生徒会長二階堂ソフィア登場(瑞希視点)
(瑞希視点です)
ちょっと待ってほしい。
高校入学初日からゲームのヒロインだの、漫画の主人公だの、一体どういうことなのだろう。私は普通の私立高校に入学したというのに、こんなことってあるのだろうか?
それとも義務教育と違って高校というのは一般的にこういう世界なのだろうか?
どの高校にも二次元のキャラがいて一緒に授業を受けたりするものなのだろうか?
いや、まさかそんなことはないはずなのだ……。
クラスメイトの様子は入学初日ということもあり、これから始まる入学式のことや真新しい制服、学校の設備や部活をどこにするかなどに関心が向いているようで、あちこちでそんな会話がささやかれていた。
担任教師や二ノ宮双葉のことは美人の先生やかわいいクラスメイトがいてラッキーだという程度の反応で、この状況に違和感を感じている様子は見られない。
「三日月さん、難しい顔してどうしたの?」
「う、ううん。何でもないの」
二ノ宮双葉に話しかけられ我に返った私は、とりあえず場の空気に合わせることにした。
半蔵はさっきから「でゅふっ! でゅふっ!」とキモヲタモードに入っているためまったく頼りにならないので、後でののかや彷徨に相談することにしよう。
簡単に挨拶と事務連絡を済ませると、新米先生は入学式を行う体育館に移動するように生徒に指示をした。
担任を先頭にして一年三組の生徒がぞろぞろとなんとなく塊になって体育館へ向かってゆく。移動中も半蔵は二ノ宮双葉に話しかけていた。
「双葉ちゃん双葉ちゃん!! でゅふふ!! でゅふふ!!」
なんとも言えない気持ち悪さを発揮しているが、二ノ宮さんは何事もないように完璧な笑顔を向けている。半蔵と二ノ宮さんが楽しそうに会話をしながら歩いているのを後ろから眺めつつ、私は一人考え事をしていた。
(この状況はおかしい!!)
そう確信しつつも、実際のところ二次元のキャラクターが現実に存在していることを認めざるを得ない感覚もあった。
なんというか、リアリティーあるのだ。
なぜこの様な状況になったのか全く分からないが、そこに関しては受け入れるしかないようだ。幸い二ノ宮さんも新米先生も悪い人には見えないし、仲良くもできそうだ。
一人考えながら歩いていると、程なくして体育館へ到着する。
クラス毎に指定されたパイプ椅子に座っていくが、どうやら二ノ宮さんは新入生の代表あいさつがあるらしく、半蔵と別れて一人で前の方へ歩いていった。
(二ノ宮さんって優秀なんだ……。そういえば半蔵が勉強もスポーツも性格もパーフェクトなヒロインって言っていたっけ)
『二ノ宮双葉』の魅力を熱く語っていた昨日の半蔵とのやり取りを思い出しながら、二次元の設定がそのまま現実にも適用されるものなのかなどと、とりとめのないことを考えていると、入学式の次第は進み、生徒会長による歓迎の祝辞が始まるところだった。
壇上の演台の前には一人の女子生徒が立っている。背が高く色白でモデルのようにスタイルがよい。目鼻立ちは凛々しく、薄紫色の長く艷やかなストレートヘアが知的な印象をより引き立てていた。
「柔らかく暖かな風に舞う桜とともに入学される新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
私は生徒会長をしております二階堂ソフィアと申します。
私共在校生一同は皆さんの入学を心待ちにしておりました。
皆さんはこれから始まる高校生活に様々な期待や希望をお持ちかと思いますが、同時に新しい環境への不安も抱えていると思います。しかしご安心ください。
私を始めとする生徒会や先輩たち、先生、父兄、ご来賓の皆様、そしてここに入学された同級生は皆仲間です。
全ての生徒が何らかの形で誰かと繋がりを持ってお互いを助け合い、励まし合い、時には競い合う。そんな関係を築けるような環境をこの学校は持っています」
凛としたよく通る美しい声に会場の全員が引き込まれるのが伝わってくる。
「その環境を作り出す土台となっているのが「自由な校風」です。
自由と言っても、『Freedom』漠然と存在している自由ではなく、『Liberty』自らの力で手に入れた自由のことです。
例えば皆さんは既にお気付きだと思いますが、皆さんの制服は千差万別です。標準となる制服は存在しますが、『他校の制服でなければOK』など、規定さえクリアしていればどの様な制服でも構いません。
なぜこの様なことをしているのか、それは皆さんは仲間であるとともに、それぞれ違った個性を持つ人間である。そのことをより強く感じてもらうためです。
学校という環境はただ単に勉学を学ぶだけの場所ではありません。社会のルールや人間関係など様々なことを学ぶ場所です。そうした学びの場として緊張感を持つために私服ではなく『制服』という服装で生活をしてもらいます」
流石は生徒会長といった堂々たる祝辞を聞いていると、前列に座っていた半蔵がなにやら興奮した様子ででゅふでゅふしている。まさか、この生徒会長も……。
「制服はこの世界で最も優れた服であると言えましょう。
なぜなら、制服を設ける最も重要な目的は、組織内部の人間と組織外部の人間、組織内の序列・職能・所属などを明確に区別できるようにすることであり、その目的を達成するために意匠や材質は吟味に吟味を重ねられた洗練されたデザインだからです。
特に私が現在着ているこのセーラー服はこの国の学校制服の歴史において最も伝統的で世界に誇れる文化と言えます。
最近はセーラー服を制服とする学校が少なくなり大変残念ではありますが、素材や意匠が工夫されて今もなお多くの生徒の学校生活を助ける衣装として活躍しています。私が着ているこのワンピースタイプのセーラー服は非常に古いタイプと言われておりますが、現代の流行に合わせてデザインや素材が改良されてとてもおしゃれな制服になっています。
これこそ温故知新!
まさに制服は常に洗練され続けているのです!!!
制服最高っ!!
制服万歳っっ!!」
……どうやら嫌な予感が当たったようだ。
生徒会長『二階堂ソフィア』による祝辞ならぬ演説に聴衆は呆気に取られるが、当のソフィア会長は、「こほんっ」と咳払いを一つして話を続けた。
「さて、少し話が逸れてしまったようですが、皆さんを受け入れる準備は全て整っています。私達と一緒に学校生活を楽しんでいきましょう」
ソフィア会長は一礼をすると満足そうな笑みを浮かべつつ洗練された動作で壇上を後にした。
続いて新入生代表の二ノ宮さんの答辞があったが、こちらは話が横に逸れることもなく、まさに模範的な回答といった内容だった。
アドリブで生徒会長の制服愛に関するリアクションも入れるなど、優等生っぷり溢れる素晴らしい演説にその場の全員が聞き惚れ、教師たちも満足そうにうんうんと頷いている。
残りの教員紹介と校歌斉唱は難なく終わり、新入生は自身の教室に戻るように教員から指示がされた。
二ノ宮さんは何らかの用事があるということで、私は半蔵と教室に向かうことになった。
「生徒会長はとても綺麗な人だったね。でも、途中から発言がおかしかったけど……」
「ふっふっふ。あの方はアニメ『生徒会長の世界制服』の二階堂ソフィアさんに間違いない。なにせ、あの美貌! あのナイスバディ! そして制服への熱すぎる思い! まさしく本人そのものだ」
「まさか、あの人も二次元の世界の人とかって言わないでしょうね?」
どうやらコスプレなどの類ではなさそうだ。まぁ生徒会長の演説でコスプレする方がどうかとも思うが……。だけど、そうするとやはり二次元キャラ本人ということになるのだろうか。
「いや、俺はむしろあの演説で確信したね。それに俺にはこのクソみたいなリアルの世界で自然発生的にあんな魅力的なお方が存在するとは考えられない。つまりソフィアさんはアニメの世界からこの世界に顕現したに違いない!」
「そんな無茶苦茶な背理法があるかよ」
後ろから声がかけられ、振り返ると彷徨くんとののかが近づいてきた。
「半蔵の無茶苦茶な理論はともかく、まあ俺もあの生徒会長は本物の二次元キャラだと思うよ」
「『本物の二次元キャラ』って言葉が既に意味不明なんだけど……」
彷徨くんは半蔵の親友であり、中学のサッカー部時代からの相棒のような存在である。半蔵がサッカーを辞めてからもとても仲が良く、馬が合うらしい。
半蔵の影響でゲームやアニメ、漫画などにも詳しく、二次元に対する偏見もないようだ。
それでいてリアルでも空気は読めるし、常に冷静で的確な判断を行えることもあり、信頼のおける存在である。ついでにルックスも良く、女子からの評判はとても高い。
その彷徨くんの判断であれば信憑性も高まるというものだ。
「結局は彷徨も俺と同じ考えってことだろ? よし、俺は他にも校内に二次元キャラがいないか探しに行ってくる!!」
半蔵は一足先に教室の方へ走って行ってしまった。
「彷徨くんも漫画やアニメの世界の人が出てきてると思ってるの?」
「まぁ、そうかな。俺たちのクラスにもちらほら漫画とかアニメで見たような奴がいてね。ののかは気付かなかったみたいだけど。最初は自由な校風だからコスプレでもしてるのかと思ったけど、どうもそうでもないような感じだな」
「うん。うちのクラスにはさっき新入生代表で答辞をしてた『ドキすぱ』の双葉ちゃんに、担任の先生もどうも二次元キャラみたいなんだよね」
「へぇ、そうなんだ。まぁ、それらに加えてさっきの生徒会長の演説だね。あの制服愛はキャラクターそのものだよ。他人がなりきっているというレベルではないね。これだけ多くの二次元キャラが現れている現実は受け入れるしかないんじゃないかな」
「うん……。そうか〜、彷徨くんもそう思うんだ。ののかは?」
「私からしたら、漫画やアニメに詳しくないから、ただの初対面の人って感じだけどねー。彷徨くんから話を聞いてもピンと来ないし、実害もないみたいだし? 楽しければいいかな〜って思うけどね。瑞希にとっても特に問題はないと思うんだけど?」
ののかはニコニコして答える。そういう問題なのだろうか。
確かに実害はないのかもしれない。
漫画やアニメに興味のない人はそもそも気付いていないだろうし、知識のある人でも半蔵みたいに興奮しまくる方が少数だろう。
明らかにおかしなことになっているはずだが、特に問題視している人もいないようだ。だけど、なぜか心がモヤモヤする。
「まあ瑞希の気持ちも分からなくはないけどさ。現状では特に問題がないのも事実だろう? それとも半蔵がこよなく愛する『ドキすぱ』の双葉ちゃんが現実に現れて、いい関係になっちゃうのが心配なのかな?」
「そんなんじゃないわよ、もうっ!!」
確かにサッカーに打ち込んでいた時の半蔵はかっこよかったかもしれない。
ただし、二次元にハマってからのあいつときたら、でゅふでゅふと意味不明の言動を繰り返すばかりでちっともかっこいい場面など見たことがないのだ。
半蔵の両親に面倒を見る約束をした手前、高校入学早々に半蔵がクラスで浮いた存在にならないようにとは思っていたが、恋愛感情は無い。今では出来の悪い弟のような存在なのだ。
そうこうしているうちに一年生の教室の前に着いたので、彷徨たちと別れそれぞれの教室に戻ると、しばらくして担任の新米先生が入ってきた。
その日はクラスメイトの自己紹介と簡単な連絡事項が告げられて解散となった。
クラスメイトには他にも二次元キャラが居たらしく、半蔵は自己紹介を聞く度に「むむむ」と納得したり、だらしなくニヤニヤしたりしていた。
周りの席の数人が半蔵のリアクションに気付きドン引きしていたが、幸いなことに私たちの席は一番後ろの方なのでそれほど目立つことはなかった。
二ノ宮さんはそんな半蔵を見ても特に気にする素振りもなく、ニコニコと微笑んでいた。
解散になったため、ののか達と合流して帰ろうとすると、半蔵が二ノ宮さんに声を掛けていた。
「ふ、双葉ちゃ〜ん。一緒に帰ろ〜」
「え? い、一緒に帰って、友達に噂とかされると困るから、ごめんね」
「はい(゜∀゜)キタコレ!!決め台詞いただきましたー!! でゅふぉぉぉ!! ありがとうございます!!」
どうやらゲームで定番のやり取りであったらしく、一緒に帰ることを拒まれたにも関わらず嬉しそうに興奮する半蔵。
心の底からキモイと思いました……。
「あ、ごめんね。本当に、今日は用事があるからダメなんだ。また今度♪」
「え〜約束だよ〜、でゅふっ!!」
「え、ええ……♪」
半蔵の馴れ馴れしさとキモさに流石の二ノ宮さんも若干怯むが、すぐに完璧な笑顔を半蔵に向ける。
さすがは大人気ゲームのヒロイン。アイドル並みの神対応だなと変に感心してしまう。
二ノ宮さんは私たちに手を振ると先に教室から出ていってしまった。
「半蔵〜、流石に今のはキモすぎなんじゃない?」
「そんなことはない! 俺と双葉ちゃんの仲ならちょうどいいくらいだ」
「とは言っても現実ではほぼ初対面なんだから、そんなん言ってると嫌われるよ」
「うっ、それは困る」
むむむと唸り腕を組みながら考え込む半蔵を見て、私はこれからの学校生活が波乱の予感しかしないことにため息をつくしかなかった。
「はぁ……どうしてこうなった……?」