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二年前その6(半蔵視点)

(半蔵視点です)

 彷徨とののかを見送りに行ったまま瑞希はなかなか帰って来なかった。


 俺は差し入れにもらったエッチな本を気にしつつ、瑞希がいつ戻ってくるか分からなかったため悶々とした時間を過ごしていた。


 すると病室のドアが開き、瑞希ではなく母親が入ってくる。


「花の水換えに行ったのに花瓶がないじゃんか」


「あらあら、花瓶置いてきちゃったわ。そんなことより、今先生にMRIとCTの結果を聞いてきたわよ」



******



 そこからの話は晴天の霹靂だった。


 レントゲンの結果と、その後のMRI、CTの結果もそこまで悪い状態ではなかったはずだったが、本当のところは伏せられていたらしい。


「サッカーを辞める?そんなこと考えたこともなかった。こんな怪我すぐに直して、強豪高校かプロのユースチームに入って、瑞希と付き合って、プロになったら結婚して、日本代表に入って、海外移籍を果たして、セレブな生活を送るんだ!!って思ってた」


「母ちゃん、勝手に俺の脳内セリフしゃべらないでくれる?さすがにそんな先まで考えてなかったし」


「あらあら、じゃあ途中まではいい線行ってたってことね?うふふ」


「うぐ……そ、そんなことねーし」


 実際ほとんど近いことを考えていたため、言葉に詰まる。母親恐るべし。


 最初は冗談にしか感じなかったが、詳しく話を聞いたところ、MRIとCTの結果、今回直接骨折した箇所とは別に、成長期のスポーツ選手にはよくある骨の異常が見つかったとのこと。

 それぞれ単体では引退するほどの重症ではないそうだが、組み合わせが悪かったらしく、無理をすれば下半身に麻痺が残り、走るどころか立てなくなったり、生涯車いす生活になってしまう危険があるとのことだった。


 母は、「人生はサッカーだけじゃない」とか「他にも楽しいこと、面白いことはたくさんある」とか俺を励ますような言葉をかけてくれていたと思うけど、その時の俺は『サッカーができなくなる』ということがうまく呑み込めず、愕然としていた。


 俺はショックのあまり、長い時間言葉を発することができずにいた。


 母は静かに、この事実が俺に理解できるまで待っていてくれた。


 しかし、俺にはやはり受け入れられる事ではなかった。


 何故、俺なんだ?

 他の誰かでもいいじゃないか。

 俺はプロにだってなれるって手応えもあったし、県選抜にも選ばれて将来有望って言われてた程の選手だったんだぞ。

 実際ほとんどの対戦相手なんて敵にすらならなかったし、サッカーをやっているだけで大した努力もしない、才能もない奴なんて他にいくらでもいるだろう。

 怪我させるならそいつらにすればいいじゃないか。

 神様ってのがいるのなら俺に何の恨みがある?

 俺が何か悪いことでもしたっての言うのか?

 ただサッカーが好きで、たまたま才能にもチームメイトにも恵まれて、けど他の誰よりも頑張って努力して、そして好きな子ができて、もっと頑張って、やっとここまで来たってのに、何で?

 何で俺が、サッカーを、辞め……辞める?


 ふざけんな!!

 ふざけんなよ!!

 冗談じゃねぇ!!!

 そんなもん受け入れてたまるか!!!


 身体はコルセットでガチガチに固められ、下半身にも力が入らなくて歩くこともできなかった俺には、この時の感情をどうコントロールすればいいのか分からなかった。


「う……、うううぅ……」


 言葉を発することもできず、ぼろぼろと涙を流す俺を母親がやさしく抱きしめてくれた。


「半蔵の気持ちは分かるわ。私にも覚えがあるもの」


 俺の気持ちが分かる?

 ……分かってたまるか!!

 お、俺がどれだけサッカーが好きで、瑞希が好きで、好きなサッカーで好きな女の子を幸せにしたくて、どんな思いで生きてきて……それらを失うってことがどんなにつらいかなんて、親にだってわかるもんか!!


 俺は母親を引き離そうと、強く押し返した。怪我のせいかコルセットのせいか力が入らず、母親を引き離すことさえできない。

 なんて無力なんだ。

 なんて情けないんだ。

 俺はこれからどうなるんだ?

 どうすればいい?


 気が付くと母も泣いていた。泣きながら、


「何も一生サッカーができなくなる訳じゃないの。何年か治療の経過を見て、状態が良ければ本格的に復帰もできるって先生も言ってたわ」


 なんてことを言ってくる。


 何年か先だって?


「……いんだよ。」


「え?」


「それじゃ……遅いんだよ!! ここで何年も棒に振って、プロになんかなれる訳ないんだよ! 何で? 何で俺がこんな目に合わなきゃいけないの? 嫌だ!! 嫌だよ!! サッカー辞めたくない!! ま、まだ何も結果を出してない。ここまで頑張ってきて、これからだって……こんな時に何で? ひどすぎる!! こんな……こんなの……」


「半蔵……」


 母の抱きしめる腕の力が強くなる。俺はされるがまま力なく泣き叫ぶことしかできなかった。


「くぅっ!! ぐすっ!! ふぅううう、ううううう……!!!」


「今は……まだ受け入れることは難しいでしょうね。でもね、人生には自分の力ではどうにもならいことだってたくさんあるの。そして、それと同じくらい素敵なこともたくさんあるの。半蔵にも必ず素敵なものが見つかるわ。お母さんが保証してあげる。だから……今は泣きなさい。何も考えなくていいから」


「あぁ……わあああああああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああ」


 俺はついに堪えきれなくなり、声を上げて泣いた。

 周囲のことなど気にする余裕もなかった。

 瑞希が見送りから戻ってくるであろうことも考えていなかった。



「半蔵……」


 見送りから戻ったのであろう、瑞希がドアの近くで立っていた。


「瑞希ちゃん、まだ……」


「でも、半蔵が泣いていたから……」


 会話の内容から、少し前から瑞希はドアの前にいたのであろうことは分かった。

 おそらく怪我の状況やサッカーを辞めなければならないことも知っているんだろう。


 しかし、そんなことよりも、一番見られたくない相手に一番かっこ悪いところを見られてしまった事の方が重要だった。

 俺はなんとか泣くのを我慢したが、泣き顔を見られないよう強引に顔をこすり、布団を頭まで被ってしまう。


「半蔵、あの……なんて言ったらいいか分からないけど……、元気出して!! とも言えないけど……。その……とにかく今は怪我をしっかり治して、それで……」


「瑞希ちゃん……」


「それで、退院したらいろいろ遊びに行こうよ。しばらくサッカーはお休みして、今まで忙しくて行けなかった所、遊園地とか! 水族館とか!! 一緒に行こうよ、ね!!」


「…………」


 俺は何も言えなかった。


 退院後のことなんて何も考えられなかった。サッカーをしていない自分がうまく想像できなかった。


「私、これでも今まで我慢してきたんだからねっ!! 半蔵がサッカーばっかりで、遊びに誘おうとしても、いっつも練習だ、試合だって。今度からは私ともいっぱい遊んでもらうんだから……」


「……めてくれ」


「っ…………」


「やめてくれ……やめてくれ……やめてくれ……うぅ、ぐすっ」


 多分励ましてくれているんだろう瑞希の言葉が、今の俺にはつらかった。

 元気な時ならすごく嬉しかっただろう事を言ってもらえても、今は言葉通りには受け取ることができなかった。


「やめてくれ……やめてくれ……ぐすっ、やめて……」


 声は掠れ、自分でも聞き取れないくらい力がないことは分かった。


「半蔵…………」


「瑞希ちゃん、今日のところは……」


「で、でも……」


 母親は瑞希の荷物を抱えると、瑞希の肩を抱いて一緒に病室から出て行った。

 俺はいつまでもメソメソと泣いていることしかできなかった。



******



 気が付くと夜になっていた。


 泣きながら眠っていたのだろうか、涙が乾いて顔が変な感じだ。だけどそんなことはどうでもいい。頭がぼーっとする。

 俺は何をしていたんだっけ?


 ああ、そうだ……サッカーを辞めなきゃいけないんだった。


 そうか、そんなこと考えたこともなかった。

 チームメイトや監督の顔なんかが次々と頭に浮かんだ。皆は何て言うだろう?彷徨はどう思うだろう?


 瑞希は……瑞希は……サッカーができなくなった俺をどうするんだろう?


 今まではサッカーが上手かったから、周りもチヤホヤしてくれた。

 学校でもそれ以外の場所でも、自分にはサッカーがあったから自信を持って誰とでも接することができていた。

 俺からサッカーを取ったら何が残るだろう?何も残らないんじゃないか。

 他に自信を持って、「自分にはこれがある」といった基盤がないことに気付く。


 サッカーのできない自分にはどんな価値があるのか。

 価値のない自分なんか誰も相手にしてくれないんじゃないか。

 そんなネガティブな感情ばかりが思い浮かんでしまう。


 瑞希が離れて行ってしまう。そう思うとまた涙が出てきた。それだけは嫌だ。

 でも体には力が入らず、あるのはただただ無力感のみだった。


 もう俺には何もできない。

 サッカーでプロになることも、瑞希を幸せにしてやることも……。

 情けない。俺には泣くことしかできなかった。



******



 翌日も瑞希がお見舞いにやってきた。俺はぼーっとしていた。

 ごめん。ごめんな、瑞希。

 俺はもうお前を幸せにできない。何もしてやれない。


 昨夜からネガティブな感情が思考を支配し、もう自分には何もない、何もできないといった虚無感に打ちひしがれていた。


 瑞希は昨日とは違って、未来の話をすることはなかった。そのかわり、今日学校であったこと、ののかやクラスメイトとの会話など、とりとめのないことを話して帰っていった。


「また明日来るね……」


 そう言って病室から出ていく瑞希は悲しいような、悔しいような表情をしていた。


 それからも瑞希は毎日お見舞いに来てくれていたが、当たり障りのない世間話をしては寂しそうに帰っていくという日々だった。


 俺は瑞希をそんな表情にさせてしまっていることに罪悪感を募らせ、そうさせてしまっている自分に苛立ち、自己嫌悪から自暴自棄になっていた。


「今日も瑞希ちゃんお見舞いに来てくれた?」


「うん。でもそのうち来なくなるんじゃない? 俺なんか見舞っても面白くないし」


「もうっ!! そんなこと言わないの!! ったく、すっかりやさぐれちゃって!!」


 母は毎日面会時間が許す限り病室にいてくれ、父も仕事が早く終わった時は漫画などの差し入れを持ってお見舞いに来てくれていた。

 昔から漫画が大好きだったという父親の薦める漫画は確かにどれも面白く、読んでいる間だけはつらい気持ちを忘れることができた。


 十日ほどで絶対安静期間が終わり、ようやくベッドから降りることができるようになった。

 歩行器を使った歩行訓練が始まって、悪い意味で安定していた俺の感情はさらに揺さぶられることになった。


 たった十日間ベッドから動けずにいただけなのに、体中の筋肉はすっかり衰え、歩行器にしがみついて身体を支えるのがやっとの状態だった。


 理学療法士さんはみんな最初はそんなものだと言っていたが、サッカーで鍛えていたというかろうじて残っていた自負が、この時に音を立てて壊れたのを感じた。


 この日はリハビリ初日ということで、十五分ほどで歩行訓練を終えたが、疲労感は大きく、それ以上に精神的なショックで愕然としていた。


 タイミング悪く、病室で呆然としているところに学校帰りの瑞希が見舞いに来た。


「半蔵、今日からリハビリ開始だったよね、どうだった?」


「…………」


「半蔵……どうしたの?何かあった?」


「なぁ、瑞希……」


「ん、何?」


「お前、なんで毎日見舞いに来てんの?」


「何でって、半蔵が心配だからじゃない」


「……ならもう来るなよ。お前が心配したって、怪我がよくなる訳でも、歩けるようになる訳でもないんだからさ」


「ちょ、ちょっとどうしたの? 何でいきなりそんな……」


「いきなりじゃねぇよ。毎日毎日辛気臭い顔で帰っていきやがって」


「っ……!!!」


 瑞希は痛いところを突かれたのか、絶句している。たぶん自覚はあったのだろう。俺は俺で瑞希がもうお見舞いに来なくなるよう、狙って言葉を選んでいた。


 もうこれ以上瑞希にだけはかっこ悪いところを見せたくなかった。


 これ以上瑞希のあんな辛そうな表情を見たくなかったし、させたくなかった。


「そんな顔されてたら治るもんも治らねぇよ。だからもう来ないでくれ」


 瑞希が睨むような視線を俺に向けているのが分かったが、俺は目線を合わせることができずに突き放すような言葉を重ねる。


「…………何よ、何なのよ」


「…………」


「確かにそんな顔してたかもしれないけど、私がどんな気持ちで毎日お見舞いに来てたと思ってるのよ!!何もそんな言い方しなくたっていいじゃない、半蔵のバカっ!!!!」


「バ、バカってなんだよ!! 俺だっていろいろ考えて言ってんだよ!!」


「はぁ!? 考えてそんな言葉しか出てこないの? だったら余計に大馬鹿ね、怪我したのって腰じゃなくて頭なんじゃないの? 頭のMRIは撮ってもらったのかしら?」


「な、なんだと……この、アホ瑞希!! そんなんだから彼氏もできないんだぞお前は!!」


「う、うるさい!! 今はそんなの関係ないでしょ!! それにそんなのお互い様でしょ!!」


「俺はできないんじゃなくて作らなかっただけだし!! お前とは違うし!!」


 実際は瑞希の事を良いと言っている男子はたくさんいた。だけどほとんどは俺が瑞希の事を好きだと思って遠慮しているようだった。


 もう俺には瑞希を自分の手で幸せにしてやることはできそうにない。俺が身を引けば瑞希にもすぐに彼氏ができるだろう。


 瑞希に、彼氏ができる。……そう思うと泣けてきた。


「お、おばえばぁ……おみばいにぐるよりほがにやるごどがあるだろぉぉぉぉ」


「な、なんであんたが泣いてんのよ!? 泣きたいのはこっちなんですけど!! ガサツで口が悪くってすみませんねぇ!! どうせ私はモテませんよーだ!!」


 何故か瑞希まで泣き出した。何でだ?


 俺は涙をぬぐい、深呼吸をして仕切りなおした。


「とにかく、もうここには来ないでくれ!! 迷惑なんだよ!!」


「……………………………………」


 瑞希は何か言い返そうか迷うような複雑な表情でしばらく黙り込んでいたが、


「わかったわよ!! こんな辛気臭くてモテない女が毎日お見舞いに来てたら、他の子がお見舞いに来にくいもんね!!! もう来ないわよ!! バカッ!! さよなら!!!!!!!!!」


 と言って持っていたカバンで俺の顔面に思いっきり殴って病室を出て行ってしまった。


「痛ってぇ!! 腰が悪化したらどうすんだよ!!でも……」


 これで良かったんだ、と無理やり納得するしかなかった。

 瑞希には幸せになってもらいたい。いつも笑っていて欲しい。できれば自分の手でそうしたかったけど、それはもうできなくなってしまった。


 だったら悔しいけど、俺にとっては死ぬほど辛いけど、こんな男にいつまでも構っていないで、す、素敵な……か、彼氏をづぐっで、じあわぜになっでぼじい……。


「ぶあぁぁっぁああああ!!!!!びぇええええええーーん!!ぐひぃぃぃいいいいいい!!どぅおおおおおおおーーーーーーーーん!!!」


「…………………………」


 気が付くといつの間にか母親が近くに立っていた。


「あんた、今までで一番気持ち悪い泣き方してたわよ……」


数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。


読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、

ブックマークや評価などしていただけると泣いて喜びます。


引き続きよろしくお願いいたします。

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