VSアダム
「そう……そんなことがあったのね」
私の知らない半蔵君と瑞希ちゃんの物語は、とてもせつなく私の胸に響いた。
あの二人はただの幼馴染なんかではなく、お互いを大切に想い合っていて、そしてかつては確かに愛し合っていた仲なのだ。
「あの……このことってあの二人は知ってるの?」
「お互い好き同士だったってこと? 残念ながらそれは知らないまんまだね」
「でも、それじゃあ……」
「今更それを言ったところでどうにもなんないと思うよ。それに、そんな野暮なこと俺らはしたくないし。なぁののか」
話を振られたののかちゃんは大きく頷いて彷徨君の言葉に同意した。
「そうだねぇ~、あれから半蔵君はすっかり別人になっちゃったし、瑞希も恋心なんてどこかに行っちゃったって言ってるしねぇ~」
「そんなぁ」
「二ノ宮さんがあの二人にくっついて欲しいって気持ちも分かるんだけど、随分時間も経っちゃってるし、半蔵は今やあの有り様だし……。もしも俺が瑞希だったら、他の女に『双葉ちゃん、でゅふっ!!』なんて言ってる男は願い下げだけどな」
「あはは~、彷徨君が『でゅふ』とかいうと面白いね~」
ののかちゃんはのん気というか、のほほんとした雰囲気でそんなことを言っていた。顔もかわいいし胸も大きいし、こういう性格も含めて男子に人気がありそうだ。
「う~~~~ん……そんなもんなのかなぁ……」
「まぁ、もしもあの二人が運命の相手っていうなら、ほっといてもそのうち勝手にくっつくだろ? 俺たち外野が口を出すようなことじゃないさ」
「う、うん……分かった。それにしても、二人とも大丈夫なのかな……」
「聞いた話だと瑞希はショックで気を失っただけみたいだし大丈夫だろう。半蔵はちょっと心配だけど、二年前に比べたら大した怪我でもないと思うけど……」
それから三人で雑談を交わし、六時限目が始まる時間を見計らってそれぞれの教室に戻ったのだった。
彷徨君はああ言っていたけど、私は瑞希ちゃんと半蔵君が恋人同士になれたら素敵だなぁと思っていた。
二人とも私にとっては友達だし、お似合いのカップルだと思っていた。
何より勿体ないではないか。せっかく好き同士だったのに。
午後のホームルームで千春先生から報告があり、瑞希ちゃんは意識が戻って問題もなさそうだったため家に戻ることになったとのこと。
半蔵君は念のため一日入院して検査が行われるとのことだった。
両親がフランスで生活しているため半蔵君が一人暮らしをしていることを、私はこの時初めて知った。
*********
その日の夜、ソフィア会長が学生寮の私の部屋を訪ねてきた。今夜は定番のナース服を着ている。
「いったい何着くらい持ってるんですか……?」
毎度の事なのですっかり慣れてしまったが、ソフィア会長は見る度に違う制服を着ていて、私はあきれてそんなことを言ってみる。
「それを数える意味が私にはあるとは思えないね。
世界にはまだ未知の制服が存在し、また時代と共に新たな制服が生まれてくるのさ。私の世界制服はこれからも永遠に続いていくのだろうね」
「はぁ、そうですか……」
予想通りというか、予想以上に斜め上の発言に言葉を失ってしまう。
「それより、今日は君のクラスで大変なことがあったようだね。救急車が出動する騒ぎになったようだが」
「そうですね。瑞希ちゃんは大したことなくって良かったですけど、半蔵君は心配です」
私が教室で起きた事件と、二年前に半蔵君が大怪我をしたこと、今回同じ場所を痛めてしまったようだと話すと、ソフィア会長も心配した様子だった。
「そうか、大事に至らないといいのだが……。
私に弟はいないが、もしいたらこんな気持ちだったのだろうね」
「分かります。普段はでゅふでゅふ言っててクラスメイトからも冷めた目で見られてるんですけど、何故か私には憎めないし、微笑ましく思えちゃうんですよね~♪」
「ふふふっ、なんだかガールズトークみたいだね」
「えっ、これがガールズトーク……」
なんだかちょっと違う気もするが、ソフィア会長が「〇〇君がカッコいい~、はぁ、好き」なんて言っている姿は想像できないのでスルーすることにした。
「ガールズトークも結構だが、大事なことを忘レテはいないカネ?」
突然男性の声がして、ソフィア会長が警戒の声を挙げた。
声のした方向を見るとキッチンのある通路に人影が立っているのが見えたが、通路には明かりが点いておらず、相手の顔までははっきりしなかった。
「誰だっ!!」
不穏な空気が張り詰める中、男は一歩足を進め、私たちのいる室内へゆっくりと侵入してきた。
「『指令』の事は覚えてイルね?『ニジモトハンゾウ』を『絶対服従させろ』というモノだ。
だがシンチョクはあまり芳しくないヨウだね。
生徒会執行部への勧誘も失敗に終わり、幼馴染のミカヅキミズキを取り込むコトも風紀委員会にしてやられたみたいダシね」
部屋の照明が男の顔を照らし出すと、そこには金髪をなびかせた眉目秀麗の長身男性の姿があった。
「ア、アダム先生? 何でこんなところに?」
「ふっ、簡単な事だ……。我が『マスター』、つまり『あのお方』の『指令』は絶対ダ。にもカカワラズ君たちがあまりにものんびりしている様だカラ、ムチを入れに来たノサ。
いったい何をモタモタしているのだ。多少ゴウインな手段でも構わないからニジモトハンゾウに言うことを聞かせるノダ。『マスター』も少々イラついておらレル」
「…………!!」
アダム先生の声のトーンは低く、掘りの深い顔立ちだが眼光は鋭く私たちを睨みつけていた。長身から見下ろされる形となっており、有無を言わさぬ圧迫感を私は感じていた。
『あのお方』というのはそれほど恐ろしい存在なのか……。
私は背筋が冷たくなるのを感じ、頬には汗の雫が流れた。
緊張感がその場を支配し、身動きが取れないと感じていたが、ソフィア会長がおもむろにスマホを取り出し、カメラのシャッター音がしたかと思えば、次の一言で均衡が崩れた。
「先生、ここ女子寮ですよ?通報されたくなかったら今すぐ立ち去ってください」
「なんダト……? 貴様、誰に向かってそんな口を利いてイルと……」
会長がスマホの画面をアダム先生に向けると、そこには怯えた顔をした私とアダム先生の姿が写っていた。
その一言とスマホの写真でアダム先生の顔色が変わり、急に落ち着きがなくなっていった。
「え、いや、あの、け、警察は勘弁してくだサイ。連行されたらマスターに迷惑がかかるし、ワタシがムチを入れられてしまいマス……」
突然情けない声に変わり驚いたが、ソフィア会長を見るとニヤリと不敵に笑っていて、こちらにも驚かざるを得なかった。
「だったら私の言うことを聞いてもらおうか。まずはその場に正座だ!!
住居不法侵入は立派な犯罪だし、女子寮に忍び込んだのがバレれば教師の資格もはく奪されるぞ!!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って? 今ワタシが……」
「問答無用っ!! この画像が目に入らぬか!!!」
「は、はいぃぃぃ!! モウシワケありませんっ!!!」
慌てて正座するアダム先生。
もともと色白の白人男性なのだが、今や顔面蒼白となっている。
「うう……。マスターも怖いけど、イマドキの女子高生はもっと恐ろしいデス」
さっきまでの圧迫感はすっかり影を潜め、小さく縮こまった哀れな男の姿がそこにはあった。
「で、マスターが何だって?」
「マ、マスターのためにニジモトハンゾウを絶対服従……」
「『絶対服従』とは何だ? 相手が嫌がっていても、どんな命令でも聞かせられるようにしろということか?
さっきも話していたが、私たちはそんなことしたくもないし、コンプライアンス的にもアウトだ!!
お前たちは旧石器時代からでも来たのか?
ブラック企業でもあるまいし、ハラスメントの意味も分かっていないようだな!!」
「こ、こんぷら?はらす?」
英語教師にも関わらず、アダム先生はソフィア会長の圧倒的な迫力に押されてタジタジになっていた。
「どうせ『あのお方』とかいうのも、どこかの研究機関に所属するサディスティックな研究者と言ったところだろう? 鞭でシバくと言っていたからSMの女王様でも気取っているといったところか?」
「げっ!! なんでソコまでバレてるんデスか? せっかくオオモノカンをエンシュツしていたのに……」
「はあ、やはりな……。
断片的な情報から推測したに過ぎんが、これでハッキリした。
双葉さん、こいつらの言いなりになる必要はないよ。
いいかアダム、私たちは虹元半蔵に親しみの感情を持っている。
彼に危害を加えるつもりなら私たちが相手になろう。そのことをよく覚えておくがいい」
勝敗の行方は完全にソフィア会長に傾いていた。
すごい……。
優秀なのは分かっていたが、分析力、判断力に加え、相手との交渉術まで全てが圧倒的だった。
ソフィア会長が敵ではなくて良かった。
私は素直に感動し、「おおっ……」と感嘆の声が漏れていた。
気が付けば手が勝手に拍手を送っていた。パチパチパチ。
「くっ!! だが、誰のおかげで今の学園生活が送れていると思ってイル? マスターが資金を提供しているおかげダロウ?」
「ふむ、それはそうだな……。ではこうしよう。
私たちは虹元半蔵にもっと近づき友人関係を築こう。それこそ頼みごとを聞いてもらえるくらいにね。
貴様のマスターとやらが何を企んでいるのか知らんが、私たちの判断で聞けるくらいの願いなら叶えてやらなくもない。
その辺で手を打とうじゃないか、なぁアダムせ・ん・せ・い?」
「き、貴様っ……!! あまり調子に乗るナヨ……ドウなっても知らんゾ!!」
「おっと、大事なことを忘れていたよ……。
アダムせんせ~、新米先生のお尻を追いかけるのもほどほどにした方がいいですよ?
あんまりしつこいとストーカー規制法にも引っ掛かりますからね」
「ズンドコベロンチョッ!! にゃ、にゃぜそれを…………!!!」
ソフィア会長がニヤニヤとトドメの一言を突き刺すと、アダム先生は赤面して黙り込んでしまった。
「この男は新米先生と仲良くしている男子生徒を見かけると『忠告だ』とか言って、それ以上近づけないようにしていたんだ。
執行部にはこういったタレコミはすぐに集まってくるからね。
新米先生にバラされたくなかったら、マスターへの報告はうまくやってくれたまえよ? アダム君」
「ハ、ハイ……。かしこまりました……ソフィアさま……」
「しかし、何故急に『指令』などと言い出したのだ?これまでそんなこと一度もなかったはずだが」
「ふっ、そんなこと簡単に口を割るとデモ思ったか?
私にもプライドがアル!!
あまり見くびらナイでもらおうか」
「ほう……先ほどの写真を千春先生に送信してほしい、ということか?」
「あ、なんでも研究が上手くいっておらず、ハンゾウくんの細胞が欲しいみたいですよ? いやー困っちゃいますよね? イマドキ『絶対服従』とか笑っちゃいますよね? プークスクス!! 考えの古い上司を持つと大変ですよ~。いやね、私は反対したんですよ? コンプラ的にアウトだって。それに私だって教師ですからね。モンペとかも怖いし。だけど反対するとモンドウムヨウとか言ってムチでぶたれるんです。ひどいと思いません? ほら、腕なんて後が残っちゃって、これじゃあ夏になってもプールにも行けませんよ~。ハッキリ言ってブラック企業っすよ? パワハラっスよ。私もこう見えて苦労してるんスよ~? だから、ね? ここはひとつ、穏便に……」
「きゅ、急に饒舌になりましたね……」
「お前の話はどうでもいい。事情は分かったからもう帰れ。はぁ、それにしてもそんなエゴイスティックな理由だったとはな……」
勝敗は完全に決着がつき、アダム先生はすごすごと帰っていった。
数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。
読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、
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