初めまして、愛しきコープス
かつて滅びた国、何度も戦争を起こした国、災害に襲われた街、流行り病に見舞われた街、飢餓に苦しむ村、獣の餌になった村。
人間というのはあまりに脆く、簡単に死んでしまう。世界にとって些細なことでも、人間にとってはあまりに甚大な被害。
そして、人間が死ねば死体ができる。多くの人間が死ねばそれだけ死体が増える。しかし、生者である人間は死者である人間とはいたくないもので。必然的に人間は生と死の境界を設けた。代表的な死者の居場所が墓地であるように。しかし、生者と死者の比率は生者が上でなければならない。だからこそ、死者があまりに多ければ、生者は比率を正そうとする。
では、どうするか。簡単だ。死者の居場所を移せばいい。森の中に、海の中に、山の中に。境界を設け、死者を安寧の地に隔離する。
生者は死者を嫌う。墓に好んで行く人間というのは死体に会いに行くのではない。死体を通して死者の魂に会いに行くのだ。しかし、時間が経つほどにその気持ちは薄れ、墓に行く人間は消えていく。そうして、数十年、数百年もすれば、無人の寂れた墓地が出来上がる。
つまるところ、何が言いたいかといえば――
「――ああ……ようやく、みつけた」
雷雨に轟く、その墓地の一画。苔が生え、墓石が崩れている。穴が掘られ、中の棺は開いている。
そこには、小さな人間の遺骨があった。骨格をみるに、どうやら少女の遺骨のようだ。
男はスコップを捨て、少女の遺骨をそっと抱き上げる。雨にうたれ、風に吹かれているのに、その顔はひどくうれしそうで。いや、実際、嬉しいのだ。
「……まったく、本当に――」
つまるところ、忘れられた墓地というのは、盗むに最適ということだ。
・
・
エレヴェル修復店は大通りを少し離れたところに店を構えている。何もスラム街のように店前が荒れているわけではない。小奇麗な通りの景色であるし、整備も行き届いている。ただ、人気がないだけだ。だからといって客の入りが少ないというわけではない。
今日もまた、何でもないテーブルの上に置かれた壊れ物をグウェンはじっとみつめる。
「アシカスの木彫りですの。祖父の形見でして、大事にしてはいたのですけど、たまたま落としてしまって……」
対面する可憐な令嬢は悲しげにうつむいていた。付き添い人は傍で静かに立っている。
アシカスとは鹿の一種。渦巻き模様の角が特徴的であるが、この木彫りはその角部分がぽきりと折れてしまっている。
「懇意にしている木彫り職人にも、折れてしまったものは直しようがない、接着などで元の形にもどすことはできると言われたのですけど……」
「それでは駄目、と?」
「はい。私は元の姿、まだ落としてしまう前の状態にしたいのです。そうでないと、私は祖父に顔向けできませんわ……」
ふと、なら、どうして落としてしまえる場所においてしまったのか、という言葉が喉元まででかかるが、そんな客は日常的にくるわけで、今更かと飲み込む。グウェンとて、時々コップに肘をぶつけて倒してしまう。人のことは言えない。
グウェンはそっと木彫りを手に取るとその断面を覗き込む。折れた角をそこにあてると、隙間なくくっつく。
「……こちら、材料はアマの木でしょうか」
「はい。アマの木から削ったとうかがっていますわ」
「なるほど。それならば恐らくお直しが可能かと」
「本当ですの!?」
令嬢がばっとカウンターに乗り出す。
グウェンは身を引き、穏やかな笑みを浮かべながらつづける。
「ええ。ただ、当店でも完全な状態にお戻しすることは難しいです。しかし、一見すれば完璧である程度にはお直しできるでしょう。いかがでしょうか?」
「そう、なのですね……いえ、それでお願いいたしますわ」
「承知いたしました。お時間としては1日ほどいただきますが、……お値段はこれくらいでどうでしょう?」
グウェンが提示する料金に令嬢が「えっ!?」と驚きの声をあげる。
「よろしいのですか、こんなにお安く!」
「ええ、技術的に難しくはありませんし、幸い、綺麗に断面が折れていますので、追加の材料も必要になりません。それを考えれば妥当なお値段かと」
令嬢は「それなら是非!」と声高に言う。
「それではこれで。ただいま契約書の準備をお持ちいたしますので、少しお待ちいただけますか」
やがてグウェンがしたためた契約書を確認したのち、双方が署名をする。
「……はい、ありがとうございます。それでは、こちらが引換券と契約書の控えになります。この引換券さえあれば、どなたがこられてもお渡しできます。逆に申しますと、その引換券をなくされてしまいますと、ご本人がこられてもお渡しできませんし、盗人が引換券を持ってきても渡してしまいますので、保管には十分お気を付けください」
「わかりました。でも、実際に状態を確認したいのでまた明日こさせていただきますわ」
「それでは、なにとぞよろしくおねがいいたします」と、そう言葉を残して令嬢は店を後にした。
「さて、と」
グウェンは店の奥、隣の部屋に移動する。そこはグウェンの作業場兼私室。簡素なかまどとそれなりの大きさの作業机。部屋の隅にはベッドがあり、生活のすべてがこの部屋で賄える。部屋にはふたつ扉があり、ひとつは洗体の為の部屋。そしてもうひとつを開ければ細長い部屋、今は客の依頼品の保管部屋がある。
普段、客足がない時間は保管部屋から依頼品を持ってきて修復作業をするのだが、今回は先ほどの令嬢が持ち込んだ木彫りを作業机に置く。
「これは簡単だから、今のうちにやっておくのが一番だろうな」
グウェンは人差し指を木彫りの角部分に当てる。
そして、ゆっくりと特別な言葉を紡ぎ始めた。
『カラン・テルス』
一節。
唱えることでロドが活性化し、指もとに複雑な文様の円が現れる。
唱え終わった後、円が収束し、指を当てた断面が紫色に輝き始める。
それを確認してから、取れてしまった角をそこに当て、しばらくその状態で待つ。
やがて、光が失われた後、グウェンはひとつうなずき、押さえていた手を話す。すると、そこにはほとんど完全な状態のアシカスの木彫りがあった。折れた部分に目を凝らしても折れた痕跡などどこにも存在しない。もちろん、かなり目を凝らせばほんのかすかな木の節のずれが確認できなくもないが、ただ接着剤をつけた時のような折れ目の存在は見られなかった。
「……よし」
顕術。ここ数百年前に人間に知られ、ここ数十年の間に急激に発展してきた技術。世界が持つ概念の一部を言葉や記号などによって引用、つまり顕現させる術。術者の望む結果を相手や物質に付与する力。例えば今回グウェンが発現したのは、【融解】と呼ばれる顕術。これは『融点に達することで起きる融解』の状態を木彫りに付与したのだ。もし、顕術を行わずに木の融点を目指そうとすれば恐らく、金属のように溶けることなく、燃えるか溶けて消えてしまうだろう。つまり、現実的には不可能な手段。そうした不可能を可能とするのが顕術。
顕術が急激に発展したのはある意味で当然といえる。あまりに便利にすぎる力。しかし、かつてその力が一般市民に伝わっていた時代、顕術の悪用が世界的に問題になった。多くの犯罪行為で使われることとなり、その時代は大犯罪者時代といってもよかった。秩序は存在せず、理不尽が法であった時代。それを乗り越えて今は特定の機関で教えを請わない限り知ることができないようになっている。
「これは棚に戻すとして……今日でどこまで進むのだろうかね」
顕術にはロドと呼ばれる不可視の力が必要となる。体を動かすのに血が必要であるように、顕術を使うにはロドが必要になるのだ。しかし、顕術を使えばロドが消費される。無限には使えない。
ゆっくりと立ち上がり、グウェンは木彫りを棚に戻す。そして、次の品を手にとった。
・
・
コツ、コツ、と足音が響く。螺旋型に下に続く階段をグウェンはカンテラの光を頼りに降りていく。
やがてたどり着いたそこはひとつの部屋だった。ちょうど店全体の大きさ程度の広さがある。石を敷き詰めて補強がされている部屋は、緑色の光で満たされている。それは、部屋に並べられている棺から放たれていた。
棺の中には人がいた。全員が女性で裸体を晒している。中には少女の姿もある。目を瞑り、まるで眠っているかのような女性たちが皆緑色に輝く液体に浸されていた。
一目見ればわかる異常な光景。しかし、グウェンは嬉々とした表情で棺のひとつに近寄る。
「ああ……こんばんは、お姫様」
そこにいたのは、死体だった。目がなく、歯がなく、髪がない。肌が削がれ、中の赤い肉が赤裸々になっている状態。大きさは子どものようで、骨格を見ると少女の死体のようだった。
他の女性と同じように緑色の液体に浸された少女の死体は一言で言えば気色悪い。誰が見ても思わず後ずさるだろうに、グウェンは笑みを絶やさない。
「また見ない間に、肉の量が増えてきたようだね。この調子なら、肌が再生するのも時間の問題だ。……ふふっ、君の完全な姿をみるのが待ち遠しい……」
そうして、グウェンは「おやすみ」と声をかけてから、他の棺に移っていく。
「やあ、みんな。今日は誰にしようかねぇ……」
そして、やがて豊胸な妙齢の女性を抱き上げると、そのまま部屋の隅の簡素なベッドに向かっていく。
「”使った”あとは、ちゃんと洗うから、今日もお願いするよ」
その夜、ベッドのきしむ音は地上に聞こえることはなかった。




