looking back
──そして迎えた入学式。
私は少し遠回りして桜並木の綺麗な用水路を通って学校へ行くことにした。
思った通り桜は満開の見頃を迎えていて、長い水路に沿って延々と美しい桜並木が続いていた。
私は自分の髪と同じ色をしたこの花が大好きだった。
『ドキすぱ』の世界にも桜はもちろんあって、ゲームの中でも象徴的な役割を持っていたはずだったのだけど、この世界の桜は私の想像を遥かに超えた美しさを誇っていた。
「桜がこんなにも綺麗だなんて知らなかった……」
この時、誰かの視線を感じたような気がしたけれど、満開の桜を十分堪能した私は入学式に遅れないように学校へ向かった。
答辞をすることになっていたので、先に入学式の行われる体育館に顔を出し、準備中の先生たちやソフィア会長に挨拶をしてから教室へ移動する。
黒板で座席表を確認し近くのクラスメイトに挨拶すると、どうやら私の事を知っている様子だった。
私はこの世界で自分の事を認識してくれる人に初めて会ったのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまった。
三日月瑞希ちゃんはすごく可愛くて一目で気に入ってしまったし、この子とは友達になれそうだなと思った。
虹元半蔵君は『ドキすぱ』をやり込んでいて、私の事をすごく知ってくれているようで好感を持った。
思ったよりも勢いが凄くて若干怯んでしまったけれど、二人とは仲良くなれそうで安心した。
入学式での答辞も滞りなく済んで一安心だったが、私はあることに気付いてしまっていた。
入学試験を受けるときや入学式での答辞など、人から与えられた役割を実行する時だけは頭がスッキリとして意識も明瞭になるのだが、それ以外の時は頭に靄がかかったようにぼんやりとしてしまい、思考がはっきりしないのだ。
特にやるべきこともなく、自由にしていいと言われる程その傾向は強くなってしまう。
授業を受けたり、クラスメイトと会話をする時はまだマシだった。
自分で目的を意識して、『二ノ宮双葉』というキャラクターを演じれば良かった。
ゲームの中のヒロインとして振る舞うことでなんとかクラスでの立ち位置を保つことができていた。
ソフィア会長に誘ってもらったこともあり、私は生徒会執行部に入ることにした。
そうすることで仕事が与えられ、やるべきことが明確になったことで、ようやく私は日常生活にリズムが生まれ、目的を持って行動することができる様になっていったのだった。
ただ、相変わらず「やりたいこと」や「好きに生きる」という意味は分からないままだった。
もちろん言葉としての意味は分かるのだが、自分にとっての「やりたいこと」が何なのかを考えると思考がぼやけてしまうのだ。
これは私が『ゲーム』のキャラクターだからだろうと考えていた。
ソフィア会長やアイリスさん達を見ているとよく分かる。
彼女たちは「やりたいこと」がはっきりしていて、そのために行動しているように感じる。
それが「好きに生きる」ということなのだろう。「自由」と言ってもいいかもしれない。
私は誰かに役割を与えられたり、誰かの望む『二ノ宮双葉』を演じることしかできなかった。そうすることでしか自分を保つことができなかった。
おそらくゲームのプログラムが原因で、設定された性格から行動やセリフに制限がかかっているからだろうと推測していた。
そしてそれは私にとっては「呪い」のようなものだった。
「やりたいこと」を持って生きている人たちが眩しく思えたが、自分には無理だと諦めて気持ちを切り替えることにした。
皆の望む役割を演じよう。容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能、性格も良い『二ノ宮双葉』になってやろう。
ゲームでの設定を忠実に演じることで頭の靄はスッキリできたし、設定どおりに演じること自体は難しくなかった。
そうしていつしかそれが当たり前になっていった。
*********
入学して二週間程経った頃、自室で勉強していた私をソフィア会長が訪ねてきた。
「勉強中にすまない。実は少し困ったことになってね……」
「ソフィア会長が困るって珍しいですね……。何かあったんですか?」
「…………」
私の表情を観察しながらソフィア会長が言葉を続けた。
「双葉さんは『あのお方』の事は知っているのかい?」
「え……『あのお方』?って……誰ですか?」
「そうだな。知らないのも無理はない。私もこの世界で目が覚めた時の記憶は曖昧でね……。
英語教師のアダム先生の事は知っているよね?」
「あ、はい。英語の授業で何度か教えてもらいました」
「『あのお方』というのはそのアダム先生の言うところの『マスター』と呼ばれる存在の事で、我々をこの世界に呼び寄せた張本人らしい」
「えっ、それって……、『神様』ってことですか?」
「神とはちょっと違うかな。
我々にとっての神とは創造主の事だろう? アニメやゲームのクリエイターがそれに当たる。
『あのお方』はどちらかと言えば『召喚者』と呼べる存在になるのかな?」
「へぇ、そんな人がいるんですね……」
「それで、『あのお方』というのは我々の生活費や住居、学校への入学手続きなどの面倒を見てくれるスポンサーでもあるという訳だ。
これまでは数カ月に一回の定期健康診断さえ行っていれば、後は自由に過ごして構わないということだったのだが、最近ある『指令』が出されたようだ」
「『指令』、ですか……」
私は正直自由に過ごせと言われる方が困ってしまうので、『指令』でも何でも役割を与えられる方がありがたかった。
でもソフィア会長はそうでもないようだ。
「私は制服さえあれば他には何も望むこともないので、『指令』など迷惑でしかないのだがね。
ただ、スポンサーの機嫌を損ねては今の生活に支障が生じるかもしれない。
『召喚者』と言ってもファンタジーの様に契約で縛られたり、絶対服従を強制されるようなこともないから、適当に言うことを聞いているようにアダム先生に見せればいいと私は思っているがね」
「……もしかして、そのアダム先生もフィクションの世界の人なんですか?」
「察しがいいね、その通りだ。
アダムの名前が示す通り『あのお方』に最初に召喚されたのが彼のようだ。
そしてアダムは『あのお方』に忠誠を誓っている……。面倒なことにならなければいいが」
「それで……その『指令』というのはどんな内容なんですか?」
「うん、それは……どんな方法でも構わないから、君のクラスの『虹元半蔵』を『絶対服従させろ』という事のようだ」
突然クラスメイトの名前が出てきて驚いた。『虹元半蔵』ってあの半蔵君だよね? 何で彼なんだろう?
それに『絶対服従』って……。
「ハラスメントが問題になっているこのご時世に時代錯誤だと思うだろう? それにコンプライアンスの問題もある。どうやら『召喚者』様は残念なお方のようだね。
何故『虹元半蔵』なのかは謎だが、まぁ、要はある程度親密な関係を築いて、お願いすれば言うことを聞いてくれるくらいの状態に持っていけば、スポンサー様も納得してくれるのではないかと私は考えることにしたよ」
「ですよねぇ。それで、会長は何か考えがあるんですか?」
「うん、まあ虹元半蔵を我が生徒会執行部に入れてしまえば、ある程度それは達成できると思ったんだがね、速攻で断られてしまったよ。」
「えっ、もうですか?」
「それで困ってしまってね。
双葉さんは既に虹元半蔵とも仲がいいようだし、生徒会への勧誘を君からもしてもらえないだろうか」
「それはいいんですけど……ソフィア会長でも無理だったんですよね?」
「うん。まぁ、その……彼とは初めて会話したんだが、不思議な男だね。
初めて会ったとは思えない程、親戚というか、肉親に近い『情』が湧いてしまって、あまり強く誘えなかったんだ。それで双葉さんに頼めないかと思ってね」
驚いた。
半蔵君には私も初対面の時から不思議な親近感を感じていたのだが、それは彼が『ドキすぱ』をやり込んでいたからだと思っていた。
まさかソフィア会長も同じような感覚を覚えていたとは。
私は会長の頼みを聞くことにした。
「は、はい……やってみます」
*********
実のところ私には勝算があった。
半蔵君はなんと言っても『ドキすぱ』のヘビーユーザーで、しかも私こと『二ノ宮双葉』推しということも分かっている。
その私が直接お願いすればイチコロだろうと思っていた。
念には念を入れて、お願いする場所や時間にもこだわってみた。目的があって、そのための準備をするのは楽しかった。
放課後、誰もいない屋上に一人で来てと呼び出した。私は屋上の扉に背を向ける格好で半蔵君がやって来るのを待っている。やがて扉が開き、少し緊張した様子で半蔵君が声をかけてくる。
「こ、こんな場所に呼び出して、どんな要件かな?」
私は振り向いて、練習していた最高の笑顔で笑いかける。
「半蔵君、私と一緒に生徒会執行部に入ろう♪」
決まった!!
これは完璧だと思った。ところが……。
「ごめんそれは無理。いくら双葉ちゃんの頼みでもそれはできない」
「え、ええーっ!! 何で? どうして?」
「ふっ、それはね……。双葉ちゃんにも原因はあるんだよ?
ふふっ、まったく罪作りな女だぜ……。
いいかい?俺が『ドキすぱ』の双葉ちゃん攻略ルートを制覇するのにどれだけの時間と労力をかけていると思う?
新作が出る度に毎回何十時間もかけて攻略したと思えば、次から次に隠しルートが発見されやがって!!
制作陣はなにを考えてんのか、他のヒロインとは比較にならないくらい、双葉ちゃんだけはシナリオのボリュームが圧倒的に多いんだよ!! 二ノ宮双葉半端ないって!! 普通こんなルート攻略できひんもん!!」
「え、ああ、そう……。あ、ありがとう……・?」
まさかの回答に、私はそれ以上勧誘を続けることができなかった。
*********
「会長すみません。半蔵君の勧誘に失敗しました……」
「そうか、双葉さんでも無理だったか……。そうなると執行部への加入は難しいだろうな。何か他の手を考えなければ」
「うう……」
「それはそうと、他に執行部に向いていそうな人材に心当たりはないかな? 今も人手が足りているとは言い難いし、これからも生徒会選挙や体育祭など学校行事は目白押しだからね」
「ああ、それならウチのクラスの瑞希ちゃんなんてどうです? 可愛くってしっかり者で、なおかつ半蔵君とは幼馴染なんですよ♪」
「ほう、虹元半蔵の幼馴染……。是非会ってみたいものだ。一度執行部に連れてきてもらいたいものだね」
「分かりました、誘ってみますね♪」
*********
瑞希ちゃんに執行部を見学及び体験させることには成功した。
ソフィア会長の優秀さを示すこともできたし、私が執行部で頑張っているところも見せることができた。
瑞希ちゃんも執行部に興味を持ってくれたようだったし、私の事を『双葉ちゃん』と呼ばせることにも成功した。ようやく友達になれた気がして、私は嬉しかった。
今度のミッションはうまくいきそうだと安心していたら、なんと風紀委員会に横取りされてしまった。
「もうっ!!何でこうなるのよぉ~!!」
私はやることなすとこの全てが上手くいかず、『現実』の厳しさに打ちのめされていた。
しかもこのところ、自称サッカー部の次期エースとかいうナルシストからしつこくデートの誘いまで受けていて、ただでさえ色々と困っているというのに、恋愛がらみのごたごたは私にとって迷惑以外の何物でもなかった。
「ええと……い、一緒に帰って、友達に噂とかされると困るから、ごめんね」
このセリフは私の決め台詞で、デートのお誘いを断るときとか困った時の必殺技のようなものだった。
これを言えば大抵の男子は諦めてくれたし、トラブルになるようなこともなかった。
ただ、この時は違った。
この一言がきっかけでサッカー部のナルシストと半蔵君がもみ合いになり、突き飛ばされた半蔵君は腰を強打して動けなくなってしまった。
私にはそれほど大きな怪我になるようには見えなかったけど、瑞希ちゃんは驚くほど狼狽し、ショックで意識を失ってしまう程だった。
半蔵君と仲の良い隣のクラスの三浦彷徨君も、普段はクールなのにこの時ばかりはひどく焦っているように見えた。
やがて救急車が到着し、半蔵君と、念のため瑞希ちゃんも病院へと搬送されていった。
五限目は新米千春先生の現代国語だったが自習となり、私と彷徨君、そして瑞希ちゃんの親友である三城ののかちゃんの三人で授業を抜け出して屋上へと向かった。
そこで二年前の話を聞かされた私は、ようやく先ほどの出来事の意味を知ることとなったのだった。
数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。
読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、
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