シルビアの策略(瑞希視点)
(瑞希視点です)
「瑞希ちゃん、執行部に入る気になった?」
(双葉ちゃんって意外としつこいわね……)
私と双葉ちゃんは食堂で昼食を食べていたのだが、あれから毎日この調子だ。
「え、え~っと、今他の委員会を見学してるところだから、もう少し待ってって言ったでしょう?」
「だって~私ももっと瑞希ちゃんと仲良くなりたいし、ソフィア会長も瑞希ちゃんのことをすごく気に入ってて、絶対に執行部に入って欲しいんだもん♪」
「う、うん……それはありがたいんだけど、もうちょっとだけ待ってね」
双葉ちゃんからは熱烈な勧誘を受けていたが、私はここ数日生徒会執行部以外の委員会をいくつか見学させてもらっていた。
図書委員会の活動は先日の生徒会見学の際にある程度分かっていたので、生活委員会や美化委員会、保健委員会を見学させてもらったのだが、どこに行ってもソフィア会長は絶賛され、熱い支持を受けている様子が感じられた。
会長に直接助けられた訳ではなくても、生徒の不満や要望を巧みに吸い上げ、より良い学校運営を目指す姿勢が評価されているようだった。
いくつかの委員会を見学した結果、どこかに所属するとすればやはり執行部がいいだろうとは考えていた。
こんなにも評判のいい会長の下で、双葉ちゃんと一緒に執行部の仕事をすることは自分にとっても成長できる機会だろうし、熱心に誘ってもらえてもいる。
半蔵も執行部に入ることを薦めてる節があるのだが、何故か私は前向きに考えることができずにいた。
そんなある日、移動教室から戻る途中で廊下の向こうからアイリスさんとシルビアさんがこちらにやって来るのが目に入った。周囲の生徒はアイリスさんを見てクスクス笑っている。
何かあるのかと目を凝らすとアイリスさんのシャツにケチャップのような染みが付いていた。誰も教えてあげないようだったので、仕方なく私は声をかけた。
「あの、アイリス先輩、シャツにケチャップが付いてますよ?」
「にぎゃ~~!! シ、シルビー、何で教えてくれなかったのよ!!」
「あらあら、ワタクシはお嬢様の半歩後ろに従っていますから、前に付いた染みまでは気付きませんでしたわっ!!」
「なら仕方ないわね。三日月瑞希だったかしら? 教えてくれて、その……あ、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
いつぞやの朝の校門でのやりとりから、アイリスさんには少し気難しい印象を持っていたのだが、素直にお礼を言われて驚いてしまった。それだけでなく、少し顔を赤らめて恥ずかしそうにもじもじとする様子はとても愛らしく、なんというか守ってあげたくなる可愛らしさがあった。
翌日は下校しようと下駄箱で靴に履き替えていたところ、アイリスさんが上履きのまま帰ろうとしていたので教えてあげた。
すると、上目遣いで「あ、ありがとう……瑞希お姉ちゃん」と言われてしまった。
か、かわいい……可愛すぎる。上級生にも関わらずお姉ちゃんはどうかと思ったが、庇護欲が完全に上回ってしまい、思わず「どういたしましてアイリスちゃん」と言ってしまった。
「ち、ちょっと、先輩に向かって……」
「お嬢様っ!!」
失言をしてしまったと思ったが、メイド姿のシルビアさんがアイリスさんを制して、続けてこんな事を言ってきた。
「一度ならず、二度までもお嬢様を助けていただき、感謝の言葉もございません。グッドスピード家を代表して、主に代わってお礼を申し上げます。つきましては、明日の昼食後風紀委員会室にてアフタヌーンティーにご招待させていただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」
「え、あ、はい……予定は特にありませんけど……」
「では決まりですね。お待ち申しております」
それだけ告げると二人はスタスタと校門へと向かって行ってしまった。
「あ、アイリスさん……上履きのままだけど……」
******
翌朝、半蔵と共に登校している途中で双葉ちゃんと会って、そのまま三人で学校へ向かっていた。
「どお、瑞希ちゃん、執行部に入る気になった?」
「もう、またそれ? 近いうちにちゃんと返事するから待ってってば」
「でゅふっ!! 双葉ちゃんと瑞希が仲良くなってうれしいお!!」
半蔵が相変わらずキモヲタモードに入るが、双葉ちゃんはすっかり慣れたようで、あははと笑っていた。
「まぁ瑞希ちゃんがそう言うならもう少し待つけど、来月には生徒総会があって、それは会計報告とか形式的なものが多いから別にいいんだけど、六月には生徒会選挙があるから忙しくなるんだよね~」
「へぇ~、選挙って準備とか大変そうだね」
「もうっ、他人事みたいに言わないでよ~。瑞希ちゃんにも手伝ってもらいたいんだからね!!」
「あ、ああ、そうね……」
私が曖昧に返事を濁すと、空気を読まずに半蔵が双葉ちゃんに話しかける。
「そんなことより~、今日もかわいいね~双葉ちゃん!! でゅふでゅふっ!!」
「あ、あのね、半蔵君。うれしいけど今は瑞希ちゃんと大事なお話してるから……」
そんな会話をしながら校門をくぐると、突然大きな音でホイッスルのような笛が鳴り響いた。音のする方を見ると、シルビアさんが風紀委員の腕章を付けて立っていた。
「虹元半蔵、女子生徒に対する嫌がらせ行為の現行犯だ。一緒に風紀委員室まで来てもらおう」
「え、ええっ!? 俺と双葉ちゃんの仲でそりゃあないよ~シルビアたん!!」
「そ、そうですよ!! 私は別にそこまで嫌じゃなかったし、いくら風紀委員だからってそんなの横暴だと思いますっ!!」
「ほう、二ノ宮双葉さん、これを見てもまだそんなことが言えますか?」
シルビアさんがスマホの画面を見せると、そこにはでゅふでゅふキモ顔でにじり寄る半蔵と、明らかに引いた顔をする双葉ちゃんの姿が写っていた。
「うっ……た、確かにこの瞬間はこんな顔しちゃったかもしれないですけど、私が気にしてないんだからいいんじゃないですか?」
「ううっ!! 双葉ちゃん……俺のためにそんなに必死で……でゅふっ!!」
「問答無用!! あなたがどう感じていようがそれは関係ないのです。風紀を乱すかどうかは我々風紀委員の裁量で決まるのです。分かったらお引き取りいただけますか?」
「うぐぐ…………」
双葉ちゃんは悔しそうにしていたが、確かに風紀を乱すかどうかは本人がどう思っているかよりも、周囲にどう見られるかが重要だと思われた。
シルビアさんに引きずられていく半蔵を見送り、私は双葉ちゃんを促して教室へ向かった。
教室に着いてしばらくすると半蔵が戻ってきた。双葉ちゃんは待っていたように半蔵の下へ駆け寄り、謝っている。
「ごめんね半蔵君、私のせいで……」
「いやぁ、双葉ちゃんは悪くないよ!! 風紀委員室ではアイリスたんとシルビアたんにダブルで説教されたけど、俺にとってはむしろご褒美だったね!! でゅふでゅふ!!」
「な、ならいいんだけど……」
双葉ちゃんは申し訳なさそうに何度も半蔵に謝っていた。悪いのは半蔵なのに、本当にいい子なんだと思う。
だけどこの時の私はまったく別の事を考えていた。
今朝もそうだけど、半蔵はいつも双葉ちゃんに馴れ馴れし過ぎる。
他の男子生徒は高嶺の花である双葉ちゃんに話しかけにくい雰囲気なのに、半蔵だけがあんな調子だから男子全般から反感を買っているのを感じていた。
それに双葉ちゃんに「かわいい」とか連呼してて……。
私はそんなこと一度も言われたことなんてないのに……。
そ、それはともかく、さっきのシルビアさんはとてもカッコよかった。
なんていうか、私が思ってても行動できなかったことをやってくれたというか……。とにかくちょっとすっきりしたのだ。
後でお礼でも言おうと思いました。
昼食はののかと学食で軽く済ませ、私は一人で風紀委員室へと向かった。
ノックをしてドアを開けると、紅茶の良い香りが部屋中に漂っていて、テレビとかで見たことのある貴族風の豪華な応接セットのテーブルにはスコーンやケーキ、マカロンなどが乗せられたティースタンドが置かれていた。
予想以上に本格的なアフタヌーンティーのようで、作法など何も分からない私は緊張してしまう。
「ほ、本日はお招きいただきまして、その……ありがとうございます」
「そんなに固くなる必要はありませんよ。現在では労働者階級まで幅広く行っている習慣ですから、どうかリラックスしてお茶を楽しんでいってください」
シルビアさんが優雅なカーテシーを行ってそう言ってくれたので、薦められるままソファーに腰を下ろした。アイリスさんは私の左斜めにある一人掛けのソファーに座ってスコーンを齧っている。
「もぐもぐ……すまないが私は昼食も兼ねているので先に始めさせてもらったぞ」
「あ、はい」
よく見るとアイリスさんの口元にはスコーンのカスが付いていて、かわいくてついつい先輩であることを忘れてしまい、「お口についてるよアイリスちゃん」と言って取ってあげてしまった。
「あっ、ごめんなさい。また失言を……」
「にぎゅぎゅぎゅ……」
アイリスちゃんは苦々しい顔をしていたが、シルビアさんと何やらアイコンタクトを交わすと、スコーンを紅茶で流し込んだ。
「ふうっ、ま、まぁいいわ。その代わり私は『瑞希』と呼ばせてもらうわよ」
「すみません……あまりにかわいくってつい……」
私にしては珍しいことだったが、先輩だと頭では理解しているのに、思わず「ちゃん」付けで呼んでしまう可愛さがあるのだ。半蔵が「アイリスたん」と呼んでいるのも今なら理解できる。なんなら私も「たん」付けで呼んでしまいそうな勢いだ。
シルビアさんがアールグレイの紅茶とマカロン、ケーキを数種類用意してくれたので遠慮しつつも御馳走になることにした。
「いただきます。……お、美味しい!!」
マカロンもケーキも今まで食べたどんなお店のものよりも素敵な味がした。
甘すぎず、しつこすぎず、素材の風味が口いっぱいに広がって、舌だけでなく鼻孔も喜んでしまうほど香りが五感をくすぐった。
紅茶も私が訪れる時間を計算していたのか、熱すぎない最適な温度になっていて、口に入れた瞬間芳醇な香りが口いっぱいに広がり、スイーツとの相性も抜群でなんとも言えない幸福感に包まれてしまう。
「はわわ~、し、幸せ過ぎる……」
「ふふふっ、驚いているようね。茶葉は流石に買ってきたものだけど、スイーツは全てシルビーが作ったのよ」
「えっ、ええっ!!?? 買ってきたんじゃないんですか? ってゆうかこんなに美味しいものって作れるんだ……シルビアさん凄すぎ……」
「お口に合った様で何よりです。パティシエの世界大会で何度かグランプリをいただいた程度で恐縮ですが……」
「ええっ!? それってメチャクチャ凄いじゃないですか!! 世界一の味かぁ……」
「我が風紀委員会では毎日これが食べられるのよ。どお? 風紀委員になる気になったかしら?」
「お嬢様、本日はお礼をするために瑞希さんをお呼び立てしたのです。勧誘などしては失礼ですよ」
「あら、そうだったわね。ごめんなさい、今のは忘れて頂戴、おほほほほ」
アイリスちゃんが優雅な所作でカップの紅茶に口をつける。流石はお嬢様といった感じで、外見とは裏腹に淑女の嗜みも身に着けているようだ。
でもかわいい。幼い女の子が背伸びして大人ぶっているようで、見ていてほっこりしてしまう愛らしさが溢れている。なんかもうずっと見ていたくなるなぁ、なんて思っていたが……。
「熱っつ!! またひたが火傷しちゃあ!! なんれ? みじゅきはふちゅうにのんれたのに!!」
紅茶が熱かった様でしゃべり方が舌足らずになっていた。火傷したのは可哀そうだったけど、私にとってはかわいさが完全に上回っていた。
はううっ!! なんなのこの生き物っ!!
かわいいを通り越してきゃわいいっ!! 家に連れて帰りたい!!
「申し訳ございませんお嬢様、カップが空になっておりましたので熱々の淹れたてを注いでおきました!! くっ、ほ、本当に……ぷぷっ、申し訳……ありません!!」
あれ、今「ぷぷっ」って言わなかった?
「わ、分かればいいのよ……。シルビーはこう見えて結構おっちょこちょいなところがあるから、瑞希も気を付けてあげて頂戴」
「は、はい……」
今絶対ぷぷって言ったよね……と思ってシルビアさんを見ると、私にだけ見える角度で邪悪な笑みを浮かべるシルビアさんと目が合った。
(あっ、これ絶対わざとだ……。アイリスちゃんは気付いてないみたいだけど、ポンコツかわいさを見るためにわざとやってるな、これ……)
「ふっふっふ、瑞希さんも気付いてしまいましたね。我が風紀委員会が誇るアイリスお嬢様のポンコツ可愛さに!! もうメロメロなんじゃありませんか?」
実際に口にはしなかったが、シルビアさんの目は私にそう語りかけていた……気がする。
数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。
読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、
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