を現した。


「お前さん、ちょっと付き添ってもらえるかい」

「えぇ、しかしどこに?」

「治験場さ」


 治験場とは医師と薬師によって急遽設営された野戦病院のようなものだ。普段の病院では病床数が足りなくなって広げざるを得なくなったとも言える。広場の一画が使用されており日夜手がかりを掴むために様々な投薬治療や死者の剖検が行われている。


「治験場?しかし……あそこはかなり感染率も高い場所でしょう。何故にあの場所へ行くのです?」

「そりゃあ気になることがあるからに決まっているだろう?少なくともサンプルをこの目で見ればわしの仮説が正しいのかも立証できる。そうなれば、解決もあと一歩さ」


 その言葉にグウェンは息を飲む。

 解決。何と魅惑的な言葉だろうか。


「わかりました。ただ、私は必要なのですか?」

「見張りさね。まさか医療関係者でもない輩が堂々と死者の前に立てると思うかい?」

「ああ、そういうことですか……納得です。それではすぐに準備します」


 そうして地下でお気に入りとアマネの世話をしているスフィナに外出の旨を告げて2人は外に出る。

 しばらく歩くことで感じる異常さとしては、人通りがまるでないこと。人の気配などどこにもないひっそりした雰囲気だ。いや、息を潜めているとでも言った方が正しいだろうか。いずれにしてもこの街には2人しかいないのではないだろうかと錯覚させられる。


「これだけ人がいないなら真昼の道中でおっぱじめてもバレないんじゃあないかねぇ」

「馬鹿なことは言わないでください。流石に声と音で気づかれるでしょう」

「ま、気づいたところで様子を見にくるやつらはいないだろうさぁ」


「どうだい?」と左手で輪っかを作り、人差し指を出し入れするテヴァに「冗談は程々に」とグウェンは前を向いた。テヴァの言葉が冗談であるのは分かっているが、冗談だからとうっかり同意してしまえばそのまま喰われそうな雰囲気も感じたのだ。

 やがて広場が布で仕切られた治験場がみえてくる。


「死者の安置所はこっちだね」

「……そうですね」

「おや、よくわかったね?」

「死体の臭いは嗅ぎ慣れているので」


 よく知る死体の臭い。それは間違いなくテヴァの進む方向から香っていた。

 そっと仕切りを動かせば最低限整えられた安置所が姿を現す。等間隔に並んだ死体はその幾人かが中身を出されている。冬が近づいているとはいえ、日中はまだ気温も高い。殆どの死体はすっかり腐っていた。


「保存状態は最悪ですが、問題ありませんか?」

「ああ、問題ないね。痕跡が見つかるかどうかさえ分かればいいからね。それじゃあ人が来ないか見張っていてくれるかい?」


 グウェンは頷き周りに注意を巡らす。その間にテヴァは死体の前でしゃがみ込むと手袋をつけた手で死体をまさぐり始めた。

 グウェンも注意するだけでは暇なため、軽く女性の死体に目を向ける。顔の判別がつかないものも多いが、中には生前中々味わい深そうな顔を想起させる者もいた。叶うことなら一人くらい持ち帰りたいところだが、乱雑に置かれているならまだしも、こうも等間隔に置かれるとバレてしまうだろう。

 ……ああ、勿体ない。


「——またか」

「えぇ、今日で何人目でしょうか」

「さぁな。もう数えることすらできなくなったよ」


 仕切りの向こうから医師と看護師と思われる声が聞こえてくる。


「テヴァさん」

「ああ、わかったよ。サンプルも見られた。確認したいことも確認できた。一旦引こうかね」


 そうしてすぐさま2人は姿を消した。

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