到着と仕入れ
この1週間、テヴァとスフィナの密着具合は過去一であった。冬も近づきつつあるというのに、まるで寒いと思った記憶がないというのがその証拠。
テヴァもスフィナも性行為をしてくることはなかったが、体に触れたり触らせたり、軽いキスをしてくるなどのスキンシップは多く見られた。スフィナなどはずっと馬を走らせていても暇だろうからとその豊満な胸を揉ませては荒く息をついていた。しかし、遠くに人の影がみえた時は慌てた様子で距離をとり澄ました顔をしようとしており、テヴァが「かかっ」と笑っていた。
性的接触はあれど、性行為はないため、性欲ばかりが溜まってグウェンには苦しい時間でもあった。
「口でしたら濯げばいいだけですから……」とスフィナが奉仕を申し出たが、そんなことをされれば1回で終わるとは思えなかった。最近はテヴァの指導もあり、スフィナは随分と上手くなった。加えて、スフィナは甘えるように誘ってくることもできるようになってきており、恐らくあの時お願いしていればずるずると最後まですることになっていたに違いない。
スフィナの成長といえば、最初の日、テヴァは青春が云々、女として云々の話をしていた。だとすると、あまり男性経験はないように感じる。そこで、ある夜テヴァに聞こうとしたのだが、テヴァはにっこりと笑って回答を拒否した。やはり、触れられたくないようだ。
「滞在期間は3日。滞在目的は仕入れか。で、人数は3人か。お前と……そ、の2人か。…………」
「どうされました?」
「い、いや、なんでもない。ではここに名前を」
隣街。名をエーテアという。
近くに肥沃な沼地を保有しており、そこでしか取れない素材は重宝されている。グウェン自身この街に来る目的は沼地からとれる素材。この街から1週間程度の街に居を構えたのは正解であった。
問題なく手続きを終わらせ街の中へと馬車を走らせる。
「くくっ、あの衛兵、わしらに見惚れていたね」
「そりゃあ、私のお気に入りですから、当然でしょう」
テヴァもスフィナの体も、もとはグウェンのお気に入り。様々な資料から厳選した体であり、あの衛兵の態度は当然でなくては困るという話だ。
一方、まだ自身の評価に慣れていないスフィナは「見惚れて……」と顔を赤らめていた。自分に自信ができたといっても慣れないものは慣れないのだろう。
いつもここに寄る時に利用している宿に向かい1部屋をとる。初めは周りの目もあるため2部屋とろうとしていたのだが、テヴァが嬉々として1部屋でいいと受付に伝えてしまったためにこのようなかたちになっている。その際、受付の娘のグウェンへの疑いの目は強かった。スフィナはともかくテヴァという幼い娘がいる弊害だろう。ここまで美少女であればとても親子という設定もできない。が、テヴァが嫌がる様子ではないことから誘拐犯などとは思わずにいてくれるようだった。
宿に荷物を置いてからは早速仕入れにでかける。当然テヴァとスフィナも同行する。
「仕入れ先は既に決まっている。今も店を畳んでいなければいいんだが」
エーテアの街は沼地特有の地盤の緩さを克服するためにやや高度のある丘に建てられている。そのため、グウェンが居を構える街、クレイムよりも高度の上下が激しい。時には坂の間に器用にたつ屋台なども見られる。
グウェンが向かうのは丘の麓近く、あまり地盤が確かではなく、木造の建築が支えあうようにして並ぶ地区。街にひとつはみられるスラム街という場所だった。
ややぬめりけのあるむき出しの地面に足を取られないよう2人に告げながら進んでいくと建物の隙間から視線を感じる。それは、2人も感じたようだ。
「ここの男どもは、どうやらわしらに釘付けのようだね」
欲のこもった視線。何せいたいけな少女が2人が護衛らしき男たったひとりとこのような場所へきているのだ。もしかしたら、という声が今にも聞こえそうだった。
「もっとも……思いではなく行動で示す者もいるのがまた面倒なことだ」
3人の男が道を塞ぐ。
特に武器らしきものはなく、襤褸の服は泥に汚れていた。目はぎらぎらと輝き、視線はずっと少女2人に向いている。
どうして道を塞いだのかがよくわかる良例ともいえる。
「さて、一応ご用向きは伺っておこうか」
「おいおい、あんちゃん、そりゃあわかってんだろ? 1回でいいんだよ、1回遊ばせくれるなら何もしない。あんちゃんだって命はあっての物種だろ?」
どのような遊びであるかはいわなくても明確であった。
スフィナはわかりやすく怯えている。その表情がより男たちの劣情を誘っているのか、下卑た笑みが濃くなっていく。
1対3。不利な状況だ。グウェンは息をつき、肩を落とした。まるで降参するかのように。しぶしぶ相手の要求をのもうとする弱者のように。
そして、口を開こうとして――瞬間柔らかな地面を堀り上げ、泥を男たちに見舞う。
「うえっ!」とひとりの顔に直撃し、ひるむ。その男の腹を思いっきり殴りつける。胃液と少しの汚物を吐き出しながら倒れる男には目もくれず、続いて傍の男の腕を掴む。
「この!」と抵抗しようとする男であったが、ぬかるんだ地面に足を取られ上手く力を制御できず、グウェンに腕を掴まれ、次の瞬間には腕をあらぬ方向におられる。
最後の一人はテヴァとスフィナのもとに向かって走っていた。人質にすればと思ったのだろう。通常であれば良い手であったのかもしれない。スフィナだけであれば。
しかし、今回はひとり、顕術師がいる。
『クァ・ペトロ』
テヴァが杖を男に向けて咳式を紡げば、瞬間男の体が燃え上がる。悲鳴を上げながら倒れこむ男。テヴァは慣れた手つきでスフィナ共々横に避けた。
【発火】の顕術だ。
地面に水分が豊富に含まれていて男は幸運だった。のたうち回っているうちに火は消え、ぜぇぜぇと息をついている男だけが残った。
「出るとは思っていたが、まさかこんなにもわかりやすく現れるとは。馬鹿はいつの時代、どこにでもいるということか。テヴァさん、ありがとうございます。スフィナ、大丈夫か?」
「は、はい。わたしは怪我一つありません。……男性に襲われるというのは、こんなにも恐ろしいことだったのですね」
周りに目を配りながらスフィナが息をつく。
1度目の人生でスフィナは醜い容姿であったという。その少ない恩恵は、こうして恐怖からは無縁であったことだったのだろう。しかし、今回可愛らしい少女の身に魂を宿したことにより、無縁なことが無縁ではなくなった。
「他の子からも襲われそうになった話は沢山聞きましたが……想像よりもずっと怖い」
「……怖がらせてしまったな」
経験しないとわからないとは言うが、わからなくてもいいことはわからないままであってもよかったのではないか。
グウェンが少し声を落とすと、スフィナは慌てたように首を横に振る。
「い、いえ! これは、この体に宿らせていただいたことへの義務なのだと思います。だって、これは贅沢な恐怖です。わたしは、こうして経験できて良かったと思います」
「……そうか」
スフィナの顔をみる。嘘をついているようには見えなかった。
なら、よかったのだろうか。
いくら死体を犯すといっても、グウェンとて人並みの道徳は持ち合わせているし、他人が傷つくことに抵抗はある。男たちを地面に転がしておいて、とは思う者もいるかもしれないが。
「こういったごろつきはいつの時代もいるもんなんだね」
「ええ。こういったスラム街は犯罪の温床でもありますから。理不尽が法であることもしばしばなのですよ。とはいえ、利点もありましてね」
と、グウェンが周りをみれば、先程までの視線はすっかりなくなっていた。
「なるほどね。自分より強い力をもつやつには近づかないってことだ。だからこそ、容赦なく男らを転がしたのかねぇ?」
「それもあります。ですが、私のお気に入りの体に向ける視線が気に食わなかった」
「かかっ、そういうのは堂々と言うんだねぇ」
ともあれ、危機は去った。
流石に男たちを殺してしまえば面倒ごとになる。いくらスラム街とはいえ、ここはエーテアの中であるのだから。
殺しはしないが、治しもしない。呻く男たちの合間を縫って、グウェンたちはさらに進んでいった。
やがて、到着したのはなんでもない古小屋。他との唯一の違いはかすれて読めなくなった看板がかかってあるくらい。
鍵がかかってないことを確認し、扉をあければ、中は泥臭いにおいが覆っていた。そして、その隅で老いた男が銛を柄に括りつけていた。
「どうも、ハイドさん。お久しぶりです」
「……グウェン、といったか」
「ようやく覚えてくださったようでなによりです」
「こんなところに好き好んでくるやつだ。いくら俺が人の名前を覚えるのが苦手といっても、いい加減覚える」
沼地の漁師、ハイド。肉体の修復において最も重要な素材を提供してくれる貴重な存在。
初めの数回はまともに名前も覚えてもらえなかったが、この度めでたく覚えてもらえたようだ。
グウェンの背中に隠れていたテヴァとスフィナが姿を見せると、ハイドは明らかに顔を渋くした。
「おい、お前、そのガキどもはなんだ。なんでこんな危なっかしいところにつれてきた」
「宿においていった方が危険と判断しましてね。予め言っておきますが、誘拐したわけではありませんよ」
「そんなのみりゃわかる。だが、ここは宿より安全ってこたぁねぇだろ」
「ここなら、私が傍にいますから」
「はん、そんな見た目で戦うこともできるか。お羨ましいね。……まさかと思うが、道中で誰か殺したなんてことはないだろうな?」
「していませんよ。絡まれはしましたがね。死なない程度にあしらいましたよ」
「なら、いい」とハイドが息をついた。
「流石に殺しをやったやつに商売をする気はない。どいつもこいつもろくでなしだが、一応スラムの同胞なんでな。だが、今回はお前も悪いところがある。こんな目立つガキどもをここにつれてきたことだ」
「それは私も反省しています。次は気をつけることにしますよ」
慣れたやり取りだった。久しさを感じさせない会話にスフィナなどは少し首を傾げていたが、こうしてこの老人と顔を合わせるのはまだ4回目だ。しかし、それだけでも、この老人とは商売の間柄としては相性がよかったのだ。
相性とは具体的に何か。
適当に会話を挟み、グウェンは本題に入る。
「それで、アノシブの素体はありますか?」
「ああ、瓶詰にしてたっぷりとな。どれだけほしい?」
「前回と同じ、といっても覚えていないでしょうね。ここに書いてあるだけ用意してもらえますか」
「まだぼけるにははえぇよ。前回のことくらい覚えている。量はある。明後日でいいんだな?」
「ええ。場所は同じところにまたお願いしても?」
「はん、やだって言ったら馬車走らせてきてくれんのか?」
「まさか。こんなぬかるんだ地面ではとても馬車は走らせることはできませんよ」
そうして、グウェンが銀貨を数枚ハイドに弾いて渡すと、ハイドは「ふん」と銀貨を手で弄びながら言う。
「んじゃ、交渉成立だ。早朝だ。そこのガキどもと遊んで寝過ごすようなら帰るからな」
「気をつけることにしましょう」
一区切り。
「それでは」とグウェンは小屋から外に出、続いてテヴァ、スフィナがでる。
小屋の扉が閉められたところで、テヴァがにやにやとした顔で問うてきた。
「随分楽しそうに会話していたじゃあないか」
スフィナもテヴァに同意するように頷く。
「ふむ? なにかおかしいことでも?」
「いやね、おかしなことはないさ。ないけどね、あんな親しそうに話されるとちょっとねぇ」
「なにを……ただ、話しやすいのですよ、あの人とは」
そう言うと、テヴァが「ほ~う?」と相槌をうつ。
「詮索はしない、手早い、準備ができている。適切な金額で商品を売ってくれますし、時にはいい塩梅の冗談もいってくれる。実直であるおかげであれこれと警戒せずに済むんです」
これが、グウェンにとってハイドとの相性の良さだった。
今回注文したアノシブの素体は使用用途が限られているうえ、そう生産量も多い方ではない。売る側からするれば大量に買いに来るグウェンに興味をひかれるが、ハイドはその場限りのやり取りで済ませる。あくまで売る人、買う人という関係。それ以上の干渉はしない。修復店を営むグウェンにとってひっそりと見習いたい相手であった。
「じゃあわしらは話しにくいと?」
「そりゃあ話しにくいこともあるでしょう。死体ではないんです。何かを言えば少なからず影響を与えてしまう。特にテヴァさんやスフィナとは長い関係になります。下手なことを言って関係を拗らせたくない」
そこまで言うと、テヴァは満足したように頷き「なら、よし」と変な絡みを終えた。
最近の行動から推測すると、ハイドよりも自分たちの方が大切に扱われているという証言が欲しかったのだろう。恋人ごっこにしたってそこまで固執しようとするか、という思いがでたが、口には出さない。
「さて、今日の予定はおしまいだ。少し観光でもして宿に戻ろうか」
そう言うと、2人は頷いた。
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