アイリス&シルビア登場
(半蔵視点です)
まさかこんな日が来ようとは。
はっきり言って高校生活には何も期待していなかったし、昨日の入学式だって全く興味がなかったのだが……。
どんな奇跡が起きたのか、俺の日頃の行いが良かったからなのか、担任教師や生徒会長を始め、俺の愛する二次元キャラ達が溢れる高校に通うことができるとは。
特にあの『ドキすぱ』の双葉ちゃんと同じクラスで、一緒に楽しい学園生活を送れるなんて夢にも思っていなかった。
こうなると学校に行くのが待ち遠しく、今朝も朝四時に目が覚めてしまった。
瑞希とはこれからも一緒に登校することになっていたため、約束の時刻までまだまだ時間に余裕がある。
『おはよう!! 今日もいい天気で素晴らしい一日になりそうだ!! 俺はいつでも行けるから準備ができたら呼んでくれ!!』
登校準備を整えた俺は瑞希にメッセージを送り、残りの時間はアニメのDVDを観て過ごすことにした。
今日の作品は『ポンコツお嬢様と不機嫌なメイド』だ。
ライトノベルが原作のアニメであり、元々はアメリカの旅商人として財を成した総合保険会社の社長令嬢であるアイリス・グッドスピードたんは、超お嬢様の高校二年生だ。
だが見た目が小学生並のロリで、プライドは高いが人を信じやすく、従者のメイドであるシルビア・クォーツにすぐに騙されたりからかわれたりする、いわば『ポンコツ』なのである。ポンコツ可愛い。
アイリスの両親はそんな娘の見聞を広めるべく、アイリスの兄ハリーが支社長を務める日本へと留学させる。
従者であるシルビアもアイリスと同い年であるが、しっかり者で日本の文化やサブカルチャーにも詳しかったため、日本留学に伴いアイリス付きのメイド長として同行することとなった。
二人は仲の良い友人でありながら、シルビアはメイドとして一歩引いた立ち振る舞いをする。腹黒な性格からアイリスに悪戯をして楽しむのが趣味のシルビアだったが、アイリスのことは大好きで素敵なレディーになって欲しいと思っている。
アイリスはアイリスで立派な両親や兄を尊敬し、少しでも近づこうと学校でも様々なイベントや委員会活動に積極的に立候補し活躍しようと奮闘するのだが、本人のポンコツっぷりやシルビアの邪魔が入るためいつもうまくいかない、というコメディ作品である。
「いやーいつ観てもアイリスたんはポンコツかわいいし、シルビアたんもイタズラメイド萌えすなぁ~」
俺がアニメを観ながらでゅふでゅふしていると、いつの間にか瑞希が隣に立っていた。
「どぅおわぁーーーーー!! ビックリしたっ!! ちょ、ノ、ノックくらいしてよね!! お取込み中だったらどうするの!! もうっ!!」
「スマホにメッセージも送ったし、玄関のチャイムも何回も押したし、ノックも何回もしたんですけど。まったく、夢中になるとこれなんだから。ほら学校行くわよ!!」
スマホを確認すると確かにメッセージが届いており、玄関のカギはもしものために三日月家に預けてあったため、それで入ってきたのだろう。今後は部屋のカギもかけておくことにしよう。
瑞希とともに学校へ向かう。時間はHRまで充分余裕があり、通学する生徒で最も混雑する時間帯よりはだいぶ早かった。
途中で彷徨と出会ったが、見知らぬ女子生徒二人に挟まれて爽やかな微笑みを浮かべて会話しながら歩いて行った。
「今の彷徨だったよな、横の二人は誰だったんだ?」
「う、うん……。女の子は多分彷徨くん達のクラスの子じゃないかな」
彷徨は爽やかイケメンで、甘いマスクに成績優秀とあり中学時代から女子生徒にモテまくっていたが、高校入学初日からクラスメイトにファンが付いたようだ。
くそぅ、リア充め!! だが彷徨は良い奴なので爆発しろとは思わない。
俺だってゲームの中じゃあちょっとしたもんなんだからねっ!!!!
学校にたどり着くと、校門の辺りの人だかりができている。
「あれ、なんだろう?なんか人がいっぱいいるけど……」
近づいてよく見ると誰かを迎えるためか、人だかりは校門を中心に左右に別れており、まるで花道のようになっている。
ほとんどは先輩の生徒達らしく、今か今かとワクワクそわそわした雰囲気が漂っている。
「なんか今から誰かやって来るみたいだよ」
先に到着していた彷徨が俺たちに気付き、何が起こっているのか教えてくれる。
「へぇ、なるほど……。先輩たちのこの様子からして、これは間違いなく素敵なことが起こるに違いない!」
「また変なイベントの予感ね……」
俺と瑞希が正反対のコメントをしていると、どこからともなくサンバの音楽が流れてくる。
「「お〜キタキタキタキター!!!」」
先輩たちのどよめきが起こり、生徒会長の二階堂ソフィアを始めとした十人ほどの集団が、なんとブラジルのサンバカーニバルの衣装を身にまとって踊りながらこちらに歩いて来る。
豪華な羽飾りの着いたカペッサを頭に載せ、背中に着けたコステロの羽は歩くたびにゆっさゆっさと揺れている。そしてタンガ(ビキニ)によって完璧なプロポーションが強調され、長い手足が顕になっている。
「な、なんだと!?まさかこれってアニメでお馴染み『生徒会長の登校パレード』なのか!? 実際に目にすることができるとは正しく僥倖!! 現実ではさすがにやらないかと思っていたけど、こんな時間にやっていたとは!! なんたる眼福!! 神の福音とはこの音色のことだったのか!!」
「音色って……ただのサンバミュージックだと思うけど。で、何なのコレ?」
あまりに興奮し神の祝福に感謝する俺を見て、瑞希は彷徨に何事かを問う。
「いや、俺も詳しくはないけど、半蔵に貸してもらった漫画だと、生徒会長がいろんな制服? を着て毎日登校するのが恒例行事らしい」
「それがパレード……? 何それ、非常識じゃない!?」
こんな素晴らしいことが目の前で起きているのに、瑞希は否定的な見解のようだ。
まったく、現実主義というか、頭が固いんだから。
ああ、それにしてもなんて素晴らしい学校なんだ!!
ここは天国なのか? 天国に違いない!
俺はスマホを取り出し、先輩たちに紛れてカメラのシャッターを押しまくった!!
でゅふっ!! でゅふっ!! でゅふっ!! でゅふっ!! でゅふっ!! でゅふっ!!
サンバのリズムで激しく踊りながら校門へと進むソフィア会長。
滴る汗が春の朝日に煌めき、なんとも美しい素晴らしい写真が撮れた。
会長、ありがとうございます!!!! 家宝にします!!!!
ソフィア会長に目を奪われていたため気付かなかったが、よく見ると校門の前には大小一組の人影が立っていた。
俺の目はその人影に釘付けとなる。なぜならそこにいたはまさに今朝DVDで見たばかりの人物たちだったからだ。
「んなっ!!!?あれはまさかアイリスたんとシルビアたん!?」
驚く俺に瑞希も何か察したようだ。
「半蔵、まさかあの二人も……って言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだよ瑞希くん!あそこにおわすは『ポンコツお嬢様と不機嫌なメイド』のアイリス・グッドスピードたんとシルビア・クォーツたんだ! アイリスたんはやっぱりロリかわいいしシルビアたんはイタズラに美しい! 俺の中でメイドさんといえばシルビアたんが代表的な存在だ。もちろん他にも素晴らしいメイドさんが登場する作品はたくさんあるがな!!!」
アイリスたんは金髪の美しい髪を左右にお団子風にした碧眼の美少女である。
見た目はどうみても小学生にしか見えないが、原作での設定はれっきとした高校生である。このまま行けばロリババア街道まっしぐらだろう。
素晴らしい!
そんなアイリスたんは威圧感を最大限に出すためなのか両腕を胸の前で組んでふんぞり返っている。
うんうんいいよその見栄のはり方。朝からほっこりしちゃうね。
一方のシルビアたんはヴィクトリアンメイド型のメイド服で紺色のロングスカートに頭にはホワイトブリムを着けている。翡翠のような美しい瞳に、銀色の長い髪をポニーテールにまとめている。
ソフィア会長は校門まで歩みを進めると、アイリスたんと対峙する位置で止まった。
サンダリア(サンダルタイプのサンバシューズ)を履いているため、元々高い身長がさらに高くなり、アイリスたんはソフィア会長を見上げる形になっている。
「ソフィア会長、朝っぱらから何かしらそのハレンチな格好は?」
「あら、見て分からない? ブラジルのサンバの衣装よ、アイリスさん」
「サンバの衣装は制服とは言えないのではなくて?」
「ふふ、この衣装はエスコーラ・ジ・サンバというカルナヴァルに参加する際のチームの衣装よ。ちなみに、エスコーラ・ジ・サンバとは直訳すれば『サンバの学校』という意味で、広い意味での制服には変わりないわ」
「そ、そんな屁理屈が通じると思って? ふ、風紀が乱れるのではなくって?」
なにやら正当な理由っぽいことを言われて早くも腰が引けてますよ、アイリスたん!!
「あら、風紀委員会にも決裁を回したはずだけど? まさか見ていなかったなんてことはないわよね、風紀委員長?」
アイリスたんの追及もソフィア会長にはどこ吹く風という感じだ。
「ふふんっ、会長が変なことをしないかちゃんとチェックしていますわ。あれ、でも、決裁? 制服に関する改定の書類なんて回ってきてたかしら……?」
後半は明らかに自信のなさが顔に出てますよ、がんばれアイリスたん!!!
そこにシルビアたんが割って入った。
「お嬢様。先日生徒会が発行した生徒会施行規則を確認してみては如何でしょうか。施行規則には制服に関する記載があったかと存じます」
そう言うと、タブレットを操作して先日改正された生徒会施行規則を表示させてアイリスたんに見せている。
「そうね、その手があったわ。ええと、サンバの衣装、サンバの衣装……ん!? の、載ってる!? なんで!?」
「お嬢様、これはひょっとしてお嬢様が見たいアニメがあるとかで最初だけちょろっと見て決裁したあの文書では?」
「う、確かにダラダラと長く書いてあるし、最初の方はセーラー服だのブレザーだの普通のことが書いてあるだけだったから、まあいいかって押したやつだわ……」
「これでわかったかしら? 私は規則でも認められている衣装で登校しただけよ。それにしてもシルビアさんのお陰でとんだ墓穴を掘ることになったわね」
「ぐぬぬ……」
「商人たるもの契約書や規則はちゃんと最後まで読まないとダメじゃない。それではごきげんよう」
そう言葉を残して、ソフィア会長は校舎へと姿を消した。
一触即発の生徒会長と風紀委員長のやり取りにハラハラした俺たちだったが、先輩たちには見慣れた光景のようで、バラバラと散会し校舎へと向かっていく。
「いやぁ風紀委員長はまたもや連敗かぁ」
「今日も生徒会長最高だったな」
「生足最高だぜ!」
「俺はメイド服至上主義だがな!!」
などの様々な声が聞こえてくる。
サンバの音楽も鳴り止み、後にはアイリスたん、シルビアたんの他、俺と瑞希だけが残された。
彷徨もいつの間にか校舎へ向かったらしく、取り巻きの女子と共に姿を消していた。
「ぐぅぅーーー、今日こそはあの女狐にキョトンと言わせられると思ったのに~~!!」
「お嬢様、それを言うなら『ぎゃふん』でございます」
「に、日本語は難しいわね……」
「アイリスたん。残念だったねぇ」
さっきの今で重ねてポンコツっぷりを発揮するアイリスたんにほっこりしながら、俺はアイリスたんに気軽に話しかける。
「な、なにかしら? えっ、に、虹元半蔵!?」
「あれ、俺のこと知ってるの? それは光栄だなぁ。でゅふふ」
「ま、まあ……色んな意味で有名だから、アナタ。それにしても「たん」付はやめなさい、私の方が先輩なのよ」
「でへへ~、ごめんねアイリスたん!!!」
可愛い幼女先輩に叱られてデレデレしてしまい、言われた傍から「たん」付けしてしまった。
「はぁ、まあいいわ。虹元半蔵には言っても無駄だったわね」
叱られても頬を高揚させて興奮する俺を差し置いて、瑞希がアイリスたんに問いかける。
「あ、あの……半蔵が色んな意味で有名とは、なにか良からぬことをしでかしたのでしょうか? 確かにアニメとかが好きすぎて変な言動とか行動とかしていますが、根はとても素直で良い子なんですよ」
「あなたは?」
「あ、私は三日月瑞希です。半蔵とはクラスメイトで……お、幼馴染です」
「なるほど、あなたが三日月瑞希ね」
「あなたがって? え、私の事も知っているんですか?」
「そりゃあ、あなた……」
「失礼します」
瑞希とアイリスたんとの話にシルビアたんが優雅にメイド服のスカートの裾を軽くつまみ上げてカーテシーを行って割り込んでくる。
「こほん。えー、三日月さんはご存知無いかもしれませんが、我々風紀委員会は今年の新入生で風紀を乱す恐れのある生徒はいないかと、入学式からチェックをしていたのです。その中で虹元さんは風紀を乱す恐れのある存在として、三日月さんは一年生の中で二ノ宮双葉さんに並ぶ美少女として委員会の中で話題になったもので……」
「え? そうなんですか? いや、でも私なんて全然モテないし、あの二ノ宮さんと並ぶだなんて……いやいやいや、そんな、二ノ宮さんに失礼ですよっ!!」
顔を真っ赤にして瑞希は否定するが、俺が風紀委員会に目を付けられているって部分はスルーですか、そうですか。
それにしても瑞希が双葉ちゃんに並ぶ美少女か。
まあ、確かに中学時代とは髪型も変わって、高校生になってぐっと大人っぽくはなったけど……。
第三者から見てあのウルトラマーベラスグレートヒロインの双葉ちゃんと横並びにできる程だというのか?だとしたらなんだか複雑な気分だ……。ま、まぁ俺には関係ないけどねっ!!
「行くわよ。シルビー!!」
「はい、お嬢様」
アイリスたんとシルビアたんも校舎へ歩いていく。
校門からは登校してくる生徒も増え、次々と俺たちを追い越していった。
「私が、二ノ宮さんと並ぶ美少女……。うふ、えへへへへへ」
いつまでも赤い顔でニヤニヤしている瑞希にイラッとし、俺は瑞希を置いて教室に向かった。
「双葉ちゃ〜ん! おはよ〜」
「おはよう。半蔵くん♪」
俺が教室に入るなり双葉ちゃんに大声で挨拶をすると、双葉ちゃんも昨日と変わらぬ完璧な笑顔で応じてくれる。
「ぐはっ!! なぜ教室に女神がいるのかと思ったら双葉ちゃんだった!! 今日も変わらず可愛いね」
「ありがと♪」
皆さんご覧になりましたか!? パーフェクトヒロインたるこの女神対応!!
ちょっとかわいいって言われただけでデレデレしちゃう、どこかのエセヒロインとは違うんですよ!!
ああ、こんな素敵な笑顔を毎日見られるとは、俺はなんて幸せなんだ!これだけで今日も一日頑張れるね!
「瑞希ちゃんもおはよ♪」
「お、おはよう……」
少し遅れて瑞希も教室に入ってきたが、双葉ちゃんの顔をマジマジと見て固まっている。おそらくこんな美少女と同じくらいかわいいと言われたことを引きずっているのだろう。
双葉ちゃんは昨日とは違い、瑞希のことを下の名前で呼ぶようになっていた。一方の瑞希は「二ノ宮さん」とまだまだ硬い。せっかく双葉ちゃんから友達になろうとしてくれているのにもったいない。
そこで教室の扉が開き、担任の新米千春先生が入ってきた。
新米先生は昨日とは色の違う細身のパンツスーツに身を包んでおり、体のラインが強調され大人びた雰囲気を醸し出している。それでいて少し幼さの残る顔立ちの美人とあって、校内でも人気の先生のようだ。
まぁ元々が人気漫画の主人公なんだから当然と言えば当然なのだが。
程なくしてチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。
「みなさん。おはようございます。今日も春らしい素敵な陽気ですね。それでは出欠を確認しまーす。欠席の人は手を挙げてくださ〜い」
千春先生が右手を上げて挙手を促す。当然誰も挙げなかったが、実はこの出欠の取り方は原作漫画ではお約束で、俺としてはせっかくパスが出されたのだからこのボールを追わない訳にはいかない。
俺は元気に右手を挙げた。
「せんせーい。俺いません」
「はいはい。じゃあ虹元くんは欠席、と」
「でゅふ。あざま〜す」
「はい、じゃあ欠席者はいないみたいね。今日から授業が始まります! 皆さん頑張っていきましょ〜」
クラスメイトも最初は先生の寒いギャグと俺の妙に高いテンションにざわめき立っていたが、何日か経つとこのやり取りがすっかり定番となっていくのだった。