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ジャック・オ・ランタン

 ハロウィンパーティー当日。

 昼休憩の間に会場として借りている特別教室を全員で飾り付け、それぞれ用意してきた衣装に着替えることになっていた。

 悩みに悩んだ涼介は、得体の知れない悪霊というイメージと、準備が楽という理由で、一着の黒いフード付きマントを購入していた。あとは制服の白いシャツに制服の黒いズボンで、顔にコウモリや傷のペイントシールを貼り付けたら仮装は完成だ。フードを被れば、それなりの雰囲気はかもし出せるだろう。

 クラス全員と担任が特別教室に集合し、チャイムの音と共にパーティーを開始した。

 机を大きなテーブルになるよう向かい合わせて並べ、各自で持ち寄ったお菓子やジュースが置いてある。

 涼介は紙コップを手にし、ジンジャエールを口にした。

 甘さと微かな生姜の味と、強い炭酸が口の中で踊る。

 いつも勉強している空間で、いつもと違うことをしているのは、特別感があっていい。


(なんだかんだで、楽しいな)


 志生(ゆきたか)からハロウィンの由来を聞かされたときは、趣旨が違いすぎると罪悪感を抱いたけれど……クリスマスパーティーのように気軽に楽しんだらいいというアドバイスのとおり、割り切って考えられるようになると楽だった。

 なにかある度、相談に乗ってアドバイスをくれる志生には、感謝しかない。


(叔父さんに、お礼でハロウィン系のお菓子をなにか持って行こ)


 もう一口飲もうとジンジャエールを口に含んだ瞬間、ゾワゾワと悪寒が走る。

 警戒心を最大に、教室の中を見回した。


(なんだろう……。なにか、居る?)


 涼介の父親の家系には、涼介の父や志生のように、人ならざる存在が視える体質で産まれてくる子供が珍しくない。

 姉と妹は違うけれど、涼介はその体質を受け継いでいた。

 視えるということは、その波動の影響を受けてしまうこともあり、体調面に不調を来たしてしまうこともある。

 だから、人ならざる気配には敏感になってしまうのだ。


(普段、授業で使っているときには……なにも感じないのに)


 ふと脳裏に、志生から聞いた話が蘇る。


 ーー生きている人に害を与える悪霊や魔女も、町に訪れると信じていた。


(まさか……)


 ゴクリと、口の中に留めていたジンジャエールを飲み込んだ。口の中の温度で生温くなった液体は、不快感を伴って腹の中に落ちていく。

 涼介は不安を押し留めるように、空になった紙コップをギュッと握り締めた。


(もし……叔父さんから聞いた話が、本当だとしたら?)


 ハロウィンの日である十月三十一日に、仮装をしている集団の中に紛れ込んでしまう可能性は……はたしてゼロだろうか。

 気配を探りながら、教室の中に居る面々を観察する。

 メイド、チャイナ服、アニメのキャラクター、ナース、魔女、ゾンビ、デビルにコスプレしている女子生徒達。いつもと姿は違っていても、誰が誰なのか、顔と名前は一致する。それから、男子は……。


「トゥリックァトゥリ〜ィ」

「うわぁ!」


 意識を向けていた外側から突然かけられた低い声。不意打ちに、心臓が飛び出しそうになる。

 ドクドクとうるさい心臓を制服の上から押さえながら背後を振り向けば、ニシシと笑う親友の野口雄大の姿があった。

 ミイラに仮装しているのか、ゾンビに仮装しているのか、血のにじみを作った包帯をグルグルに巻いている。


「ビックリしたぁ。心臓飛び出るかと思ったわ!」

「注意力散漫だからだよ」


 どちらかと言えば、集中し過ぎて気づかなかったのだが……雄大に説明したところで、どうにかなるわけでもない。涼介は諦めの溜め息を盛大にこぼした。

 雄大は悪びれた様子もなく、満面の笑みを浮かべ、涼介の肩に手を置いて顔を耳元に近づけてくる。


「なになに? 女子達に見とれてた? ボディライン分かる系のヤツやばいよな」


 キャッと両手を当てて口元を隠す雄大に、涼介は軽蔑の眼差しを向けた。


「違うし。俺が見てたの、アイツだよ」

「アイツ?」


 涼介と雄大の視線の先には、長身のジャック・オ・ランタンに仮装している一人の姿。

 あんな背の高いクラスメイトは居ない。


「あれさ、誰が仮装してる?」

「え? あのカボチャ頭? ELTのリチャードじゃねーの? ハロウィンパーティーやるから来なよって誘っといたし」


 英語の授業を担当しているアメリカ人のリチャードなら、たしかに身長はあのくらいかもしれない。

 でも、明るく社交的なリチャードだとしたら、壁際に突っ立っているのは不自然だ。


「それでは、お菓子の交換を始めてください!」


 場の仕切りを務める委員長から号令がかかる。

 教室内の至るところで、トリックオアトリートと聞こえ始めた。


「やっぱり顔がいいって得だよな〜」


 涼介の顔をしみじみと眺めながら唇が尖らせる雄大に、涼介は不機嫌を隠さず眉根を寄せる。


「なんだよ急に」

「気づいてねぇの? お前にトリックオアトリートって言いたくても言えない、抜け駆けできない女子達の視線を!」

「はぁ?」


 そんなわけあるか、と周囲に目を向ければ、たしかに……ソワソワしている女子のグループがいくつもある。

 誰が、どこのグループが先に涼介のところへ行くのか、様子見と牽制が静かに行われていた。


(チッ。めんどくせぇ……)


 意図せず、だいたいこうなる。

 小学生の頃はまだマシだったが、思春期盛りの中学生になってから、女子たちのそれはより顕著になっていた。

 カッコイイと言われるのは素直に嬉しいけれど、それがやっかみや妬みの対象になるのであれば、迷惑この上ない。


「涼介君……」


 恐るおそる先陣を切って声をかけてきたのは、同じ弓道部に所属している梶間弥生と小野柄佑奈だった。

 頭にデビルの角を付けて黒いメイド服を着ている弥生と、ゾンビのメイクに白を基調としたフリフリのロリータ服を着ている優奈。正反対のように見えて共通点を作っているコーディネートは、仲のよさを伺わせた。


「はい! トリックオアトリート」

「お菓子くれなきゃ脇腹コチョコチョしちゃうぞ!」

「やめてくれ」


 雄大のせいで広まってしまった涼介の弱点。指でぶっ刺されたりコチョコチョされては、たまったもんじゃない。

 涼介はクラスの人数分用意していた袋詰めのチョコレートを取り出した。


「はい、お菓子。ハッピーハロウィン」

「なんだ。やっぱり用意してたんだ……」

「コチョコチョさせてくれてもよかったのに」


 残念そうな弥生と佑奈に、涼介は「勘弁してくれ……」と呟きながらチョコレートを手渡した。そして二人がくれたのは、手作りのクッキー。これも一緒に作ったのか、型とデコレーションが同じだった。


「ねぇ、俺には? トゥリックァトゥリ〜」

「もちろん、野口君にも用意してあるよ」


 今にもなにかイタズラをしかけそうな雄大に、弥生はラッピングしてあるクッキーを見せる。


「はい。トリックオアトリート」

「おー! サンキュー。ハピハロ!」


 弥生と佑奈からクッキーを受け取り、雄大はニカッと笑みを浮かべた。


「これさ、俺がお菓子あげなかったらなんかイタズラするの?」


 冗談めかして笑う雄大に、弥生は無言で雄大の脇腹を突き刺した。


「うはぁ!」

「野口君の弱点も脇腹だっていうのは、周知の事実なんだからね」

(つつ)かれたくなかったら、大人しくお菓子をよこすのよ」

「え〜っ! なんか、それってもう脅迫じゃん」


 雄大は目に(うっす)らと涙を浮かべ、刺された脇腹を摩りながら小袋に入れ直した飴玉を差し出す。


「イタズラしてほしそうだったから脇腹攻撃してあげたんじゃない」

「お望みどおりイタズラしてあげたんだから、文句言わないの〜」

「へいへい、分かりましたよ」


 ブツブツ文句が続く雄大を押し退け、弥生と佑奈が去っていった涼介の元には女子達が続々と押しかけ始めた。

 そんな中でも、やはり気にかかるのは長身のジャック・オ・ランタン。

 視えているのかいないのか、クラスの誰もジャック・オ・ランタンの元には行っていない。


(視る能力が無い雄大には見えてるのに、他の皆には視えていないのか?)


 それとも、見えているけど本能が警戒して近づかせないのか。

 クラスの全員とお菓子交換が終わっても、ジャック・オ・ランタンは壁際からピクリとも動かない。


(なんかもう、不気味でしかない……)


 気にしないようにしても、気にかかってしまう。


「なんだよ涼介。あのカボチャ頭まだ気になんの?」

「うん。あの場所から全然動かないんだよ。それに、皆見えているのかいないのか……なんか、おかしくない?」

「だから、リチャードだって。きっと雰囲気出したくて、ずっとあんなふうにしてんだよ。俺が声かけてきてやるから、待ってろ!」

「あ、待っ……」


 下手に声をかけて、存在を認知していると知らせては面倒な事態になりかねない。

 そういう存在に自らすすんで関わってはいけないと、涼介は志生からきつく言われていた。

 雄大を引き留めようと手を伸ばすも、指先を(かす)っただけで肩を掴み損ねる。

 雄大が手を大きく振り、口を開こうとした瞬間、ガラッと教室のドアが勢いよく開いた。


「Sorry! I’m late. 遅クナリマシタぁ」


 そこには、マントを羽織ってキバと血糊を付けた金髪碧眼のリチャードが立っていた。


「遅いよ〜リチャード!」

「Sorry. 準備ニ気合イ入レテタラ、遅クナリマシタ。Hey! Let's enjoy! Trick or Treat」

「トリックオアトリート!」

「Happy Halloween! YEAH」


 リチャードは集まってくる生徒達にお菓子を配り始める。


「あれ? リチャードあっち?」


 カボチャ頭の元へ向かおうとしていた雄大は足を止め、涼介に顔を向ける。

 涼介は固唾を飲み、ゆっくりと壁際に目を向けた。

 壁際に居たはずの、ジャック・オ・ランタンの姿が無い。消えている。

 教室内を見回しても、マントを着ている長身のカボチャ頭はどこにも見つけられない。

 リチャードが入ってくるまで、特別教室のドアは閉まったままだった。窓も開いていない。


「えっ、なに……見間違い?」


 見えていたものが突然消えて、少なからず雄大は動揺している。涼介は、カボチャ頭が佇んでいた壁から目が離せないでいた。


「……まさか、な」


 彷徨える魂と言われているジャック・オ・ランタン。

 カボチャをくり抜いて作ったランタンのほうは、善い霊を引き寄せて悪霊を遠ざける効果があると言うけれど……。


(さっきのが、地獄にも天国にも行けずに彷徨っている……本物だったら?)


 ハロウィンのこの日、本当に本物が紛れ込んでいたのかもしれない可能性は、否定できるだろうか。

 もし、雄大が声をかけていたら。もし、ジャック・オ・ランタンがなにかアクションを起こしていたとしたら……。


 生暖かい風が吹き抜ける。


 もしもを想像した涼介は、サーッと静かに血の気が引いていくのを感じた。



《終》

ハロウィンっぽいのが書きたくて。

ホントは、ハロウィンの日に完結させたかったです(´•ω•`๑)シュン


読んでいただき、ありがとうございました。

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