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秘密を守れるというならば

「さて、と」


 目の前には遺骨が寝かされている。

 これから遺骨を隠すわけだが、今回は場所を変更することにした。

 いつもであれば、荷物の多さを囮に、荷車の床裏に括りつけて逃れていたのだが、そろそろこのやり方も危ないと思っていた。何せしゃがんでしまえばみつかってしまう。コツとしては衛兵に土産を渡したり、確認するのも面倒になるようなものを率先して確認させたりなど、衛兵を懐柔する方法でやりくりしていた。

 しかし、今回。なんと新たな隠し場所をみつけたのだ。

 それが御者台の中。御者が座れるようにと四角い台があるのだが、当然その中は空間がある。取り外しも難しくなく、かといって確認しようと思えば面倒と思わせることができるような場所。念のため小さな空間を作り、そこにこれみよがしに貨幣を積んでおけば金庫と誤認してくれるだろう。これで、2人くらいは入れることができる隠し場所の完成だ。

 これまでは馬車なども借りものであったため改造などできなかったが、これはテヴァのもの。そして、とうのテヴァが許可をだしているためなんの遠慮もいらない。

 作業が完了すると傍にテヴァが近寄ってきた。


「終わったかい?」

「ええ。万事なく」


 テヴァは遺骨をみるとまた情緒が不安定になるということから、遺骨を隠すまではスフィナと共に野営の片づけをしていた。


「そちらは?」

「優秀な従業員が手早くやってくれたよ」

「……テヴァさん、なにか手伝いました?」

「応援していたさ」


 この旅路で分かったことだが、テヴァは楽できるところは楽しようとする癖があるらしい。

 協力者という関係ではあるが、すべてをスフィナに押し付けるのは負担だろう。時間があるときにでもテヴァにも指示をだしていいいように言い含めておこうとグウェンはひとり頷いた。


「そういえば、新しい魂はみつけられましたか? あの状態であったのを考えると……」

「いや、どうにか確認はしてるよ。けどね、特にわしが気に入るようなものはなかったよ」

「……ちなみに――」


 グウェンがきこうとして、それを察したテヴァが「いないよ」と言う。


「この娘の魂も、あの娘の魂もどこにもなかった。そりゃそうさ。心残りはあったって、満足できる最期だったんだからね。きっと2人仲良く天に昇っていったろうさ」


 そして、ジト目でグウェンをねめつける。


「……お前さんのせいでまた思い出してしまったじゃあないか。わしがお前さんから離れた意味がないんじゃあないかねぇ」

「それは申し訳ないと思っていますが……折角離れたのなら、スフィナを手伝ってあげてください」


 ……そそくさとテヴァが離れていった。


 ・

 ・


 数日経った。

 今日は交通量が少なく、ほとんどすれ違うことがない。


「……あの少女とはまた会うことになるのだろうか」


 ここ数日は色欲の気分には誰もなっていないため、この馬を走らせるだけの時間は退屈のひとこと。

 退屈であればひとりごとのひとつもでてくる。もっとも、他の暇人もここぞとばかりに会話に参加する。


「さてねぇ。再会するにしても街から近いところで、じゃあないかね」

「チト様、ですね。そういえば、どのように街に入るおつもりなのでしょうか」


 スフィナが危惧したのは、恐らく街の関所にて箱の中身を問われた時のことだろう。


「私のように修復するためでもないんだ。おかしな頭の娘とは思われるだろうが、止められることはないだろうな」


 実際エーテアの街には入れていた。なら大丈夫だろう。

 そうして、他愛もない話で時間を潰す。

 やがて、空が黄昏に近づいてきたとき。ぼうっとテヴァとスフィナの体温を感じながら馬を走らせているとき。


「……ご主人様」


 スフィナが声を上げる。グウェンも把握していた。

 道の先から声が聞こえてきた。悲鳴のような、しかし、ずっと続く声。

 それは、どうやら泣き声のようだった。

 誰かがずっと泣いている。馬を走らせていけば、遠くにうずくまる誰かがみえてきた。

 いや、誰かなど一瞬で把握した。あの燃えるような赤髪の少女は最近会ったばかりなのだから。

 やがて、現場に到着したグウェン達は――到着と同時に理解した。すでに全てが終わっていたことに。

 地面を見る。数人の男が体を両断され転がっており、内蔵や血が飛び散っている。

 事の元凶たる少女は箱からでろりと出ているそれの傍で崩れ落ちるように泣いていた。

 箱の外に出ているものは、やはり死体であった。その体の殆どが腐敗し、目は落窪み、肉は剥がれている。ハエがたかり、蛆がわき、ここからでも腐臭が届いているというのに傍らの少女は何を気にするでもなく悲鳴のような泣き声を上げ続けている。

 その死体が誰かなど、分からないはずがなかった。

 視線を外し、男たちを検分する。そして、グウェンは息をついた。


「……ああ、なるほど」


 そのうちの一つの顔を見て、この惨事の経緯を把握したのだ。

 この男は、いつぞや酒場で少女に殴られた男であった。

 つまり、だ。この男たちは少女のあとをつけていたのだろう。何故かというのは酒場の一見で知れている。箱の中の宝を盗みたかったのだろう。

 そうして少女を襲い、箱をこじ開けた。本当はその宝を持ってずらかる予定だったのかもしれない。しかし、中身が悪かった。その中身は決して少女が認めたくない光景であったから。

 現実を直視し、当たり前のように地面に落ちた妹をみて一体何を思ったのか。怒りか、悲しみか、罪悪感か、絶望か。

 いずれにしても、少女がその光景を見せつけてきた男たちを許すはずがなかった、いやなかったのだろう。結果、この惨事につながるといったところだろうか。男たちの体はたった一度の斬撃で分離してしまっていた。これが少女の仕業であるというなら、一体どれだけの膂力で剣を振るったのだろうか。

 少女、チトは喉を潰さんばかりの声をあげている。

 ああ、彼女が言っていたように箱は開けてはいけなかった。この姿の妹をみて、一体どうやってこれ以上自分を騙せるというのか。騙そうという気持ちになれるのか。今や、チトは自分を騙すことができなくなってしまった。目を開いては映る現実に何度も何度も胸を引き裂かれ、気が狂わんばかりに泣くことしかできなくなっていた。

 スフィナはかける声をが見つからないのか傍で立ちつくしている。短く伸びた手がその証左だった。


「……ねぇ、お前さん。この後はどうするつもりだい?」


 一種非現実な光景を眺めているとテヴァが静かに寄ってきた。


「……これで彼女を殺人で通告するのは酷でしょう。善悪についても転がっている彼らが悪だとわかりました。なら、せめてもの助力として隠蔽する予定ですよ」

「つまり、助けてはやらないんだね?」


 テヴァにしてはどこか強い口調のように感じた。


「……助けたいのですか?」

「まぁね。実験の材料があるのは良い事だよ」

「……珍しいですね。そこまで他人に親切な姿は初めてみましたよ」


 我ながら意地の悪いなきき方だったのかもしれない。グウェンがそう思うように、テヴァは言葉を噤んでしまった。言葉を探しているのか、視線をさまよわせ、しかし、結局言葉にするのを諦めたのか首をゆるゆると横に振った。

 ただ、流石のグウェンも予想はついていた。日は経っているとはいえ、テヴァは肉体の記憶に情緒を乱されていた。恐らくその余韻を感じているのだろう。貴族のお嬢様と愛し愛されていた侍女、そして仲睦まじかったであろう姉妹。今見ている光景はテヴァにはどのように映っているのか。

 グウェンは一旦言葉の裏を読み取ることをやめた。


「……ふむ。テヴァさんがなにかしらあの娘たちに関心があるのはわかりました。あなたは私の協力者とはいえ、したいことがあるというなら手伝えることは手伝っても良いとは思っています。……しかし、それでもやはり秘密の漏洩を懸念すると、難しいのですよ」


 そう、秘密の漏洩ばかりはどうしようもないのだ。そもそも、グウェンとて人助けは嫌いではない。助けて感謝されると嬉しいのは本当だ。特に、今回などは一体どれだけの感謝をもらえるのか。

 だとしても。だとしても、その相手が秘密をうっかり漏らしてしまう可能性はどこまでいっても捨てきれない。スフィナのように長年テヴァと共にいたのであればまだ信頼できる。しかし、初めて話したのがほんの数日という状況で、どうやって信じればいいのか。

 そんなグウェンの思いを「それなら問題ないよ。妹の方に確認をとったからね」とテヴァが一蹴した。見れば、テヴァの瞳が淡く輝いていた。


「妹に、ですか。ですが、そうはいっても魂だからといって嘘をつかないとは限らない。助かるためならその場限りの嘘をついてきたのが人間です」

「ああ、それが人間だろうね。けれど、人間はあらゆることに諦めがついたとき、素直になるものだよ。魂なんてその典型さ。生き返ることなんてないと分かっている、それでも諦められない、けれどその方法はいつまで経ってもわからない。どれだけ願っていても報われないのなら、やがてやけになってしまう。そういうことさ。だから魂はね、本音を語りやすいんだ」

「……その妹は死んで間もないはずですが」


 ならば、やけを起こすにはまだ早いのではないかというグウェンの裏の声。

「鋭いねぇ」とテヴァが曖昧に笑みを浮かべた。


「……その通りさ。今のはわしの現状精一杯の騙りさ。だから、あの娘の口の固さについてはわしを信頼しておくれ、としか言いようがないね。まぁ、難しいことはわかっているさ。わしも助けてやるのは賢明とは思っていない。今のわしは肉体の記憶にまだ引っ張られているからね。大丈夫、わしの声に耳を傾ける必要は――」

「なら、テヴァさんの信頼に賭けてみることにしましょうか」


 グウェンの言葉にテヴァがきょとんとした表情になる。


「いいのかい?」

「守ってくれなさそうなら処理するだけです。いつもと同じ、変わらない対応ですが、かまいませんね?」


 それが今回の線引き、妥協点。肉体の記憶に引っ張られているとはいえ、テヴァがほんの少しみせた悲しそうな顔はグウェンの思考を緩ませるのには十分だった。

 テヴァははにかむように笑みを浮かべ、「勿論さ」と言った。


「さて、と。どのように声をかけようか」


 グウェンのつぶやきにテヴァが「なら」と口を挟む。


「お前さんがいいと言ってくれたんだ。なら、勿論お前さんにも利が回るようにしなくちゃね。それはわしがどうにかしよう。だから、少しだけ手伝っておくれ」

「というと?」

「そうだね……うん、盛大に演じてくれればいいさ」


 何を、とは今更きくほどでもなかった。

 ただ、ぽんと助けるより、絶望を煽りに煽ってからの方が感謝の度合いは大きくなる。感謝の度合いが大きければ搾れるものだって。どうやって搾るかはテヴァの腕次第、と。

 グウェンは「なるほど」と肩を竦めると、ゆっくりとチトに近づいていく。腐臭が濃くなっていく。

 傍まで近寄ると、死体の劣化具合もよくわかる。少なくとも数カ月は経っている。なるほど、箱を開けたくなくなるのも納得できる。これでは少しの夢もみさせてはくれない。しかし、彼女は幸運なのだろう。何せこれからみることになるのは、夢より素敵な現実なのだから。

 そっと、チトの肩に手を置く。反撃はなかった。いや、そんな余裕もないのだろう。


「……チト」

「嫌や!」


 何かを言う前に拒絶が入る。


「嫌や嫌や嫌や! アマネが死んでるなんてききたくない! 諦めろなんてききたくない! 嘘や、こんなん嘘なんや!」

「いや、死んでいる」


 強く、そう断言すればばっと手が振り払われ、次の瞬間には、チトに胸倉を掴まれていた。


「死んでないったら死んでない! アマネが死んだなんて、絶対に――!」

「死んでいるさ、彼女は」


 現実を突きつけるように、もう一度。

 胸倉を掴まれ、なおも冷淡にそう言うグウェンにチトは再度崩れ落ちた。


「なんで……なんでや……なんでそないこと言うんや……なんで生きてる、言うてくれないんや……」


 顔を伏せ、一生分の涙を流さんばかりに流し、体を震わして。


「アマネが死んだら、死んだって認めたら、ウチは――」

「しかし、死んだだけだ」

「――えっ?」


 確かに、空白ができた。

 チトがグウェンを見つめている。


「ただ、死んだだけだろう? なら、生き返らせればいい」

「そん、なの、無理やって……人間が生き返るなんて、そんなの、あるわけないやんか……」

「ほう? 諦めろと言うなと叫んでいたのは君だったように思うが。なのに、今の君は諦めようとしているようにみえるが」

「諦められるわけ、ないやろ……でも、無理なものは無理や……教会だってできなかった。色んな土地を休まず巡ったのにかすりもせぇへんかった。アマネが死んだ言うたなら、あんたに死んだって認めさせられたら、もうどうやったって、生き返らせるなんて……」


 くしゃくしゃな泣き顔だ。捨てられた子供のような、寂しい目をしている。絶望し、途方に暮れ、何もかもを否定していて。

 ……ああ、時宜だろう。


「私は、その方法を知っている」


 チトが硬直した。いや、目だけが徐々に見開き始めている。次いで瞳が揺れる。息が止まり、体が震え始めている。

 希望の光が瞳に宿り、すぐに絶望に塗りたくられ、


「う――」

「もう一度言おう。私は、君の妹を生き返らせる術を知っている」


 口を開きかけたチトにかぶせるようにもう一度。

 刷り込む、希望を刷り込んでいく。

 チトのこの震えは、緊張だ。グウェンの言葉が真実であることを願う緊張。こんな奇跡のような話があるはずがない。この男が言っているのは安直な気休めの励ましで、本当に生き返らせることなんてできるはずがない。できるはずがないのに、願わずにはいられない。その結果の緊張がこれなのだろう。

 だから、安心させるために、さらに言って見せよう。


「君が妹を生き返らせたいというのなら、私は君にその術を教えることもできる」

「……嘘や、ないんか……?」


 チトの瞳が揺れた。希望と絶望の合間で揺れている。

 グウェンははっきりと頷く。

 そして、変わらずの表情で続けた。


「ただし、条件がある」

「じょう、けん」

「それは、秘密を守るということ」


 言い含めるように、ゆっくりと説明していく。


「人間が生き返るというのはありえないことだ。ありえないことであり、許されないこと。特に教会にとって神のみに許された権能を使う者がいたらどうするか、生き返ったものをみつけたらどうするか。教会だけではない、死者蘇生の手段を知りたい人間の耳に入ったら。想像できるだろう?」


 真剣な口調で、答えを示す。


「私には死よりも残酷な未来が待ち受け、君たちもまず死は免れ得ない。少しでも秘密が漏れれば、なにもかもが終わる。だから」


 チトはもう胸倉を掴んでいなかった。ただ、弱弱しく襟元を掴んでいるだけ。

 グウェンはそっと肩を掴んだ。


「だから、秘密を守ること。なにがあっても、どんな状況であっても。君がそれを約束できるというなら――私は、君を助けよう」


 一瞬。そう、問いと答えの間はたった一瞬だった。

 チトが、抱きついた。


「頼む……お願いや……! アマネを助けてくれ……! 秘密は絶対守る、絶対や。必要なことは何だってする。ウチにできる事ならなんだって、どんなことだって! だから……だから、お願い、します……」


 チトの体はまだ震えている。まだ信じ切れていないという震え。

 それでも。


「これから、信じていけばいい」


 掴みは上々といっていいだろう。

 交渉は成立。

 グウェンは締め付けられる体の痛みにはできるだけ気にしないようにし、チトが落ち着くのを待った。

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