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双葉、壊れる

「はぁ、会長凄すぎでした……。カッコよかったです!!!」


「ふぅっ、どうにかして黒幕の正体を暴けないかとあの男の身辺を調査していたのが功を奏したようだね。だが、さすがに疲れたよ……」


 ソフィア会長はそう言って私のベッドにどさりと倒れこんだ。

 今更ながらナース服を着ているのが可笑しかったが、その顔はまだ何かを思案しているようだった。


「お疲れ様です♪ まだ何か心配でもあるんですか?」


「はぁ……啖呵を切ったのは良いが、これでどうやっても虹元半蔵を味方につけるしかなくなってしまったようだ」


「ん? どういうことですか?」


 アダム先生との交渉は完全勝利で決着し、半蔵君や私たちに危害が及ぶことはなさそうだったが、ソフィア会長には何か思うところがあるようだった。


「我々の生活を維持するためには、今回の交渉結果をある程度実行しなければ『あのお方』とやらに示しがつかないだろう? 何もしなければまたアダムが何か仕掛けて来るかもしれないし」


「え、う~ん……そうですね」


「それに、虹元半蔵と友人関係になりたいというのは『指令』とは関係なく、私も望むところだ。

 君もそうなんじゃないか?」


「そうですね、友達に……なってないのかな、まだ」


 私としては半蔵君も友達だと思っていたが、違うのだろうか。


「私が思うに、虹元半蔵は二次元大好きで『でゅふでゅふ』とか言ってはいるが、我々を友人とは思っていないようだ。

 それどころか……、瑞希さんや中学時代からの友人はともかく、新たな組織や人間関係を構築することについては一定の距離を保ち、踏み込むことを恐れているように私には感じられる」


「…………」


 そう言われてみれば、ソフィア会長の発言には心当たりがあった。

 確かにこれまでもたくさんお話はしてきたが、瑞希ちゃんとは違ってクラスメイト以上友達未満という距離をキープしているような印象を受けた。それは私に対してだけではなく、他のクラスメイトにも同じだった。


「おそらく、二年前の大怪我が原因としてあるのだろうな。

 心に壁を作ってしまっているとなると、なかなかに厄介だ……。

 壁を壊すには時間をかけて少しずつ信頼を得ていく方法もあるが、そんなに悠長なことはしていられない。となると、何か劇的な手段が必要になってくるが・・・・いや、待てよ?」


「何か思いついたんですか?」


 ソフィア会長は仰向けの姿勢から上半身を起こし、私の顔を覗き込んできた。


「人間関係を劇的に変える方法なら他にもあるじゃないか。しかも双葉さん、君の得意分野だ」


 私は嫌な予感がしていた。会長の顔がニヤニヤとしたものに変わる。


「友人関係がダメなら恋愛関係になってしまえばいい。

 心の壁さえ取っ払ってしまえば、後は友人関係を築くのも難しくはなくなるだろう。

 幸い虹元半蔵は『ドキすぱ』の『二ノ宮双葉』が大のお気に入りのようだしね。

 美少女恋愛シミュレーションゲームのメインヒロインにとっては容易いミッションだろう?」


「はぁ、やっぱり……。そんなことだろうとは思いましたけど。

 要は私に惚れさせろってことですよね?

 でも半蔵君は一向に私のこと攻略しようとして来ないんですよ? そんな相手にどうやって……」


「そうだな……。向こうが仕掛けてこないならこちらから仕掛けるしかないだろうね。

 普通に接していても効果が無いのであれば……色仕掛けでもするしかないかな?」


「い、色仕掛け? そんな……む、無理で……」


「おっと、無理とは言わせないよ?

 仮にも超人気美少女恋愛シミュレーションゲームのスーパーウルトラマーヴェラスグレートデンジャラスアルティメットヒロインたる君が、これくらいのミッションを遂行できない訳がない。

 仮に、ありえないことだが、万が一にも挑戦すらしないということになるのならば、それはもうヒロインではなくただのモブキャラと同じことだ。新シリーズは別の娘にメインの座を明け渡すことだね」


「ぐっ……!!!」


 ソフィア会長の口車に上手く乗せられているとは思ったが、私にもスーパーウルトラマーヴェラスグレートアルティメットエンジェルヒロインとしてのプライドがあった。


 だが……。


「ふ、ふふふ……普段は攻略される側の『二ノ宮双葉』がユーザーである『虹元半蔵』を攻略する……これは見物だな……やり方は君に任せる。好きなように攻略してみせてくれたまえ」


「わ、分かりました……。でも私にも考えがあります!! 要は半蔵君ともっと仲良くなればいいんですよね? 私は私のやり方でやらせてもらいます!!」


*********


 こうして私は『虹元半蔵を攻略する』というミッションに取り組むことになってしまったのだが、勢いで『私のやり方で』とか言ってしまった。


「まただ……頭がぼんやりする……」


 この世界で目が覚めた時と同じように、思考がはっきりしない。


 大見得を切ったのはいいが、誰かを攻略するなんて私の設定には無いことだ。

 だけど、このミッションだけは何としてでも成功させなければならない。


 私はうまく働いてくれない頭で、半蔵君と瑞希ちゃんをくっつけようと考えていた。

 色仕掛けとはちょっと違うけど、二人が恋人同士になれば半蔵君の心の壁も壊せるんじゃないかと思っていた。

 それに、半蔵君の心の壁を取り払うということには、私自身にも大きな意味を持つように思えていたのだ。


 ソフィア会長が指摘したように、確かに半蔵君は心に壁を作ってそれ以上の関係を築こうとしていないかもしれない。


 ただ……それは私自身にも言えることだった。


 ゲームのキャラクターだからなのか、それとも元々そういう性格なのかは分からなかったが、ともかく『二ノ宮双葉』も心に壁を築いて相手を一定以上の距離に近づかせない。

 そういう一面があることは自覚していた。


 瑞希ちゃんとの関係もそうだ。

 友達になったと思ってはいたけれど、目的やミッションが与えられないとまともに思考することもできず、執行部の活動なんかに逃げていた。


 普通の友達だったら一緒に遊びに行ったりガールズトークなんかで盛り上がったりもするはずなのに……。


 このままではいけない。

 そう思いながらもどうすることもできずにいた私にとって、今回のミッションは渡りに船、いや、霞がかかった曇り空に虹の橋をかけるきっかけとなる。そんな予感がしていた。


*********


 幸いにも半蔵君の腰の怪我は大事には至らず、検査結果が出た翌日には退院して自宅に戻ったとのことだった。

 登校するのはさらに次の日からということになり、私はその間『虹元半蔵』攻略プロジェクトのプランを練っていた。


 私は早めに教室に乗り込み、半蔵君を攻略するための心の準備を整えていた。


(ふふふ……いつでも来なさい『虹元半蔵』。

 二人をくっつけるための戦略は全て整っているわ。レディーパーフェクトリー。

 私がスーパーウルトラマーヴェラスグレートアルティメット諸葛亮孔明ヒロインというところを存分に見せてあげるわっ!!!)


 私が準備万端で待ち構えていると、いつもの様に瑞希ちゃんと一緒に半蔵君が教室に入ってきた。


「おはよ~双葉ちゃん! でゅふでゅふっ!! 今日も最高にかわいいね~!!」


 ふふっ、来たわね。まずはいつもどおり爽やかなヒロイン対応から入るわ。


「あら、ごきげんよう! 半蔵さん、瑞希さんも。おほほほほほ」


 あれっ?

 なにかおかしい?


 半蔵君の顔をみた瞬間、頭が真っ白になって、準備してきたセリフなんかが全てどこかへ行ってしまった。口調までもがおかしくなってしまっている。


「ど、どうしたの双葉ちゃん!! 具合でも悪いの?」


「い、いえ……体は大丈夫なんだけど……」


 瑞希ちゃんが心配そうに声をかけてくれる。良かった、瑞希ちゃんとは普通に話ができそうだ。


「何か変だね……。はっ、まさかやっと俺の愛が届いて、そんで双葉ちゃんも俺を愛するあまりまともに顔も見られない程恥じらっているということか!!でゅふふふっ」


「何を言ってやがるのかしらこのキモヲタが!! そんな訳ねぇだろうがこのスットコドッコイ!!」


「でゅっ!!??」


 思わぬ私の発言にクラス中がざわめきだした。


「えっ、いや、あの、違うの!! そうじゃなくて……」


「そうだよね、俺なんかキモいよね? ごめんね今まで馴れ馴れしくしちゃって……。

 双葉ちゃんがやさしいのに甘えてでゅふでゅふしちゃって……。

 やっぱり俺なんかが双葉ちゃんと対等に話なんかしちゃダメだよね。

 わかったこれからは一生しゃべりません。口を縫い付けて、食事は点滴と流動食だけで生きていきます……」


「違うんだってば半蔵君!! ちょっと落ち着いて!!」


 教室のあちこちで「ちょっと言い過ぎじゃない?」とか「やっぱり二ノ宮さんもそう思ってたんだ」とか囁かれているのが聞こえた。瑞希ちゃんを見ると、今まで見たことのないような痛々しい顔をして胸のあたりをギュッと掴んでいた。


 私は慌てて半蔵君の腕を取り教室を飛び出した。


*********


 屋上へとやって来た私は改めて半蔵君に謝る。


「本当にごめんなさい!! さっきのは私の本心じゃないの!! そりゃあちょっとはキモいなぁなんて思ったこともあったけど、私は基本的に半蔵君のこと……」


「いや、いいんだよ二ノ宮さん……ここは屋上?

 そうか、俺にここから飛び降りろって言うんだね?

 大好きな二ノ宮さんに見送られて死ねるならそれもいいかもしれないな」


「ちょっと!! 二ノ宮さんって何?

 初対面から『双葉ちゃん』だったのに今更? ごめんなさいってば!! 冗談でも死ぬなんて言わないで? 半蔵君がいなくなったら私悲しいよ!!」


「ああ、最期まで二ノ宮さんは天使だなぁ。こんなゴミムシみたいな俺にやさしい言葉をかけてくれて……もう思い残すことはないよ。

 いい思い出だけ残して俺は天国へ旅立つよ。いや、ミジンコよりも矮小な俺は地獄行きかな……」


「もう!! いいかげんにして!!!」


 私は思い切り半蔵君の頬を張り飛ばした。


「ズンドコベロンチョッ!!!」


「ひどい事言ったのは謝るけど、私の話を聞いて!!」


「痛ってぇ、って……な、なんで双葉ちゃんが泣いてるの!?」


「だ、だって……思ってもいない事を言っちゃっただけなのに……ぐすっ……半蔵君が話も聞いてくれないし、し、死ぬとかって言いだすし……ぐす……謝ってるのに、うっ……き、傷つけちゃってごめんなさい……うぇえええええん!!!!」


 おそらく私のプログラム上設定されていない行動をしようとしたのが原因で、システムがエラーを起こしてしまったのだろう。それはそうだ、『ラスボス』なんて呼ばれて攻略される側だった私が、一人の男の子を攻略する側に回っているのだから、システムが不具合を起こしても不思議ではなかった。


 急に泣き出した私を、半蔵君はオロオロしながらも慰めてくれた。私が泣き止むのを待ってハンカチを貸してくれた。


「ぐすっ、あのね、思ってもみなかったことを言っちゃったのには理由があってね。実はさっきまで私は、どうにかして半蔵君と瑞希ちゃんをくっつけようって作戦を実行しようとしてたの……」


「ええ……なんだよそれ……」


「実は半蔵君と瑞希ちゃんが救急車で運ばれたあの日、彷徨君とののかちゃんから昔の話を聞いちゃったの。

 それで、半蔵君と瑞希ちゃんが恋人同士になれたらいいなぁって思って。

 でも……これは今まで誰にも言ってなかったんだけど、私は元々ゲームの中のキャラだからなのか、設定された性格以外の行動とか発言をしようとするとブレーキがかかるというか、そういう言動ができないようになっているみたいなの。

 それなのにさっきはキャラじゃない事をしようとしたら、自分でも思ってもみなかった事を言っちゃったという訳なの。悪気はなかったけど、変なこと言って本当にごめんなさい」


「はぁ、そうだったんだ……じゃあキモヲタっていうのは……」


「うん。ヲタだとは思ってるけど、キモくはないよ? ……ちょっとしか」


「やっぱちょっとは思ってるのね……まぁしょうがないけど」


 半蔵君は『トホホ』としか表現しようのない顔をしていたけど、さっきまでのネガティブさは消えていた。


「それで、せっかく屋上まで来たから聞くけど、半蔵君は瑞希ちゃんの事どう思ってるの? 今でも好きだったりするのかな?」


「…………」


「私はね、二人のことお似合いだなぁって思うの。息ぴったりっていうか、もう夫婦みたいっていうか……」


「……単に幼馴染で付き合いが長いってだけだよ」


「そうかな?それだけじゃないと思うけど。二人とも私にとっては大事な友達だし、付き合うことになったら素敵だなって。そのためなら、私全力で応援しちゃうよ!! なんてったって私はスーパーウルトラマーヴェラスグレートアルティメットキューピッドヒロイン『二ノ宮双葉』だからねっ♪」


「……なんだよそれ」


「え……」


 半蔵君は私が今まで見たこともないくらい悲しい顔をしていた。

 私は純粋に二人を応援したいだけだったのに、半蔵君は顔を伏せ、私から目をそらし、口元は苦々しそうに歪んでいた。


「本当に……何なんだよ」


「…………」


「俺は別にアイツの事好きじゃないし、アイツだって俺みたいなキモヲタを好きになる訳ないだろ? ……話はこれで終わりでいいかな。俺は教室に戻るよ」


「待って、まだ話は終わりじゃない」


「…………」


 半蔵君はスタスタと屋上から出て行ってしまった。

 その背中は悲しいというよりも、怒っているように見えた。


 教室に戻ると先程と同じようにクラスメイトが私たちを見てヒソヒソと何か話をしていた。半蔵君はやっぱり怒っているようで、こちらを見ようともしてくれなかった。


 瑞希ちゃんが小声で「何があったの?」と聞いてきたが、私は半蔵君の様子を見て「何でもない」と同じように小声で返すしかなかった。


数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。


読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、

ブックマークや評価などしていただけると泣いて喜びます。


引き続きよろしくお願いいたします。

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