死んだのではなく、傷ついているだけ
翌日、目を覚ますと秘部ににゅるにゅるとした温かい感触がする。
みれば、テヴァが咥えながら分厚い本を読んでいた。
「テヴァさん、朝からなに、を」
「ん? おお、起きたか。わしにはあれほど何もするなといっておきながら、帰ってみれば随分楽しんでいた様子だったからね。仕方ないから勝手に遊ばせてもらっているのさ」
一体どれだけの時間弄ばれていたのか。
確かに昨日はすべてを出し切ったわけではないが、それでも可笑しいほどに秘部が固くなっていた。
テヴァがグウェンのそれの上にまたがる。
「テヴァさん、それは――」
スフィナは横でまだ安らかに眠っているのをみて、かつ昨日のスフィナとのやりとりを思い出し、声をあげようとするが、テヴァの怪しい目が先を許さない。
「敷物が転がっているのをみて理解しているよ。汚れがどうとか音がどうとか言いたいんだろう? 安心おし。汚れも出ないし、動かずとも楽しめる方法を、わしは知っているからね」
その後、スフィナが起きると、やけに機嫌のいいテヴァとくたびれた様子のグウェンがいた。
不思議そうにしていたが、理由は言わなかった。
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2日目も仕入れの時間だ。木箱の中に修復に用いる素材を大量に購入し、荷車を木箱で埋めていく。その中のいくつかにはテヴァが買ってきた道具や素材も入っている。果たしてどうやってその体でこれだけの量を荷車に積んだのか。
他にも、メインとなる遺骨の発掘後、隠すための仕込みをしていく。例えば花。臭いがしないように。例えば動物の骨。衛兵には修復に使うものと説明するが、実際にはそれほどの価値はない。あえて紛らわしいものを加えることで注目させようというわけだ。更には得てして馬も手に入ってしまったものだから干し草であったり、木箱を埋めつくすような嵩のあるものであったり、木箱の中に大量の麻袋で小分けにした素材を入れていったり。これならば細かく探す気にもなれないだろう。
その日の夜は、物欲しそうな顔の2人を説得して、安泰に眠った。
3日目。
出立の日。
沼地からくる朝霧の中を馬車が走る。
スラム街に近い路地に一人の老人が座っていた。周りには木箱が何箱も積まれている。
老人の前で馬車を止めれば、老人が立ち上がった。
「どうも、ハイドさん」
「おう、んじゃ詰め込むか。……ガキどもは中か」
そう言ってハイドが幌を開けると、ぎっしりと詰まった荷物の合間で身を寄せ合っている2人がいた。
「……俺はお前が何を買ってようとどうでもいいが、にしたってガキどもがかわいそうじゃねぇか?」
「まさか、あなたに言われるとは思いませんでしたが、そうですね、私もひとりの癖のままにやってしまったとは思っています」
確かにかわいそうであるが、「まぁ、問題ありません」とグウェンが言う。
「どの道、街をでたら御者台に座ってもらうので、それまでは我慢してもらいます」
初めから御者台に乗せてしまうと、あらぬ疑いがかけられてしまうかもしれない。
テヴァがグウェンの視線を受け、「わしらはこれから奴隷として売られてしまうんだね、およよ」とスフィナに泣きついていたが、それは無視し「それでは一度でてください」と指示する。
その後は木箱を更に積み上げる。
ただでさえ狭い荷車が限界近くなる。揺れで倒れないようにロープで固定しているため、一種アスレチックのようになっている。
唯一のスペースにテヴァとスフィナを座らせ幌を閉じるころには、霧も晴れ、遠くでは街が新たな一日の始まりを告げる活気が聞こえてきた。
「ありがとうございました」
「ああ。言う必要もねぇだろうが、慎重に走れよ? 割れても俺は責任は負えん。それと、馬を労われ。こんなに荷物がありゃあ馬も苦労するだろう」
「ええ。帰りはゆっくり行くことにします」
ハイドの忠告に耳を傾け、御者台に乗った馬車はゆっくりと走り出した。
関所では衛兵に荷物の多さを呆れられていたが、問題なく通過することができた。
そうして少しすれば、木箱の上手に渡りついでテヴァとスフィナが御者台に座った。行きと同じ格好だ。
「しっかし、わざわざわしらをあのような狭いところに詰めなくてもよかったんじゃないかねぇ」
「それだと面倒な疑いがかけられるかもしれないので」
「別に、お前さんにひっつかなくても、わしがスフィナの膝の上に乗ればよかったんじゃないかい?」
そういわれて、「あー……」とグウェンがなんともいえない声をだす。まったくもってその通りであったからだ。
「……そう、ですね。なぜか、思いつきませんでした」
「なんだい、てっきりもっと意味でもあると思って我慢していたのに、詰められ損じゃないかい」
そうは言いつつも、テヴァはにやにやと笑みを浮かべていた。
現在馬車は街から街をつなぐ道をゆっくりと進んでいる。もともと帰りは1週間ほどを予定していたが、この分では倍は旅程を計算した方がいいだろう。
「そういえば、ご主人様。今後のご予定って……」
「ああ。寄り道をすることになる。途中、近くに山があったのは覚えているか?」
「ございました。あちらからいけたのですね」
一見すれば何でもない森の先に続く小さな山々。何も特徴がないため、ここを通る人々の多くは霊園があることすら知らないだろう。
しかし、かつてはここ一帯を治めていたオリウス家の墓が密集する霊園がそこにある。
「ちなみに、今回はどんな娘をさらってくるんだい?」
「さらってくるとは人聞きが悪いですね。もう誰も気にかけない体なんです。石ころに何をしても誰も何も言わないように、遺骨を拾うだけです。今回は、オリウス家8代目当主の娘、つまりテヴァさんの体のもとの持ち主専属の侍女であった娘です」
ぴくりと、膝の上のテヴァが反応した。
「どうしました?」
「……いや、なんでもないよ」
テヴァが言い淀むとは珍しいことだった。
視線をテヴァに向けると、テヴァはパンと手を叩き、明るい口調で言う。
「さて、到着まではまだまだかかるんだろう?」
「ええ、この速度なら、2日3日程度はかかるでしょう」
「なら、今は寝ておこうかねぇ」
そう言うと、テヴァはグウェンに完全に寄りかかり、目を閉じた。
スフィナと目を合わせる。彼女も少し違和感を感じているようだった。
いつもはこのようなことは言わない。何かを取り繕っているかのような露骨な言動。
何か思うところがあるのかとも思うが、それを直接的にきくのも良いのか少し怪しい。
まぁ。その時がくれば教えてくれるだろう、とグウェンは思考をやめ、馬の運転に集中することにした。
遥か遠くの空は黒色の雲で覆われていた。
・
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街を出て1日経った。ここまでは何事もない、特筆すべき点のない旅路であった。
面倒ごとの香り、とでも言おうか。
街と街をつなぐ道だ。時折、人や馬車とすれ違う程度に交通量はある。だからこそ、人に出会うこと自体は何も可笑しいことではない。
しかし。
「ご主人様」
スフィナがふと呼びかける。グウェンも視認していた。
遠くに誰かが倒れている。道の真ん中ではなく、道端の草むらであるあたり、理性をもってあそこに倒れたと考えるべきだろう。命はまだあるかもしれない。
傍には四角く、それなりの大きさのある肩掛けのできる箱が転がっていた。その人物は、箱を抱きしめるかのようにして横向きに倒れていた。
寝ているだけだったら、放置すればいいだけだが……
馬車を傍にとめる。そこまで近づけば、この倒れている人物、いや少女に見覚えがあることに気づく。
「彼女は、酒場にいた」
引き締まりつつもどこか色気のある体、やや褐色の肌。そして、箱。
該当するのは酒場で男たちを殴り倒していたあの少女。
スフィナが即座に御者台から降り、少女の容態を確認する。かなり手慣た様子で少女を確認したスフィナはややあってから「生きてます」と報告してくれる。
グウェンとテヴァも少女のもとに行き、しゃがみこんで顔をみる。
「生きてはいます。ただ、顔色は悪く、脈も早いです。気を失っているのですが、恐らく気絶なのではないかと」
「……隈がひどいな」
少女は明らかにくたびれていた。体の筋肉に比べ、頬はやせこけ、脂汗を滲ませている。足を見れば、張っており、長い間歩き続けていたことがうかがえる。
「……休まず歩いて、ここで力尽きて気絶するように寝た、というところか」
「はい、恐らく」
グウェンのつぶやきにスフィナが同意する。
ただ、命に別状がなかったのは良かった。
特別他人の命に敏感なわけではないが、商人には怪我人、死体を見つけた時の救命義務、通告義務が課せられている。そのため、もしこの少女が死んでいるようであれば、グウェンはその死体を街まで届ける必要があった。勿論無視することもできなくはないが、万一見過ごしていたことがばれてしまえば、かなりの罰則を受けることになる。その面倒がなかったことへの良かった。
……もっとも、新しいお気に入りにしてしまう、というのも手ではあったのだが。なにせ、こういったタイプの女性はまだ抱いたことがないから。
生きてはいるため、お気に入りに追加することはできないし、通告義務はなくても救命義務は生じている。手間はあるが、真っ当な商人として見過ごすわけにはいかない。
敷物を用意し、その上に少女を寝かせる。そのほかの看護はスフィナに任せ、グウェンとテヴァは野営の準備に入る。
その際、それとなくスフィナの手先を確認するが、やはり場慣れしている動きだった。侍女の世話をしていたと言っていたし、そこでの経験が生きているのだろうか。
「さて、これも邪魔にならないところに動かすか」
少女が大切にしていた箱。
一体何が入っているのか、グウェンとしても少し気になるところはあったが、あの中年男たちのように下手なことをして後々殴られでもしたら堪ったものではないため、グウェンは箱を移動するに留める。
しかし。
「……?」
その重さがどこか可笑しかった。
いや、慣れた重さとでも言おうか。最近はあまり感じていないが、テヴァに会うまでには幾度も体験していた重さ。
そして、箱で密閉していたとしても、隙間から香る――腐臭。
「……ああ」
時に、経験は何よりも理解を提供してくれる。
・
・
夜。
火を囲み、他愛ない話をしていると、少女が身動きした。
不明瞭なうめき声を漏らした少女はゆっくりとおきあがると、光のない目であたりを見渡す。
箱を確認し、そしてグウェンたちの姿を認めると、途端目を見開き、次の瞬間にはすごい勢いで箱の傍に立ち、威嚇するように敵意を向けてきた。
「誰や、あんたら!」
予想できた動きだった。
グウェンはあくまでも冷静に、少女が寝ていた敷物を指す。
「まずは確認してほしい。君は先程までそこの敷物で眠っていた。そして私たちは倒れている君をみつけた。さらにいえば、君のためにここに留まることになった。これで理解してもらえると助かるんだが」
「…………」
「それと、その箱は移動はしたが、誓って中は見ていない」
冷静な対応に少女も視界の狭さが取れたのか、今一度あたりを確認した。
何重にも重ねられた敷物、傍に置かれた水筒。火を囲む男がひとりと少女が2人。少女の敵意に動揺しない姿勢。
「……この箱を奪いに来たやつやないんか?」
「冷静になってもらえたようでなにより。私たちは商人だ。クレイムに戻る旅路で倒れている君を見つけた。救命義務に従って、君が目を覚ますまでこうして経過をみていたわけだ」
端的に説明すると、ようやく少女は敵意を解いた。
「そう、か。……なんや、すまんかったな。勘違いしてたわ」
おや、と思う。
もっと感情的な性格かと思っていたが、意外と律儀なところがある。
「世話になっておいてあれなんやけど、ウチ、お礼できるものがなくて」
「いや、必要ない。私たちも君をたかるつもりで助けたわけではない」
そう言うと、少女はほんの少しだけ相好を崩して「そうか」と言った。
「そんならありがとな。せめてお礼だけはいわせてくれや。んじゃ――」
「待った。まさか、これから出発するつもりなのか?」
箱を背負おうとした少女を止める。
あたりはもう暗くなっている。いくら少女の腕に覚えがあったとしても、その体調で夜の道を歩くのは危険に過ぎる。
しかし、少女は首を横に振った。
「ウチには時間がないんや。だから――」
「とはいうが、それで君が野垂れ死んだら、その焦りの意味もなくなるんじゃないのか。どうして時間がないのかはわからない。しかし、ここで無理をして進むのと、一旦しっかりと休んでから進むのではどちらの方が早いのだろうな」
グウェンとしても折角助けた命。わざわざ少女のために半日を潰したというのに、翌日死体で見つかってもらってはこの時間に意味がなくなるし、二度手間になってしまう。だからこそ、止める。
感情的にいえば恐らく反発されたかもしれない。しかし、あくまで淡々と口にしたことで少女の魂まで言葉が届いたようだ。
多少の沈黙のあと、「……そうやな」という同意が返ってくる。
「時間はないけど、ウチが死んだら意味がない……ウチが生きてないと意味がないんや」
「なら、今日のところは私たちと共に休もう。こっちに来て火を囲もう。食事も用意している」
「なんや、そんなことまでしてくれてたんか……。あんたら、いいんか? ウチがいて」
「いてくれないと、折角食事を作ってくれたスフィナが悲しむ」
そう言ってスフィナを見れば、はにかむような笑みを見せた。
「はい。お口に合うかわからないのですが、よろしければ是非ご一緒くださいませんか?」
優しい声音。それが決め手だったのだろう、少女が箱を背負い、ゆらゆらと近寄ると、箱を置き、傍に自分も座った。
すかさずスフィナが動き、少女に食事を与える。といっても、こうしたところで作れるものなど限られている。干し肉に、乾燥野菜や芋を使ったスープ、そしてパン。
その日暮らしもやっとな狩人が干し肉一つで生をつなぐこともままある中で、これは豪華な部類に入るだろう。
「……こうやって、旅の中で温かいもん食うの、いつ振りなんやろな」
少女がぼそりとつぶやく。
「今日は少し冷え込みますから。体を暖めてくださいね」
寄り添うようにスフィナが言うと、少女がスフィナをみつめた。
そして、不意に涙を流し始めた。本当に突然だったのだろう、「あれ、なんでウチ」とごしごしと目を擦る。それでも涙が止まらない。
「きっと、色々と大変だったのでしょう。寝ずにここまで歩いてこられて、お疲れになっていたのでしょう?」
「ちが、違う、アマネ、じゃない、嬢ちゃん、違くて、ウチ、あんたをなんでか、間違って――」
途切れ途切れの声も、やがて嗚咽に紛れて消えてしまう。
情緒を乱す要因はありすぎて、少女の涙も予想できてしまっていたことだった。
目の隈、歩き続けたこと、箱。
泣きじゃくる少女の傍でそっとスフィナは何を言うでもなく見守っている。
やがて、スープが冷めきったころに少女は落ち着いた。少し居心地が悪そうにしている。
食事も食べ終えたところで少女を除いた3人で見張りの順番について話し合っていると、徐に少女が話しかけてきた。
「……なぁ、あんたら。どうして何にもきかないんや?」
「きいてもよかったのか?」
逆にききかえすと「いや……」と言い淀む。
「ただ、収まりが悪いんや。なんで急いでいるのかとか、箱の中身は何なのかとか、気になることぎょうさんあるだろに」
聞きたいことは、あった。その箱を持ち上げるまでは、酒場での二の舞を警戒して開けていなかったが、今はもうそれほど。
少なくとも、明るい話ではないことは明白であった。
2人をみれば、スフィナは「きけば、傷つけてしまうのではないかと思ってしまって」、テヴァは「わしは別にねぇ」とだけ言う。興味がなさそうな物言いであるが……焚火の明かりで少しわかりにくいが、目が淡く光っている。少女ではない誰かに真実をきいたのだろう。
きかれないことで警戒がさらに緩んだのか、少女がこんなことを尋ねた。
「なぁ、どんな傷でも治す方法って知ってるか?」
スフィナが目を見開く。どうやら、気づいたようだ。
「それはまた。生憎と知らないな。知っていたら私は今頃一攫千金を狙っている」
人を生き返らせることなら、できてしまう、しかし、傷の治療に関しては専門外だ。……医術としての、という言葉はつくが。
……ただ、少女のその発言がオブラートに包んだうえでの発言であろうことは想像がついた。なにせ、テヴァが誰かの魂をみているのだから。まさか今、まるで関係ない魂を見つめているとは考えられない。
「なら、知ってそうな人に心当たりはないか? どんな些細なことでもいいんや」
「……ふむ。いや、残念ながら思い浮かばないな」
一応2人にも視線を送ってみるが、予定調和のごとく、首を横に振る。
少女が光のない目を伏せた。
「……そう、か」
「ただ、傷の治療というなら、教会が一番の癒しの術を持っているときく。どれほどの傷までなら対応できるのかは定かではないが」
教会が生き返りの術を持っているはずがない。神にしか許されない、死者の蘇生など。それをわかっていながらグウェンはなけなしの情報を提供する。
「ただ、箱の中のものをみて、教会が肯定的な意見をくれるとも思っていないが」
「!? みてない、いうてなかったか?」
「その箱の重さと、隙間からの臭いで凡その見当はつく。そこに誰がいるのかはきかないが、大切な人であるのなら獣に荒らされないようにもう少し丁寧に守ってやった方がいい」
「……そうか。なんや、気にならないやなくて、もう知っとったんやな」
踏み込みすぎたかと思ったが、少女の反応は穏やかだった。
「……アマネ、言うんや。ウチの妹。一個下でな、ウチと違って礼儀正しい良い子なんや。顕術っちゅう技術を持ってる子でな、すっごい優秀なんや」
優しい声が一転して、暗くなる。
「……目を、離してしまったんや。一瞬、たった一瞬。それで、アマネは魁魔に傷つけられてしまった」
「それで……」
納得したようにスフィナがこぼす。
そちらに少女は一瞬目を向けてから、また伏せる。
「別に、死んだわけやない。ちょっと大けが負って、毒でもあったんやろうな、今は眠ってるだけや。臭いは、全然体拭けてないからなぁ。きっとそのせいや。外の空気に晒しすぎると、傷に響いてしまうかもしれんから全然だせなくてな」
これもまた、死を隠すためのオブラートな発言だろう。
「教会にはな、もう泣きついたんや。でも、あいつら、アマネを死んでいるだとか、埋葬しなくちゃいけないとか散々出鱈目言ってな」
「……?」
しかし、そこでグウェンは違和感を感じた。
オブラートに包んだ発言ではなかったのか?
「アマネが死んだなんて、そんなわけないねん。ちょっと魁魔の爪に引っ掻かれたくらいで、死ぬなんてない。だって、アマネが死んだ言うたら、生き返らせなならんやん。ウチだって、人を生き返らせることが難しいことくらい理解してる。でも、アマネは違う。怪我をして、その毒でちょっと眠ってるだけ。傷さえ治せばアマネはまた元気になるんや。だから――」
声が、震えていた。
無理に笑みを作って穏やかに言おうと努力している。
これは、オブラートに包んだ発言などではない。自分に言い聞かせようとしているのだ。
死んだことを認められない。傷を負ったことにすればまだ希望が持てる。箱の中身を見ようとしないのは、みれば現実に直面してしまうから。
だから、先程から少女は妹の死を否定し続けているのだろう。
「……そうか。なら、早く治るといいな」
ならば、わざわざ現実を突きつける必要もない。
それで理性を保っていられるなら、その方が少女にとっては楽だろう。
「ありがとうな。もし、アマネが元気になったらあんたらに挨拶しに行きたいわ」
「私はこの先のクレイムで店を営んでいる。それなりに街の人とも付き合いはあるから、修復師のグウェンと言えば、私の店を教えてくれるはずだ」
「グウェン、グウェンな。わかった。そういや、自己紹介もしてなかったな。ウチはチトいうんや。よろしゅうな」
「ああ。それで、こっちが従業員のスフィナに、こっちが店に協力しているテヴァさんだ」
「よろしゅうな。それに、助けてくれてありがとうな」
スフィナはチトの心情を汲み取り、意図的に穏やかな笑みで一礼し、テヴァは手を挙げて応えた。
「……そういや、えらい別嬪さんばかりやなあ。ウチのアマネも負けておらんけど。そこのテヴァっちゅう嬢ちゃんとかは旅に連れてって大丈夫なんか? その、体力とか」
「馬車があるからな。歩くよりはずっと負担は少ない」
ちらりと馬車に目を向ける。
「馬車……」とチトがつぶやく。
「……なぁ、あんたら、確かクレイムに戻るいうてたよな。助けてもらったお礼もできてないウチが無茶言ってるのはわかる。わかるんやけど、街までウチらを乗せてもらうことはできんか?」
なるほど、確かに歩くよりはよほど早く着くことができるだろう。
これが通常であればグウェンとしてもうなずいていたかもしれない。しかし、今回はタイミングが悪かった。
「すまないが、途中で少し寄り道していく予定でな」
「そうか……」
「だから、途中までなら送ってやれる。それに、寄り道が終われば私たちもまたクレイムに向けて走る。もしその途中でまた君と会うようなことがあれば、その時は街まで送ることもできる」
「そう、か、そうか! ありがとうな、あんちゃん! この恩は、絶対いつか返すわ!」
初めてきいた、チトの喜色を孕んだ声だった。
久しぶりにテヴァが「お優しいねぇ」と茶化すように口を挟む。
「善行は積める時に積んでおくものですよ、テヴァさん」
普段から悪いことをしている自覚はある。人だって何人も殺したことがある。因果応報なるものを信じる気はないが、良いことをすれば、いつか報われるかもしれない。それに、街まで送るくらい大した手間でもないだろう。
「代わりに、無茶はしないように。君が倒れてしまえば、妹も助からなくなるかもしれない」
「そう、やな。それにウチがアマネが助かってもウチが死んだら、寂しい思いさせてまうからな。うん、気をつけることにする」
素直にチトが頷いたところで、話はおさまった。
夜も更けはじめ、見張りの順番を決めると、各々明日に向けて身を休めた。




