ぶっとび美容外科♪
「あのー、背中を本棚にしたいんですけど、出来ますかね?」
「ええ、もちろんです。相談しながらサイズや材質なんかを決めちゃいましょう」
太火美容クリニックには普通の客は訪れないと言われている。皆が皆、普通の美容外科には頼めないことを相談しに来るのだ。
「ジャンプの単行本サイズとかです?」
「いや、エロ本なのでもう少し大きめでお願いします」
「ふむふむ」
真剣な表情でメモを取る院長の太火 独太。
「材料はダイヤモンドでお願いします」
「けっこう値が張ると思うんですけど、大丈夫そうですかね?」
「え、僕の全財産38円なんですけど」
予想外の全財産に固まる太火。
「分か⋯⋯りました。残りは私が負担しましょう。では来週の火曜に手術ということで、お待ちしてますね」
絶対にNOと言わないということを心に決めている太火は、どんなことがあろうと顧客の要望に応えることにしている。たとえ世界が滅んだとしてもだ。
「先生」
「はい」
「この水晶をよーく見てください」
「はい」
太火美容クリニックの応接室の机に大きな水晶が置かれている。
「悪い星が出ています。すぐに私の右腕をミニスカJKに改造してください。さもなくば先生、あなた明日白骨化しますよ」
「すぐにですか⋯⋯分かりました。次入ってるお客さんを別日に変更します」
絶対にNOとは言わない。
後に右腕JK占い師はミャンマーの大統領になったそうだ。それにより、ミャンマーの人口は0となった。
「僕達を全員のっぺらぼうにしてください」
釘バットやバールのようなものを持った6人の男性が太火を取り囲んで言った。
「分かりました。でも、のっぺらぼうだと見えないし匂わないし味しないですよ。それでも良いんですか?」
「味しないどころか食べられませんけどね」
「ほんまや」
「いやぁ実はですね、僕達6人はもう同一人物なんじゃないかってくらい馬が合うんですよ。なので全員同じ顔にしたくて。でも人間の顔だと先生も大変かなと思って全員のっぺらぼうにしたんです」
「私に気を遣わなくても大丈夫ですよ。ご希望の顔をなんなりとお申し付けください」
「じゃ、じゃあこれでお願いします⋯⋯本当に良いんですか?」
そう言って代表の男が1枚の紙を差し出した。豊臣秀吉の肖像画である。
「はい、大丈夫ですよ。これは私の贖罪でもありますから⋯⋯」
「え?」
「あ、いえ⋯⋯⋯⋯なんでもないですよ」
太火は過去に大きな罪を犯している。謝っても謝りきれないことをしてしまったのだ。
その悲劇は、ある1通のメールから始まった。遡ること5年、太火は普通の美容外科を営んでいた。腕に定評があり、遠方からはるばる来てくれる客もいたほどだった。
そんな多忙な日々の、ある月曜のことだった。手術の合間に事務作業をこなしていた太火の携帯電話に1通のメールが届いた。
『切手が1枚欲しいんだけど、あなた集めてたわよね。84円のってどこにあったかしら』
太火の妻からだった。郵便物を送りたいので切手を1枚くれとのことだった。
忙しかった太火はこのメールの返信を後に回すことにして、事務作業を進めた。切手くらい自分が帰ってからでも大丈夫だろうと思ったのだ。
手術の時間が近づいたので、事務作業を切り上げて準備に移る。携帯電話を机の上に置き、腰を回して背伸びをする。
「ふーっ!」バキボキ!
背中から骨の音がする。
ピロリン♪
携帯電話からも音がする。メールの通知音だ。手の消毒をした後だったので、太火は手術が終わってから確認することにした。
2時間後、手術を終えた太火のもとへスタッフの女性が息を切らして走ってきた。
「危ないですよ、どうしたんですか」
太火が咎める。
「さっきから先生の携帯がずっと鳴ってるんですよ! 奥様の名前が出てました! 緊急かもしれないのですぐに掛け直してあげてください!」
「分かりました。ありがとうございます」
誰か倒れたのだろうか、もしかして交通事故とか⋯⋯? 悪いことしか想像出来ないまま携帯のある部屋に着いた。
「もう鳴ってないか⋯⋯そういえば、手術前に来たメールなんだったんだろう」
気になった太火は電話を掛ける前に一瞬だけメールを確認することにした。メールは太火の妻からのものであった。
『急いどんねん! 返事ないから勝手におめーの机漁ってみるわ!』
なんちゅー言葉遣いだよと思いながら妻に電話を掛ける。思いのほかすぐに繋がった。
「もしもし、なんだった?」
『⋯⋯⋯⋯』
「もしもーし」
『話がある。すぐに帰ってきて』
「いや、まだ手術あるんだけど⋯⋯」
『じゃあ離婚よ』
「え!?」
『じゃあね』ブチッ
「ちょっ! ⋯⋯えぇぇ」
とりあえず妻が今までにないほど激怒していることだけは分かったので、太火は体調が悪くなったと言ってその日の営業を終了することにした。
家に帰った太火はすぐに妻に捕まった。
「あなた、これ」
妻は1枚の写真を太火に手渡した。太火は「しまった」と思った。切手とは別の引き出しに入っていたので油断していたのだ。
「隣に写ってる子、誰?」
「⋯⋯⋯⋯」
「最っ低⋯⋯」
妻は全て理解しているようだ。この1枚の写真の存在で、全ての辻褄が合うのだ。
「写真を見て目を疑ったわ。まさかとは思ったけど⋯⋯あなた、本当にすごい人間ね」
ゴミを見るような目で太火を見る妻。しばらくして、写真に目をやる。若き日の夫。そして、その隣に写る自分そっくりの少女。
「すまない。いつか打ち明けるつもりだったんだ⋯⋯」
「こんなの打ち明けられるはずないよね。あなた、結婚する時に言ったわよね。『君を僕の理想の巨乳美女にしたい』って。私はあなたの内面に惹かれて一緒になった。あなたのためなら私の外見なんてどうでもいいと思ったの。だから整形手術を承諾して結婚したのよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「昔付き合ってた子の顔にするなんて、どうかしてるわよ。気持ち悪すぎる。私をなんだと思ってるの⋯⋯?」
涙を溜め始める妻。夫の思い出の女性の2号として過ごした十余年。自分の人生とはいったいなんだったのか、夫のために尽くしてきた時間はなんだったのか。全てが分からなくなっていた。
「じゃあね、2度と連絡してこないでね」
妻は太火の目の前に離婚届を置いて家を出ていった。何も言うことが出来ず、ただ下を向く太火。一応世話になったということで、慰謝料などは請求しないとのことだった。
彼女とは幼なじみだった。そんな幼なじみだった彼女のことがいつからか、1人の女性として気になるようになっていた。
勇気を出して告白した中学の卒業式。戸惑いながらもOKしてくれた彼女は自分以上に照れていたと思う。
それから彼女と過ごした日々は人生で最高の時間だった。一生一緒にいたいと思っていた。
しかし、別れは突然訪れた。高校1年の夏、彼女は歩道に突っ込んできたトラックに撥ねられ、その場で即死した。さよならも言えないまま離れ離れになってしまったのだ。
もう彼女に会えない。
もう彼女はこの世にいない。
ダメだ。そんなのダメだ。
彼女に会いたい。
もう1度会って、他愛もない話をしたい。
毎日そんなことを考えていたら、私は美容外科医になっていた。そして、私のために整形してもいいと言う女性を探していた。
顔だけ変えてもそれは別の人間だ。彼女じゃない。そんなことは分かっている。でも、どうしてももう1度会いたかったんだ。ひと目見たかったんだ。
そうしているうちに、妻に出会った。妻は私ではとても釣り合わない、実に素晴らしい人間だった。優しくて、強くて、全てを受け入れてくれる。
心のどこかでは今回のことも受け入れてくれるのではないかとも思っていたが、さすがにそうはいかなかった。当然だ。私はしてはいけないことをしたのだ。死者を冒涜し、妻を傷つけた。謝っても謝りきれない、一生かけて償っていかなければならない罪である。
それから太火は手術の相談で自分の意見を言うことがなくなった。自分の好みでやってしまうと、またあの顔を作ってしまうから⋯⋯
全てを顧客の思いのままに、こちらも全力で応えて実現する。太火はそれをモットーにして生まれ変わったのだ。
「ニワトリの顎の下に赤いのあるじゃないですか」
「ありますね、あれなんて言うんですか? あれもトサカなんですか? うーん」
太火が顎に手を当てて考え込んでいる。
「トサカじゃないみたいです。肉髯、または肉垂れというらしいです」
「へぇー、勉強になります。それで、ニワトリのそれがどうしたんです?」
太火の質問に男はニヤリと笑い、答える。
「あれ、中身がなくなったキンタマみたいじゃないですか」
「そうですね。質感もなんとなく似てますね」
「なので、僕のキンタマを顎に移植したいんです」
「分かりました」
「マジですか! 180軒回って毎回断られて精神科紹介されて、やっと⋯⋯! ついに⋯⋯! ありがとうございます! 先生!」
「とんでもないです」
太火はニッコリ笑ってみせた。
太火の妻は太火の知らないところで顔を硫酸で溶かした後首を吊って死にました。2度と連絡するなと言われた以上、太火には知る手段がありません。彼はこのことを知らないまま生きていくことになります。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。かなりキツい内容でしたね。書いていて気持ち悪くなりました。書いちゃいけないことを書いているような気分でした。
これ、読んでる人の心のグラフみたいなのが見れたら面白そうですよね。めっちゃジグザグしてそう。星座みたいだね。