感想
観光といっても、街を練り歩き、店を冷やかし、時折遠くの景色をみるだけのもの。それでもスフィナは楽しそうにあたりを見渡していた。時折、あれはなにかこれはなにかとグウェンやテヴァにきいては丁寧に感想を述べていく。
そうして観光を済ませたころには空はすっかり暗くなっていた。
あたりは篝火が焚かれ始めている。沼地の近くということもあるからか、夜は特に寒さが酷く、人の姿もまばらになる。一方で建物の中は人の活気が強く、酒場などはめまぐるしく給士が走り回るぐらいには熱気がある。
そのテーブルの一つにグウェンたちの姿があった。
「なんだか、お客さんに筋肉質な方が多いようですが、どうしてなのでしょう?」
「ああ、狩人の連中だろう」
「狩人、ですか?」
スフィナが首を傾げる。
これに関してはテヴァも同じように疑問の目を向ける。
「狩人、ねぇ。ただの狩人とはまた違うんだろう?」
「ええ、それは。数十年前に発足された狩人組合の成員です。ここ近年の魁魔の増殖を受け、急遽設立したそうです。スフィナはともかく、テヴァさん、あなたも知らないのですか?」
「数十年前にできたばかりなのだろう? わしはそのころには人里離れたところで研究ばかりしていたからねぇ」
テヴァはそう言って肩を竦めた。
「わたしもそういった組織は知りませんでした、というのも当然なのかもしれませんが。でも、魁魔という獣がいたことは知っています。ただ……わたしがいた時代では、魁魔が現れるのは稀で、普通の獣よりも良質の肉や素材が得られるめでたきものであったと記憶しているのですが」
「ほう? 興味深いねぇ。遥か昔はそもそも数が少なかったと」
研究者としての好奇心からか、畑違いのことでもテヴァが目を光らせる。
「はい。勿論、普通の獣と比べて段違いの強さであり、一体仕留めるために多くの人が怪我を負ったとはきいています」
「その魁魔が今はかなり数を増やしてきているんだ。まだ野にまでは勢力を広げていないが、山や森、海など生命が多く活動する場所にはもれなく魁魔も生息しているという。そのせいで村人が採集にでかけたりすることが難しくなり、次いで商人が仕入れに苦労するようになった。当時はそのために食材を中心とした価格が高騰したという。その対策として、魁魔の討伐を専門とする組織、つまり狩人組織が発足されたわけだ」
「ちなみに、魁魔の増殖はなにか原因があるのかい?」
「わからないですね。もしかしたら組織の人なら知っていることもあるかもしれませんが、なんでもない一般人からすれば知っていることなんてごくわずかです」
「ざんねん」とテヴァはそこで興味を抑えたようだ。
「魁魔の専門家……だからみなさん強そうなんですね」
丸太のような腕を持つ者や重そうな武器を腰に下げる者。鎧などを軽々と着こなす者の中にはローブを纏う者もいる。顕術師の狩人だろう。
「だな。余計な絡みをされないといいんだが」
スフィナの言葉に同意する。
なにせ、血気盛んな彼らは喧嘩っ早いこともある。酒が入ればなおさら。
例えば――
「触るな言うたやろ!」
「あん? 別にみるくらいいいだろ。なんだ、みせたくないものでもあるのかぁ?」
「これは、大切なものなんや!」
例えば、そう、向こうで棺のように大きな箱を大事に抱える少女。少女といっても、よくよくみれば引き締まった筋肉をしているのがわかる。彼女も狩人のひとりだろう。対して相対するのは中年に差し掛かったようなぱっとしない男達。
断片的に聞こえてくる会話からして、どうも箱の中にあるであろう貴重品を男たちがいいようにしようとたぶらかしている最中のようだ。
「いいだろ、嬢ちゃん。いいものだったら俺たちがちゃーんとしたところに売ってやるからよ」
進展しない会話にしびれをきらしたのか、男の一人が箱に手を伸ばそうとして。
「触るな――言うたやろが!」
少女が容赦のない拳を男の頬にぶつけた。テーブルを破壊しながら男が倒れ、ぴくぴくと痙攣する。あたりが騒然とする間に少女はさっさと店をでていってしまった。
しかし、荒くれ者が集う酒場であるからか、少し経てばまた同じような活気に戻り、少女と男のいざこざはまるでなかったかのように振る舞われる。損をするのは店の者ばかりか。と思えば、ちゃっかり倒れた男に請求書が乗っかっている。ここからはみえないが、恐らく弁償代なども含まれているのだろう。
店の者とて弱いわけではないことを示す一例であった。
「このように狩人はあまり秩序としてはよくない。なろうと思えば誰でもなれる仕事だからな、荒くれ者も多い。スフィナも気をつけなさい」
「わ、わかりました」
スフィナが目をぱちくりとしながら頷く。
その後、何度かテヴァとスフィナの容姿につられ、男がよってくることはあったが、概ねは平和的に解決した。平和に事が進まなかった者は床に転がっている。平時にちゃんとした距離感で戦うのであればグウェンも苦戦するだろうが、相手は酔っ払いが多く、武器も下げたまま。不意打ちでどうにでもなる相手ばかりだった。
夕食を終え、これ以上絡まれても面倒だ、というところでグウェンたちは宿に戻る。
ただ、テヴァだけは「これからがわしの時間だよ」と闇夜にまぎれてどこかへと行ってしまった。大方、テヴァも必要なものを買いに行ったのだろうが、果たしてこの時間にやっている店などあっただろうか。
危険に関してはそこまで心配していない。少なくとも今日までテヴァはこうして生きてきた。何かあったとしても対処の術は心得ているだろう。
少々疲れた様子のスフィナをベッドに座らせ、グウェンも隣に座る。
「……そういえば、わたし。今日だけでも色んな初めてを経験したように感じます」
ぽつりとスフィナがつぶやくように話す。
「こうして他の街にいくことも、怪しげな場所を歩くのも、街を練り歩くのも、外で食事をするのも、全部全部初めてでした」
「貴族に仕える侍女だったんだろう? 使いを頼まれることはなかったのか?」
「わたしは外に出してもらえなかったので……」
「仕事だけはできたので追い出されることはなかったのですが」とスフィナが曖昧に笑った。
「わたしにとって世界のすべては御屋敷のさらに一区画だけ。わたしのような侍女がお客様の前にでることはできませんでしたし、侍女なんていいますが、やっていたことは雑事が主でした。あとは、他の侍女のお世話をしたり……処理をしたり」
処理。果たしてその先を聞こうかどうか。
グウェンは深く聞くことをやめた。スフィナに対してはいくつかの興味もある。彼女が生きていた時代は今から何年前のことなのか、そこの生活水準はどのようなものであったのか、街並みなどどうであったのか。
しかし、こうして今スフィナの暮らしをきいて、辛い気持ちを呼び起こすだけと気づいて、だからやめた。
「……そうか。なら、今生は楽しめるところは楽しめるといい。君の人生はこれまでもそうやって縛られていたし、これからも私によって縛られてしまう。しかし、街を歩くのは止めないし、何かしたいことがあるならできる限り対応しよう。それに……こうしてどこかに出かける時は君もつれていくことにしよう。流石にひとりで街の外には出せないが」
「いい、のですか? だって、今回だってわたしの我がままで連れてきて頂いたようなもので……わたしはご主人様のお言葉は絶対と誓いましたのに。このご恩だって、生涯をかけてお尽くしすると」
「何度も言うが、私も心がないわけではない。良く尽くしてくれる子が苦しむのを見たいわけでもなければ、捨て駒の奴隷のように扱う趣味もない。店主と従業員という関係でもあるんだ。便宜を図るのは店長の責務だろう?」
段々と空気が重くなりつつあることを自覚し、茶目っ気をこめてそう言えば、スフィナは嬉しそうにはにかむ。
「……ありがとうございます。やっぱりわたしは、ご主人様に出会えて良かった」
「私もスフィナには助けられている」
そういえば、こうして面と向かってしっかりと感謝を伝えるのは何度あっただろうか。
穏やかな時間。
心地よい静けさの中で、ふとスフィナの顔がゆっくりと近づいていることに気づく。
そのままにしておけば、やがてスフィナがキスをした。そっと触れる程度のソフトキス。ただ、ひどく熱を帯びている。
「あの……」
「スフィナ、流石に今はまずい。周りに聞こえるし、シーツも汚れる」
「敷物を敷きます。声も出さないようにします」
駄目だときちんと言葉にすれば、スフィナはすぐに身をひくだろう。スフィナの行動はグウェンへの誓いに矛盾しているとも思われるかもしれないが、これは信頼が築けたからこその甘えであり、むしろ喜ばしいことだ。グウェンはただ、自身の欲を抑え続ける命令に忠実な僕が欲しいわけではなかったのだから。
駄目といえないのはグウェンの甘さだ。変な優しさと1週間生殺しにされつづけたことによる理性の緩さ。
スフィナの熱を帯びた瞳がみつめてくる。
「……わかった」
誘惑に負け、グウェンは折れる。たとえ、周りに聞こえてしまっていたとしても、これは断れなかったグウェンの責任だろう。
行為の最中。
必死に口を手で押さえ、声を出さないようにしているスフィナを見下ろしながら、どこか冷静な思考がつぶやく。
そういえば、生きた人間との行為に対する忌避感が薄まっている、と。前は散々気遣いに萎えていたというのに。これもまた、慣れというものなのだろうか。
きっと、大学時代に多くの女性との経験があれば、今頃は遺骨や死体に執着することもなかったのだろう。
あの未練があるからこその、今。そう考えると、なんとも複雑な気にさせられた。
「ん、あっ……」
「スフィナ、声がでている」
堪らず漏れ出したスフィナの声に対し、代わりにグウェンが手で口を押さえる。
まるで無理やり犯しているかのような構図であるのに、スフィナはどこか嬉しそうだった。
宵の口というにはもう遅い夜半。
ベッドの軋みにも気をつけながら、グウェンはこの時間を楽しんだ。
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